「好きを力に仕事をする」ってどういうこと?現場で働く社員に聞いてみた
2025/04/21
世の中が急激に変化していく中、「企業文化」の変革に取り組む企業が増えています。前回の記事では、社員の自発的な「好き」を起点に、変革を進めていく有用性についてお伝えしました。
自分の好きなことをそのまま仕事にするのではなく、“自分の「好き」を力にして仕事をする”と、社内に良い影響が生まれるかもしれない。では、“「好き」を力にして仕事をする”とは、具体的にどういうことなのか?
この問いを、現場で働く電通社員へ投げかけてみました。お答えいただいたのは、電通第2マーケティング局のプロジェクト「BUKATSU」に参加している八木彩香さん、大岩亮介さん、松居真珠香さん。
「日本の伝統文化」が好きという3人は、ご自身の「好き」と「仕事」をどのように捉えているのか、お話を伺いました。

電通 第2マーケティング局に「BUKATSU」発足
──みなさんは第2マーケティング局に所属(2024年12月時点)されていて、同局のプロジェクト「BUKATSU」に参加されています。初めに「BUKATSU」の概要を教えてください。
大岩:2024年に局長が立ち上げたプロジェクトで、「好き」を起点にして局員同士が親交を深め、好きなことのナレッジや経験を見える化しようという狙いがあります。現在、BUKATSUには約15人の局員が参加していて、私たち3人で結成した「日本の伝統文化部」の他に、「ダイエット部」「女子オタクインサイト部」「スパイス部」などがあります。
──会社の部活動とは異なるのですね。
大岩:はい。電通には部活動もありますが、そちらはみなさん趣味で参加されていて、仕事との関連はありません。BUKATSUは、局員が「好き」でつながり、そこから新しいアイデアや仕事を生み出していくことを最終的な目標にしています。電通は広告やマーケティング領域だけにとどまらず、クライアントのさまざまな事業をサポートしています。BUKATSUで見える化された専門的な知見が、クライアントの事業や課題解決に役立つのではないかと考えています。
例えば、スパイス部であれば、食品業界のクライアントに対して、新しい発見をお届けできるのではないか、と。BUKATSU内にさまざまな専門家・オタク集団が生まれるほど、できることが増えそうです。
松居:BUKATSUは、「自分はなぜこれが好きなんだろう」と考えるきっかけにもなっています。好きの理由を自分に問いかけることは、普段のマーケティング業務において、「生活者がなぜこの商品やサービスを選ぶのか」を考えることにもつながります。
──なるほど。みなさんは、日本の伝統文化部のメンバーですが、所属したきっかけは何だったのでしょうか?
大岩:日本の伝統文化部は、私の声掛けから生まれました。私は大学生のときに日本の伝統文化に興味を持ち、プライベートで茶道やいけばなのお稽古に通ったり、能や狂言の公演を見たりしています。BUKATSUで自分と同じように日本の伝統文化が好きな人と出会って、仕事につなげていけたらと思いました。
八木:私は、高校、大学時代は茶道部に入り、現在は電通会茶道部に所属しています。茶道歴は18年で、他に華道も学んでいました。第2マーケティング局に異動してきたとき、「茶道をやっています」と自己紹介したところ、同じく茶道を学んでいた大岩さんが声をかけてくれたことがきっかけで、日本の伝統文化部に入りました。
松居:私は入社1年目で、社内で同期か直属の上司しか知り合いがいませんでした。どうやってコミュニティを広げていこうかと考える中で、BUKATSUに茶道が好きな人がいるから、ちょっと入ってみようと。
──みなさんは、日本の伝統文化、中でも茶道でつながったわけですが、茶道の魅力を教えていただけますか。
八木:二つあると思っています。一つは、相手を思いやり細かいところまで気遣う「おもてなしの心」です。もう一つは、「無駄のない所作」です。お茶を点(た)てる一連の動作やお茶を飲むときの動作の一つ一つに意味があり、一切無駄のない手順が考えられているところに感動します。
松居:私は、ゆったりとした時間を大切にするところに茶道の魅力を感じます。高校時代に茶道と出合い、相手を思いながらていねいに動作を行う茶道が、自分の世界を広げてくれました。

「日本の伝統文化が好きな人が局内にいる」という旗を立てられた
──これまで日本の伝統文化部でどのような取り組みを行いましたか?
大岩:社内にある和室を借りて、第2マーケティング局のメンバーを招き、茶道が大切にしている思想を紹介するために「オフィス茶会」を開きました。茶会は3部構成で、第1部は、茶道の現状や魅力についてプレゼンテーションしました。第2部は、現在よく行われているお茶会スタイルの「大寄せの茶会」を開いて、私たち3人が局員のみなさんにお茶を振る舞うという内容です。第3部は、武士の時代によく行われていたスタイルの「一客一亭の茶会」を行い、その様子を局員に配信しました。

松居:茶道は、ただ抹茶を飲むだけと考える人が多いのですが、お茶を点ててお出しする一つ一つの動作をはじめ、空間を飾る花や掛け軸などあらゆる道具にも「おもてなし」の意味を込めています。そのことを理解してもらい、日本文化の美しさを体感してもらえればと思いました。
八木:「大寄せの茶会」は、多くの客を招いて行う茶会のことなのですが、今回は、私たち3人が、約10人の局員にお茶を点てました。
大岩:「一客一亭の茶会」とは、お客さまと亭主の一対一の茶会のことです。今回、私が局長を迎えて、お茶を通じてもてなしました。

──局長とどういったお話をされたのでしょうか?
大岩:茶道は、安土桃山時代の前後では、戦わずして味方を増やすための武士の交渉手段として使われた歴史があります。私にとって局長は敵ではありませんが(笑)。普段の1on1は、キャリアの話や最近の業務について話すことが多いのですが、今回は、茶道の「おもてなし」を通じて局長への日頃の感謝の気持ちを表現できたので、そこから家族の話や趣味の話などよりプライベートな話をすることができました。局長と心のつながりが生まれ、少し関係が深まった気がします。
──参加した局員からはどのような感想がありましたか?
松居:ランチや飲み会以外にも、こんな局員同士のコミュニケーション方法があるんだという声がありました。お茶を飲むだけでなく、空間を大事にして相手とのコミュニケーションを取る茶道の世界に魅了された人もいました。
八木:参加者は20代の方が多く、同じ局内でもこれまであまり関わりのない人が多かったのですが、同じ時間を共有したことで、フロアで会ったときにあいさつしてくれるようになりましたね。
大岩:私は、京都の東映太秦映画村で日本の伝統文化に関するイベントをプロデュースしているのですが、その仕事の存在や意義を局員に知ってもらうこともできました。「オフィス茶会」を開いたことで、「日本の伝統文化が好きな人が局内にいる」という旗を立てられたことはとても意味がありました。

好きを仕事にすると、それが好きじゃなくなることもある!?
──今回の取材は「好きを力に仕事をする」がテーマなのですが、「好き」と「仕事」について、みなさんはどのように考えますか?
松居:私は「好き」という感情が行動の源泉になっています。自分が好きだと思ったことはどんどんやってみたいタイプで、就職先に電通を選んだのも自分が好きな仕事ができると思ったからです。
八木:私は「好きなことを仕事にしたい」という思いはなくて……。自分の好きなものは自分の中で消化したいタイプです。
松居:八木さんのような考え方を持つ人は、私のまわりでもすごく多いです。自分の好きは、オフのときの心の安らぎの場でありたいみたいな。私も、好きだから何でも仕事に接着したら楽しいかといえば、そうではない気がします。
大岩:「作業として好きなこと」と「対象として好きなもの」があると感じますね。作業として好きなことというのは、私の場合、プランナーとして企画や戦略を考えることです。BUKATSUで見える化されるのは、日本の伝統文化のように、「対象として好きなもの」なんじゃないでしょうか。好きな作業を好きな対象物でできたらいいなと思います。
とはいえ、一方では、自分の好きな対象物を仕事として扱うのはとても難しいと感じます。日々の業務でも自分の好きなものを踏まえた提案はなかなか通らない。それに好きなものを仕事にすると、なんだか自分の「好き」を「ビジネスの道具」にしているような感じがして……。そのうち、好きじゃなくなってしまうこともあるかな、と。
──好きを仕事にすると、それが好きじゃなくなる危険性がある。最初は好きでやっていたことも、お金がからむとイヤになってしまう可能性があることは、前回の記事でウェルビーイング研究者の石川善樹さんも指摘されていました。
大岩:ですから、自分の好きな対象物を仕事として取り組んでいくには、「どれだけ好きか」が重要になってくると思います。なんというか、人から言われるのではなく、「これは自分がやらなきゃ」と自らに使命を課す「自命感」が必要になる気がしていて。
──使命感ではなく、自命感なのですね?
大岩:電通の仕事はクライアントの事業を第三者の立場からサポートすることです。そのとき「好き」という気持ちがあると、当事者には見えていない視点やブレークポイントに気づくことがあると思うんですよね。「好き」を力にすると、自分にしかできないことが見えてきたり、なによりクライアントへの大きな説得材料になることもあるんじゃないか、と。

「好きを力に仕事をする」ってどういうこと?
八木:先ほど、「好きなことを仕事にしたい」という思いはないと言いましたが、相手のことを考えてもてなす茶道の本質は、電通がクライアントのことを考え、先回りしていろいろな提案をしていくことに近いものがあると感じます。
相手のためを思って仕事をしているところが、自分が茶道を好きな理由と一致している気がして。茶道をそのまま電通のビジネスにしなくても、茶道の本質を自分の仕事でも大切にする。それが、「好きを力に仕事をする」ということなのかなとも思います。それと、自分の好きな茶道を起点に局員がつながった「オフィス茶会」も、好きを力にできた形といえそうです。
松居:そうですね。「好き」は伝播するものだと思っていて。自分の好きなものを伝えることで、まわりの人との交流が活発になったり、「自分も好きを発信していいんだ」という安心感が組織に生まれたり、良い影響があると思います。
──自分の好きを発信することは、仕事でプラスになるのでしょうか?
大岩:なると思いますね。ゲームや車が好きな人は、そういった仕事が回ってくることがあります。好きなものに対しての熱量や知識量がたくさんあることは、クライアントにとっても重要になってきますし。その上で電通社員としてのプランニングなどのスキルがあって、クライアントに合わせてチューニングして出していける人が求められる。好きなものや得意なものがあると、そういった仕事の割合は増えていきます。
八木:でも、自分が好きなことを知られていないと、そういった案件にアサインされませんよね。自分の好きを周りの人が知ってくれることで、新しい仕事があるときに「やってみない?」と声をかけられる。特にコロナでリモートワークが定着して、限られた人としかしゃべる機会がない状況では、BUKATSUのような存在はありがたいですね。
──自分の好きな仕事にアサインされるというのは、何千社もクライアントがあり、いろいろな業界の仕事が集まってくる電通ならではの特徴ではないでしょうか?
大岩:そんなこともないかなと思います。例えば菓子メーカーで働いている人が、日本の伝統文化が好きだとしたら、お菓子のパッケージなどに日本の伝統文化の要素を入れることを考えられますし。たしかに電通はクライアントの事業の幅が広いですが、他の企業でも、自分の好きを力にしていける可能性はあると思います。
──日本の伝統文化部で、今後取り組んでみたいことはありますか?
大岩:今回実施した「オフィス茶会」を社外向けにカスタマイズして、電通のソリューションとして提案する。例えば、インナーコミュニケーションに課題を抱えている企業があれば、お手伝いさせていただきたいですね。
八木:茶室を備えている企業もあるので、そういう企業とコラボ企画ができたら面白いですよね。茶道は経験したことがない人が多いので、新鮮に感じていただけるかもしれません。
松居:社外だけでなく、電通全体を見ても茶道人口は少ないので、茶道というコミュニケーションや日本の伝統文化の良さを伝えていきたいですね。
──今回お話を伺って、好きを力に仕事をしていくことで、社内にも本人にも良い影響が生まれることを感じました。本日はありがとうございました。