dentsu Japan(国内電通グループ)は、2026年5月25日、「AI for Growth 3.0」を発表した。これは、同グループが培ってきた実践知を組み込んだ専門AI群を、企業のマーケティング活動に本格的に「実装」するフェーズへの移行を示すものだ。
東京・汐留の電通ホールで行われた発表会では、新たなマーケティングフレームワーク「PSDCA」や、それを実現する専門AIプロダクトシリーズ「AI for Growth Suite」などを公開。構想段階から具体的な実践段階へと進化する、同社のAI戦略の全貌が明らかになった。
AI戦略の進化と1年間の成果
冒頭に登壇したdentsu Japan CEOの佐野傑氏は、グループ全体のAI戦略「AI for Growth」の基本理念について、「人間の知とAIの知を掛け合わせ、クライアント・パートナーをはじめとした顧客と社会の成長に貢献する」ことだと説明した。また、クライアントが求めるのは高度なAIそのものではなく、事業成長や企業価値向上であり、その実現に向けた真のパートナーを目指す姿勢を強調した。
2025年5月に発表された「AI for Growth 2.0」からの1年間で、同グループのAI活用は大きく進展した。主な成果は以下の通りである。
・新組織の発足: 2025年7月に1000人規模の新組織「dentsu Japan AIセンター」を発足。国内電通グループ全体のAI活用と事業開発を牽引(けんいん)している。
・人材育成: AIネイティブ人材の育成を進め、G検定合格者は1619人に到達。
・社内業務の効率化: 社内では4500以上のAIエージェントと1300以上のAIアプリが常時稼働。2026年度には年間20万時間の業務創出時間を見込むほか、デジタル広告領域では最大95%の工数削減を実現。
・クライアント支援の拡大: AI変革支援はすでに200件以上の実績があり、2026年度には1000件を目指す。
こうした実績を踏まえ、今回発表されたのが「AI for Growth 3.0」である。
PDCAの次となる、新マーケティングフレームワーク「PSDCA」
続いて登壇したdentsu Japanのチーフ・AI・オフィサーである並河進氏と電通のマーケティング部門の執行役員である貝塚康仁氏は、AI活用のフェーズが「全社導入」から「専門領域での質的向上」へと移行していると説明。その中で、汎用LLMにマーケティングの専門知見や実務経験を学習させる重要性を語った。
その上で、「AI for Growth 3.0」を推進する2つのエンジンと、新しいマーケティングフレームワーク「PSDCA」について紹介した。
・エンジン1:People Model
業種や商材ごとに異なる生活者や市場のリアルな反応を、施策実行前に再現できるマーケティングシミュレーション環境。独自のAIペルソナを用いて、個人の多様な購買ジャーニー(ミクロ)と市場全体の反応(マクロ)を同時にシミュレーションできる。
・エンジン2:Creative Thinking Model
AIによる思考の同質化を防ぎ、競合との差別化や革新的なアイデア創出を促すエンジン。電通クリエイターのノウハウを搭載し、「クリエイティブジャンプ」を生み出す役割を担う。
・人とAIが共創するフレームワーク:PSDCA(Plan-Simulate-Do-Check-Action)
PSDCAは、上記2つのエンジンが相互機能することを前提に設計された次世代型のマーケティングフレームワーク。
従来は施策を実行(Do)した後でしか得られなかった市場の反応を、実行前にシミュレーション(Simulate)できる点が特徴。これにより、計画段階で仮説を徹底的に磨き込み、施策の成功確率を大幅に高められるという。同社は、精緻なシミュレーションを行う「People Model」と、発想を飛躍させる「Creative Thinking Model」という2つのエンジンを連携させ、PSDCAフレームを実行することで、クライアントの事業成長を強力に推進するとした。
中核となるAIプロダクト群「AI for Growth Suite」
「構想」から、企業のマーケティング活動に「実装」するフェーズへ。その中核となるのが、SaaS形式で提供される専門AIプロダクトシリーズ「AI for Growth Suite」だ。主な構成は以下の通り。
・専門AIツール:商品企画、仮想生活者に向けた定量調査、アイデアブレスト、プランニング支援など行う6種類の専門性AIツール。
・AIエージェント基盤:「AI for Growth Marketing Agents」として、10種類の専門AIエージェントを搭載。調査・企画・実行・改善まで、マーケティング工程を横断的に支援する。
・データ統合分析基盤:データに基づく意思決定サイクルを支えるデータ基盤「AI for Growth Decision Hub」。
AI for Growth Suiteの紹介動画
説明会では、架空の企業を舞台にしたデモンストレーションも実施。商品企画から戦略立案、メディアプランニングまで、AIプロダクト群を使って実演し、人の直感や経験とAIの分析・生成能力を融合させることで、従来とは比較にならないスピードと精度でマーケティング業務を進められる様子を具体的に示した。
プロダクトの多くは既にSaaS形式で提供されており、クライアント企業内で実装フェーズに移っていることも示唆された。
さらにその先へ。AIとAIがつながり合う未来
dentsu Japanのデータ & テクノロジー プレジデントである松永久氏は、さらにその先の構想として「AIとAIがつながり合う未来」を提示した。
AIエージェントの活用によって、メディア、データ企業、クライアントといった企業間の壁を越えた連携が可能になるとし、高品質かつ安全なエージェント開発に向けた「Marketing Agent Protocol」の開発を進めているという。
すでに複数のパートナーと実証実験を開始しており、エージェント同士が自律的に対話しながら、クライアントのマーケティングROIを最大化する未来像を描いている。
開発・研究・ガバナンス体制が支える信頼性
最後に、これらの先進的な取り組みを支える体制について、電通総研のクロスイノベーション本部本部長である阿野基貴氏とdentsu Japanのデピュティ チーフ・AI・オフィサーである山本覚氏が説明した。
開発面では、大規模システム開発で実績を持つ電通総研が中核を担い、2026年2月には「AI開発センター」を設置して開発体制を強化。研究面では、数学オリンピックメダリストも在籍する電通データアーティストモンゴル、5000人超のエンジニアを擁するインド拠点、東京大学との共同研究などを通じて、最先端の技術と知見を取り込んでいる。
また、山本氏は「レスポンシブル(責任ある)AI」活用の重要性を強調。グループ各社横断のAIガバナンス体制を構築し、1100件以上の問い合わせに対応する相談窓口を設置するなど、安心・安全なAI活用を徹底していると説明した。
今回の発表は、国内電通グループがAIをマーケティング業務へ本格的に「実装」するための具体的なソリューションを提示し、業界の変革をリードする強い意志を示したものといえる。実務で成果を生み出すAIが、人と共創しながら、マーケティングの未来を切り開いていくことが期待される。


