2026年5月27日、「第3回 東京大学AIセンター・電通クリエイティブインテリジェンス共同研究発表会」が東京大学で開催された。
電通と電通デジタルは2022年、AIを活用した広告・顧客体験領域の研究開発を推進する横断組織「電通クリエイティブインテリジェンス(DCI)」を発足。東京大学AIセンター(※1)との共同研究を通じて、AIによる創造性支援や広告クリエイティブの評価・改善に関する研究を進めてきた(※2)。
今回の発表会では、6つの研究成果とパネルディスカッションが披露された。本記事では、その内容と会場で交わされた議論の様子をレポートする。
※1 東京大学AIセンター=正式名称は「東京大学 連携研究機構 次世代知能科学研究センター」。現状の人工知能技術の枠組みとその限界を超え、真に人間のためになり、将来の社会、産業、経済、文化、学術を駆動する新たな次世代知能科学体系の構築と応用に取り組む研究組織。(https://www.ai.u-tokyo.ac.jp/ja/)
※2 共同研究契約件名=「クリエイティブの科学に向けた探索的研究」「同(2024, 2025, 2026)」「クリエイティブの科学に関する試行研究」「広告におけるクリエイティビティ・訴求力に関するAI研究1~4」「『人の心を動かす』クリエイティブAI研究1」
「人間とは何か」――共同研究5年目の現在地
冒頭、東京大学AIセンター長の國吉康夫教授は、この共同研究について「これだけの規模で5年間続く取り組みは珍しい」と語った。AIはもはや単なる技術トレンドではなく、社会や産業に大きな影響を与える存在となっている。その中で今回の研究群は、「人間に残された特性とは何か」という本質的なテーマに向き合っているという。
「クリエイティビティや感性、人の心が動く瞬間といった領域に深く関わる研究です。非常に先進的な取り組みだと思います」
その言葉は、その後に続く発表全体を象徴するものだった。
発表① 記憶を持ち日常を暮らす――AI人格は人間に近づけるか
最初の発表では、バーチャルペルソナ(AI人格)を進化させる研究が紹介された。
従来のペルソナは設定時に与えられた情報のみで構成されるため、新しいニュースや環境変化への反応が難しい。そこで、この研究ではAIに日々の生活や消費行動、趣味、目標、偶発的な出来事などを継続的に経験させることで、「記憶を持つ生活者モデル」の構築を目指している。
実験では、駅で見たポスターをきっかけにイベントへ参加したり、地震報道を受けて防災意識が高まったりするなど、人間らしい行動変化が確認されたという。今後は「飽きる」という感覚の再現や、多数のペルソナを生成した際の人格の均質化といった課題に取り組む予定だ。
質疑応答では、マーケティング活用時の評価指標や、将来的な“ペルソナを育てる”ビジネスの可能性など、応用の広がりが示された。
発表② AI時代の創造的プロセス――AIは「ひらめき」を支援できるか
続いて紹介されたのは、創造的思考を支援する研究だ。
生成AIの普及によってアイデアの量は増えたが、「本当に質の高い発想」を生み出せているのかという疑問が出発点となった。研究チームが着目したのは、意識が目の前の課題から少し離れた状態で起こる発想現象だ。そこで提案されたのが「クリエイティブワンダリング」という手法である。課題を頭の片隅に残す仕掛けや、普段接しない情報との偶然の出会い、視線を固定しすぎないUIなどを組み合わせることで、短時間で思考を浮遊状態(ワンダリング)へ導くAIツールが試作された。
創造性は集中だけでなく、適度な脱線からも生まれる。そんな人間の思考特性をAIが支援する試みとして注目を集めた。質疑応答では、視覚だけでなく音声やマルチモーダルな刺激も有効ではないかというコメントが寄せられ、創造支援ツールの方向性について議論が広がった。
発表③ 「刺さる動画」予測モデル――AIは人の反応をどこまで推定できるか
SNSを中心に動画マーケティングが拡大する中、動画表現が視聴者の反応に与える影響を、制作前・配信前に評価する研究も発表された。
当初は、信頼性や魅力度など既存研究で提唱されている指標を用いて検証したが、ブランドリフトや視聴率との明確な相関は確認できなかった。そこで分析手法を見直し、「魅力」を人物、映像表現、質感など複数要素に分解して再検証。その結果、一部の要素において有意な相関が見られたという。
将来的には、動画制作段階で成果を予測し、クリエイティブ改善の指針となるモデルの実現を目指している。質疑応答では、タレントなどの文脈的要因とのバランスや、将来的にはA/Bテストの予測精度を7割まで高めたいという目標が語られ、より実用的なモデルへの期待が示された。
発表④ 制作フローを変える画像生成技術――AIはどこまで人の手となり得るか
広告制作の現場を変える可能性を持つ研究も紹介された。
現在の生成AIは画像作成そのものは得意だが、細かな修正やレイアウト調整には依然として人手が必要だ。本研究では画像をレイヤー単位で扱い、指定したオブジェクトだけを狙った位置に生成・修正できる仕組みを開発している。
さらに、画像生成モデルを軽量化しながら品質を維持する研究も進められている。制作効率の向上だけでなく、大量のクリエイティブを生成・分析することで広告効果の検証精度向上にもつながる可能性が示された。
発表⑤ 型破りな視点を持たせる――AIの「常識」を外したら何が起こるか
5つ目の研究は、創造性そのものをテーマとしていた。
現在の生成AIは安全性や整合性を重視するため、平均的で無難な回答になりやすい。そこで研究チームは、AIが持つ常識的な制約を意図的に緩めることで、飛躍的な発想が生まれるかを検証した。実験では、結婚式業界に対して「サブスクウエディング」、葬儀業界に対して「スマホ物理破壊葬」といったアイデアが生成された。大胆な切り口に会場では思わず笑いが起きた。
人間の固定観念を揺さぶる発想が生まれたことは興味深い成果とし、今後は安全性と創造性を両立させる仕組みの構築が社会展開への鍵になるという。
発表⑥ ときめきを科学する――AIは「ときめき」を捉えられるか
最後に発表されたのは、人の「ときめき」を科学的に捉える研究だった。
研究チームはVR空間内にカプセルトイ売り場を再現し、参加者の視線や瞳孔径、対象との距離などを計測した。分析の結果、最終的に「最も好き」と評価された対象は、初見の段階から視線が長くとどまり、近づいて観察される傾向が確認された。また、瞳孔の拡大も特徴的な反応として観測された。
視線や行動指標から、「好き」や「ときめき」といった感情に関連する反応を捉えられる可能性が示され、マーケティングのみならず、人間理解そのものへの応用も期待される。
発表会では番外編として、dentsu Japanの山本覚氏による「未来をつくるためのAI」と、電通の川田琢磨氏による「最強キャッチコピーAI開発」についても発表された。
共通していたのは「人間とAIの新しい関係性」という視点
研究発表後のパネルディスカッションでは、AIと人間の関係性について活発な議論が交わされた。AIによる効率化や自動化の先に、人間が何を価値とするのかという問いが何度も立ち上がった。
國吉教授は、「未来は予測するものではなく、つくるものだ」という発表内容に触れながら、重要なのは複数の未来の中から人間が意思を持って選択することだと語った。その上で、これからのAIと人間の関係性について、「人間を幸せにするか」という視点を提示した。
また、電通の深田氏は、マーケティングの役割が、購買をゴールとした効率追求から、人を楽しませ、幸せにする方向へ広がっていると指摘。マーケティングの視点でみても人間の感情や心の動きを理解する今回の研究群はとても価値があると述べた。
議論は日本のAI競争力にも及んだ。大規模データでは海外勢に及ばない部分がある一方、日本には独自の文化やコンテンツ、そして効率だけでは説明できない創作への情熱がある。その独自性こそが国際競争力になるのではないかという見方が共有された。
さらに、東京大学の山崎教授は「絵に描いた餅ではなく、本物の餅を一口でも食べさせることが大事」と述べ、研究成果を実際の社会実装につなげる重要性に触れた。その点、今回の発表では実際に動くモックアップが複数提示されたことも、大きな進歩だと評価した。
AI研究の次のテーマは「感情」
発表会の最後に、dentsu Japanの佐々木康晴氏は、AI研究の関心が「正確さ」「効率」から、「倫理」、そして「エモさ」「好き」「驚き」へと移ってきていると総括した。
今回発表された研究は、一見するとテーマがばらばらに見える。しかし共通していたのは、人間の感情や創造性、意思決定のメカニズムを理解しようとする姿勢だった。AIは人間の仕事を代替する存在として語られることが多い。しかし今回の共同研究が示したのは、AIが人間の創造性を拡張するパートナーになり得るという可能性である。
効率化の先にある価値とは何か。人はなぜ心を動かされ、何にときめき、どのように創造するのか。そんな問いに向き合う“クリエイティブ×サイエンス”な研究が、すでに始まっている。