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Sexology Creative LabレポートNo.2

スウェーデンで見つけた
女性のための学校と性を科学する大学院

2024/04/11

前回の記事「性を隠す日本と、性を語るスウェーデン。」では、性、あるいはジェンダーに関して、性別、年齢、国籍や障がいの有無にかかわらず誰でもオープンに、カジュアルに相談できる場所があることをご紹介しました。

今回は「教育機関」という視点から、二つの場所をご紹介します。一つは、社会的に不利な立場に置かれがちな女性(移民やトランスジェンダー女性、ノンバイナリーも含む)のための学校。もう一つは、マルメ大学にある、まさに世界最先端のセクソロジー(性科学)に関する研究センターです。

※レポート全文はこちら
 

あらゆる女性をエンパワーメントし続ける教育機関
 

【ウィメン・フォーク・カレッジ】

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ウィメン・フォーク・カレッジ(Kvinnofolkhögskolan)は、ヨーテボリ市中心部にあります。幅広い年齢の女性、トランスジェンダー女性、ノンバイナリーなど、社会的に不利な立場に置かれやすい女性が、さまざまな背景、目標を持って勉強しています。初等・中等学校レベル(日本の高校くらいまで)のコースと、フェミニズム研究に焦点を当てたコースがありますが、どのコースの授業にも共通しているのは、ジェンダーの平等の視点からも検証し、学びあう姿勢を持っているということです。

この学校の重要な目標は、さまざまな背景を持つ女性が、社会で活躍する機会を増やすことです。そのため、ここでは、他の多くの学校とは少し違った方法で学習が行われており、少人数のグループで、プロジェクト形式が採用されることが多く、学習内容はコース参加者のニーズ、予備知識、経験に基づいて設計されています。

国内外のフェミニストをつなぎ、協力しながら、より平等で民主的な社会へ

ウィメン・フォーク・カレッジは長年にわたり、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、その他ヨーロッパの教育者やフェミニストと協力してきた歴史があります。こうした国際的なコンタクトにより、世界各地の女性を取り巻く状況を比較することができます。スウェーデン国内でも多くの協力関係があり、フェミニズム運動で活動するさまざまなグループが毎晩のように校舎を利用しています。さまざまな団体に交流の場を提供することも、この学校の重要な方針の一つなのです。

ウィメン・フォーク・カレッジの出発点は、世界中の女性が政治的、社会的、経済的、文化的に差別されているという事実にあります。1976年にイエーテボリで行われた女性運動の中で、女性民衆大学設立のための準備グループが立ち上がり、1985年の4月、「独立した女性の大学」に関する決定が国会でなされ、6カ月後にウィメン・フォーク・カレッジが開校しました。

それ以来、フェミニズムやジェンダーに関することはもちろん、インドへの旅行コース、ラテンアメリカや東欧の組織やネットワークとの協力、自然科学、ヒップホップ、ドキュメンタリー映画、高齢者ケア、シチズンシップ、工芸、交差性(インターセクショナリティ)など、数え切れないほどのさまざまなコース、プロジェクト、コラボレーションが実施されてきました。そのため、この学校には、年齢も背景も学習目標もさまざまな人が集まります。

また、ウィメン・フォーク・カレッジはプリスクールの運営も行っています。生徒の中には保育の必要な子どもがいる女性も多くいます。そのような女性も、勉強する機会が持てるよう立ち上げられたもので、プリスクールの出発点も学校と同様に、民主主義、ジェンダー視点、多文化主義です。

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左から、お話をうかがったAgneta Wirénさん、Mariya Voyvodovaさん

出発点は、民主主義、ジェンダーの視点、多文化主義。女性たちが一緒に学ぶことで強くなれる

(Agneta Wirénさん)
「女性が権利を得る道のりは本当にゆっくりとしたものでした。1870年代に女性が入れる大学ができましたが、入れるのは富裕層の女性だけでした。今では155の大学があります。コースアクティビティ、たくさんのNGO、女性運動、女性組織があります。

現在この学校では、18〜55歳の人たちが約250人(約100人が遠隔コースで、約150人が通学で)学んでいます。異なる国々からの成人女性や、スウェーデンの教育システムに入っても、学校を終えられなかった女性も、ここでみんなと学んでいます。

一般コースを終えると高校修了の学位がもらえます。卒業後は大学に進学するか、仕事を見つけるかします。クリエイティブライティングや、移民向けのスウェーデン語のクラス、トランスジェンダー女性を含む女性向け、新しくできた難民向けのコースもあります。いま6名の難民の方がいて、在留許可を待っています。

特に海外にルーツがある女性たちは社会の中で傷つけられていることも多くあります。ですが、この学校で他の女性たちと共に学ぶと、お互いにとてもよい影響を与え合えていて、互いに協力もするし、違いを受け入れ合っているように思います。もちろん衝突も起きますし、いつも異なる意見がありますが、他者の考えを知るために議論ができることが大切です。

女性だけの学校なんて時代遅れとも言われますが、一緒に学ぶことで強くなるんです」

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学校を運営している基金は、地域(ヨーテボリ市など)からも出ていますが、多くは県から出ています。

議員数の男女比は50:50!大きく変わったのはこの20年。

「学校の中だけでなく、中央の政治家にも働きかけています。ここまでの道のりは、容易なものではありませんでしたが、楽しい旅でした。80年代は私たちも本当に戦いました。それまでの内閣は男性ばかり。女性を増やすといっても、内閣の男性と交代できる女性を育てるというのは、とても難しいことです。しかし、この20年で革新的に変わりました。

現在、内閣には多くの女性がいて、今では、すべての政党で男女比がほぼ50:50になりました(2022年11月当時)。なぜ実現したかというと、スウェーデンの選挙は比例代表制です。各政党が候補者リストを作り、投票率に応じてリストの上位から当選が決まります。その候補者リストを男女交互にするようにしたからです。

アンチフェミニストムーブメントもあります。フェミニストに反対する人たちが女性の権利に反対しています。自分と異なる意見に出会い、なにが正しくてなにが間違っているのか?私たちのような学校においても、これからも時間をかけて、社会、未来のことを大きな視点で考えること、議論することが必要です。

女性の意見が受け入れられるようになるには時間がかかりますし、それには教育も重要です。そして性暴力への教育も。2017年、世界的に起きた#MeToo のムーブメントは、スウェーデンでも大きなものでした。     フェミニスト革命と言っていいほどです。バックラッシュ(揺り戻し)を恐れましたが、物事は前に進みました。

Never give up!続いていくのです」

人生の方向を変えるために、こうした学校は必要。

(Mariya Voyvodovaさん)
「40年前や20年前に比べて高学歴社会になりました。1960年代には大学進学率はとても低かったのです。スウェーデン全体で7万人から、いまや数十万人に。ヨーテボリだけで7万人です。
そのような中で、ウィメン・フォーク・カレッジのような学校は重要になってきています。人生を変えるために、労働者階級や移民の家庭から、学び続ける可能性や     仕事を求めて、さまざまな人が学校に集まっています。希望した学校に行けなかった人がキャリアを変えるために、あるいは、他の国から来てスウェーデンで卒業が認可されない人が資格を取るために学んでいる場合もあります。

私たちは、人々の思いな     しに戦うことはできません。時に勝ち、時に負けます。気候危機はじめいろんなことが同時に起こっている現在は、変化の時だと思います。あらゆることがポジティブな方向に変化することを望んでいます。

私は政治家でもあります。社会民主主義党でヨーテボリの市議会議員をしています。大変ですが重要な仕事です。ポジティブな方向に変化させようと働いています。幼い頃はクラシックバレエを続けるのが夢だったのですが、12歳のときそれじゃ食べていけないと父親に言われました。腹が立ちましたが政治に興味があったので政治科学を学び、ブルガリアから移民としてスウェーデンに来ました。2006年、29歳で政治家になり、2010年に市議会議員に当選しました。

Everything is possible, never give up!」

セクソロジーとセクシュアリティに関する研究でスウェーデンをリードする


【性科学とセクシュアリティ研究センター(マルメ大学) 】
 
 

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マルメ大学のソーシャルワーク研究科にある性科学とセクシュアリティ研究センターは、社会科学、人文科学、医学、臨床の観点から、セクシュアリティに関する学際的な研究を行っています。

設立の目的は、性科学とセクシュアリティ研究における学部全体の研究を発展させ、刺激し、またこの分野における国内外の研究協力を強化することです。それにより、大学の研究機関としての地位を、国内外において強化することも目的にしています。

セクソロジー(性科学)についてリサーチし、研究し、教育する。

研究は、構造的枠組み、制度的背景、個人の経験に焦点を当て、3つの主要テーマから構成されています。

セクシュアリティ、規範、政治
この研究テーマでは、さまざまな形の社会的介入や法的措置が、セクシュアリティ、ジェンダー、人間関係に関する考え方をどのように生み出し、再生産しているかに焦点を当てています。例えば、性教育のあり方、性器切除が疑われるケースに対するスウェーデン当局の対応、性と生殖に関する健康と権利の構造的課題、LGBTQ+の人々の経験に関連する移民法、買春犯罪化に関する視点など。

性と生殖に関する健康と権利、介入と予防
この分野では、性と生殖に関する疾病、性的脆弱(ぜいじゃく)性、性感染症の予防や社会的介入等に関連するさまざまな調査をしています。このテーマで組織された研究プロジェクトは、例えば、社会福祉サービスや     医療が性と生殖に関する健康と権利(SRHR)の問題にどのように取り組んでいるか、社会福祉機関がLGBTQ+の人々にどのように対処しているか、後天性脳損傷患者のリハビリテーションに関連した性的カウンセリングなどについてが含まれます。

性体験と実践
このテーマでは、個人の視点や経験から見た性体験と実践に焦点を当てています。例えば、知的障害のある若年成人の性的体験に関する推論、後天性脳損傷者の性的健康と疾病、性的虐待経験が歯科受診に及ぼす影響、デジタル・コミュニケーションにおける性的同意に関する若者の推論、不育症の調査と治療の経験、男性の性的暴力の経験、多人数恋愛(ポリアモニー)の経験、不倫のライフストーリー、LGBTQ+の人々のコミュニティケアにおける治療の経験、炎症性腸疾患とともに生きる若者の性の健康、COVID-19流行期における親密さとセクシュアリティの経験などが含まれます。

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お話をうかがったCharlotta Holmströmさん

メンバーの多様なバックグラウンドを生かし専門領域をまたげるのが強み。

「2007年からセクソロジーを対象に、異なる角度からジェンダーなどをリサーチするグループとして活動していたのですが、2014年に研究センターとして設立しました。スウェーデン、北欧諸国で活動し、各国にメンバーがいますが、毎年プログラムをスタートさせてきました。現在(2022年秋)は14のグループがあります。

メンバーの背景は、ソーシャルワーカー、助産師、看護師、心理学者、医師、サイコセラピストなどです。それぞれがプロフェッショナルとして活動しており、今ここでマスターコース(修士課程)を取っています。そんな彼女たちが一緒に研究することで専門領域をまたげるのが強みになっています。異なる専門領域や背景を持つため、異なる視点を持っているのです。ノーム(社会的なルールや期待される行動様式・規範)や政策がセクシュアリティにどのように関連しているか。組織レベルで、個人レベルで、どのように影響を与えているか、などを研究しており、他にもたくさんのプロジェクトが進んでいます。


例えばソーシャルワーカーとして仕事をする学生は、その中で「性売買」に関心を持ちました。政治的にもセンシティブな分野です※。私はこの領域に強い関心を持ち、リサーチもたくさんしているので、全体監修をしています」

※スウェーデンは、買春(性的サービスを買うこと)は性暴力の一形態であるという理解のもと、1998年、世界で最初に、売春側(性的サービスを売る側)を保護の対象とみなしながら、買春者のみを犯罪化した最初の国である。性産業をめぐる法律に関しては、ヨーロッパでもオランダでは飾り窓地帯を筆頭として売春合法化をしていたりと、国により状況が異なる。また、スウェーデンのあり方は結果的に性産業のアンダーグラウンド化を招くなどの批判もあり、性的なサービスを売ることについてセックスワークは仕事であり労働者の権利をまもるべきだと捉えるのか、それとも、一元的に暴力として扱うのかなど意見が分かれ、結果的に政治的にもセンシティブな分野となっている。
 
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お話をうかがったEva Elmerstigさん

「私のバックグラウンドは助産師、医療系です。性的機能、性的欲望、ジェンダー規範、身体損傷とセクシュアリティ、セクシュアリティとヘルスケアなどが専門です。
通常のマスターコースは2年ですが、速度を半分にして4年間で取得するプログラムも作りました。

マスターコース終了後は、同じ地域でより専門的に働き続ける場合もあれば、専門家として他の地域で働く場合もあります。セクソロジストとして特殊な進路に進む場合もあります」


(編集後記)
スウェーデンは今世界的にもジェンダー平等が進んだ国となっています。しかし、実際に取材してみてわかったのは、当然のことながらはじめからそうだったわけではなく、時間をかけて勝ち取ってきたものだった、ということでした。

もともとは女性に参政権すらなかった時代があることなどは、日本とも変わりません。LGBTQ+の権利にしても、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)にしても、おかしいと感じた人たちが声を上げ、抵抗にあいながらもジリジリと権利を勝ち取ってきた歴史でした。

取材先で日本では緊急避妊薬へのハードルが高いこと、時代遅れの掻爬(そうは)法による手術が今でも実施されていること、望まない妊娠・孤立出産の末に女性が逮捕されていることなどの現状を話すと、彼女たちの表情はどんどん曇り、ときには共に涙しながら、深く共感してくれました。それは彼女たちの歴史でもあったからだと思います。

日本のジェンダー平等実現への道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ませんが、近年のジェンダー平等に関する意識の高まりや、不同意性交罪の新設など、少しずつ変化の兆しは見えてきています。

SEXOLOGYサイトでの記事はこちら
https://sexology.life/world/swedish_sex_education/
https://sexology.life/world/swedish_sex_education_2/
 

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