人口減少や高齢化といった社会課題を抱えながら、島全体でSDGsに積極的に取り組む長崎県壱岐市。2018年には国から「SDGs未来都市」として選定され、スマート農業や環境教育の推進などに取り組んできました。
壱岐市役所 SDGs未来課で課長を務める篠崎道裕氏へのインタビュー後編では、研究機関や民間企業といった外部との連携や壱岐市が目指す姿についてお聞きします。聞き手は、株式会社 電通でカーボンニュートラルやブルーカーボンに取り組む藤孝司氏が務めます。
市民・行政・企業にとって「三方よし」の連携
藤:多くの民間企業と連携しているのも、壱岐の大きな特徴だと思います。例えば、島全体をフィールドとして、さまざまな実証実験を行っていますよね。企業にとっても、テストがしやすい環境になっていますが、どうしてでしょうか?
篠崎:「SDGs未来都市」に選定される前から、壱岐を盛り上げていくために、民間企業と連携協定を結ぶということは数多くやってきました。やはり行政だけだと柔軟な発想が出てこないので、民間企業や大学研究機関など、島の外からいろんな知恵やアイデアをもらって取り組んでいくことは重要だと思います。それによって、企業にとってもよし、市にとってもよし、何より市民にとってもよし、というまさに「三方よし」であることが大事です。
藤:実際に、他の企業や研究機関と連携して進めている事例を教えてください。
篠崎:例えばエネルギーについてですが、壱岐は本土と海底ケーブルなどの電線がつながっていないため、島内の電気は島にある発電所で全て賄っています。この発電所は火力発電のため、稼働している中でCO2が排出されます。先ほどの「気候非常事態宣言」の中では、このエネルギーを2050年までに全て再生可能エネルギーに変えると宣言しているのですが、現実的には再生可能エネルギーはまだまだ不安定で、太陽光にしても風力にしても、安定して使える状態には程遠いというのが実態です。残念ながら、再生可能エネルギーの発電量自体をこれ以上増やすのはなかなか難しい。そこでどうすればいいか、ということで出てきた考え方が、電気の使用量は時間帯や季節によって上下するわけだから、発電して余った再生可能エネルギーをしっかり蓄えて、必要に応じて使う、という状態ができれば解決に近づくのではないか、というものです。
壱岐市役所 篠崎 道裕氏篠崎:その中で、水素を活用して電気をためるという実証実験が行われています。これが非常に面白くて、魚の陸上養殖場と組んで実験が行われています。この養殖場自体もちょっと特徴的で、地下水をくみ上げて養殖に活用している施設です。ここでは、地下水をくみ上げるためのポンプが24時間稼働しています。この電力供給に太陽光発電を使うのです。そして、余った電気で水を電気分解して、酸素と水素に分けた状態でタンクに蓄える。夜間は太陽光発電が動かないので、昼に蓄えた水素で燃料電池を動かし、それでポンプを動かす。このような形で、昼は太陽光発電、夜は水素発電で24時間ポンプを稼働させることができています。
さらに、ここで使っている地下水は、海水に比べると酸素が少ない、という問題があります。そこで、電気分解して蓄えた酸素を水槽に供給しているのです。これまでは、わざわざ酸素発生機を導入し、酸素を供給していましたが、それが不要になりました。また、これによって、実証システム全体の経済性も大きく向上しました。再生可能エネルギーを増やすだけではなく、酸素までもが活用できるというのは大きな発見でした。これらの取り組みは、東京大学の先端科学技術研究センターと民間企業4社 との連携によるものです。世界でも珍しい取り組みとのことで、各所から注目を集めています。
未来の姿を市民と共有し、2030年のその先へ
藤:2030年に島の人口が4分の1近く減ってしまうかもしれないという危機的状況が「SDGs未来都市」選定の大きなきっかけとなった、というお話が前編でありました。さらにその先の展望はありますか?例えば2050年を見据えて、といった長期的な視点ではいかがでしょうか?
篠崎:現時点おいては、いったんゴールを2030年に定めて、そこからバックキャスティングで考えている状況ですが、いずれ今の取り組みを見直しつつ、ゴールを2050年へとずらしていくような作業をしなければいけないと思っています。
まずは、島で使う電気については、100%再生可能エネルギーにしなければいけません。そして、今取り組んでいる教育活動は普遍的に重要だと思っています。SDGsの先にある未来の姿を、市民の皆さまと共有していきたい。それができれば、おのずと市民1人ひとりが、壱岐の未来を考えながら動くということにもつながっていくのではないでしょうか。少なくとも今の段階では、2030年の壱岐の姿を市民の皆さまと共有しなければいけませんし、そのためには未来像を私たちが提示しなければいけません。そのための市民との対話をしっかり重ねていきます。
藤:環境教育を受けた子どもたちの意識は変わってきていますか?
篠崎:学年によって、教育の内容を変えています。まず小学生は、海洋教育を通じて「壱岐の良さと課題を知る」ことが目的です。中学生には、そこから一歩進んで、自分が2030年まで壱岐に住み続けるためには、どういう街になってほしいか、という「住み続けたいまちづくり」について考えてもらいます。高校生は、壱岐が持続可能であるためには、具体的にどういうことをしていく必要があるか、という解決手段までを自分たちで考えます。
大学生になればみんな島から出ていくのですが、ゆくゆくは島に戻って島のためになる活動をしたいとか、島の外にいても壱岐のために何かしたい、地域活性化の勉強を大学でしたい、といった子どもたちが増えています。夏休みには島に戻ってきて、卒業生として後輩の高校生たちにいろんなことを教えるといった流れが生まれ始めており、一定の成果が出てきているのかなと感じています。

壱岐からワクワクを広げる「エンゲージメントパートナー」
藤:最後に、島外の方へ向けてアピールしたい壱岐市の取り組みはありますか?
篠崎:今壱岐が進めているいろんな取り組みの中で、重要なキーワードにしているのが「エンゲージメント」です。要は愛着とか主体的な貢献欲求という意味なのですが、壱岐に対して愛着を感じていただきたい、もっと良くしたいという思いを持っていただきたいということです。
そのためには、市民はもちろんですが、市民以外の方々、島の外に住んでいらっしゃる方々も一緒になって盛り上がっていきたい。なるべく多くの人たちとパートナーシップを結んで、壱岐についてワクワクするようなことを一緒に広げていきたいと思っています。例えば、壱岐に共感や愛着を持ち、主体的に貢献しようとする企業・団体さまに関しては、「エンゲージメントパートナー」として登録させていただく制度があります。登録していただければ、壱岐市が所有するワーケーション施設を自由に使っていただくことができるので、ワークショップなどにご参加いただいて、とにかく壱岐を体験していただき、市民と触れ合っていただきたいです。少しでも壱岐が好きだとか気になるという方々は、ぜひとも積極的に壱岐に関わっていただき、一緒に楽しみましょう。私たちも、関わっていただく皆さまとWin-Winの関係が築けるように、引き続き頑張ってまいります。

「地球沸騰化」を食い止めるためにも、漁業を日本の重要な産業として守り続けるためにも、私たちが今までのように豊かな海の幸を楽しめるようにするためにも、海の生態系によって蓄える炭素「ブルーカーボン」は重要な取り組みとなります。全3回にわたってお届けしてきた本シリーズでお話を伺った方々の活動や考えは非常に示唆に富むものでした。取材に応じていただいた皆さまの活動を心から応援するとともに、私たち自身も何ができるのかを考え実践していきます。