能と技術が融合し
六本木にダリ降臨
2016/10/20
変幻する伝統芸能
現存する世界最古の舞台芸術の一つといわれる「能」と、先端テクノロジーが出合った。9月13日、電通が立ち上げた「テク能プロジェクト」第1弾として、スペインの芸術家サルバドール・ダリをテーマとした「ダリ能」が東京・港区の国立新美術館で世界初披露された。
この取り組みが生み出す新たな価値とは何か。共創に挑んだ3氏の手応えや観客の声、ビジネスシーンを含めた活用を目指すプロジェクトメンバーの思いを、当日の舞台風景と共に紹介する。
金属製の面、幻想的な映像...。新境地開く「ダリ能」を世界初演
「ダリ展」開会式の能舞台では、松の木が描かれる通常の背景に代わり大型LEDディスプレーが設置され、ダリにとって生命の象徴である卵を模したオブジェが客席との“結界”となった。
コンクリートの現代建築に響き渡る笛の音と共に、能衣装をまとったダリが降臨。幻想的なCGや大都会の映像、ダリの作品が次々と投影される前で、ダリの面を着けたシテがオリジナルの詞章で優美に、時に激しく舞い謡う。伝統と革新の融合から生まれる新たな幽玄美が、高円宮妃久子さまはじめ国内外の来賓や関係者、一般招待客ら出席者を魅了した。
ダリの霊を演じたのは、演能団体・銕仙(てっせん)会の清水寛二氏。これまでも現代劇やダンス、他の伝統芸能などとのコラボレーションに取り組んできた。能面は通常木製だが、清水氏が着けたダリの面は「超々ジュラルミン」と呼ばれるアルミ製。精密機械加工を専門とする大槇(だいしん)精機が高精度かつ超絶技巧の削り出し技術を駆使して完成したものだ。映像演出は、最新のメディアテクノロジーを駆使したプロジェクトで注目を集めるクリエーティブ集団・ライゾマティクス アーキテクチャーの齋藤精一氏による。
最古の舞台芸術を、最先端テクノロジーとの融合により拡張するこの試み。さらなる可能性を生み出していく第一歩となった。
※「ダリ能」の披露は開会式のみ。「ダリ展」は12月12日まで開催しています。
海外の出席者から称賛の声
ガラ=サルバドール・ダリ財団事務局長(スペイン)
ファン・マヌエル・セビリャノ氏
過去の日本でのダリ展は、観客の皆さんが大変温かく鑑賞し、大成功を収めてきました。ダリ能は、こうした日本とダリの特別な関係をとても繊細な形で体現したと感じています。クラシックなものと近代的なもの、さらにテクノロジーが加わるというとても難しい試みが成功しており非常に感動しました。ダリ能を制作した皆さんに対し、敬意を払います。
サルバドール・ダリ美術館長(米国)
ハンク・ハイン氏
ダリがダリ能を見たら大いに感激したと確信します。彼はポップアートなどの大衆文化を過去のクラシックな美術の世界と融合させ、それを映画やビデオ、ホログラムなど最新の技術やメディアを用いて表現した最初の芸術家の一人だからです。ダリの神髄は、さまざまな状況を乗り越え過去と未来を融合させていく力を持っていたこと。こうした観点からも今回の能、ダリ、最新技術の組み合わせは素晴らしかったと思います。
三つのクリエーティブの融合で生まれる
「テク能プロジェクト」の第1弾となったダリ能では、ジャンルの異なる三つのクリエーティブが融合した。「能」という日本古来の伝統芸能と、最新テクノロジーを駆使した「映像」、日本が得意とするものづくり技術「機械加工」という掛け合わせは何を生み出し、どのような可能性を広げていくのか。企画を担った立役者たちに話を聞いた。
共作で刺激を受け、また能に帰っていく
新しい作品づくりから古典の力の再認識へ
清水寛二氏
能は、控えめにいっても650年続いている古典芸能ですが、決して遺産ではなく、今日でも必ず起こり得る問題をテーマにした「現代の舞台芸術」だと思っています。また、能の持つ演技術は可能性を秘めており、多様な舞台や場、新たな戯曲や劇にも対応できると信じています。その思いから、これまでもさまざまなジャンルと共作してきましたし、テク能プロジェクトへの挑戦も決意しました。
テク能プロジェクトは、能が培ってきた技術と、幾つもの要素が出合う場となりました。題材がダリですし、テクノロジーの演出もあります。使う面も通常の木製ではなく、新たに金属製の面を制作していただきました。さらに、舞台も普段と違う場所ということで、これらの「複合的な出合い」が大変面白く感じました。
見られた方は、「これは一体何だろう」と思われたかもしれません。私はそれでいいと思っています。その反応をきっかけに、能に近寄っていただければよいのではないでしょうか。
能はもともと、さまざまな芸能を吸収して形成されたといわれます。能作者の世阿弥も「新しいものや作品をつくることが能の役者の命」と言っており、現代の私たちも、それが課題だと考えてきました。新しいものをつくれば、古典の力の再認識にもつながります。
他の分野との共作に刺激を受け、また能に帰っていく。そういう時間は本当にありがたいですし、今後もさまざまなジャンルとの共作を続けていきたいと思います。
伝統を、変えないために変えていく
最新技術で能本来の表現したいものを追求
齋藤精一氏
この10年で「コラボレーション」という言葉が一般化し、伝統芸能とテクノロジーという、昔では考えられなかった組み合わせが実現する時代になったと感じています。だからこそ、コラボによって伝統や文化を崩してしまうのではなく、どの方向に伸ばすべきか、ちゃんと羅針盤を見なければなりません。
能は日本の由緒正しき伝統芸能なので、映像でどう関わるべきか深く考えました。他の文化にもいえますが、伝統には「変えない美しさ」もあれば、「変えないために変えていく美しさ」もあると思います。今回は後者で、最新技術で能本来の表現したいものを追求するのが目的です。そこに意義を感じました。
現代の私たちからすると、能で行われる舞や囃子(はやし)、衣装やストーリーが何を伝えているのか、勉強しなければ分からない部分もあります。それは必要なことだと思うのですが、映像という新しい表現方法を付け加えることで、興味の“引き出し”を1個追加して、能の構造や考え方を知るきっかけになればうれしい。僕も今回のプロジェクトで気付けた一人です。
電通とは「ウルトラパブリックプロジェクト」(ultrapublic.jp/)という、テクノロジーとエンターテインメントのソフト視点で未来の街を考える活動もしています。今回は伝統を現代にどう還元するかという最初のチャレンジです。こうしたコラボを何回も積み重ねていくうちに新たな形式が出てくると、良いプロジェクトになるのではないでしょうか。
アナログな感覚を、デジタルに置き換える
エンジニアの魂と技術を注いだダリの能面
大町亮介氏
大槇精機は機械加工を50年以上やってきました。普段はメーカーが量産する前の試作品を制作していますが、2008年ごろからそのノウハウを生かして、芸術品と呼べるようなものにも挑戦してきました。今回、ダリの能面を金属でつくるという話を頂いたとき、工業と芸術で培ったノウハウを生かせると思い、プロジェクトへの参加を決めました。
本来、能面は木製であり、手でつくられます。今回は金属の削り出しをコンピューターで制作するので、デジタルとのバランスの良い着地点を見つけようと努力しました。ただ、デジタルといってもわれわれのアナログな感覚をデジタルに置き換えるだけの話です。今までの概念からすれば邪道かもしれませんが、そこに魂を注ぐほどいろいろな技術を投入し、制作も約2カ月はかけました。
例えばダリの特徴となる、ひげ部分は、針金のような細いワイヤのフレームを何百本もコンピューター上で編み込んでいきました。そして、そのディテールを再現するため、仕上げ工程では髪の毛2本分ほどのドリルで削りました。こういったプロセスには、エンジニアたちの心意気が込められています。
ダリの面を着けて演じられているのを実際に見て、心から感動しました。こういったコラボレーションは、社員のモチベーション向上にもつながりますし、今後もいろいろな分野に波及することが考えられますので、私たちも積極的にチャレンジしていきたいです。
テク能プロジェクトとは
電通が立ち上げた新プロジェクト。「能」と多様な先端テクノロジーを組み合わせ、伝統芸能としての新たな展開と、現代社会のさまざまなシーンでの活用を目指す。
日本が誇る舞台芸能の一つである能は、客層や上演機会が限られ、表現手法も極めて高い国際評価を得ているにもかかわらず現代シーンでの活用はほぼ見られない。「高尚で難解」という固定観念を刷新するためには「共創」による新たな価値創造が有用と捉えた。プロジェクトでは、この考えを元にさまざまな企業・団体・クリエーターを巻き込みながら、ビジネスシーンを含めた“能の活用”に取り組んでいく。
企業との共創に意欲、「テク能」で地方や日本を盛り上げたい
異分野のクリエーティブが共創するテク能プロジェクト。プロデューサーの電通イベント&スペース・デザイン局エクスペリエンス・テクノロジー部の米山敬太氏(写真右)は、「能は世界最古の舞台芸能の一つといわれる。他ジャンルと組み合わせることで、今日まで続いてきたその力を広げられると感じた」と企画のきっかけを振り返る。企画や作詞、全体演出を担当した同部の村上史郎氏(同左)は「室町時代の能は、能面や舞台の制作、役者、演技など、当時の最先端技術が結集し共創していたはず。その姿を現代に取り戻したかった」と語る。その意義を実現すべく、3者のつなぎ役となった。
プロジェクト第1弾の「ダリ能」は、国内外から高い評価を受け、多くのメディアでも取り上げられた。今後の活動について「能の舞台は各地に残っている。企業の周年事業や地方創生のイベントとして、ぜひテク能を活用していただきたい」と米山氏。また、村上氏は「能とテクノロジーの融合は、今までにない日本のパフォーマンスとして世界に発信できる」と今回の手応えを強調する。“誰かがよみがえる”という能独特の表現(夢幻能)は活用に幅があり「コンテンツとしての可能性を持っている」(村上氏)とのこと。企業との共創にも意欲を示している。