世の中でニーズが高まるESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=ガバナンス)経営の導入を検討する際、その効果が見えにくいことが課題の1つとなっています。そこで、企業のシステム開発などを行う株式会社電通国際情報サービス(以下: ISID)オープンイノベーションラボ(以下:イノラボ)と、企業のコンサルティング業務を行う株式会社アイティアイディ(以下:ITID)は、AIを活用してESG経営の効果を分析し、可視化しようという共同研究を進行中。イノラボ所長の坂井邦治氏、シニアコンサルタントの松山普一氏、取材当時ITID R&CDユニット ユニットディレクターを務めていた蟹江淳氏へのインタビュー後編では、現時点での研究成果や今後の展望について聞きました。
データ分析を用いることで、アピールしたい対象別のESG経営戦略が可能に
Q.2022年に開催されたイベントで、共同研究の成果を発表されたとのことですが、どのような内容だったのでしょうか?
松山:「データ分析から紐解く成果につながるESG〜資本市場/財市場/労働市場に向けて」というテーマで、ESGの取り組みを、「資本市場=投資家への影響」、「財市場=消費者への影響」、「労働市場=就職志望者への影響」という3つの対象に分けて分析しました。つまり、「誰に向かってどのような発信をすると効果的なのか」ということを、分かりやすく分析して示したのです。
 株式会社電通国際情報サービス 松山 普一氏
株式会社電通国際情報サービス 松山 普一氏松山:分析は3つのステップを経ました。まず、私たちISIDの「CALC(※)による因果分析」で因果関係の明確なESGテーマを抽出、次にITIDさんの「機械学習による予測分析」で効果予測しやすいESGテーマを抽出、そして、その2つの結果から、因果関係が強く、効果予測に有効なテーマを抽出しました。

松山:分析に使ったのは、世の中にオープンにされている企業のESGデータ(約400項目)で、例えば、E(環境)は温室効果ガス(CO2)や生物多様性など、S(社会)はダイバーシティや人権尊重など、G(ガバナンス)はコンプライアンスやガバナンスなど。他に企業の財務データやイメージデータなども用いました。
分析結果としては、投資(PBR)に効果的な影響を与えるテーマは、G(ガバナンス)では「取締役情報の開示」、E(環境)では「CO2排出量の削減」、S(社会)では「品質管理システムの確立」などです。
一方で、就職意向に効果的な影響を与えるテーマは、E(環境)では「CO2排出量の削減」や「有毒化学物質の削減」、「エネルギーの効率利用」、S(社会)では「顧客の健康への貢献」などでした。
さらに、購買意向に効果的な影響を与えるテーマは、E(環境)で「エネルギーの効率利用」、「CO2排出量の削減」、「水資源の有効活用」などという結果が出ています。
この結果を対象別の取り組み優先度の高い4テーマとしてまとめると、下記の表のようになります。

松山:要するに、投資家向けにはESGをバランス良く、就職希望者向けや消費者向けにはEを積極的にアピールしていくといいだろうということです。また、全体的にEの項目が多く、SやGが少なくなったことについては、海外企業に比べると、日本企業ではこうした分野の情報開示をしていくというカルチャーそのものが十分ではないことが原因の1つとして考えられます。
蟹江:今回の取り組みは、全産業を対象にした一般論です。業界や個社により特化した分析を進め、分析結果の利用価値を高めていきたいと思っています。また、ESGのトレンドも変化がありますので、毎年分析を更新していき、どんな要素が企業価値向上につながるか、を定期的に見ていきたいですね。
 株式会社アイティアイディ 蟹江 淳氏
株式会社アイティアイディ 蟹江 淳氏データ分析による効果の可視化が、企業のESG導入の後押しに
Q.対象別に効果のあるESG要素が異なるのは意外でした。例えば、就職希望者を多く集めたい場合にはこの項目に重点的に取り組むといい、というようなことが分かれば、企業戦略上非常に役立ちそうですね。
蟹江:そうですね。ESG「経営」と言うと本社部門だけの話のようにも聞こえてしまいますが、本来は現場を巻き込んで全社で取り組むべき活動だと思います。今回の調査からは、活動テーマの選定に悩んだ際に、各部門に推奨すべき活動テーマを洗い出すことができたのではないでしょうか。
今回の分析結果を踏まえると、例えば、財務や経営企画のような投資家と関わる部門は、全社のESGテーマを幅広く把握して発信していくと、効果が期待できます。また、就職希望者と関わる人事部門やインターンの関連部署は、人事系のテーマであるウェルビーイングやエンゲージメントの他に「CO2排出量」や「エネルギーの効率利用」、「顧客の健康やウェルビーイングへの貢献」などの情報発信を行うと、就職希望者の志望度向上が期待できると考えられますね。さらに、お客さまと関わるマーケティング・営業・サポート部門、お客さまへの提供価値(商品・サービス)を生み出す開発部門は、「エネルギー」や「水」、「CO2」、「廃棄物」などに関する取り組みを推進し、その成果をお客さまへ向けて発信すると、購買意欲向上が期待できます。
Q.こうした分析結果をデータで具体的に提示したのは、業界としては新しい試みではないでしょうか。
坂井:「成果につながるESG」ということで、ISIDが対外発表するのも初めてのことです。今回の分析結果で見えてきたような、「求められている項目」に対応したESGに取り組んでいくという活用方法ももちろんあるのですが、それ以上に、まずは「ESGへの取り組みが、自社にプラスをもたらす」ということを数値で可視化することによって、企業のESG導入の後押しになればと思っています。そこで生まれてくる企業の意欲を、しっかりサポートしていきたいですね。
 株式会社電通国際情報サービス 坂井 邦治氏
株式会社電通国際情報サービス 坂井 邦治氏外部環境を整えることで、より便利で使いやすいデータ分析が可能に
Q.今後の展望について教えてください。例えば、「このESGの取り組みは、どこの層にどんな効果があるのかをシミュレーションしたい」というような要望に対応することも可能になりますか?
蟹江:そうですね。多くのデータを収集し、機械学習が進めばそのようなことも可能になると思います。当社としても、クライアント企業さまへの提供価値をさらに高めるために、効果が見込めるテーマを提示するだけでなく、そのテーマの具体的な推進支援にも取り組んでいきたいと考えています。
坂井:まずは足元からですね。先ほど分析結果のサマリーで、松山が日本企業は海外の企業に比べて情報開示についての姿勢が定着していないということを話していましたが、今後、情報開示が進んでいけば、分析対象となるデータも増えるので、私たちのデータ分析の精度も上がるのではないかと期待できます。
そのために、例えば、海外企業のESGの取り組みについて同じように分析し、発表すれば、どういったインパクトがあるのかということも研究していきたいと思っています。他にも、ESGの価値のランキング付けなども興味深いですね。ESGの価値ランキングが高い会社や成長力が高い会社は、それぞれどういった特徴があるのかを分析したり、成長企業の特徴を集め、ESGに関する取り組みとの関連を裏付けたり、といった試みも面白そうです。
先ほど蟹江さんも言われていたとおり、機械学習の精度を高めるなど私たちのデータ分析技術を高め、「この取り組みをすれば、中長期でどのくらいの業績が見込めるのか」というシミュレーションができるところまでいくことができれば、日本のESG経営の在り方に大きな変化が訪れるのではないでしょうか。
松山:今後はデータの分析だけではなく、分析によって得られた知識を使って、考察を深めていければと思っています。例えば、海外の企業を対象とした分析と日本の企業を対象とした分析では、結果にギャップが生じるので、それがなぜ起こるのかをきちんと考察できるといいですね。そうすることで、日本の企業がESGでやるべきことが見えてくると思います。

 
 
対象別に効果的なESGの取り組みが明らかになるなど、CALCと機械学習を掛け合わせたESG経営のデータ分析は、企業が取り組むべきESGを具体的に提示できることが分かりました。こうしたデータが可視化されることによって、企業は今何を重点的に取り組むべきか、どのような情報発信をすべきかが明確になり、より効果的な施策を打ち出していくことが可能になるのではないでしょうか。今後データ分析が進むことで、日本企業のESG経営がさらに発展していくことが期待できます。
 
※CALCはソニーグループ株式会社の登録商標です。
※CALCは株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所が開発した技術です。