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カンヌライオンズ2015④
先駆者ジム・ステンゲル氏に聞く、
“カンヌ参戦”成功への方法論

2015/07/28

広告主企業からの参加者が3000人と、全体の4分の1を占めるまでになったカンヌ。クリエイティビティがマーケティングにおいても重要であることが広く認識されてきている。カンヌを主催するライオンズフェスティバルズのテリー・サベージ会長は「オフィスにいても見られない世界を360度見渡せることが最大の利点。クリエイティビティを理解し受け入れることができれば、投資効果の高いアウトプットにもつながる」と、現地を体験し可能性を見いだすことの意味を強調する。
広告主として“カンヌ初参戦”を果たした先駆者に、カンヌの効果的な活用法を聞いた。

―はじめまして。米フォーチュン誌が選ぶ「エグゼクティブ・ドリーム・チーム」の“夢のCMO”にも選出された、世界のトップマーケターであるステンゲルさんにお目にかかれて光栄です。今日は、ステンゲルさんがカンヌに刻んだ歴史―広告主企業として初めてカンヌに参入された画期的な出来事に関して、その経緯や目的、成果と合わせて、広告主視点でのカンヌとの“付き合い方”についても教えてください。カンヌに初参戦したのは2003年のことでしたね。

はい、そうです。カンヌに参加した理由は、P&Gのクリエイティビティのスタンダードを高める必要があると感じたからです。他社がどうビジネスを展開し、広告やクリエイティビティに取り組んでいるかを学びたかったですし、また広告主として、エージェンシーがクリエイティビティをどう捉えているのかを理解し、リーダーたちとも交流を深めることで、より強い関係を築きたいと思いました。 

ジム・ステンゲル・カンパニー
http://www.jimstengel.com/
CEO  ジム・ステンゲル氏
2001~08年、P&G・GMO。年間80億ドルの広告予算を動かし売り上げを倍増させた。その後現職。コンサルティングを行う傍ら人材育成にも注力。11年、米フォーチュン誌が選ぶ「エグゼクティブ・ドリーム・チーム」のCMOに選出。ジム・ステンゲル・カンパニー

―当時のカンヌは、いわばクリエイターのための楽園ですよね。広告主が参加することに、反発が強かったと聞きますが。

リスクはありましたね。社内でも「どうしてカンヌなんかに行くんだ? エージェンシーのためのイベントだろう」と言われました。でもむしろ、参加を勧めてくれたのは、私たちのパートナーでもあったサーチ アンド サーチなんですよ。「ものに対する見方が、いい方向に変わるよ」と。そこでCEOに話してみたら賛成してくれたんです。 

―どの程度の規模で、また、どのような人が参加したのですか。

最初の年は、世界中のオフィスから20人ほど連れて行きました。主力ブランドの担当者たちです。ほとんどがマーケティング担当で、リサーチ担当が数人。すぐにアクションを実行できる立場にある、ミドルからシニアのマネジメント職が中心でした。以降、毎年参加するようになりましたが、参加人数は大抵25~50人。一番多くて70人という時がありましたが、多過ぎると収拾がつかなくなりますね。参加資格に明確な基準を設け、参加者を一元管理しました。私のリストに名前がなければカンヌには行けない、というシステムでした。そうしないとコントロールしきれず、気が付くと300人も行っていたなんてことになりかねませんから。

―カンヌで何をしたのか、具体的に教えてください。

カンヌに着いたらまず、全員を集めてオリエンテーションをしました。私たちはあらかじめ、社としての目標やさまざまな情報に加えて、一人一人の職責に応じて見るべきプログラムやスピーチ、ワークショップなどをまとめたガイドブックのようなものを用意していたので、それを配布しました。そこで、目標とアジェンダを明確にインプットしたのです。会期中は、アジェンダを基に、各人が情報収集やラーニングに努めるわけですが、彼らが普段仕事をしていないエージェンシーと組んで見て回る、というような工夫もしました。そしてカンヌが閉幕する最後の土曜日。参加者全員が再度集合します。カンヌで学んだことを職場でどう生かすのか―、4~5時間かけて互いの体験を共有し、設定目標と実行手段をリストアップ、優先順位を付けてその場でアクションプランにします。それを携えて、オフィスに戻るわけです。

―オン・ザ・スポットでのブリーフィングとデブリーフィング、とても重要なことですね。

その通り。ここにこそ、カンヌへの投資効果があるといえるでしょう。 初めてカンヌに参加した時のことですが、1週間過ごしてみて、他のクリエイティブな企業では意思決定のスピードが非常に速いことを知りました。私たちは議論に時間をかけ過ぎていました。日本の会社に似て、全員が一致することを重んじていたので。それを改善する必要に気付かせてくれたのが、カンヌでした。早く決定すれば物事が停滞せずテンポよく常に動き続けます。エージェンシーはそれを歓迎し、パワーアップします。私たちは、スピーディーに決断する、ということを実行目標の一つに掲げました。他には、エージェンシーへのブリーフの質を上げる、トップ3ブランドのキャンペーンの質を高める、リサーチ手法を変更する、新しいメディアに挑戦するなども挙がりました。新しいエージェンシーと仕事をしてみる、などという目標もありました。

―カンヌの会場であるPalais(パレー)の外では、各社さまざまな活動がなされているようですが、社内ミーティング以外にはどのようなアクティビティーがありますか?

どの企業も同じだと思いますが、実に多様なテーマでミーティングを開いていますね。例えば、グローバルブランドのキャンペーン事例をテーマに、広告主やエージェンシーの関係者を招いてセミナーを開催したり。社交的なイベントもありますよ。ディナーを主催してゲストスピーカーに話をしてもらいます。社員にもなるべく多くのソーシャルイベントに顔を出して、交流し勉強するよう促しました。殻を破って探検家になったつもりで、未知の分野をのぞいたり新しい発見をするのです。せっかくカンヌに来ているのです。普段会える仲間とミーティングするよりも、新しい出会いを求めて外に出て行く方がはるかに大切です。会場内のワークショップなど、とにかく歩き回っていろいろなテーマを吸収する。そして、今言ったように、見て学んだことは、カンヌにいる間にアクションプランに昇華させるのです。

―カンヌに行くようになって、大きく変わった点は?

よりクリエイティブでイノベーティブ、そして、リスクを恐れない会社になりましたね。変化が現れるのは早かったですよ。カンヌでエネルギーをたくさんもらってアクションプランを立て、それを実行できる役職の者が参加していましたから、すぐに行動に移せたのです。
私がいつも言うのは、作品や成果は広告主とエージェンシーの総合力だということ。広告主が成長することが、広告業界にとってプラスになります。カンヌで学んだことがクリエイティビティの水準を引き上げ、そこから新しいアイデアが生まれる。新しいことに挑戦できれば、必ずビジネスに跳ね返ってきます。他社もやっていると思いますが、すごく効果的です。今では多くの広告主が参加するようになり、カンヌも大きく変貌しました。

―カンヌの主催者、ライオンズフェスティバルズのサベージ会長によれば、日本企業の参加はまだまだ少ないようです。

日本には多くのグローバル企業がありますから、同じようにやればとても有益でしょう。カンヌでセミナーを開くのもいいと思いますよ。そう、電通がしているように。電通は素晴らしいセミナーをしています。今年は四つありましたね。10年前はそこまでではなかったでしょう。でも今では、すっかりカンヌを受け入れうまく利用し、存在感を示しています。同じように日本のグローバル企業がカンヌでスピーチをしたらすごいことですし、その企業が広告業界に大きな期待を寄せているというメッセージが伝わります。カンヌに来たら絶対にプラスになると思います。世界の主要な見本市などには恐らく行かれているでしょう。同じようにカンヌにも参加したらいいのではないでしょうか。

―カンヌというのはとてつもなく巨大で、どう関わったらよいのか、初めは戸惑うことが多いのではないかと思います。カンヌと付き合う秘訣を教えてください。

1年目は少人数でとにかく見て学ぶ。次からは、目標をきちんと定める。 初めの年は、アサインメントなしで体験することです。そして、どのようにアプローチするべきか、どうするのが効果的かを話し合います。幹部が参加するのがよいのか、それとも中堅か。マーケティング担当がよいのか、デザインやリサーチ担当が向いているのかなど。何回か参加している企業に話を聞いて参考にするのもよいでしょう。彼らはどんな目的を持って参加しているのか、誰を派遣したのか、何を学んだのか、どんな効果があったのかなど、何社かインタビューすればいろいろなアイデアが生まれると思います。
数年前、こんなことがありました。アジアのある会社が私に連絡をしてきて、初めてカンヌに参加するに当たり70人派遣したいと言ってきたのです。そして助けてほしいと。私は人数が多過ぎる、最初は5人くらいが妥当。体験して好ましい感触が得られれば、その翌年に70人派遣するかどうか検討すべきだ、とアドバイスしました。お金と時間の無駄になるよと。
目的が明確で、何かを変えたいという強い意志を持って参加すれば、ほとんどの企業にとってカンヌは必ず役に立つと思います。もちろん、気候は良いし食べ物はおいしいし、エンターテインメントもあって、最高の社交の場でもある。楽しめる要素はたくさんあります。刺激を求めて参加すれば、変えていこうというモチベーションも生まれます。

―セミナーを開く広告主が増えていますね。エージェンシーであれば自らのケーパビリティーを示す、という意味があると思いますが、広告主は何を目指しているのでしょうか。

自分たちが何を重要視しているかをエージェンシーに伝えたい、という企業が多いと思います。また、エージェンシーのクリエイターたちに自社をアピールする、つまり、自分たちと仕事をしたいという意欲を喚起する、という目的もありますね。多くの場合、エージェンシーのクリエイターはクライアントを選ぶことができます。「あのブランド、やってみたいな」と、クリエイターに思ってもらえるよう刺激するのです。エージェンシーを変えるためではなく、付き合っているエージェンシーの中のクリエイターがターゲットです。もちろん他にも、社員にプライドを与えるといったインナー対策や、投資家を意識している企業もあります。

―日本とはずいぶん様子が違いますね。ところで、ステンゲルさんはP&Gを退いた後、シンクタンク兼コンサルティングファーム「ジム・ステンゲル・カンパニー」を起業し、人材育成、とりわけ、若い世代の育成に注力しています。カンヌでもマーケターの育成プログラムを立ち上げ、主導していますね。一つは、11年に始まった「ヤング・マーケターズ・アカデミー」。もう一つは、13年にスタートした「CMOアクセラレーター・プログラム」。それぞれのUSP(Unique Selling Proposition)は何ですか。

ははは、良い質問ですね。 まず、CMOアクセラレーター・プログラム(以降CAP)のUSPは、CMOたちが人に感動を与えるリーダーになれるようお手伝いをするということです。他社の例を見て学び、会社や社員をどうリードすべきかというアイデアと共に、明確なプランを立てて帰ってもらうのが目的です。事前に、彼らが直面する一番の課題をヒアリングしてまとめておき、皆でそれらについてグループディスカッションしたり、何をどのように変えるのかプランニングのサポートもします。また、メンターシップを導入しました。キャリアについての報告や相談など、プログラム終了後もその関係は続きます。私自身、訪ねたり電話をするなどして連絡を取っています。

CMOアクセラレーター・プログラム
CMOやシニア・マーケティング・ディレクターのための学習プログラム。ステンゲル氏の指導の下、めまぐるしく変化するコミュニケーション環境にどう対応すべきか、第一線で活躍するクリエイターやマーケターらも交え、インスピレーショナルかつ実効性のあるレクチャー・討議を行う。

ヤング・マーケターズ・アカデミー(以降YMA)の場合は、もっと柔軟な考え方で視野を広げ、スタンダードを上げるのが目的です。多くの参加者が「エージェンシーとやっていることは、まだまだ十分ではない」という感想を持って帰ります。これは良いことです。彼らがエージェンシーに対して「もっとクリエイティブで、より多くの人々と共有できる素晴らしいものができるはずだ」と言えば、エージェンシーにとって刺激になり、スタンダードが上がります。ここで、エージェンシーに対してこれまで、クリエイティビティを制限する注文を多くしてきたことに気付くわけです。一定の方式を与えてしまったり、ブリーフの仕方が悪かったり。例えば、ブリーフは140文字くらいのツイートで表現できるくらいシンプルであるべきだ、ということを教えたりもします。

ヤング・マーケターズ・アカデミー
広告主企業の若手マーケター育成プログラム。ブランドリーダーとなることを視野に、コミュニケーションにおけるクリエイティビティの重要性やマーケターの役割、エージェンシーとの協業について学ぶ。

―それぞれ参加者の人数はどのくらいですか。また選抜方法は?

参加者数は毎年変動しますが、YMAの場合、理想的なのは40人程度です。今年は37人でした。50人の年もありましたが、ちょっと多過ぎました。40人くらいだと、お互いを知ることができるし、多過ぎず少な過ぎず、ちょうどいいと感じます。平均年齢は28~30歳くらいです。
CAPの場合だと、今年は29人でしたが、25人程度が理想的です。平均年齢は40歳くらいでしょうか。すでにCMOの人もいるし、これからCMOになる人もいます。
選抜方法は、学校ではないので成績をチェックするわけではなく、その人の仕事の内容を見て、プログラムへの適合度を判断します。と同時に、企業規模、性別、国籍などのバランス、多様性も大事です。申し込みの際には、企業がまずスクリーニングをしていますね。ビデオ審査などを行う企業もあります。参加者は欧米だけでなく、アジア、中東、中南米、アフリカなど多岐にわたります。YMAには日本からも参加しています。多くの優れた企業が興味を示してくれてうれしいです。多様性は本当に大事。カンヌはその名の通り、国際フェスティバルですからね(笑)。

―そのカンヌですが、広告主の立場から、今後の発展に望むことを聞かせてください。

そうですね、3点あります。
まず、広告主にとってはクリエイティブ効果、つまり広告がどう効果的に機能したかが重要です。素晴らしいクリエイティブは効果的でもあるはずですが、私としては、その効果がさらに注目されることを期待しています。
次に、私たちが行っているような学習プログラムが継続して行われること。企業にとって、取り掛かりやすく実用的です。カンヌに来て、その巨大さに圧倒される人はたくさんいます。あなたも初めて参加した時のことを覚えていますか。あまりにたくさんのことが同時進行して大変だったでしょう? ですから、ガイドがいると助かりますよね。私たちはガイドの役目を果たします。もっとプログラムが増えるといいと思います。 そして、会場内で行われるセミナーのプレゼンテーションが、広告主にとってもう少し中身の濃いものになるといいですね。より広告主にフォーカスして、広告主側からの話、例えば成功したブランドやエージェンシーとの関係についての話などが増えるといいと思います。クリエイティビティのフェスティバルなので、当然それが中心であるべきですがね。

―では、最後に。ステンゲルさんの活動に注目している人が日本にも大勢います、今後の抱負を聞かせてください。

より高い目標に向けてクライアントの成長をサポートすること―、私はこれを使命と考え起業しました。才能あるチームに恵まれているので、今後も彼らと良い仕事をしていきたいですね。教育面では、カンヌだけでなく米国のケロッグやUCLAアンダーソンといった経営大学院での講義も続けたいですし、オンライン教育にも挑戦したいです。本も執筆中です。今後もインパクトを与えられるよう、自分自身も多くのことを学んで成長し続けたいと思っています。

―日本でも聴講できるプログラム、楽しみにしています。今日はありがとうございました。

 

バックナンバー
♯01 Year of Convergence~集結の年
♯02 電通社員スペシャルリポート~太田祐美子&日塔
♯03 CMOの本音に迫った「Wake up with The Economist」
♯04 先駆者ジム・ステンゲル氏に聞く、カンヌ参戦成功への方法論
♯05「ハイネケン」がクリエイティブ・マーケターに選ばれる理由