食品の機能性表示制度で広がるビジネスチャンス①
~新制度成立の背景と今後の見通し~前編
2015/04/23
4月1日に食品の機能性表示制度が施行された。44年ぶりの大改定といわれている今回の新制度。その施行によって日本市場はどうなっていくのか。ビジネスチャンスはどのように広がっていくのか。電通ヘルスケアチームのメンバーが有識者に話を聞いた。
新しい機能性表示制度は、地方活性化の切り札にもなり、日本の食品制度がグローバルスタンダードになる力も秘めている──。そう語るのは、内閣府の規制改革会議委員として、制度の設計に深く関わってきた大阪大大学院の森下竜一教授だ。単に機能性表示の問題にとどまらない、44年ぶりの大改定の意味を、制度成立の背景や今後の見通しと共に聞いた。
「セルフケア・セルフメディケーション」の推進役に
小林:今回の新機能性表示制度ができるまでの背景からお伺いします。
森下:1971年(昭和46年)に、無承認無許可医薬品の指導・取り締まりを目的に厚生省(当時)の通知(46通知)が出され、以来、食品の機能性表示は禁止されてきました。広告も、体の部位や効果・効能などに触れることはできず、イメージ広告にならざるを得ませんでした。しかし、消費者にとっては、何が自分にとっていいのか、いまひとつ分からない。産業界も、研究成果があってもそれを伝えることができず、何とかできないかと要望はしていたわけです。
そういう中で安倍政権が、政府として「セルフケア・セルフメディケーション」、つまり消費者が自分の責任で健康を維持することを推進する方針を立てました。これまでの国民医療費のかけ方は、病気になってからお金を支出する形でした。でも、未病の段階から、国民の健康維持に積極的に関与していくのも国の大きな役割です。つまり、先制医療(※)にリソースを割くのが、あるべき医療政策の根幹ではないかと思います。その先制医療を、セルフケア・セルフメディケーションの推進で、より積極的に前進させようという背景があった。特に機能性表示問題は以前から懸案でもあったので、一気に規制改革の動きが具体化したのです。
取り残されていた日本の食品制度
小林:森下教授も委員を務められていた規制改革会議で重要ポイントとなったのは何でしょうか。
森下:まず、国際先端テストを実施したことです。欧米諸国や中国などさまざまな国の制度と比較して、日本の制度が最先端になる規制改革にしようという狙いからです。これまでありがちだったのは、米国と欧州の中間を落としどころにするパターンですが、今回は、中間というのではだめだと。実際テストをやってみると、日本の規制の在り方が一番遅れていた。米国は企業責任で、EUや中国、韓国も国の責任で機能性表示を認めている。ASEANも2015年から機能性表示を導入することが既に決まっていて、日本だけが取り残されていた。
また、今回の規制改革が単なる緩和ではないことも重要な点です。特定保健用食品(トクホ)に関わってきた側からは規制緩和に見えるかもしれませんが、サプリメントを扱う企業にとっては規制強化になる。従来は安全性や品質に関して報告義務があるわけではなく、販売の届け出もしなくてもよかった。それが新制度では機能性を表示できるメリットが生まれた一方で、安全性と品質の担保だけでなく、健康被害情報の収集など機能性表示を裏付けるエビデンスの開示も要件になった。むしろ規制強化の側面が強いのです。消費者にとっては、安心材料が増えることになります。 しかも、国が許認可するわけではなくて、届け出でいいというのが画期的なところです。これまで日本の制度は、国が責任を取る前提の下にやっていましたが、今回は条件を満たせば民間企業の自己責任の形で認める。これまでと全く違う第3のルートができたわけです。
農業・漁業の六次産業化の切り札にもなり得る
小林:機能性表示の対象に、農水産物も含めていることも大きなポイントですね。
森下:おっしゃる通りです。当初は、サプリメントを念頭に議論していたのですが、食育の観点から農産物・水産物も入れるべきだという話になって、最後に、農作物、生鮮食品も認めることになった。これは世界で初めてです。地域で頑張っている農業・漁業の方を応援して、地域活性化につなげていこうという狙いもありました。私自身、生鮮食品に関しては、地域活性化の切り札になると思っています。
世界初の制度なので、今後、TPPの交渉が進む中で、日本の食品制度がグローバルスタンダードになる可能性もあります。将来的には、農業・漁業の輸出を後押しすることにもなるでしょう。なので、今回の新制度は、サプリメントの機能性表示という狭い見方ではなく、もっと幅広く見据えて、農業・漁業が新たな付加価値を生み出す六次産業化の切り札にもなり得るといった捉え方が大事だと思っています。
小林:先ほどお話のあった1971年「46通知」から44年。大きな山がようやく動き出した感があります。厚生労動省と消費者庁は慎重な立場、対して内閣府や農林水産省や経済産業省は市場活性化したい立場で、議論がまとまるまでには紆余曲折もあったと思うのですが、成案に至った大きな要因は何でしょうか。
森下:一言で言えば、時代の要請を再認識せざるを得なかった。もともと従来の厚労省の姿勢は、過保護ともいえるものでした。機能性表示をすると、病気の人に、そのサプリメントを取ると治るのではないかと誤解を与える危険性がある、だから認めない方がいい。そんな議論を、消費者庁も含めてずっとしてきたわけです。しかし、最近の消費者には自分で勉強する人も増えてきて、インターネットを見れば情報があふれています。ただし、その情報に全ての人がアクセスできるわけではない。つまり、機能性表示を認めないことが、情報リテラシーの格差による不平等を招く側面もあるわけです。だから表示を認めた方がいいということにもなってきた。そうした社会的な環境変化も、改革を後押しした大きな要因になっていると思います。
皮肉なのは、海外からいろんなサプリメントが日本に入ってきて、そのサプリメントには機能が表示されているわけです。日本語なら薬事法違反になる。しかし、海外製品の機能性表示は単なるデザインだからという、訳の分からない理屈が出てくる。今どきそんな話は通用しません。それほど、さまざまな矛盾が出ていたのが日本の制度だったのです。
小林:取り残されたという危機感も大きかったのかもしれませんね。
森下:それと、医療費、特に生活習慣病の医療費が急増しています。その抑制は、省庁うんぬんではなく国家的に対処すべき課題です。一方、消費者心理としては、医療費や介護費がこのまま増大すれば公的制度で支えるのも難しくなるのではないかと、多くの人が不安になる。ならば、自分の健康は自分で守ると考える人が増えるのも自然な流れです。そのためには、食品の機能性に関する情報もあった方がいい。ならば、メーカーと消費者をつなぐコミュニケーションも、従来のイメージ広告でいいのかということになるわけです。
※先制医療…病気が発症する前に発症を予測して、発症前から対処することで、発症を防止したり、発症を遅らせる医療のことを指し、ワクチン接種などの予防医療をさらに進化させた医療と位置づけられます。
森下竜一氏
(もりした・りゅういち)
大阪大大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授(医学博士)1962年生まれ。
91年大阪大医学部老年病講座大学院卒業後、米スタンフォード大客員講師、大阪大助教授などを経て2003年から現職。
日本抗加齢医学会理事、日本抗加齢協会副理事長。内閣府規制改革会議委員、健康・医療戦略推進本部戦略参与も務める。
食品の機能性表示制度とは
4月から食品の機能性表示制度が始まりました。安全性と機能性の根拠となる科学的データがあれば、消費者庁に届け出ることで“事業者の責任において”、食品の機能性に関して表示ができるようになるこの制度。機能性表示食品は、早いもので6月ごろから店頭に並ぶことになります。
<新制度のポイント>
1.トクホとは異なり、国が安全性と機能性の審査を行いません。科学的根拠の内容・説明、科学的根拠と表示内容に乖離(かいり)がないことなどは、事業者の責任となります。
2.消費者庁に販売日の60日前までに届け出なければなりません。届け出た資料は、一部を除き消費者庁のサイトで全て開示され、他の事業者や消費者が内容を確認できます。
3.生鮮食品を含め、全ての食品が対象※となります。従って、食品・飲料メーカーだけでなく、機能性素材メーカー、商社、農家などさまざまな業種の参入が予想されます。
※アルコールを含む飲料、脂質やナトリウムの過剰摂取につながる食品などは対象外になります。
<機能性表示のポイント>
健康の維持・増進にどのような効果があるかを表示できます。
例えば、「目の健康を維持する」「良質な睡眠をサポートする」など、体の特定の部位の表示も可能。「糖尿病の人に」「高血圧の人向けに」といった、疾病の治療・予防効果を暗示する表現や、「増毛」「美白」といった、健康の維持・増進の範囲を超えた表現はできません。
電通ヘルスケアチーム
生活者視点とクリエーティビティーを強みに、「健康先進国日本」の実現とそれに向けた企業サポート業務を行っています。重要テーマの一つ「食品の機能性表示制度」については、さらに専門チームを立ち上げ、関連企業のコンサルティングやコミュニケーション業務などのサービスを提供しています。