DXの「ラストワンマイル」。ITツールをすべての人が使えるように。
2023/11/24
スタートアップを中心とした「エコシステム(※)」の創出・強化は、日本が新たな成長軌道に乗るための大きなテーマといえます。
※ここでいうエコシステム(生態系)は、企業1社だけでなく、官民さまざまな事業体、プロダクト、サービスが相互に連携・依存することで、1つの大きなシステムとして全体を活性化させ、共存共栄していく状態を指します。
電通グループでもスタートアップ支援の体制は年々充実しており、エコシステムの中でさまざまな役割を果たすべく取り組みを強化しています。本連載では、電通グループとスタートアップの取り組みをご紹介していきます。
今回は、企業のITツール活用を支援し、「DXのラストワンマイル」を支えるテックタッチの西野創志氏をゲストにお招きしました。
テックタッチに投資を行った電通ベンチャーズ(電通グループのCVC)から諫山樹氏と、企業の人事部門向けシステム「POSITIVE」を提供する電通国際情報サービス(ISID)の伊藤敦史氏を交え、スタートアップと大企業の協業メリットや、エコシステム構築への課題感などを伺います。
<目次>
▼DXのラストワンマイル!DAP市場を切り開くテックタッチ
▼「日本企業のDXを後押しする」のが共通のミッション
▼日本のスタートアップエコシステムが抱える課題とは!?
<関連ニュース>
テックタッチとISID、デジタルアダプションプラットフォーム「テックタッチ」の販売で協業開始
~「POSITIVE」の利活用を支援する「テックタッチテンプレートfor POSITIVE」を提供~
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000152.000048939.html
DXのラストワンマイル!DAP市場を切り開くテックタッチ
──テックタッチのサービスについてご紹介いただけますか?
西野:私たちは「すべてのユーザーがシステムを使いこなせる世界」をミッションとして掲げています。昨今、DXの名のもとに、企業はいろんなITツールを使って事業を進めるようになりましたが、一人一人がツールを使いこなすという部分で、まだ課題があります。すべてのツールを、誰もがリテラシーの壁を乗り越えて活用できるようにアシストをするサービス「テックタッチ」を提供しています。
──その一環として、今回のISIDとの取り組みが実現したのですね。ISIDでは、まさにそういったITツールやシステムを各企業に提供されていますよね。
伊藤:私の所属するHCM事業部は、企業の人事部門を主な顧客としています。今回テックタッチのサービスを連携することになった「POSITIVE」というソリューションは、国内2700社の人事部に採用いただいている人事管理システムです(※)。「POSITIVE」は非常に多機能なシステムで、ご好評をいただいているのですが、多機能であるがゆえ、各企業の従業員がその機能を使いこなすという面では、まだ課題がありました。
※「POSITIVE」
高度なグループ管理を実現する統合HCM (Human Capital Management)ソリューション。基幹人事システム(人事・給与・就業管理、ワークフロー)だけでなく、タレントマネジメントやモバイルなど広範な機能を網羅している。
https://www.isid.co.jp/positive/
──2700社もあると、それぞれ業態も違うし、個別のカスタマイズなどが求められるのでしょうか。
伊藤:はい。導入にあたってどうしても外せない要件については、個別にプログラム改修を行っています。ただ、すべての要望に応えようとすると時間も費用もかかり、お客様の負担も大きくなってしまいます。そんな課題に対して、テックタッチのサービスは非常にぴったりだったんです。
──「POSITIVE」のようなシステムに対して、どんなユーザーでも簡単に扱えるように、ツールチップやガイドナビゲーションといった機能を追加できる。「人」がツールを使うためのインターフェース部分を強化するのが「テックタッチ」なんですね。
伊藤:「POSITIVE」は決して安価なシステムではありません。せっかく導入していただいたからには、その後の「こういう機能が欲しい」という要望には応えていきたい。そこのニーズに合致したというのが、協業の経緯になります。
西野:もちろん「POSITIVE」が使いにくいというわけではなくて、単体で完成されたサービスです。しかし、企業側は自分たちの個別の業務に合わせていろんな機能を追加したい。その個別の業務だったり、企業独自の制度だったりを、うまくシステム上でオペレーションしてもらうための、いわばフォロー機能を提供する形になります。
私たちはよく「DXのラストワンマイル」といっていますが、「POSITIVE」のようなシステムで業務を効率化する、その「最後の最後の部分」のユーザビリティ向上を支援しています。
──テックタッチは2023年に、電通ベンチャーズを含む多数の投資家から総額20億円超の資金調達を実現し、注目を集めました。電通グループにおける、電通ベンチャーズの役割を教えてください。
諫山:スタートアップの成長の力を借りながら、さまざまな新事業を作っていくということは、もはや大企業の中長期的な成長において不可欠です。電通はグローバル企業で、多くのグループ会社が世界中でビジネスを展開していますが、自分たちだけで成長していくのは限界があるため、常に外発的なテクノロジーシーズを捉えていく必要があります。そのためのCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が電通ベンチャーズです。
──電通ベンチャーズがスタートアップに投資をする際、具体的にはどんなことを狙っているのでしょうか?
諫山:投資したスタートアップとは、なんらかの事業連携につなげたいと考えています。電通グループには、私たちのような投資部門だけでなく、スタートアップのバリューアップに貢献する「スタートアップグロースパートナーズ(SGP)」といったチームや、事業開発チームも多く存在します。そうしたさまざまな部門と連携することで、多層的にスタートアップの成長に貢献しながら電通グループにとっての新事業開発も目指します。
電通ベンチャーズが出資し、スタートアップと事業戦略を共有して事業のプロトタイプを作り、電通グループ内の事業部門にバトンタッチしてスケールしていくのが理想型ですね。
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──テックタッチへの投資を決断した決め手を伺えますか?
諫山:テックタッチには、今年の初めに発表したシリーズBの資金調達のタイミングで出資をさせていただきました。われわれには財務基準と戦略基準という2つの基準があります。
財務基準では、その会社が大きく伸びていくのかというところを見ます。テックタッチにはすでに力強いプロダクトがあり、大手企業を中心に多くの導入実績があります。そして、テックタッチの事業領域であるDAP(※)の可能性です。社会のDXが急速に進む今、まさに求められている領域ですので、いわゆるWhy Now(なぜ今この会社なのか)という観点でも、確実に成長するだろうなと判断しました。
※DAP(デジタルアダプションプラットフォーム)
ITツールを、従業員や顧客といったステークホルダーが理解し、使いこなせるようにサポートするテクノロジー。
次に戦略基準ですが、電通グループがさまざまなクライアントにシステムやウェブサービスの導入等の提案を行っていくことを考えたとき、テックタッチと連携するメリットはお互いに大きいと考えました。当時からすでにISIDとの協業実績もあったので、電通グループとの多方面での連携の可能性もイメージしやすかったんです。
──テックタッチ側から見て、電通ベンチャーズからの投資はどんな意味合いがありましたか。
西野:大手企業といかに取引を作っていけるか?というのが、スタートアップの共通課題としてあります。電通グループはいろんな大企業と取引がありますし、今回協業しているISIDもエンタープライズ向けのプロダクトが多いですよね。投資を受けることで、ビジネスの裾野が広がり、コネクションが作れるという期待感がありました。実際に出資していただいたことで、その影響力を日々感じています。
「日本企業のDXを後押しする」のが共通のミッション
──企業が業務のために導入したITツールを「誰でも簡単に使えるようにする」ということですが、あまりITに慣れていない従業員をサポートするのがDAPという理解で合っていますでしょうか?
西野:最初はそこから始まっているんですが、それだけではありません。「デジタルに慣れていない」というだけではなく、各企業に複雑な制度があったりしますよね。例えば社内ツールを使って旅費の申請をするときに、迷わずに正しく入力できるように支援することなども可能です。SaaSを提供する国内企業に「テックタッチ」を組み込む形で採用いただき、そのクライアントに活用していただくこともあります。
──テックタッチもISIDも、日本企業のDXを後押しするという点では共通していますよね。
伊藤:ぴったりでしたね。「POSITIVE」にテックタッチのサービスを搭載したことに対して、お客さまからの反応は非常に良いです。「POSITIVE」を提供している私たちHCM事業部には、
ヒトを信じ、日本の「はたらく」を変える
というパーパスがあります。まず、各クライアント企業の方がITツールを使いやすくなることで、<お客様の「はたらく」を変える>ということにつながっています。それだけでなく、われわれISIDがクライアントにシステムを導入する工程も、「テックタッチ」の導入で簡易化されます。「POSITIVE」の導入には、長いと数年かかってしまうプロジェクトもあるんですが、ここがスピードアップすると、<ISIDの「はたらく」を変える>ことになります。さらに、販売代理店が「POSITIVE」について習熟し、販売していくことに対しても、より効率化できるので<代理店の「はたらく」を変える>ことにもつながる。
結果として、<日本の「はたらく」を変える>ことを、「テックタッチ」の導入でより実現できると期待しています。
西野:ありがとうございます!現時点ではまだ一部ですが、「POSITIVE」の利用者に対して、「テックタッチ」の適用でより効果的に使っていただけている事例が増えてきています。現在は、先日プレスリリースで発表したように、ISIDと一緒に「テンプレート」化を行って、広くお客様に使っていただくことに取り組んでいます。
──「テンプレート」化とは、どういうことでしょうか?
西野:例えば「POSITIVE」は人事システムなので、年末調整で従業員の方がつまずきやすいポイントがいくつかあったりしますよね。われわれはさまざまな企業のご支援を通じて「ここはつまずきやすい」とノウハウを蓄積していますから、あらかじめどのクライアントにもフィットするように「テンプレート」化して、それを提供します。
──クライアントごとにカスタマイズをするより、一般化された課題に対してはテンプレートを用意しておいた方がお互いに効率的になるんですね。
西野:はい。一方で、お客様の業務の要件に合わせて作り込む必要があるようなケースは、それぞれの現場現場にフィットするようにカスタマイズしていくやり方になっていくと思います。
──テンプレートの提供については広報リリースも出されていますね。
伊藤:大きな反響をいただきました。リリース配信前日に、「POSITIVE」のユーザーを集めたセミナーを開き、その中でテックタッチの紹介をしたんです。開催後にアンケートをとったら「テックタッチとの連携をぜひ詳しく聞きたい」という反響が圧倒的に多くて、驚きました。「POSITIVE」ユーザーのニーズに非常に合致した取り組みを始められたと思います。
西野:われわれの出したリリースの中でも今までで一番反響が大きくて、電通グループのネームバリューを感じましたね。
日本のスタートアップエコシステムが抱える課題とは!?
──日本のスタートアップエコシステムというものが、この連載の1つの大きなテーマになります。3社それぞれ、スタートアップを取り巻く環境について、どんな課題感や期待を持っておられますか?
西野:私は大手外資系企業からテックタッチに転職してきたんですが、スタートアップといわゆる大企業とのビジネスや、アライアンスに課題意識があります。そもそもスタートアップ側に、大企業の経験者が少ないというのがあります。
ISIDとの協業で、両社のビジネスをしっかり伸ばし、「日本のスタートアップでも、大企業と組んで成功できる」という成果を見せることで、大企業からスタートアップに対する心理的ハードルが下がればいいなと思っています。
諫山:まさに、私は今言っていただいたことに課題意識を持って、日々どうやって良い事例を増やしていけるかをずっと考えています。スタートアップに対する顧客紹介のようなセールス連携も重要ですが、それだけでは短期的な協業にとどまり、サステナブルじゃないんですね。世の中の大企業にとって、より本気で協業したいと思えるような強いインセンティブをどう設計するかが難しいところだと感じています。
その点、今回の「POSITIVE」はある種理想的なケースで、ただお客様を紹介するだけではなく、両社が組むことによって、お客様に対する機能面での付加価値向上という「深い協業」を実現できています。
伊藤:ISIDでも、さまざまなスタートアップとお話する機会がありますが、どこも西野さんと同じような悩みを持っています。やっぱり大企業とビジネスをやろうとすると、求められるもののハードルが上がります。何をやるにも手順が多いですし、そこに対応しようと思うとスタートアップ側は時間とリソースが足りないんですね。
そういった意味では、スタートアップと大企業のビジネスをつないできたISIDのような会社をうまく使っていただくことで、スタートアップエコシステムが加速していくんじゃないかと思います。
──大企業もDXに取り組んではいるのですが、うまくいくためのポイントはどこにあるでしょうか。
伊藤:「1社で何でもやりきらない」ということでしょうか。よく経営資源の話で「人・モノ・カネ」と言いますけど、人はわれわれのような規模の会社から、テクノロジーの部分はスタートアップから、お金は電通ベンチャーズのようなベンチャーキャピタルからという形ができれば、エコシステムとしてサステナブルなものになるのではないでしょうか。
例えばテックタッチと同等のサービスを、ISIDが自社開発して「POSITIVE」に実装できるかというと、時間や労力の面で非効率すぎます。スタートアップは「特化」していることが最大の強みですから、大企業側も新たな事業をスピーディに社会実装できます。それこそが、大企業のDXに必要なことかなと思いますね。
諫山:大企業と一口に言っても条件はバラバラですが、やっぱり自前だけでやりきれない部分がたくさんあるのは明らかです。「自社ではちょっとやりきれないけど、事業ドメイン上は重要なソリューション」というのは、まさにテックタッチのようなスタートアップと組むことによって実現できていく。もちろん自社開発すべき領域もあると思いますが、ケースバイケースで取捨選択し、目的ごとに最適な方法を考えるべきなのだろうと思います。
──テックタッチと電通グループの協業について、今後の展望をお聞かせください。
諫山:今、電通グループでは、DXのような新しい事業ドメインをどんどん拡大しながら、クライアントにソリューションを提供する場面が増えています。そんな中で、テックタッチとの連携で可能性が広がる場面は多いので、より連携を深化させていきたいです。また、協業のみならず、例えば電通グループが普段の業務で使っているツールに「テックタッチ」のようなDAPを導入することで、効率化できる部分もあるのかなと期待しています。
伊藤:ISIDも、ますますテックタッチとの統合的なパートナーシップを進めていきます。ISIDは「POSITIVE」だけでなくさまざまなサービスをクライアントに提供しています。それらのサービスにも「テックタッチ」を搭載し、連携を推進していければと思います。
西野:DAPというものがまだまだ日本での認知が低くて、新興マーケットなので、電通グループと組むことでDAPを浸透させ、より裾野を広げていきたいです。企業のみならず、生活のインフラシステムなどにも「テックタッチ」を導入いただき、市民の方々がITツールを使いやすくすることで、日本のあらゆるシステムを「裏方」的に使いやすくするのが使命だと思っています。
伊藤:テックタッチのサービスは、1回使ってしまうと、なかった頃には戻れませんからね(笑)。多くの人に体感してもらえたらと思います。
──どうもありがとうございました!