従業員の「好き」を力に、企業文化を変革する
2025/01/29
近年、グローバル化やデジタル化が急速に進み、コロナ禍によってリモートワークが普及するなど、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。これらの変化を背景に、「企業文化」の変革に取り組む企業が増えています。
本記事では、ウェルビーイングを第一線で研究し、さまざまな企業経営にも携わる予防医学研究者の石川善樹氏と、国内電通グループ約150社で構成される「dentsu Japan」のチーフ・ブランディング/カルチャー・オフィサーの吉羽優子氏が対談。企業文化の変革において、社員の自発的な「好き」を起点に発展させていく有用性について語り合いました。
経営者は、なぜ企業文化を変革したいと考えるのか?
吉羽:私は、国内電通グループのカルチャーの醸成というミッションを担っています。今回、石川さんとの対談で、企業文化の変革についてヒントが得られれば良いなと思っています。初めに、弊社だけでなく、いま企業文化の変革を考える企業が増えていますが、どのような背景があるのでしょうか?
石川:いろいろな理由が考えられますが、一つは「自社は何のために存続しているのか」という問いについて改めて考え直すようになっているからだと思います。いま日本企業は金融市場から収益性を上げるようにプレッシャーを掛けられていますが、収益性を上げることだけに注力すると、もうかるもうからないだけで経営判断がなされるようになってしまう。「収益性を上げたその先にあるものは何か」を考えているように感じます。
吉羽:なるほど。
石川:「文化」というのはかなり幅広い定義を持つ言葉なので、「企業文化」というと漠然としていて分かりにくいですよね。文化というものは、日々の体験の中に落ちているはずなので、「従業員が日々どのような体験をしている企業が強いのか」と、問いを変えた方が分かりやすいかと思います。
吉羽:おっしゃる通りですね。企業文化を考えるときに大事なのは、一人一人の従業員が日々何を考えながら仕事しているのか、自分が行っていることにどのような意義や役割を見いだせているのかが一番大事だと感じます。
石川:とはいえ、必ずしも企業文化を変革しなければならないというわけではありません。企業が経済価値を出し続けるためには、主語を企業ではなく社会にしたときに、どういう社会であってほしいのか、そのために自社がどのような社会貢献ができるかを考えることが大事です。そのために必要であれば企業文化を変革するし、逆にいまの文化を守った方がいい場合もあります。
吉羽:企業文化を変えること自体は目的ではないですね。何かしらの形で企業や事業が進化しなければいけないときに、文化が変わらない、つまり社員一人一人の考えや行動がついてきてもらえないときに企業は困るのだろうと思います。
下位2割の人たちが活躍する仕組みを作ることが大事
石川:企業文化を変えたいというのは、おそらく社員の考え方やふるまいを変えたいという意味でおっしゃっているのだと思うのですよ。極論を言えば、企業文化は、従業員を大胆に入れ替えれば素早く変わるのですが……。それができない中でどうするかという問いだと思います。
組織内の人財構成について「2-6-2の法則」が語られることがあります。「2-6-2の法則」とは、組織は、2割の優秀な上位の人財、6割の平均的な中位の人財、2割の下位の人財で構成されるというものです。
企業は、優秀な上位2割に注目しやすい。でも、優秀な人たちが大きな成果を上げても、それは「すごい」で終わってしまいます。会社の誇りにはなりますが、他の従業員は「自分も頑張ろう」という気にはならず、変革にはつながりません。例えば、大活躍する大谷翔平選手を見て「すごい」と思っても、自分も明日から同じことができるとは思いませんよね。
吉羽:次元が違うという話ですね。
石川:会社が本当に変わるために大事なことが二つあります。一つは、企業は、平均的な中位の人財の無数の努力の上に成り立っていることを認識し、彼らに対する敬意と感謝を持つことが必要です。そうでないと、彼らはやる気がなくなります。もう一つは、下位の2割の人たちが大きな成果を出せるような風土があることです。ここでの下位というのは、やる気のない従業員ということではなくて、いまの企業の事業の枠組みの中では収益をあまり上げられていない人たちを指します。
この下位2割の従業員が活躍できる風土がある企業は長い目で見ると強い。平均的な中位の人財になれずにいたけれども、腐らずに努力してきた姿をみんなが見ているので、この2割の人たちの活躍が企業全体の活力になります。企業が収益性や創造性を発揮し続けるためには、この2割の人たちが活躍する仕組みを作る必要があります。ある企業は、下位2割の人たちと社長が特命チームを組んで画期的な商品を開発しました。その商品は高い収益性を実現しただけでなく、クオリティにも優れていて権威あるアワードを受賞しました。
吉羽:とても興味深いですね。
石川:下位2割の人は、やる気はあるが、いまの企業の仕組みとは少し違う考えを持っています。イノベーションという観点で考えると、この人たちを生かせば新しい試みがしやすい。さらに、この人たちがすごいことができるなら自分たちも何かできるのではないかと企業全体に勇気と元気が出てくる。それをはたから見ると、「あの企業はなんか文化が変わってきた」と感じるのだと思います。
「好きを仕事に」ではなく、「好きを力に」
吉羽:企業文化を変革するという点においては、従業員の「好き」に注目することが大事だと考えています。電通グループは元々、「私はこれをやりたい、こうありたい」という思いが強い人が集まっていて、それが強みだと感じます。近年は事業領域が広がってきていて、クライアントが国内外合わせて約11000社にも上ります。いろいろな業種の仕事ができるようになっていて、みんなの「好き」とか「やりたい」が、何かしらの形で具現化しやすくなっています。
従業員の「好き」や「やりたい」をなるべく発露できるような環境や仕組みを作るのが私の仕事です。そうすることが社会に対してより良い価値提供にもつながりますし、結局人は内発的な動機、すなわち「自分の中でこうしたいとかこうなりたい」と思ったことに携わってないと仕事が続かないと思うんですよね。
とはいえ、「好きを仕事に」ということとは私は少し違う気がしていて、「私はこれが好きだからこの仕事をする、他の仕事はしない」というのは、組織人としてやっぱり違うんじゃないか、と。
石川:好きを仕事にすると、それが好きじゃなくなる危険性があるんですよ。人のやる気をなくさせる一番簡単な方法は報酬を与えることです。報酬を与えることで、内発的動機が外発的動機に変わる。最初は好きで無償でやっていたことも、お金のことをいろいろ考えなければならなくなってイヤになってしまうことがあります。さらに、お金をもらえるようになると、報酬が低い仕事やサービスで行う仕事に対して、「なぜやらなければいけないのか」と感じてしまうこともある。ですから、好きなことは仕事にしない方がいいとすら言えます。
吉羽:「好きを仕事に」というよりも、「好きを力に」という方が正しいかもしれませんね。自分の好きを力にするために、いろいろな人と対話をしながら、自分の気持ちやパッションをチームにどう生かせるか考えていく。独りよがりにならずに、自分の「好き」を力にしていくという方向です。
石川:そうですね。「好きを力に」というのはすごく正しいと思います。もう少し踏み込むと、仕事ではキャッシュポイントとバリューポイントを分ける発想が必要です。例えば、GoogleやFacebookは、キャッシュポイントは広告ですが、バリューポイントは検索や人と人をつなげることです。好きを力にするのはバリューポイントにして、それをどうキャッシュにするのかは別で考えた方が良いのではないでしょうか。
吉羽:電通の場合、クリエイターだけでなく、ビジネスプロデューサーやさまざまな職種の人が、担当するクライアントの商品やサービスを好きになる力が非常に強い。ときには相手のことを相手以上に好きになる、ある意味、不思議な集団です。
何が好きで何が嫌いかをセットで把握する
石川:別の文脈で考えると、好きというのは、要は従業員の主観です。経営の観点から従業員の主観を大事にするというのは、「満足度」から始まっているんですよ。企業が、従業員に満足してもらっているかどうかという。満足度という主観を大事にするようになった理由は、離職率に影響するからです。 ただ、従業員の満足度というのは生産性とは関連がありません。
そこで、生産性と関連が強い指標として「エンゲージメント」という考え方が出てきました。エンゲージメントというのは、別の言葉で言うと「夢中」ということです。仕事や会社に夢中になることは、生産性が高いんです。さらに、もっと従業員の立場で主観を大事にしようということで、いま「ウェルビーイング」が注目されています。ウェルビーイングは、仕事や会社に限らず、会社外でのことも含めて、従業員がどう感じているかを見ます。ウェルビーイングは、生産性や創造性、離職率といったいろいろな指標と関連が強いので、ウェルビーイングが高い企業は採用力があると言われています。
つまり、経営の観点から主観を大事にするというのは、従業員満足度→エンゲージメント→ウェルビーイングと進化してきているわけです。では、従業員の立場で何がウェルビーイングなのか、どうやって経営層やチームメンバーが把握したらいいのかというと、それはやはり従業員の主観なのです。
何が好きで何が嫌いか、何がストレスになるかをセットで把握する。実は好きとストレスはセットなんです。そこを把握すると、その人にとってのウェルビーイングがよく分かることから、「好き」というのがポイントになっています。
何が好きかは従業員によって異なります。内発的に出る人もいれば、相手との関係性の中で好きになっていく人もいる。好きは必ずしも自分の中から出てこなくてもいいんです。
吉羽:確かに、電通グループの従業員にインタビューしても、「私はこれが好きだから、この仕事をやっています」という人ばかりではないんですよね。チームに貢献できることがすごく好きで仕事を続ける動機になっている人もいます。
石川:人間の特性を「凝縮性」「受容性」「弁別性」「拡散性」「保全性」の5つに整理し、それぞれの因子の数を比較することによって、その人が示す反応・行動を計測するFFS理論というものがあります。それによると、受容性が強い人は貢献するのが好きなんです。あなたがうれしいと、私がうれしいというタイプの人です。要は、必ずしも自分の特技=好きなこととは限らなくて、好きは人によって違うわけです。
吉羽:好きなことは人それぞれという中で、企業の一体感みたいなものを目指すことが最適解なのかと考えてしまうことがあります。みんなで目指すべき方向を共有することは大事ですが、むしろ一体じゃない方がいいんじゃないか、と。
石川:一体感というのは、明確なライバルがいると自然に出るものです。例えば、野球やサッカーの世界大会は、普段は日本ということをあまり意識しない人でも、他国と戦うのを見ると意識する。ところがオリンピックのような、さまざまな競技がある大会では、日本という一体感はそこまで意識しなくて、選手の生きざまを見て共感するものになってきています。企業でも事業が多岐にわたって、やっていることがそれぞれ違うと一体感は出ないんですよ。
吉羽:おっしゃる通り、電通グループの場合は事業が多岐に広がっているので、一体感というのはあまり意識されずに、それぞれの従業員の生きざまへの共感になっていくような気がします。
石川:ただ、企業としての一体感がないと、企業を事業別に捉えることになり、この部門はもうからないから切り離せばいいという考えに陥ることもあります。ですから、「そもそも企業とは何か、価値とは何か」ということに対して、一体となって何かを持たないといけないという考えになるわけです。
人に興味と敬意を持つ文化が必要
吉羽:先ほど、「好きを力に」という話がありましたが、弊社に限らず、企業は従業員の好きを力にするにはどうすればよいのでしょうか?
石川:企業が従業員のウェルビーイングを大事にする時代では、従業員の主観、つまりその人がどういう状態や何が好きなのか、ストレスになっているのかを把握する必要があります。同僚、上司、部下についてもう少し興味を持つということです。とはいえ、働き方改革で生産性向上が叫ばれていたり、ハラスメントに気をつけるようになっている中で仕事以外のコミュニケーションを取ることが以前より難しくなっていますが。
でも、人に興味と敬意を持っている文化があるかどうかは大事です。従業員に存分に力を発揮してもらおうとするならば、やっぱりその人のことを興味を持って聞きますよね。
吉羽:本当にそうですね。仕事をしている姿は、その人の一部分でしかないわけですし。その人が何を信条にして、どういう生き方をしているかは知ろうとしないと見えてこないし、分からないとチームで仕事がしづらいですからね。
今回お話を伺って、「好きを力に」することが、企業の収益性と創造性を高め、ウェルビーイングにつながること、そして、従業員が「好きを力に」できる文化を作るには、従業員一人一人のことを知る必要があることが理解できました。本日はありがとうございました。