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Jリーグチェアマン村井満氏

「二つの道があれば選択基準はいつもドキドキ感」

第3回

2014/04/26

アジアでの日本サッカーの存在感を

前職では、香港やインド、ASEAN諸国などで仕事をしていた時期がありますが、アジア諸国にいて感じたのは、日本のサッカーの存在感がまだまだ希薄だということでした。Jリーグは、このアジアにしっかり目を向けていかなければなりません。

村井満氏

サッカー人気というと、とかくヨーロッパや南米を思い浮かべがちですが、アジアも決して他の地域に劣るものではありません。言うまでもなく日本はアジアの一員ですし、世界経済の中心もアジアに移行しつつあります。そのアジアで、日本サッカーの存在感をいかに高めていくかが大きな課題です。

Jリーグではアジアへの取り組みを着々と進めてきていますが、すでにベトナムやタイ、シンガポールなど6カ国とパートナーシップ契約を取り交わしています。こういった包括的提携国は今後もっと増えていくはずです。相手国でのJリーグの試合の放送だけでなく、選手などの人的交流も進め、さらには文化交流にまでもっていくことが理想です。

日本は5大会連続でワールドカップに出場しますが、それだけ日本サッカーのレベルは間違いなく上がっている。しかし、当然のことながら世界のレベルも上がっています。日本が今はアジア地域でワールドカップの常連国になっているとしても、これからはアジアの代表になるのがもっと難しくなるほど、アジア全体の底上げをしていかなければなりません。そのリーダーシップを果たしていくのも、Jリーグの役割ではないかと思います。

スポーツを楽しむ人が増えるほど、その国は豊かに

多様な使命と役割を担い、課題も背負うJリーグですが、さまざまなエンターテインメントコンテンツがあふれる世の中で、サッカークラブの経営は難しさも増してきています。一般のビジネスでは、投資に対する回収が一定の蓋然(がいぜん)性を持って予見できますが、サッカーの場合は、高い年俸の選手がけがをすることもあるし、生身の人間がやっている分、投資・回収のサイクルが予見しにくい。非常に属人要素の強いビジネスです。

しかし、予見しにくいからといって、大きなビジョンや戦略を立てれば、それで成功するというわけでもありません。「神は細部に宿る」といいます。全国のクラブを一つ一つ訪ね、クラブ経営者の声に耳を傾け、選手やサポーターの姿に触れていく中で、経営課題の解決策も、さらなる活性化の方向性も見えてくるものと信じています。

私はこれまで仕事の流儀としては、目の前に二つの道があれば、常にドキドキする緊張感のある方を選んできました。Jリーグのチェアマン就任の打診があったときもそうでした。人間は、まったく手の届かないことや、楽々とできることには決してドキドキはしません。手が届くか届かないかぎりぎりのときに、胸が高鳴る緊張感を味わうものです。その緊張感の中でJリーグのさらなる活性化とファン層の拡大に努めたいと思っています。

スポーツを楽しむ人の数が増えれば増えるほど、その国は豊かになる。これは間違いなく真理だと確信しています。

Jリーグクラブの全国行脚で見た、忘れられない光景があります。J3のある開幕試合を観戦していたときですが、観客がメーンスタンドに座る中で、試合中のゴールの裏側で二人の子どもが、小さな旗でチャンバラをするように遊んでいたのです。それはそれで私はとても心が温まる風景を見た気がしました。

君たちがお父さんやお母さんと応援に来たチームは今はJ3だけど、大人になる頃にはJ1に昇格しているかもしれない。そのチームのJリーグデビューの日に、君たちはチームの旗でチャンバラごっこをしていたけれども、スタンドにいたことを、いつか誇りに思う日が来るかもしれない。私たちは、君たちのような存在を大事にしたい。君たちの記憶を大切に守っていきたい・・・。ほのぼのとしたチャンバラの風景を見ながら、そんな思いが頭をよぎっていました。

クラブの関係者の方々には、あまり大上段に構えたことを言うより、スタジアムで見たその光景と私の思いを率直に伝えた方が、どんなメッセージより強く、生きた言葉になるのではないかと思っています。

〔 完 〕