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公開日: 2024/01/30

壱岐から世界へ。人工磯「リーフボール」で海藻を再生し、豊かな漁場の復興を目指す(後編)

地球温暖化対策のブルーカーボンの取り組みの1つとして注目されている人工礁「リーフボール」。長崎県で株式会社朝日テック 代表取締役の池田修氏と共に普及活動に取り組んでいるのが、一般社団法人マリンハビタット壱岐 代表理事の田山久倫氏です。

リーフボールは温暖化対策だけではなく、海藻を再生することにより海洋資源を豊かにし、漁業やさまざまな産業の活性化も期待されています。後編では、田山氏に壱岐市の活性化への思いを伺うとともに、リーフボールを使った実証実験で藻場再生に取り組む壱岐の方々からも、株式会社 電通の藤孝司氏がお話を伺いました。

ブルーカーボンの取り組みが壱岐の産業に与える影響

藤:田山さんは、ブルーカーボンというテーマに本当に熱心に取り組んでいらっしゃいますが、どのような思いで推進しているのでしょうか。

田山:漁業は壱岐にとって重要な産業ですが、漁獲量がこの30年間で7割以上減少しています。獲れなくなるということは収入が得られず生活できなくなり、後継者もいなくなる。そうやって産業全体が危機的な状況になっていると感じています。基幹産業である漁業がダメになれば、観光業や飲食業などにも影響していきます。ですから藻場を再生するというのが、喫緊の課題だと思っています。

もちろん、リーフボールが温暖化対策になるということも分かっていますし、そこに貢献したいという思いもあります。そのための良い事例を、壱岐から全国へ、世界へと発信していきたいです。

藤:例えば2030年などの数年後を見据えて、具体的に目指したいものはありますか。

田山:海の問題は、漁協とか漁師とか、そこで暮らしている人たちだけの問題だと思われているかもしれません。しかしこれは、誰にでも関係する、身近で重要な問題だということを感じていただきたいと思います。

一般社団法人マリンハビタット壱岐 田山久倫氏

田山:具体的に目指していることの1つは、海洋牧場を作ることです。漁師が少なくなったことで、使われなくなった港を網で仕切って海洋牧場化し、リーフボールで藻場を再生して、豊かな海を取り戻します。そこで育った魚介類を漁獲してその場で楽しめるというような海のテーマパークのような施設を作り、海を多くの人に身近に感じてほしいと思っています。

世界規模で見ても、食糧問題は必ず起こる大きな課題とされていますし、温暖化対策だけでなく、食糧庫として、海の重要度はますます高まってくるのではないでしょうか。それに備える意味でも、海洋牧場は1つの答えなのではないかと思います。

藤:私が壱岐に来てよく思うのは、「本当に豊かな島だな」ということです。海もきれいだし気候もいい。ご飯もすごくおいしい。けれども実際には、磯焼けや漁獲量の大幅減少などに地元の方々は悩んでいるわけですね。そんな中で田山さんの頑張りは本当にすごいと思います。

田山:正直に申し上げますと、リーフボールに出会った当初はすごいと思い、壱岐のいろんな人たちに説明して回って、実験してくれる人を探していましたが、自分自身が事業として携わるとは思ってはいませんでした。会社を辞めて故郷の壱岐に戻った時点でも何も決めていなくて、何らかのビジネスで地元に貢献しようと考えていました。ですが、リーフボールを広める活動を続けていきながら、これはやはり自分でやらなきゃだめだなと感じ、法人化して本格的に事業として始めることにしたのです。

現在は、リーフボールを壱岐や対馬などのエリアで広めていく事業を進めていますが、まだ実験段階が多くビジネスにまでは至っていません。そのため、ドローンのライセンスを取得し、ドローンライセンススクール事業も並行して始めました。その中で水中ドローンも扱うようになり、リーフボールの状況を簡単にチェックすることができるようになりました。

また、ドローン事業を始めたら、農業をドローンで支援できないかというご相談もいただくようになりました。漁業と並んで農業も壱岐にとっては重要な産業です。当初、壱岐の農業を無農薬にする!と意気込んでいましたが、実際に農家の方とお話をしたり現場を見たりすると、現実はそんなに簡単ではないという事が分かってきました。しかし、「海を思えば農業も変わる」という理念の下、環境負荷の少ない資材などを使い、スマート農業を支援する取り組みも始めています。こうやって、漁業や農業といった第一次産業をいい方向に変えていって、壱岐の豊かさを守っていきたいです。

加えて言うと、島内外の学生に海洋教育も行っています。子供たちにこの問題をしっかり知ってもらって、興味を持ってもらいたいし、解決のためにチャレンジをしてほしいと思っています。とにかく思いだけでここまでやってきていますので、1人でも多くの人に共感してもらえるとうれしいですね。

壱岐に広がるリーフボールの実証実験と藻場の再生活動

この対談の後、リーフボールの実証実験に取り組んでいる様子を2カ所見せていただきました。1カ所目はかつて漁港として使われていた旧篠崎漁港です。今では使われていないこの場所を漁協が網で仕切り、藻を食べる魚が入らないようにしながら、リーフボールを設置して藻場再生の実験を行っています。田山氏に協力している箱崎漁業協同組合 総務部 課長 山川明氏にもお話を伺いました。

リーフボール設置による藻場再生の実証実験を行っている旧篠崎漁港

山川:平成26年の低気圧がきっかけとなって、このあたりの藻場が大きく減ってしまい、そこから回復の兆しが見えません。専門家の調査によれば、温暖化による海水温上昇が原因とのことですが、場所によっては藻場が再生しているところもあり、原因がよく分からないまま藻場再生に関わるさまざまな取り組みをこれまで行ってきました。リーフボールは田山さんの熱意に押されてチャレンジしてみましたが、これまでの取り組みの中で一番うまくいってるのではないかと思います。田山さんは、設置後にも何度も状態のチェックに来てくれるので、安心して実験を一緒に進めることができています。藻場が失われたのは本当にあっという間の出来事でしたが、再生は途方もなく時間がかかります。地道に取り組みを続けていきたいと思っています。

実際に海藻が生えたリーフボール

もう1カ所は「壱岐イルカパーク&リゾート」です。イルカと触れ合うことのできるレジャー施設のプールで行われているリーフボールの実験を、施設の責任者であるIKI PARK MANAGEMENT株式会社 代表取締役 高田佳岳氏に見せていただきました。

もう1つの藻場再生の実証実験を行うレジャー施設、壱岐イルカパーク&リゾート

高田:いくつかリーフボールを入れていますが、もともとこの湾内に自生していた海藻の胞子が着生し発育が確認できています。しかし、日当たりが良い方がよく育つのかなと思って設置場所を考えたりもしたのですが、実際には日が当たりすぎるとあまり発育が良くないこともあるようです。また、ここのプールは海とつながっていますから、潮の流れなどによっても発育に影響が出ているようです。また、うちの施設では、網にも藻がよく生えているので、さまざまな方法を模索しながら、自分たちでも実験に取り組んでいます。

藻場になっているリーフボールの定期確認

田山氏だけではなく、壱岐では多くの人たちが藻場再生に取り組んでいます。このような活動が実を結んで、1日も早く豊かな海が壱岐に戻ることを願うばかりです。そして壱岐での取り組みが、モデルケースとして全国に広がっていき、日本全体の海洋資源復活につながっていくのではないでしょうか。

 


 

漁業だけではなく壱岐全体の産業の活性化を願う田山氏の熱意が広まり、リーフボールの取り組みに賛同する方々が増えていっています。実証実験の事例が増え、壱岐に豊かな漁場が戻り漁業が復興できれば、日本や世界中の海洋資源が復活することが期待できるでしょう。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

田山 久倫

田山 久倫

一般社団法人マリンハビタット壱岐

1991年5月13日長崎県壱岐市生まれ。日本文理大学経営経済学部出身。学生時代は硬式野球部に所属。現在は事業構想大学院大学在学中。30歳の時、「島に貢献したい」という思いからUターンを決意。リーフボールとの出会いをきかっけに、海の砂漠化「磯焼け」を克服するという目標を掲げ、一般社団法人マリンハビタット壱岐を設立。ふるさと壱岐島から、深刻な海洋環境問題解決のための、ロールモデル創出に向けて挑戦中。

藤 孝司

藤 孝司

株式会社 電通

環境・エネルギー領域のスペシャリストとして、株式会社 電通内の横断組織DEMSに所属し、国内外のエネルギー関連企業、スタートアップとの事業開発等を10年以上担当。2019年から脱炭素・カーボンニュートラル領域を担当し、グループ横断でのカーボンニュートラルに関するソリューション・取り組みを連携し、ご提供していく「dentsu carbon neutral solutions」を立ち上げる。環境省と行動経済学(ナッジ手法)を活用した脱炭素型ライフスタイルへの行動変容ナレッジの開発や海洋国家である日本として取り組むべき磯焼け問題(海の砂漠化)解決のためのブルーカーボンプロジェクトを社内外メンバーとプロジェクトを推進。2025年の大阪・関西万博を「海の万博」として日本独自の取り組みを世界各国に発信していくことを目標に日々活動中。

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