AI技術が急速に進化し、企業の在り方そのものを変えつつある今、dentsu Japan (国内電通グループ)は「AIネイティブカンパニー」への進化を掲げ、新たな挑戦に乗り出しています。2025年7月には、国内5社が連携し、約1,000名の専門人財を結集した横断組織「dentsu Japan AIセンター 」(以下、AIセンター)を設立。広告・マーケティング領域にとどまらず、企業の業務改革や新規事業創出までを視野に入れたこの取り組みは、AIを活用した成長戦略「AI For Growth 」の中核を担っています。
今回、前後編に分けてAIセンターのキーパーソンにインタビュー。前編では、株式会社電通総研 の水野和大氏、株式会社電通コーポレートワン の鈴木健太郎氏、株式会社 電通 の木村裕也氏、株式会社電通デジタル の内田隼人氏に、AIセンター設立の背景やその役割と、AIネイティブ時代に目指すべき企業の在り方や、顧客企業の成長を支えるdentsu Japanの取り組みなどについて話を聞きました。
AIネイティブカンパニーへの変革を推進する中核組織を設立 Q.まず、AIセンター設立の背景と目的をお聞かせください。
水野: AIセンターは、dentsu Japanが「AIネイティブカンパニー」への変革を推進するための中核組織です。今やAIは、業務効率化にとどまらず、企業の経営戦略や組織文化を変革し得る存在となりました。それに伴い、顧客企業のニーズも深化し、コスト削減ではなく新たな価値創造、事業成長の原動力にAIを活用したいという声が増えています。また、dentsu Japanとしても、既存の広告エージェンシービジネスにとどまらず、マーケティングパートナービジネスへと事業領域を拡張する必要性を感じていました。 AI市場の競争が激化し、データプライバシー保護など外部環境が変化する中、dentsu JapanがAI戦略を加速するためには、自社の強みを生かしながら、既存のビジネスモデルや組織の在り方そのものを変革していく必要があります。そこでこのたび、国内グループ5社(電通、電通デジタル、株式会社セプテーニ・ホールディングス 、電通総研、イグニション・ポイント株式会社 )のAIリソースを一元化し、約1,000名もの専門人財を擁するAIセンターを発足しました。
株式会社電通総研 水野 和大氏 Q.AIセンターは、6つのユニットで構成されています。前編では「AI業務効率化ユニット」「AIマーケティング&クリエイティブ高度化ユニット」「統合マーケティングAIエージェント開発ユニット」の3つのユニットリーダーにお集まりいただきましたが、それぞれの役割を教えてください。
鈴木: ユニット1「AI業務効率化ユニット」では、AI利活用を通じてdentsu Japan内の業務効率化を目指しています。その土台となるIT基盤の環境整備、細分化するニーズに対応する体制構築、各業務プロセスにおけるAI実装などに取り組んでいます。 dentsu Japanには、顧客企業との打ち合わせ、社内での情報共有、プレゼン資料の作成など、さまざまな業務プロセスがあります。これらを効率化する各種エンタープライズシステムを自社開発しているのが、私が所属する電通コーポレートワンのテクノロジーオフィスです。そのノウハウを生かし、現在はさまざまなユースケースごとに、AIによる自動化の有用性を実証するPoC(概念実証)を行っています。 例えば、ある自動車メーカーのCM制作をする際、「過去に自動車のCM制作の経験があり、30代女性の感性が分かるプランナーはいないか」と社内でクリエイターを探すことがあります。既存のシステムでも、過去のCM作品や、CM制作にアサインされた人財は分かりますが、それらをもとにAIが適切なクリエイターをサジェストする機能があれば、さらに業務を効率化できるでしょう。他にも各種AIシステムのPoCを進めているところです。
株式会社電通コーポレートワン 鈴木 健太郎氏 木村: ユニット2「AIマーケティング&クリエイティブ高度化ユニット」は、プロセス高度化に関わる研究やAIソリューションの開発を行うチームです。AIによるコピーライティング、アイデアの立案、ペルソナインタビューなど、マーケティング&クリエイティブの全工程に対応するプロダクトやサービスを次々に開発しています。
内田: ユニット3「統合マーケティングAIエージェント開発ユニット」は、個別のAIを連携させ、 統合されたマーケティング体験を提供するチームです。ユニット2で開発されたAIプロダクトを活用し、dentsu Japan内だけでなくさまざまな顧客企業に適用していきます。 ただし、顧客企業ごとにマーケティングのプロセスは一社一社異なります。例えば、AIでマーケティングプランを策定した後、ユーザーのインサイトを深掘りしたいというケースもあれば、広告の予算配分を決めたい、そのまま社内の稟議を作成したいというケースもあります。個別のAIでは応えきれないこうしたニーズに対し、私たちは複数の専門AIエージェントを連携させ、マーケティングの全工程を一貫した体験として提供します。
プロンプトを書けなくても、誰もがAIを使える状態を作る Q.「AIネイティブカンパニー」への変革に向けて、皆さんはどんなビジョンを描いていますか?
鈴木: 全社員がAI技術を縦横無尽に使いこなすのではなく、まずは日々の業務において自然とAIを利活用した業務効率化がなされている状態を作るのが、ユニット1のミッションです。例えば、われわれが裏側でAI技術を使って処理をしていることによって、今まで3つあったプロセスが1つに減ります。このように、AIがネイティブに使われている状態を実現したいと考えています。こうしてAIネイティブカンパニー化したdentsu Japanが、他企業の事業コンサルにおいて良いモデルケースになればと思います。
木村: 私も、「全社員がプロンプトを書けること=AIネイティブ」だとは考えていません。プロンプトを書かなくてもAI技術を使えることが、ユニット2の開発思想。テーマや仮説を入力するだけでアイデアが出てくるようなプロダクトを開発しています。
株式会社電通 木村 裕也氏 木村: dentsu JapanでAI戦略を推進する並河進さんは、AIの活用方法として「時間をつくる」「気軽にはみ出す」の2つを挙げていましたが[有大1] 、私も同じ意見です。業務の効率化により「時間をつくる」のはもちろん、絵を描けなかった人がAIで絵を生成できるようになったり、事業プランが苦手な人が草案を作成できるようになったりと「気軽にはみ出す」ところに、AIの価値があるのではないでしょうか。 個人の能力や企業の持つ可能性を引き出し、拡張するツールとしてAIを活用していく。人間だけではたどり着けなかった境地へ、AIと共に到達する。そんなスタンスでAIと向き合っていくのが「AIネイティブカンパニー」の目指すべき姿だと思います。
AIをどの業務に適用するか、見極めが重要 Q.顧客企業へのAI導入支援は、どのようなプロセスで進めていますか?
内田: 一般的には、まずAIを導入する箇所を特定するところからプロセスが始まります。その上でAIの導入検証を行い、効果が実証されれば全体に展開し、運用に入るという流れです。 その際、最も大切なのは「AIをどの業務に適用するか」という見極めです。業務プロセスが整理されていない場合、どの業務の負荷が高く、事業に大きな影響が与えているのか特定するのが困難なだけでなく、 一から検討するとコストがかかってしまいます。 そこで役立つのが、パッケージ化された「専門AIエージェント」です。これを活用することで、短期間で具体的な“動く形”を作り、早期に効果を検証し、組織全体の適応速度を速めることができます。 AIセンターでは、独自のマーケティングメソッドを詰め込んだ専門AIエージェントを開発しています。このAIエージェントを顧客企業の業務プロセスに合わせて丁寧にカスタマイズして提供していくことが重要だと考えています。 画一的にAIを導入だけでは、その企業独自の強みが薄まってしまうため、ブランド戦略やターゲット顧客などを考慮した上でAIエージェントを調整し、AIが提案するアイデアの精度を高めています。
株式会社電通デジタル 内田 隼人氏 業務変化やチェンジマネジメントまで。dentsu Japanならではの伴走支援 Q.現時点での課題や、AIエージェントの導入による成果について教えてください。
内田: 導入段階の課題としては、既存の業務の仕組みとのバッティングや、人とAIの役割分担が曖昧になることが挙げられます。AIリテラシーやAIとの向き合い方は、利用者によって異なり、それによって「AIに任せきれない」、逆に「AIの言いなりになってしまう」といった問題も発生します。そのため、想定利用者のユースケースごとに個別化したAIエージェントをカスタマイズすることで、こうした課題を解決しています。 こうした課題解決の先にこそ、AIがもたらす本質的な価値があります。特にマーケティングの現場には、正解がはっきりしないテーマが少なくありません。 AIエージェント導入による成果は、仮説検証と意思決定の速度が劇的に向上することです。これにより現場は単純作業から解放され、より付加価値の高い業務に時間を充てられるようになります。AIエージェントの導入にあたっては、AIを単なる機械と捉えずに、新しく会社に加わったメンバーとして、AIエージェントに対して1つずつ役割を定義するとAIネイティブな組織変革に向かっていけるのではないでしょうか。
水野: AIの導入は、さまざまな課題に対する仮説検証や意思決定をスピーディーに行えるという利点があります。それだけでなく、顧客企業の伴走支援とチェンジマネジメントを推進するのが電通グループでの強みです。 dentsu Japnでは、AIエージェントの導入に際し、業務の棚卸しや業務プロセスの設計、AIのチューニングを行うだけでなく、顧客企業の業務変革、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)にまで伴走支援しています。AIを前提に経営戦略を策定し、新たな制度や組織文化をつくりあげる。われわれには、こうしたチェンジマネジメントを支援する体制も整っています。
企業は今、経営戦略の立案から業務遂行まで、あらゆるプロセスにAIを組み込む「AIネイティブカンパニー」への変革が求められています。AIによる業務効率化という近視眼的思考ではない、人とAIの知の共創がさらなる事業成長をもたらすのではないでしょうか。後編では、ユニット4~6のミッションや、dentsu JapanのAIトランスフォーメーション支援の強みについて深掘りしていきます。