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DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.13

タガが外れた日本人(前編)~“防衛本能”が壊す限界点~

2024/04/15

本連載では、電通の新たな消費者研究プロジェクト「DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン:以下DDD)」メンバーが、「欲望」を起点とした消費者インサイトやアプローチ方法などについて紹介していきます。

<目次>

はじめに

いきなりで恐縮ですが結論めいた話です

“底上げされたリアル”で、タガが外れる

“行き場を失ったやる気”で、タガが外れる

はじめに

日本人のイメージとは、どんなものでしょうか。海外からの旅行者がインタビューなどでよく答える「時間に正確」「勤勉」「仕事が丁寧」「礼儀正しい」「親切」などの日本人に対する感想。これらは概ね、日本人が抱く日本人の自己イメージでもあり、多くの日本人が「そうありたい」と願う美徳でもあるでしょう。

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(2017 マクロミル調べ https://chichibu-shinpo.jp/?p=6121

しかし近年、これらのイメージを覆すような出来事が多く見られるようになってきた、と感じている人は少なくないのではないでしょうか。毎日のように起きるネットでの過剰なバッシング、暴走する正義感、膨らみ続ける承認欲求、あまりにも簡単にモラルやルールを踏み外して起こす炎上騒ぎ、迷惑系と呼ばれるジャンルの存在などなど。これらの「日本人らしくない」出来事を私たちはどのように解釈すればいいのでしょうか。実は、この数年の調査では、徐々に日本人が日本人であることを誇りに感じなくなってきている、というデータも出ています。

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(2023 電通総研調べ https://qos.dentsusoken.com/articles/3190/

そこで今回の考察では、「日本人の気質が、時代とともに変わってきたのではないか」と仮定してその検証を進めてみたいと思います。これはつまり、自分たちも望まないような、本来の日本人らしさとは真逆の言動の裏に、時代や社会の大きな力が作用しているのではないかという視点でもあります。

いきなりで恐縮ですが結論めいた話です

今回の考察を経て浮かんできたキーワードは、タイトルにもあるように「タガが外れた日本人」というものでした。つまり、もともと抑制的で、道徳的で、我慢強く、時に自分より他人を尊重するような気質だったからこそ、我慢の限界を超えた瞬間にはその反動が大きく過激化したのではないか、というイメージです。

ちなみにタガ(箍)とは、桶や樽などの外側にはめて締め固める輪のことです。つまり、タガが外れると、桶や樽はバラバラになってしまいます。故に「タガが外れた」と言うととてもネガティブな印象になりがちですが、今回大切なのは自ら率先して「タガを外した」という主体的・能動的な現象ではなく、外的要因によって限界を超えてタガが外れてしまったという部分です。その意味で、この状況を引き起こしたのは一種の防衛本能とも言えるかもしれません。

抑制的で、道徳的で、我慢強く、時に自分より他人を尊重しながら生きていく。そんな余裕がなくなるほどに追い詰められた結果、自分という器が壊れてしまう前にガス抜きをして自分を守るという選択を取った(その多くが無自覚であったとしても)ようにも思えました。

では、そのように日本人を追い詰めた外的要因とは何だったのか、大きく3つ挙げたいと思います。まずは、長期低迷する日本経済。1998年以降、国内総生産は名目・実質ともに減少し、賃金も下落傾向を続けてきています。経済大国としての自尊心が奪われるのと同時に、日々の生活においても「もはや豊かではない」という実感がひしひしと湧き上がってきています。もがいてももがいても水面に顔を出せない苦しみが、日本人を追い詰めている大きな要因の一つだと思います。

次に、大きく変化した価値観への対応。性差や人権、地球環境、働き方など、長く固定的だった価値観が、この数十年で一気に大きく変化しました。大人はすでに染み付いた価値観をアップデートするのに苦労し、若者は新しい価値観が社会全体にすぐに行き渡らない現実にもんもんとした日々を送っています。何が正しくて、何が間違っているのかの議論も加熱気味で、一歩間違うと炎上騒ぎになるだけに、気が抜けない日々となっています。

そして最後に、テクノロジーの進化。特にSNSの登場は、大きなインパクトを持っていました。情報の民主化というプラスの側面は確かにとても素晴らしいのですが、一方で、今までは見なくてもすませられたものまで可視化されてしまったり、フェイクニュースに代表されるようなデマと正しい情報を見分ける難しさに直面したりなど、新しい時代の苦悩も生まれています。

これら3つの外的要因は、すべて日々の生活に常に通底していて、逃げ場がありません。それ故に、意識しているいないにかかわらず、毎日少しずつ影響を受け続けます。小さなストレスも一滴ずつ積み重ねることによって、確実にコップの水はたまっていくのです。

そして、すでにあふれそうなコップに、一滴どころか大さじで水を入れてきたのが、コロナ禍でした。日々の生活で大切に守ってきたささやかな喜びが、もろくも崩れ去るインパクト。さらに、日本人らしい自発的な公衆衛生対応で一致団結して挑むも、やがて押し切られるようにしてたくさんの犠牲が出てしまう現実。

マスクに対する賛否があそこまで加熱してしまったのは、まさに、法的強制力もないのに皆が一斉に外出を控え、街から人が消え、手洗いはもちろん家の中ですらマスクをして頑張ったからこその無力感も一因のはずで、その結果、「日本人らしい自制」に対する不信感やストレスにもつながったように思います。「正確」「勤勉」「丁寧」「礼儀正しい」「親切」なんて大変なだけで意味がない。そんなふうに考えるようになった人が増えても仕方のないことだったのかもしれません。

次項からは、どのような状況で“タガが外れた”行動を起こしてしまう人々が現れているのか、4つの観点から具体的に考えていきたいと思います。前編ではまず2つの具体例について紹介します。

“底上げされたリアル”で、タガが外れる

例えば、写真のデジタル加工。今時、若者の間では無加工の写真の方が珍しいようです。少し目を大きく。若干、脚を長く。わからない程度に小顔補正。そういう機能が撮影ソフトにもともと内蔵されていて、手軽に誰でも自動的に自分の顔や身体を修正できます。

世間ではルッキズムについて活発に議論がなされるような時代なのに、一方でカワイイやイケてるの呪縛はスマホを通じて人々の目に飛び込んできます。男女ともみんながちょっとずつ補正して、修正して。そういう写真が毎日のように飛び込んでくることで、なんだか急かされているような気持ちになるのは当然です。

加工の体験は、友人がスマホで撮ってくれた写真で勝手に行われていたり、もしくはちょっとした好奇心から自分でアプリを触ってみたりすることからも始まります。

「これはやりすぎ?でも、ちょっとうれしいかも?」実際は変えられない部分まで変更できてしまうことで、小さな変更でも大きな効果を感じます。それ故に、一度体験するともう何もしない自分では不安になってくるのも不思議ではありません。子供の頃は素顔で暮らしているのに、お化粧するようになると、「すっぴん」で外に出るのは恥ずかしい、という心理とも似ています。

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(2023 Appliv調べ https://app-liv.jp/articles/140685/

では、その写真をSNSにアップするとどうなるでしょう。いわゆる「奇跡の一枚」なんていうように、偶然写りの良い写真というものはあります。そして、そういう一枚には当然ながらいつもよりも「可愛いね!」「かっこいい!」という評価が集まります。

写真を加工できるということは、その「奇跡の一枚」を量産できることでもあるのです。10~50代男女において写真を加工する目的の6割ぐらいが、人に送ったり、ブログやSNSに投稿するためなのもうなずける結果です。

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(2023 Appliv調べ https://app-liv.jp/articles/140685/)。

こうして、「少し加工された写真がちまたにあふれる」日常が生まれます。このような社会では、実際は違っても見かけ上、世の中に可愛い人やかっこいい人がたくさんいるかのような錯覚に陥りルッキズムや劣等感に拍車がかかります。その結果「もっと盛りたい」という欲望にも拍車がかかることになります。

最初はほんの少しわからない程度に盛るはずだったのが、じわじわと全体的に底上げされていく外見。特に匿名アカウントではリアルの自分を知らない人に届くので、どれぐらい加工したかの差がわかりにくく、逆に大きく変わってしまった方が元の自分がわからないメリットすらあるのかもしれません。

こうして社会全体で、自分と乖離(かいり)していく自分を常に抱えていることが常態化します。周りが「いいね!」をしてくれることで、評価される自分は盛った方の自分となり、ある種の二重人格的な状況が生まれます。理想の自分であり、評価されている自分なのに、本当の自分ではない。「自分」という概念が次第に不安定になっていくのではないでしょうか。

もはやどこが自分の軸なのかわからない。自分って何?このような状況では、誰しもがほんのささいなきっかけで、自分というイメージのバランスを崩してしまいます。ちょっと怖いぐらいまで目が大きくなっている加工を「普通」と感じたり、過剰な美容整形を繰り返してしまったりなど、自分を何とか「加工」して辻褄を合わせようとするあまりタガが外れてしまうことは十分に起こり得る話なのでしょう。また、自身の容姿に対して、あるかないかほどの欠点を深刻にとらえて悩む醜形恐怖症といったメンタル面への影響も、最近では話題になり始めています。

誰しも自分の容姿は気になるもの。容姿にすごく自信があるという人はそんなに多くはないでしょう。むしろコンプレックスがある人の方が多いのかもしれません。そこに新しい技術が登場したことで、写真画像の加工がものすごい速さで一般化しました。このような社会の変容が今後、人々の意識にどのような影響を与えるのか、これからも注目していきたいと思います。

【気になる欲望】
→「ホントはダメだけど、だって」欲望
→「他人という鏡に映した」欲望
※DDDが分析した新たな「11の欲望」についてこちらを参照
 

“行き場を失ったやる気”で、タガが外れる

2010年に中国に抜かれて世界第3位となった日本のGDPが、2023年ドイツに抜かれて世界第4位となりました。「勤勉」で「我慢強く」コツコツと努力を重ねる日本人にとって「なんでこんなことになってしまったんだ?」という苦悩は、さらに強まることが予測されます。

本来ならば、さまざまな未来の可能性を思い描くはずの若者ですら、将来に全く希望を持てないわが国の状況は、世界と比較してもかなり突出していて、明るい将来を想像している若者は約10人に1人しかいません。

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(日本財団 「18歳意識調査『第46回 –国や社会に対する意識(6カ国調査)–』報告書」より 
https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2022/03/new_pr_20220323_03.pdf

「失われた30年」と言われるように長期低迷し続ける日本経済ですが、その間「日本人は怠惰に過ごしてきたのか?」と聞かれれば、そうではないはずです。必死に働き、毎日努力を重ねてきたのに、なぜその努力は報われないままなのでしょうか。なぜ日本だけが世界の成長から置いていかれるのでしょうか。何かがおかしい。どうなっているのだろう。そう考えるのは、当然です。

特に、高度成長期に代表される景気が良かった時代の日本を知る世代にとっては、この違和感は無視できないほど大きなものです。日本人らしく「時間に正確」「勤勉」「仕事が丁寧」な働き方を続けることで、暮らしが良くなる。その成功体験があるが故に今の長期にわたる停滞感は耐え難く、しかも、株価や為替の変動一発で赤字に陥ってしまう会社の業績や、幾度となく繰り返す自然災害による甚大なダメージ、コロナ禍などの理不尽さを前にして、もはやいくら努力をしても無駄なような感覚にすら陥ってしまいます。

一歩先に進むために、理由が欲しい。まずは理由が知りたい。そう思っている人が増えると、ネット上でそれが可視化され、ネットワーク化されていきます。これがいわゆる「陰謀論」と呼ばれる現象の始めの一歩です。

ある日ネット上で、「驚くような」「まだ誰も知らない」「衝撃の真相」に出合います。「自分が悪いんじゃなかった?」「大きな力が働いているせい?」「みんなだまされている?」まだ半信半疑ながらも、欲しかった理由が目の前にあるように感じます。誰かの反論にも、他の誰かから答や新しい可能性が提示され、積み重なり、理由が欲しいという力が大きなうねりとなって世界観を構築していくことで強固な陰謀論ワールドが出来上がっていきます。

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(山口真一・谷原吏・大島英隆(2023)「Innovation Nippon 2022 偽・誤情報、陰謀論の実態と求められる対策」、国際大学GLOCOMより  https://www.glocom.ac.jp/news/news/8842

上図にもあるとおり、陰謀論に出合った際、すぐにそれが誤った情報だと見抜ける人は、実は4割程度で、4人に1人は正しい情報だと信じます。そして多くのインターネットの情報は、広く自由に開かれているように見えて、実は各個人に最適化されて届いています。つまり、「自分が見たい情報」が自然と自分に集まってくるようにフィルタリングされているために、「自分が見たくない情報」は排除されてしまいがちなのです。

つまり陰謀論を信用すればするほど(そうした情報を選択してアクセスするほど)に、自分に入ってくる情報そのものがそこに純化され、補強されていきます。こうなると、あたかも「それが常識」「わかっている人はわかっている」かのようにすら感じられ、いつの間にか深く深く信じ込んでしまうようになるのです。

このようにして、ずっとモヤモヤとしていた理由が見つかった(と感じた)人は、当然、その理由を拡散します。なぜなら、そうすることで社会が良くなると信じているからです。自分には味方もたくさんいます(いるように感じています)。しかし思い切って実際に発信してみると、そこでは思いがけない反証や反発に出くわすことになり、ここで大きく道が分かれます。反対意見に耳を傾けて自身の考えをもう一度見つめ直す人と、逆にこの反発こそが社会が変われない理由で、何とかして真実を知らせなければと使命感に燃え上がってしまう人です。

後者の強い動機のスイッチは、やるべきことがある喜びです。今まで、どうやってもうまく行かない閉塞(へいそく)的状況で、日々行っていることに意味を感じられなかった分、ここを乗り越えたら明るい未来が開けると信じられることは、とても魅力的なはずです。

結果、ますます情熱を持って行動し、かたくなになっていくことで、やがてタガが外れます。自分でもおかしいと思いつつも、それでも良くしたいというやる気が勝ってしまい戻れなくなるのです。だって、これを手放してしまったら、またあの手応えのない、将来に希望を見いだせない自分に戻ってしまうから。

ちなみに、陰謀論と呼ばれるものは、全てうそでできているわけではありません。どちらかといえば、多くの真実を含んでいるからこそ、人はそれを信用してしまいます。小さな不都合は、そこに多くの真実が含まれているからこそ見逃されるのです。

【気になる欲望】
→「守りたいものがある」欲望
※DDDが分析した新たな「11の欲望」についてはこちらを参照

 

後編では、「『正義の名』の下に、タガが外れる」「“勝てないゲーム”に、タガが外れる」の2つの具体例とともに、“タガが外れ”はじめた日本がこの先どうなっていくのか、日本人の半分以上は、タガが外れそう、というDDDの調査結果と併せてお伝えします。

【調査概要】 
第7回心が動く消費調査
<第7回「心が動く消費調査」概要>
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:15~74歳男女
・サンプル数:計3000サンプル(15~19歳、20~60代、70~74歳の7区分、男女2区分の人口構成比に応じて割り付け)
・調査手法:インターネット調査
・調査時期:2023年11月1日(水)~ 11月6日(月)
・調査主体:株式会社電通 DENTSU DESIRE DESIGN
・調査機関:株式会社電通マクロミルインサイト

 

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