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公開日: 2025/02/13

5万人の気候危機インサイトから考える、今後日本が起こすべきアクションとは(前編)

佐座 マナ

佐座 マナ

一般社団法人 SWiTCH

荒木 丈志

荒木 丈志

株式会社電通グループ

高村 ゆかり

高村 ゆかり

東京大学

カーボンニュートラルへの対応は、今や企業にとって重要な経営課題の1つです。しかし、2015年にパリ協定で掲げられた「世界の年間平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑える努力をする」という「1.5℃目標」がある中、2024年は産業革命以前と比べて観測史上最高となる約1.5℃の上昇を記録しました。近年の異常気象は私たちの生活を揺るがす社会課題であり、企業のさらなる対応と、具体的な成果が求められています。

株式会社 電通では、dentsu Japan(国内電通グループ)でサステナビリティに関するプロジェクトを推進する組織「dentsu carbon neutral solutions」を調査主体として、「カーボンニュートラルに関する生活者調査」を定期的に実施しています。本記事では、第14回調査(調査期間:2024年5月31日~6月3日)から得られたファインディングスを基点に、気候変動問題の第一人者であり本調査の監修を担当する東京大学未来ビジョン研究センターの高村ゆかり氏、「地球一つで暮らせる未来」の実現に向けて取り組む、一般社団法人SWiTCHの佐座マナ氏、「dentsu carbon neutral solutions」のプロジェクトリーダーである株式会社 電通グループの荒木丈志氏が、カーボンニュートラルに関して今求められる行動変容や企業が果たすべき役割について、前後編にわたって語り合いました。

5万人の意見をAIで分析。気候変動への関心の低さが浮き彫りに

荒木:2020年10月、当時の菅義偉首相が「2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」と宣言を受け、日本国内の温暖化対策は新たなフェーズを迎えました。こうした動向を踏まえ、電通では2021年から「カーボンニュートラルに関する生活者調査」を年数回実施し、生活者の意識変化と行動変容について定点観測してきました。

第14回の調査ではAIを活用し、5万人からフリーアンサーで生の声を集め、いくつかのトピックに分類する「トピックモデリング」という手法を採用しました。中でも興味深いのが、いわゆる「1.5℃目標」に対して既に1.5℃に近づいてしまっている事実に対するコメントの分析結果です。自由回答は28のトピックに分類され、中でも多かったのが「地球が住めない環境になる」「政府・企業・個人みんなで取り組むべき課題」という声でした。ただ、全体の27.5%が「関心がない」と答えており、無回答や「正しい情報か懐疑的」「地球の歴史から見れば問題ない」という回答と合わせると半数近くに。危機意識の低さを示唆する結果となりました。

佐座:「関心がない」という回答が多いのは、自分の生活との接点が見えないからではないでしょうか。ですが、実際には日々の暮らしで使用するエネルギーはもちろん、毎日の食事ですら環境問題とは切り離すことができません。こうしたメッセージをメディアはよりシンプルかつ明確に発信し、企業と連携しながら積極的なアクションを共に進めることが重要だと思います。

その一方で、年齢層の高い方の情報感度の高さには驚きました。おそらくテレビを観ている層と観ていない層で、受け取る情報に差があるのではないかと思われます。逆に、環境問題について、SNSなどのネットメディアでは、どのような情報発信がされているのか気になりました。

一般社団法人SWiTCH 佐座 マナ氏

荒木:過去の調査を振り返ると、デジタルメディアに触れる割合が高い人たちは環境問題に対する関心がそこまで高くないという結果が出ています。テレビや新聞は幅広い情報に触れられますが、ネットは自分が関心のある情報ばかりが見られがちです。そこに課題があるのではないかと考えられます。

高村:「気候変動は人間の活動によって起きている」「重要な課題だ」という認識は高くても、みなが行動に移しているかというとそうではないです。正しい情報に触れる、環境問題の重要性を認識する、その上で実際に行動に移すといういくつかの段階があるため、どのようなエントリーポイントで重要性を認識するに至ったのか、行動に移せたのかが見える化できると面白いのではないかと思います。

東京大学未来ビジョン研究センター 高村 ゆかり氏

多くの人の参加を促し、自分事化することが重要

荒木:今回の調査では、28のトピックごとに、どのような層が多いのかデモグラフィックにまとめています。先ほどの質問で「関心がない」と答えた人のボリュームゾーンは、20~40代の働く人たちです。やはり日々の仕事が忙しいと、環境問題に関心を寄せる余裕がないのかもしれません。また、未婚で子どもがいない人の割合も高いですね。

高村:私は、子どもがいるかどうかで関心度に差があることに興味を引かれました。気候変動問題を認識するきっかけとなるのは、子どもが過ごす未来に思いをはせる機会の有無と関係が深いのではないでしょうか。今、自分が直面している環境の先にある未来に目を向けるには、ライフステージの変化も重要なファクターであると思います。

トピックモデリング別に見た「信頼できる情報源」という調査結果も興味深いですね。テレビの影響の大きさを感じる一方で、2割の人たちが「信頼できる情報源がない」と答えています。誰がどのような形で情報を届けると効果的なのか、情報発信について考える上で重要な論点になると思います。

佐座:企業がサステナビリティを推進する上でも、誰が、いつ、どのように伝えるのかによって社員の取り組み方が変わります。包括的に、さまざまな人たちと一緒に対策案を練ると受け入れられやすいという事例もあります。

荒木:私もクライアント企業さまの環境ビジョン策定をお手伝いする機会をいただくことがありますが、社員の参加レベルをどこまでにするかによって、その後の浸透度が大きく変わります。自分の知らないところで作られたものを自分事化するのは難しいので、いかにして社内で議論する場をつくり、一緒にビジョンを考える仕組みを構築するかが、その後の行動変容にもつながっていくと思います。

行動変容を起こすには、教育とインセンティブが重要

荒木:こうした調査結果を踏まえ、お2人は「関心がない」と答えた層に行動変容を促すには何が必要だと考えますか?

株式会社 電通グループ 荒木 丈志氏

佐座:私は環境問題に関する教育が重要だと思います。なぜ環境問題に取り組まなければならないのかという「なぜ」をしっかり理解できないと、次のステップには進めません。日本では、SDGs教育は普及していても「いつまでに、何を、どう実現するのか」という定量的な目標設定は浸透していません。学校に限らず、企業でもこうした教育が必要ではないかと思います。

また、横のつながりを活用して、仲間同士でもお互いにプレッシャーをかけ、意識を変えていくようにしなければいけないとも感じます。特に若年層はグループへの帰属意識が強く、周りの動向に合わせて行動しようという心理が働く傾向があります。多くのステークホルダーが協働し、みんなで意識改革を促すことが大切ではないかと思います。

高村:意識の変革は大前提として、何らかのインセンティブ/ディスインセンティブも必要ではないかと思います。例えば、批判はありましたが、レジ袋の有料化は人々の行動変容を促しましたよね。あるコンビニチェーンでは、約8割のお客さまがレジ袋を辞退するそうです。わずか数円のディスインセンティブですが、これほど多くの人たちの行動を変えたことは軽視できません。制度や政策など多様な方法で人々の意識を変革し、行動を誘導して変化させていくことが大事ではないかと思います。

 


 

行動変容を起こすスイッチは、人によってそれぞれ異なります。「dentsu carbon neutral solutions」では、今後の生活者調査を通じ、そのスイッチの在りかも分析していく予定です。後編では世界に目を向け、2024年11月に開催された「COP29」(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)の所感と、そこから見えた新たな課題について語り合います。

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佐座 マナ

佐座 マナ

一般社団法人 SWiTCH

カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学卒業。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院 サステナブル・デベロップメントコース卒業。Mock COP グローバルコーディネーターとして、140カ国の環境専門の若者をまとめ、COP26と各国首相に本格的な18の政策提言を行い、世界的な注目を浴びる。COP26日本ユース代表。COP28に日本政府団として参加。2021年、SWiTCHを設立。2023年、Forbes Japan 30 Under 30に選出される。現在は2025年大阪・関西万博に向け、100万人のサステナブルアンバサダー育成プロジェクトを推進中。

荒木 丈志

荒木 丈志

株式会社電通グループ

入社以来、パブリック領域の業務に従事。特に環境政策に精通し、脱炭素領域においては、中央省庁のみならず、民間企業への支援・連携案件にも数多く携わる。また、電通グループ自身や広告業界・マーケティングソリューションの脱炭素化に向けた「Decarbonization Initiative for Marketing」を立ち上げ、業界連携・横断での活動を積極的に推進中。

高村 ゆかり

高村 ゆかり

東京大学

島根県生まれ。専門は国際法学・環境法学。京都大学法学部卒業。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。龍谷大学教授、名古屋大学大学院教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)教授などを経て現職。国際環境条約に関する法的問題、気候変動とエネルギーに関する法政策などを主な研究テーマとする。中央環境審議会会長、東京都環境審議会会長、サステナビリティ情報開示の基準を策定するサステナビリティ基準委員会(SSBJ)委員、アジア開発銀行の気候変動と持続可能な発展に関する諮問グループの委員なども務める。再生可能エネルギー買取制度調達価格等算定委員会委員(2015年3月〜2024年2月。2021年3月からは委員長)も務めた。『環境規制の現代的展開』『気候変動政策のダイナミズム』『気候変動と国際協調』など編著書多数。

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