食品の機能性表示制度で広がるビジネスチャンス①
~新制度成立の背景と今後の見通し~後編
2015/04/24
4月1日に食品の機能性表示制度が施行された。44年ぶりの大改定といわれている今回の新制度。その施行によって日本市場はどうなっていくのか。ビジネスチャンスはどのように広がっていくのか。電通ヘルスケアチームのメンバーが有識者に話を聞いた。
新しい機能性表示制度は、地方活性化の切り札にもなり、日本の食品制度がグローバルスタンダードになる力も秘めている──。そう語るのは、内閣府の規制改革会議委員として、制度の設計に深く関わってきた大阪大大学院の森下竜一教授だ。単に機能性表示の問題にとどまらない、44年ぶりの大改定の意味を、制度成立の背景や今後の見通しと共に聞いた。
新制度は自らの健康に関心を持つためのツール
小林:新機能性表示制度は、国民の健康意識にさまざまな影響を与えそうですが、今後どう向き合っていくべきでしょうか。
森下:そこは非常に重要なポイントだと思います。米国の場合は、機能性食品は栄養補助食品健康教育法という法律で規制されています。「教育」という言葉が入っているように、国民を教育していくという根本理念が前提になっているのです。国民一人一人に、自分の健康に関して勉強してもらおうという狙いがあるわけです。日本の新制度も、基本的な理念は同じと考えていいでしょう。機能性表示を通して、あらためて自分の健康に関心を持ってもらう。そのためには、制度施行後も、国は、国民に対しての教育・啓発活動に力を入れていく必要があると思います。国民の方も、機能性表示が自分の健康に関心を持ち、健康を維持するためのツールだという認識を持ってほしいですね。
米国も、サプリメントの機能性表示を認めてから、実際に脳梗塞や心筋梗塞が減っています。制度ができたことによって、自分の健康に興味を持つ人が増え、ふだんの食生活など生活習慣を変える人が増えたことが奏功したのではないかといわれています。国民の健康意識を変えていく。機能性表示制度の本来の目的もまさにそこにあるはずです。
企業が努力し、頑張った分だけ得る果実が大きくなる仕組み
小林:ビジネスの観点では、食品業界、健康産業のプレーヤーのすそ野も広がりそうです。
森下:おっしゃる通りです。これまでヘルスケア産業は、医薬品、医療機器といった非常に限られた分野の産業だと思われていました。しかも規制でハードルも高い。日本は、世界でもまれに見る長寿大国で、非常に大きなマーケットが目の前にあるのに、そこに参入できる企業の数は極めて限られていたわけです。そのマーケットを開放し、すそ野を拡大する方策の一つが、今回の機能性表示制度。また、食品制度全体としてみれば、従来のトクホの規制や手続きも緩和される方向で検討されているので、これからは、努力した企業が、頑張った分だけ得る果実が大きくなる仕組みになっていくと思います。
小林:農産物では今、日本ブランドが海外からも注目されていて、そこにさらに付加価値が生まれる可能性もあります。
森下:値段が海外のものに比べて1.5倍、2倍ともなるとなかなか買ってもらえませんが、プラス健康にいいということであれば話は違います。「血圧が高めの方に適したお米」という表示ができて、安全・安心があれば、かなり世界の中で競争力を持つはずです。あるいは「脂肪分解を促進するリンゴ」「脂肪の燃焼を助けるリンゴ」といった表示と安全性で訴求すれば、米国などで売れるかもしれません。味だけではないというのがポイントです。それを、日本が世界で最初にやろうと、実は農水省もずっと研究しています。
エビデンスを積み上げて、新たな商品開発のステップに
小林:規制改革会議では、他にどんなことが議論されたのでしょうか?
森下:サプリメントに関して言うと、これまで医療機関では売れないというイメージがつきまとっていたのですが、販売できることを明確にしました。実は、売ってはならないという法的根拠は何もなくて、もともと売ってもよかったのです。しかし、保健所が取り締まるようなケースもあった。過剰規制というより、誤った解釈による行政の執行です。厚労省も、サプリメントの販売はダメとは一度も言っていないのです。コンタクトレンズでも同様のことが起きています。医療機関では販売できないと、やはり保健所が指導したケースがあるのですが、実は法的な根拠は何もないのです。フィットネスクラブの経営も、患者やその家族の利用を目的とするなら医療機関でもできるのですが、医療界の多くの関係者が、それはできないと思っていた。
いろいろ調べてみると、根拠のない指導が行われていたり、医療機関の方でも、情報・知識不足で誤解をしていたりするケースがけっこうあるのです。新たな規制改革をするに当たっては、その周辺で当たり前のように行われていたあしき慣行や誤った認識を、情報を整理しつつ改めていかなければなりません。
小林:先発メーカーの機能性表示食品に他社が同様の商品で追随した場合、先発メーカーの利益をどう守るかについては課題があるともいわれていますが。
森下:基本的には、既に公になっている研究の論文からレビューをするので、知見に関して先行利益を排他的に守ることはできないと考えた方がいいでしょう。ただ、届け出資料で他者の論文を使う場合、著作権に触れるような使い方はまずい。それに関しては、抗加齢医学会や抗加齢協会では、研究のレビューを手伝うとともに、データブックにレビュー内容を記載して、著作権を守れるようにする方向で考えているようです。 ただ、そうは言っても、全てを守り切れないのが現実だと思います。そこは企業側に発想を変えてもらう必要があるところで、先行メリットを得ようとするより、むしろ、新しい素材をどんどんつくることに注力してもらわないと、国民の健康に役立つことにつながりません。新しい素材、新しい成分を見つけてもらって、その製造法については特許を取ってもらい、その上で、エビデンスとしてデータを蓄積して、新しい健康関連商品をつくってもらう。それが王道だと思います。
多くの業者が“同じ土俵”に乗って、国民の健康増進に貢献を
小林:最後にあえて伺いますが、機能性表示を解禁することで、消費者に被害が及ばないかと心配する人たちに対してはどのようにお話しされますか?
森下:私からすればそれはまったくの杞憂で、むしろ、これまでが全く野放しの状態で、何が起きているか分からなかった。新制度では申請企業が対象とする食品や成分の健康被害情報も収集することになっていますが、申請すれば当然その情報も公になる。制度スタート当初は一時的に健康被害情報も多くなるでしょうが、それは今まで見えなかったものが明るみに出ただけの話で、むしろその公開性が結果的に健康被害を減らすことにつながるでしょう。新しい制度をつくって、規制も強化するけどもメリットもある。だから、その土俵にできるだけ多くの事業者が乗って、みんなで国民の健康状況を把握し、国民の健康増進に貢献しましょうというのが今回の制度の狙いでもあるのです。そういう意味では、今までよりもはるかにクリアな、国民にとって得する食品制度になると思います。
小林:大変よく分かりました。ありがとうございました。
森下竜一氏
(もりした・りゅういち)
大阪大大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授(医学博士)1962年生まれ。
91年大阪大医学部老年病講座大学院卒業後、米スタンフォード大客員講師、大阪大助教授などを経て2003年から現職。
日本抗加齢医学会理事、日本抗加齢協会副理事長。内閣府規制改革会議委員、健康・医療戦略推進本部戦略参与も務める。
食品の機能性表示制度とは
4月から食品の機能性表示制度が始まりました。安全性と機能性の根拠となる科学的データがあれば、消費者庁に届け出ることで“事業者の責任において”、食品の機能性に関して表示ができるようになるこの制度。機能性表示食品は、早いもので6月ごろから店頭に並ぶことになります。
<新制度のポイント>
1.トクホとは異なり、国が安全性と機能性の審査を行いません。科学的根拠の内容・説明、科学的根拠と表示内容に乖離(かいり)がないことなどは、事業者の責任となります。
2.消費者庁に販売日の60日前までに届け出なければなりません。届け出た資料は、一部を除き消費者庁のサイトで全て開示され、他の事業者や消費者が内容を確認できます。
3.生鮮食品を含め、全ての食品が対象※となります。従って、食品・飲料メーカーだけでなく、機能性素材メーカー、商社、農家などさまざまな業種の参入が予想されます。
※アルコールを含む飲料、脂質やナトリウムの過剰摂取につながる食品などは対象外になります。
<機能性表示のポイント>
健康の維持・増進にどのような効果があるかを表示できます。
例えば、「目の健康を維持する」「良質な睡眠をサポートする」など、体の特定の部位の表示も可能。「糖尿病の人に」「高血圧の人向けに」といった、疾病の治療・予防効果を暗示する表現や、「増毛」「美白」といった、健康の維持・増進の範囲を超えた表現はできません。
電通ヘルスケアチーム
生活者視点とクリエーティビティーを強みに、「健康先進国日本」の実現とそれに向けた企業サポート業務を行っています。重要テーマの一つ「食品の機能性表示制度」については、さらに専門チームを立ち上げ、関連企業のコンサルティングやコミュニケーション業務などのサービスを提供しています。