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為末大の「緩急自在」No.4

アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」Vol.4

2020/07/16

為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら…。乞う、ご期待。

為末さんインタビュー画像

──前回は、ケアレスミス、についてあれこれ話を伺いましたが、ケアレスミス同様、人間が克服すべきコンプレックスについては、いかがですか?

為末:コンプレックス=劣等感、と訳しがちですが、この言葉、心理学的にはいい意味もあるんですよ。

──確か、「心のしこり」みたいな大きな意味でしたよね。

為末:仏教に、こんな話があって、日々、熱心に観音様にお参りする村人の話なんですが、そこまで熱心になにをお願いしているのか、と尋ねられた村人はこう答えた、というんです。「私は観音様のことを、心からお慕い申し上げています。お慕いしているからこそ、どうか私の煩悩をすべて取り去らないでほしい。煩悩がなくなったら、もはや観音様にお参りする理由がなくなってしまいますから」。

──おもしろいお話ですね。

為末:つまり、劣等感でも、夢でも希望でも、なんでもいいんですが、心の奥底に引っかかっているものが、きれいさっぱりなくなってしまうと、人は途方に暮れるものなんですね。アスリートの世界では「叶っちゃうと、終わっちゃう」とよく言われるのですが。

──燃え尽き症候群、みたいな。

為末:一方で、僕自身は「ストレス」はあまり感じなかったように思う。どうしてかな、と考えると「競技には、終わりがある」から。

──ああ、それはすごくわかります。古代のエジプトだか、メソポタミアだったか、忘れましたが、罪人へ課せられた最も過酷な労働というものがあって、山と積まれた土砂を、わずか1メートル横にスコップで移動しろ、と言われるんですって。で、移し終わったら、「よし、じゃあ、その山を元に戻せ」と。これを終わりなくやらされる、という…

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為末:イノベーションを起こす動機には2種類あって、一つは「こうあるといいな」というもの。もう一つは「この問題を解決したい」というもの。後者は要するに「ストレスを解消したい」ということなんです。起業家の特徴として、「成功するための我慢」は出来るのだけど、「その場に居続ける我慢」は出来ない。だから、物事を変えようとしちゃう。僕自身、自由のないストレスには耐えられないけど、自由のあるストレスはむしろ楽しんじゃいますね。

──なるほど。

為末:アスリートの世界では「リラックスの習得」と言うんですけど、人間は最初からリラックスはできないんですね。リラックス、つまり体も精神も弛緩した状態というのは、緊張との落差があって初めて認識されるもので、つまり極度のストレスを体験して初めて、ああ、これがリラックス状態なんだ、ということを学んでいくんです。

──確かにそうですね。さあ、リラックスしてください、と言われてもどう振る舞ったらいいのか、わからない。

為末:おそらくは、ストレスと幸福の関係もそうなんだと思います。人生の中でも「揺らぎ」は必要なんでしょうね。話が飛びますが…

──いいですね。

為末:僕はよくブータンに行くのですが、

──幸せの国、ですね?

為末:彼らの幸せの秘訣は、言い方は悪いのですが「無知」から来るものが大きいように思う。ネットやSNSの時代においては、もはやそうではないのかも知れませんが、余計な情報が入ってこない、ということは、人にとってとても幸せなことのように思いますね。自然と「リラックス」が習得できている。

──確かに現代人は意図的に情報を「遮断」することで、幸せを感じているところはありますものね。

為末:アスリートには、「ゾーン体験」というものがあるんです。集中力が極限に達したとき「ああ、いま、ゾーンに入ったぞ」という感覚が沸き起こる。イメージとしては「ゲームに夢中になっている」あの感じ。カクテルパーティー効果と言われるものと同じだと思うんですが、外のリソースをすべて遮断して、ある一点にのみ集中する。

──アスリートならずとも、それは人間誰しもが持っている能力ですものね。その感覚を、意図的に操れるかどうかが、トップアスリートと一般の人間との違いなのでしょう。

為末:集中が得意な人間というのは、「自閉」の傾向が強い。集中できない人は、「多動」傾向が強い。何にでも好奇心が沸く。そして「察知する」ことに長けている。どっちが偉い、というわけではありませんが。

──それこそ、多様性ということで。

為末:AIの、物事を「最適化」する能力というのは、平たくいうと「気が散らない」ということだと思うんです。僕自身は、AIに対して、そこまでの期待はしていません。なにしろ、AIが生まれて、3回目らしいですよ。今度こそ、本当のAI革命だ!と言われたのは(笑)。もちろん、クルマの自動運転が可能になったり、遠隔操作での医療が可能になったり、と便利なことはたくさん出て来るんでしょうけど。それが、とてつもなくドキドキ、ワクワクする世界か、と言われるとそうでもない。ミスとか、ストレスとか、コンプレックスみたいなものとどう付き合っていくか。そこに、個人も、法人も、社会も、成長と感動のきっかけがあるような気はしますね。

(聞き手:ウェブ電通報編集部)


アスリートブレーンズ プロデュースチーム白石より

世の中はどんどん「効率化」が進んでいます。この流れは圧倒的不可逆で、私が子供の頃に感じていた、(もしくは感じてすらいなかった)不便さやその時の感覚が、時に懐かしくもあるほど。一方、そんな時代にあっても、無くならないどころか増えていくばかり(な気がする)「心のしこり」と、そこから来る劣等感。目の前のことにあがいて、格闘する毎日。でも、為末さんと対話をしていると、この「心のしこり」すら、解きほぐし方次第で、今求められる「その人らしさ」や「幸福」のタネになり得ることに気付きます。私たちはこのアスリートブレーンズという活動を通じて、人や社会における「心のしこり」探しやその解きほぐしにチャレンジしていきたいと考えております。

アスリートブレーンズ プロデュースチーム電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(CDC)

為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら

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