株式会社電通デジタルでは、表情分析AIでリモートワーカーのメンタルヘルスを守る「INNER FACE™」(インナーフェイス)の開発に取り組んでいます。パソコンのWebカメラで表情を捉え、感情推移を客観的に把握するこのINNER FACE™が実用化されれば、リモートワーカーのメンタルリスク回避に役立つかもしれません。
プロジェクトに携わる電通デジタルの水町洋介氏、畑雄樹氏、髙坂秋乃氏へのインタビュー後編では、「INNER FACE™」の反響や考えられる活用例などについて聞きました。
予防的アプローチに限らず、周囲をポジティブにする人材も見いだせる
Q.2023年3月に「INNER FACE™」のプレスリリースが発表されました。どのような反響がありましたか?
水町:リモートワークを導入している企業にとって、従業員のメンタルヘルスケアは大きな課題となっています。発表後は多くの企業から興味を持っていただき、数社から「導入したい」というご要望をいただいています。
高坂:とはいえ、表情分析が抑うつの予測につながるという学術的な根拠については、引き続き検証中です。現時点では実証実験という形で参加していただいています。実際に活用されている企業からは、アカウント追加のご依頼などもいただき、積極的に活用していただいていますね。
株式会社電通デジタル 髙坂 秋乃氏Q.「INNER FACE™」を活用することで、リモートワーカーの働き方にどのような影響を及ぼすと思いますか?考えられる活用例についてもお聞かせください。
水町:スケジュールやメールを一元管理できるようなビジネスソフトと連携できると、可能性がさらに広がりそうです。例えば、いつ何をしている時に、誰と話している時にどんな表情をしているのか数値化できれば、案件ごとにコンディションを把握できるかもしれませんよね。「この案件の時は、暗い表情になっている」というメンタル不調を察知するだけでなく、「この人がミーティングに参加すると、みんなが晴れやかな表情になっている。この人は社内のモチベーションを上げる人材かもしれない」という評価にも活用できるのではないかと。
Q.メンタルの状況を察知するという予防的なアプローチだけでなく、周囲に良い影響をもたらす人材を見いだす、というポジティブな使い方ができるのは面白いですね。例えば1回のミーティングでも、表情分析により感情の変化を把握できるのでしょうか。
水町:そうですね。私も実験に参加していますが、1回のミーティングでもかなりはっきりと感情の動きが分かりました。オンラインミーティングでは、プロジェクトリーダーが積極的に発言して、新人や若手社員は画面オフでマイクはミュートでメモを取るばかり……といった状況もあると思うのですが、それだとやはりなかなか感情がポジティブにならず、会議に参加しても楽しくないだろうと思っていましたが、そういった感覚はデータで実証されつつあります。当初は長期的にデータを取得することに価値を見いだしていましたが、1回のミーティングを対象にデータを取り、全員が意欲的に参加できたかなどのミーティングスコアを出すことで、変化のきっかけが生まれていくかもしれません。
Q.表情分析AIでは、ネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情も読み取れるのでしょうか。
水町:表情の変化からは、さまざまな感情変化が読み取れます。中でも、特に大きく表情が揺れ動くのは、幸せや驚きを感じた時です。その時に何が起きているのか分析すると、従業員の状況がより鮮明に見えてくるのではないかと思います。
ネガティブな表情にもいろいろなパターンがあり、「無表情」もネガティブな状態と見なされがちです。無表情比率が高い人は、アンケートでもネガティブな回答が多い、という傾向値も取れているんですよ。表情分析データとアンケート結果を併せて、何をしている時にどういう表情、どういう感情になっているのか、相関性の分析をさらに進めていきたいと思います。
コロナ禍で進んだDX。リモートワーカーのメンタルヘルスケアは今後も課題に
Q.「INNER FACE™」のプロジェクトに携わったことで、皆さんの中にはどのような発見がありましたか?
髙坂:この企画を通じて、普段の自分の表情を意識するようになりました。忙しい時、作業に追われて余裕がない時ほど、気付くと無表情になっています。まだ実証実験の段階ではありますが、表情とメンタルの相関性は無視できないと感じています。
それと同時に、今までは自分のことで精一杯で、周囲がよく見えていなかったと実感しました。私はコロナ禍での入社だったため、リモートワークが中心で周りの社員の顔もほとんど見えていませんでした。周囲をよく見て、お互いにフォローし合うツールとしても、「INNER FACE™」は大きな価値を持つのではないかと思います。
畑:「INNER FACE™」を開発しているエンジニアは、普段はクリエーティブ領域に携わっているメンバーです。そういう意味でも、野心的なプロジェクトだと思います。これまでは与えられた課題を解決していくという立場でしたが、クリエーティブなアイデアやブランディングに対し、エンジニアとしての視点を持ってどのように貢献すべきか、より積極的なアプローチが必要ではないかと思いました。
株式会社電通デジタル 畑 雄樹氏水町:私は今回、ソリューションを作り上げることの難しさを強く実感しました。自分の心理状態が全て可視化され、より能動的に活用できるソリューションを目指していますが、やはりそのレベルに達するには学術的な検証が必要ですし、開発リソースも相応に割かねばなりません。プロジェクトメンバーを絞りつつも、実用化に向けてこれからもプロジェクトを積極的に推進していきます。
Q.実証実験を踏まえて、本格的なサービスインに向けて開発を進めていくにあたって、現状で課題となっているのはどんなことですか。
水町:まずは、「こういう表情傾向が現れたら、メンタルに影響が出ている可能性がある」と医学的にも高い信頼性をもって実証できるかどうかが最初の課題です。そのハードルをクリアできれば、「INNER FACE™」で取得したデータを基に基準値を設定し、その数値を超えた時にはメンタル不調を察知してアラートを出すことができます。
そのためにも、まずは実証実験で蓄積された膨大な表情解析データを用いて、研究者の方々にメンタルヘルスとの相関性を検証していただき、論文発表まで視野に入れて、精度の高い研究を続けていきたいと思っています。
株式会社電通デジタル 水町 洋介氏Q.最後に、今後の目標をお聞かせください。
水町:コロナ禍が収束に向かったとしても、ハイブリッドワークが浸透する中で、リモートワークにおける従業員のメンタルヘルスケアは今後も確実に必要になります。従業員が日々コンディションをチェックし、健全なメンタルヘルスを保てているのかを確認するためのツールとして多くの企業のお役に立ちたいと思います。メンタルへの影響が見られたら、「産業医に相談しましょう」「上司や人事担当者と1on1でミーティングしてください」と通知することもできますし、上司やプロジェクトマネージャーに閲覧権限を与えれば、「今週は一言も話してないけど大丈夫?」といった声掛けも促せると思います。
私自身もそうでしたが、リモートワークが続くと1週間誰とも話さないケースも少なくありません。特に、プログラマーやエンジニア、デザイナーなどの職種は作業に没頭する傾向があります。気付かないうちにメンタルヘルスが深刻な状況になっている可能性もあるため、「INNER FACE™」が健全なメンタルを保つ一助となれば嬉しいです。

まだ実証実験段階とはいえ、リモートワーカーのメンタルリスク回避に期待が高まる「INNER FACE™」。「従業員のわずかな変化に気付けないので、オフィスワークを推奨している」という企業も、「INNER FACE™」が実用化されれば、より多様な働き方を実現できるのではないでしょうか。