
自分のところに来た仕事を3倍にする
ずいぶん前からふたつのことを強く意識して仕事をしてきた。「面白い企画をつくること」と、「それを面白いと気づいてもらう工夫をすること」だ。
同じような面白さのものを作っても出稿量で負けているなあと感じたり、タレントパワー満点なものをみると自分の仕事がどうにも貧弱に見えてしまったり。そもそもテレビの視聴率そのものが下がり始めていて、せっかくいいアイデアを思いついてそれが形になっても、思ったほど響かなかったり。それをなんとかしようともがいていた。ふんだんに予算のある仕事への反抗心も強かった。
その頃は、「2回企画をする」とよく言っていた。モデルチェンジのCMを作ったらそのオンエア直前に旧作をすこし流すとか、オンエアのタイミングを他の出来事と重ねたりして世の中の文脈の半歩前くらいを狙ったり、他のメディアとの絡みを仕掛けでつくるとか、ワイドショーで継続的にとりあげられる工夫を映像のなかにしてみたりしていた。まだネットで動画がストレスなく見られる時代じゃなかったから、SNSではなく、メディアが軸だった。企画の弱点をどう補うか、ということだったりもする。だから撮影や編集と同じくらい工夫を大切にしていた。
僕らに求められるのはシンプルに言うと、売れることと愛されるきっかけをつくることだ。だから、そのためにできることを最後の最後までやりつづける。一方で、当時は、広告の文法を壊しただけのものを「新しい」とうたうものも多かった。それが苦手だった。文法の破壊は新しい文法で行うべきで、壊すだけのものをクリエイティブだとはどうしても思えなかった。だから「2回企画する」と言い続けて両立を目指していた気がする。できていたかどうかはわからない。ただ、しつこく考え続けた。その習慣は今になって振り返ると、クリエイティブの領域を拡張する意識の種火のようなものになっていた気もする。
最近はよく「×3の鉄則」と言っている。これは、自分のところに来た仕事を3倍にするという、そのまんまの意味だ。
オリエンがあってその商品の広告を考える。その広告が面白く見えるための工夫を考える。それを形にする。依頼を達成するために余計なことを考える。依頼には予算があるから、追加をもらえない場合は、それなら、というアイデアをひねりだす。A社だけで解決できない課題をB社や、メディアを巻き込んだ形でなら、と考えてみる。
秘訣(ひけつ)を簡単に言うと、①ふくらませてみる。②くっつけてみる。③つづけてみる。そうこうしているうちに、およそ無関係だと思っていた自分のなかの案件AとDがくっついてまったく違う角度からのプロジェクトが動き出したりする。これが実に楽しい。人間、誰かから言われた仕事より自分で思いついた仕事のほうがテンションがあがるものだ。
若い世代にも早くからこの思考のクセをもってもらいたくて、意識的に「×3にするアイデア」をだすように話している。経験を積んで、知り合いが増えていくと、スケールが大きくなり、実現確率もあがるものだったりする。「×3」をナチュラルにできるようになると、自分も、巻き込まれた人たちも笑顔になる。

大切なのは「考え続ける力」
最近、マガジンハウスのみなさんと学習マンガをつくった。小学校低学年から中学年の子どもたちのための本だ。コロナ禍が始まったころ、とある漫画家の遺作の相談を受けた。世に出ていない5ページほどのキャラクターや思いが描きこまれたもので、それを何か形にできないかというものだった。そこで、学習マンガにしたらいいかもしれないと思いついた。それは紆余曲折があり頓挫したのだが、そのプロセスで出会った編集のひとたちと「学習マンガ」をつくってみようという話になった。
一番大切にしたのは「正解のない問題」を考え続ける力の必要性を伝えることだ。地球の環境問題はまさにそれで、何かをやったから終わり、にはならない。人が生きていく限り、意識をもって考え続けなければいけない。このマンガは、地球の環境問題と完全にリンクしたもうひとつの惑星の危機を救うために活躍する3人の子どもたちが主人公で、どこかゲーム感覚で進んでいく。
僕たちは勉強=テストという仕組みのなかで大人になった。今の大学生たちと話していると、カリキュラムそのものはだいぶ改善されていることが伝わってきて、彼らには思考のための筋肉があって安心するのだけれど、学ぶことの面白さや意味を小さいうちに知らずにいると、なかなかそうはなれないのではないだろうか。環境の問題は経済や文明とセットで考えると、○×で判断できるものではない。
本書に登場していただいた早稲田大学の大河内博教授のお話を伺っていると、自分の考えの浅さを思い知る。たとえば、ペットボトルをすべて再生可能なアルミとかガラスにすると、その輸送時にガソリンが想像以上に必要になったりする。問題は流動的で、柔軟に考え続けて、対応していかないといけない。レジ袋の削減だけやったって、と思ったりもするが、でもその新しい習慣が新しい配慮の意識の導線になっていたりもする。世界は◯×で判断できないことだらけだ。だから考えつづけることは大切だ。
様々な環境問題について、客観的に考える視点を子供たちにくれる存在としてマンガのなかに
登場していただいている。
「地球からの挑戦状」について考えつづける
ひとは答えを急ぐ。成果を数字にしたがる。でもそれだけだと、解決へのスピードはあがっていかない。環境の問題に対して、私たちはどうしたらもっとリアリティをもてるだろうか。今こうしている自分の部屋にもたくさんの環境を傷つけた結果がある。それをゼロにはできない。でも減らすことはできる。だからといって「減らすと何かもらえる」みたいな仕組みをつくっても、なんのためにそれをやっているのかがインプットされないと継続しないだろう。それは、やらないよりやったほうがいいことであることは間違いがないが、手段と目的を混同させると世の中は本当の問題についてやがて考えなくなる気がする。どこか問題にリアリティを感じにくいことが原因かもしれない。解決できない問題について努力し続けることはなかなかむずかしい。それを自然に自分のこととして感じるにはどうしたらいいのだろう。
この本をつくるプロセスでたくさんの勉強をした。けれど、知れば知るほど途方に暮れている。非力さを思い知る。自分にできるのは、この本を×3にして、「何ができるか」を考えるひとを増やすことなのかもしれない。みんながSDGsをブームにして消費してしまわないように、当然のことにしていくことかもしれない。これで解決!とならない問題を前に無力感から目を背けてしまわないようにすることかもしれない。まずは自分が、だと本当に思う。
「地球からの挑戦状」というタイトルはマガジンハウスの編集、大島加奈子さん のアイデアだ。このタイトルにいろんなものが集約されている気がする。このタイトルをもったたくさんのアクションを今、はじめている。幅広く、長く続けていきたいと思っているので、アイデアのある方はぜひご連絡ください。
このマンガはアートディレクターの平田優さんが描いてくれた。キャラクターデザインだけでなくすべてのコマ割りまで。広告クリエイティブの才能は本当にすごい。広告の人間がマンガを描くという視点での話は、またどこかで平田さんを交えてしてみたいと思う。
書籍の概要はこちら
原作:高崎卓馬
電通グループ グロース・オフィサー / エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
JR東日本「行くぜ、東北」、サントリー「ムッシュはつらいよ」など数々の広告キャンペーンを手がける。著書に、「表現の技術」(中央公論新社)、小説「オートリバース」(中央公論新社)、絵本「まっくろ」(講談社)などがある。J-WAVE BITS&BOBS TOKYO ではMCを担当。
作画:平田優
2004年、武蔵野美術大学 絵画科油絵卒業。国内外のさまざまな企業のオリジナルキャラクターを開発。水彩を使用した作品をメインに、立体など、アート作品も制作。東京のギャラリーにて個展やグループ展などで展示を行っている。
アース・ドクター:大河内博
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 教授
大気水圏環境化学研究室でガイア(生きている地球)の健康管理を目標に、水・物質循環の視点から環境化学研究を展開。フィールドは、富士山、丹沢、生田、福島、カンボジア。『空気・水・森林の化学情報を解読し、人と自然の共生を探る』がモットー。アース・ドクター(地球医)の育成を目指している。
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著者

高崎 卓馬
1993年電通に入社。2010、13年に続く3度目のクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞をはじめ、国内外での受賞多数。著書に「表現の技術」(中央公文庫)、小説「オートリバース」(中央公論新社)、絵本「まっくろ」(講談社)など。J-WAVE「BITS&BOBS TOKYO」でMCを担当。共同脚本・プロデュースで参加した映画「PERFECT DAYS」は、2023年のカンヌ国際映画祭で、役所広司さんが最優秀男優賞を受賞。2025年3月、電通を退社。