性を隠す日本と、性を語るスウェーデン。
2024/04/09
世界経済フォーラムが毎年発表しているジェンダーギャップ指数。2023年、日本は146カ国中125位で過去最低を更新してしまいました(一つ前はモルディブ、一つ後ろはヨルダン)。先進国の中では圧倒的な最下位です。その大きな原因の一つが、性教育の遅れにあるといわれています。
ジェンダーギャップが大きい、つまりジェンダー不平等がまだまだ存在する今の日本の現状をなんとかしたい。そんな思いで2020年から包括的性教育※を発信している性の教科書サイト「SEXOLOGY」は、日本へのヒントを求めて、ジェンダー平等の先進国スウェーデン(ジェンダーギャップ指数はいつも5位以内)で性教育、ジェンダー平等に関連する活動をしている団体を取材しました。
※包括的性教育:ユネスコなどが推進し、性教育のグローバルスタンダードとなっている。自分の体、他者との関係、ひいては人権について、小学校入学前の年齢から高校卒業くらいの年齢まで、段階を追ってカリキュラムが組まれている。
【RFSU】性課題を社会に働きかけ、正しい教育や法律改正を推進するNGO
スウェーデン性教育協会(以下、RFSU)は1933年から続く、包括的性教育とセクシュアリティ、ジェンダー平等政策を推進するためのNGOです。
RFSUは創立以来、中絶や避妊の権利、学校での性教育、同性愛者の非犯罪化など、性に関する課題をスウェーデン社会に訴えてきました。国内に約20ある各地域の支部では、特別なトレーニングを受けた会員が、性、セクシュアリティに関する情報を、オープンでポジティブな姿勢で提供しています。現在RFSUストックホルム支部だけでも約1600 人の会員がいます。
また、彼らは事業会社RFSU ABを立ち上げ、コンドームなど、快適で安全な性生活を実現するための高品質な製品を、主に北欧で販売しています。この事業会社RFSU ABで上げた収益により、非営利団体であるRFSUの活発で継続的な活動が実現できているのです。
当初は強い逆風の中での活動だったとのことですが、やがてそれは大きな変革につながり、さまざまな法律の改正にまで発展しました。
RFSUの会員は、学校を訪問して性教育の授業を補完するセッションやワークショップの運営などをしています。子どもたちに基本的な知識を提供し、「セクシュアリティ」「アイデンティティ」「お互いを思いやること」「ポルノ」「安全なセックス」などのテーマで、生徒同士の活発な議論を促す役割を担っています。
ポルノはスマホ一つで見られる。否定するのではなく、批判的に、健康的に見ることができるようにする。
例えばポルノでは、有害なジェンダー規範やルッキズムの強化、性的同意の軽視や暴力、企業の利益を優先した搾取などにつながっていないか、避妊や性感染症予防はできているかなどについて、批判的に見る練習を行います。ポルノとどう向き合えば良いか、ただ非難したりおとしめたりするのではなく、ポルノとの有害でない健康的な向き合い方を身に付けるのです。また、この授業では、生物学や、コミュニケーション、同意、人間関係、性感染症など、性教育の他の重要な部分も併せて学ぶことができます。
ジェンダーについての正しい知識が、性暴力の抑止につながる。
「学校での授業以外では、ジェンダーについて正しい知識を伝えることによって、性暴力を未然に防ぐアプローチを行っています。最近では、フェスなど多くの人が集まる場でなにか性暴力が起きそうなときに介入して止める“アクティブな傍観者”という活動も進めています。障害者の性についてのキャンペーンも始めましたが、とてもいい反応です。
EUの国々はもとより、国内にいる移民に対しても、彼らの母国語を使ったオンライン動画などで情報発信しています。
政治との関係では、特定の政党に肩入れすることはなく、政策ベースで意見を表明したり、間違った知識がベースになっていると思われるものについては政治家を招いての勉強会を実施したりしています。
私たちが事業会社を持っていることには大きな意味があります。国や地方政府からの助成金とは別に独自の財源を持っているため、必要があれば彼らに反対することもできるのです」
【MÄN】男性の暴力防止とジェンダー平等に取り組む、男性のための団体
MÄNは1993年以来、ジェンダー平等と男性の暴力反対に取り組む、男性のための非営利団体です。男性が身近な人間関係や社会の中で、もっとケアする(他者の気持ちをくんで行動する)ようになるためには、破壊的な男性性(マスキュリニティ)の規範から変えなければならないと考え、さまざまな活動を国内外で行っています。
具体的には、「暴力の防止」「平等な子育ての推進」「男性性の固定観念への挑戦」「若い男性の支援」「ジェンダーと環境の関連性」といった主要分野におけるプロジェクトを、あらゆる年齢の男性、父親を対象に開発しています。
例えば、若者に対しては、全国の学校や自治体などと協力し、学校やオンライン、放課後や休日などの余暇時間に、暴力に対する認識や知識を広め、自立した批判的な思考をサポートし、対話を通して反省的な議論を育む活動をしています。
#MeTooをきっかけに、男性たちが有害な男性性について自問した。
「ちょうど組織が大きくなってきたころ、2017年に#MeTooムーブメントがありました。それにより多くの男性が、当時の男性性に疑問を持ち、MÄNに参加するようになりました。私たちは、そうした男性たちが、自分の考えを発言したり、会話を喚起させたりするワークを行いました。他の男性のそうした話を聞くのは初めて、という男性も多く、シンプルですが効果的な方法でした。
暴力を防ぐには、暴力とは何かを知ることです。もう一つ重要なのは、ジェンダーの理解です。そうすることで有害な男性性とは何かに気づくことができるのです。
MÄNのサポートホットラインKillar.se(スウェーデン語ほか)には年間6000人が相談にきます。そこでは思春期の少年たちに支援的な会話を提供しています。また、リアルで対面できるセラピーオフィスもあり、15~25歳の青年たちが心理学者やガイダンスオフィサーと会話するセラピーを受けることができます」
男性育休は重要。ケアをする経験が暴力も減らす。
「男性が長期間の育児休暇を取ることは重要だと思います。ケアをすることと暴力をふるうことは正反対なことだから。男性も子どもやパートナーをケアする文化を作れば、暴力はそれに比例して減っていくと思います」
【ユースクリニック】若者専用のクリニックは、無料で気軽。プライバシーは厳守。
ユースクリニックとは、13歳から24歳以下の若者専用のクリニックです。ここにはカウンセラー、看護師、助産師、医師がいて(一部のクリニックには心理学者や心理療法士も)、体のこと、セックスのこと、ジェンダー・セクシュアリティのこと、人間関係のことなど、なんでも気軽に相談でき、アドバイスやサポートを得ることができます。18歳未満は無料、18歳以上でもほとんどのクリニックは無料です。プライバシーは厳しく守られ、たとえ保護者であっても本人の同意なしにカルテを見ることはできません。
ユースクリニックでは、妊娠や性感染症から身を守る方法についてのアドバイスや情報も 得ることができます。検査は無料で、避妊薬の処方箋、コンドームを受け取ることができます。性暴力や避妊の失敗など、妊娠可能性のある性行為のあと、無料もしくは安価で緊急避妊薬の投与を受けることもできます。
今回、取材したユースクリニックのあるヴェストラ・イェータランド県には、ユースクリニック(Ungdomsmottagning、UM)が 56 あり、その中にはオンラインクリニック(UM オンライン)(※1)が 1 つ、若い男性のための受け付け(MUM)(※2)が6つ、性的虐待にさらされた人々(脆弱[ぜいじゃく]な若者)のための受け付けが1つあり、希望するサポートを求めることができます。
※1=オンラインのユースクリニックサイト「UMO.se - 性、健康、人間関係について」
13歳から25歳までの若者のためのウェブサイト。UMO.seでは、体、セックス、人間関係、メンタルヘルス、アルコールと薬物、自尊心など、さまざまな知識を得ることができる。スウェーデンのすべての地域がUMOに参加し、運営を支えている。
※2=若い男性のためのクリニック(MUM)
18歳から30歳までの男性が利用できる、セクシュアリティと人間関係について扱うクリニック。性感染症や性的な問題に対する不安から、親密な関係における問題、性的強迫に対する不安、その他の心配事まで、決まった人間関係の中であれ外であれ、あらゆる問題について相談することができる。「不安に関するクリニック」ともいえるMUMでは、看護師、性科学者、カウンセラー、心理学者、医師が働いている。
セックスクリニックではなく、性と健康の権利、人権のためのクリニック。
「このヒシンゲン・ユースクリニックには助産師、カウンセラー、心理学者など、20人くらい勤務しています。医師も2人いますが、勤務は毎日ではありません。(避妊のための)インプラントもできますし、性感染症の検査もできます。
Instagram、TikTokなどの若者がアクセスしている場所で、ここはセックスクリニックではなく、性と健康の権利、人権のためのクリニックであると呼びかけています。
ですが、若い男性、特に他の国にルーツのある男性などはここを訪れません。そのため、新学期にはスクールフェアとしてMessa(メッセ、展示会のようなもの)を学校で実施しています。私たちは誰でこういうことのために働いている、といったことなどを紹介します。ルーツや学歴が原因でスウェーデン語が苦手な人たちにも、イラストや、やさしいスウェーデン語、彼らの言語などを使って情報を届けています。
例えばマスターベーションについても、文化的にそれまで話すことさえ許されていなかったかもしれませんが、ここではそれが彼らの権利であり安全であることなど、スウェーデンでの捉え方も伝えています」
【KSH】SRHRを地域の暮らしや仕事に組み込んでいくための行政機関
性の健康のためのナレッジセンター(以下、KSH)は、性と生殖に関する健康と権利(以下、SRHR)のための組織で、ヴェストラ・イェータランド県内の行政区域ごとにあります。SRHRの推進と、この地域で採択されたSRHR戦略を、一般企業が取り入れる支援も行っています。
性と生殖に関する健康と権利を得ることは、生きる上でとても重要なことです。したがって、医療におけるセクシュアリティについてもっと話されるべきですし、一般企業などにおいても業務の中にSRHRをあたりまえに組み込む必要があります。そのため、KSHは企業に対しても、事業開発、研修などの教育、研究を通じて、SRHRの推進に協力しているのです。
また、SRHRを子どもや海外ルーツを持つ人も理解しやすくするために、平易なスウェーデン語や翻訳、写真などを駆使したツールも用意し、医療機関やユースクリニックなどへの提供を行っています。
SRHR(性と生殖の健康と権利)をプロモーションする仕事
「KSHは、想定外妊娠や、性感染症を防ぐための活動が始まりでした。5年前からSRHRなどもっと広い視野での活動をするようになりました。
この地域(ヴェストラ・イェータランド県)はスウェーデンでも最多の人口で、ヘルスケアは最も重要な問題の一つです。私のいるユニットは、その中でも性と生殖に関する健康に特化しています」
SRHRバスで、アクセスできない人にSRHRを届ける。
「活動の一つに、SRHRバスがあります。SRHRバスは移動型のセクシュアルヘルスケアクリニックで、文化的にそういった話をしない移民の方々のような、普段SRHRにアクセスしにくい人々のためのものです。
バスの中では性感染症検査もできます。内診台があって診察もできますし、カウンセリングもしています。中年男性が質問をしに来ることもよくあります。バスならアクセスしやすいのでしょうね。
KSHでは週に1回、SRHRについても相談を受け付けています。SRHRには誰もがアクセスできる必要があるからです。移民の方には通訳を付ける権利があります。情報や知識、セクシュアリティ、ジェンダーなどを、WHOの基本的な医療アクセスに沿って提供しています。
学生向けにSRHRや性感染症に関するカンファレンスや指導を行ったり、公衆衛生庁などさまざまな関係者が集まってカリキュラムをどう変えていくかについてのカンファレンスへの協力も行っています」
(編集後記)
性はタブーではなく、人生に欠かせない、大事なもの。
日本では、性やセクシュアリティ、ジェンダー平等についてきちんと教わることは少なく、人前でそんな話をしてはいけない、と言われることもあります。だからなにか不安に思うことがあっても、親にも友だちにも、ましてや先生に相談するなんてとんでもない!という人も多いのではないでしょうか。
スウェーデンでももちろん性について親子で話すことなどにハードルがないわけではありません。しかし、だからこそ、幼少期から包括的性教育がなされているだけではなく、成長の過程で生まれる不安や疑問に、さまざまなサポートが受けられます。また、SRHRというと若年女性に光が当たりやすいですが、実はその陰で置き去りにされて、ジェンダー規範によってさらに相談のしにくい男の子に焦点を当てたサービスや団体があることも特筆すべきことだと思います。
そのようにしてこそ若者の性と生殖の健康は守られるし、それは権利であるというコンセンサスがあって初めてできる取り組みですね。そして子どもだけでなく、大人も対象ですし、移民などのスウェーデン外からの人たちも含め、包括的性教育を受けることやSRHRにアクセスできることは基本的な人権として保障されているんだなと感じました。
次回に続きます!