frogが手掛けるデザインとイノベーションの現在・未来No.46
「ストラテジックフォーサイト」で未来のビジョンを現実に
2025/07/24
この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエイティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。
「ストラテジックフォーサイト(戦略的先見性)」とは、組織としての先見性のある見解を十分な情報に基づいて創出すること。未来を恐れる必要はありません。先を見通す視点を持つことで、自分たちの状況に合った未来を形づくっていきましょう。
先々の変化に適応する
世界最大の写真フィルムメーカーだったコダック社がデジタル写真時代の到来で倒産に至った経緯は、何度も繰り返し語られてきました。それは大抵、教訓めいた物語として展開されます。しかし、その裏では興味深い話が見落とされています。
コダック社は1974年から2006年まで、ニューヨーク州ロチェスターにあった秘密の地下研究施設に、約1.6キロの濃縮ウランを装填した原子炉を所有していました。この原子炉は中性子ラジオグラフィ※1実験に使用されていて、いわば最先端の技術研究への投資の一つでした。こうした研究のおかげで、コダック社は常に新たな写真・画像化製品の最先端を走っていました。ところがその後どうなったか、今では誰もが知っています。
※1中性子ラジオグラフィ=非破壊検査技術の一手法であり、X線またはγ線ラジオグラフィと類似した放射線透過法のこと。
課題は、新しい技術やデータリテラシーの向上によって引き起こされる大きな変革に適応していけるかどうかだけではありません。よりよい未来に向けて、先を見越して貢献していく方法を探ることも求められます。
成功するためには、絶え間なく変化する複雑な世界と向き合いながら、革新性とレジリエンス、そして適応性を備えた道筋を切り開くことが不可欠です。カギとなるのは、継続的な事業改革――。つまり、次に何が起こるかを想像し、まったく新しいビジネスモデルや製品、サービスを創り出すことです。
そのためには、難しい疑問に答えなければなりません。例えば、生成AIを利用したボットが会社と顧客とのやりとりを仲介する時代に、ブランドの一貫性を守るにはどうすればいいか?消費者が企業による環境に配慮した取り組みや倫理面の実績をますます重視するようになる市場で、競争上の優位性を維持するにはどうすればいいか?将来のビジョンを実現するための第一歩として、まず何をすればいいか?そうした疑問への答えを探す必要があるのです。
戦略をクリエイティブな行為として実現する
組織が将来の不確定要素を効果的に予測し、それに対応していくための規律と考え方を「ストラテジックフォーサイト(戦略的先見性)」といいます。この考え方は、企業が自らを継続的に改革し、自分たちの戦略が市場の情勢に影響するさまざまな要因に対応できるようにするための出発点となります。結局のところ、将来の変化を予測する能力は、そのインサイトに応じて自らの組織を改革する能力が伴って初めて価値を持つのです。
ストラテジックフォーサイトはここ数十年にわたってビジネス戦略の主流となっており、シナリオ立案から適応型戦略の策定まで、さまざまな形で実践されてきました。その理念の核となるのは、未来への道筋は直線でもなければ予測可能でもないといった認識です。したがって、考えられる複数の未来の始まりに備えるための「適応力の文化」が必要になるのです。
基本的に、戦略とは選択肢を創り出し、課題に対応し、生まれてくるチャンスをつかむことです。そのためには、型にはまった考え方に基づく縛りを打ち破る多面的なアプローチが求められます。frogでは、戦略はクリエイティブな行為であると考えています。つまり、人間の想像力、好奇心、直感の産物であり、デザインやデータ、テクノロジーと共生関係にあります。戦略は方向性をもたらし、デザインがその道を形づくり、データをもとにアプローチが決められ、テクノロジーがその実行を可能にするわけです。
コンサルティング業界で従来好んで用いられている経験的視点では、定量的分析と データに基づくインサイトが優先される傾向にあります。このアプローチにはそれなりの利点があり、貴重な情報を得られますが、戦略上の課題と機会の繊細で定性的な側面をとらえるには、他の手法と組み合わせて使う必要があります。未来がどうなるかは、スプレッドシートではとらえきれません。未来は数限りない可能性に満ちた、生きて呼吸する情景なのです。
ストラテジックフォーサイトを効果的に利用すれば、ビジネスの多様な側面にさまざまな規模の機会や整合性が生まれます。いくつか例を挙げてみましょう。
- 新規事業を立ち上げ、リアルタイムのニーズに基づいて思い切った選択を
する。 - ブランドを変革し、今の時代に即した革新的な組織としてポジショニング
する。 - 可能性の限界を広げる全体としてつながりのある製品・サービス体験を実
現する。 - 顧客エンゲージメントを深め、ロイヤリティを高める新しい方法を発見する。
- 組織の将来性を確保するために必要不可欠な能力を特定する。
未来思考の戦略的パラダイムの分類
組織はそれぞれ、独自の背景や文化、置かれた状況に応じて、それぞれに異なる未来との関係を築きます。その関係性がこれから先に待ち受けていることを組織がどのようにとらえ、備えるかに大きく影響します。時期や状況によって、未来を脅威ととらえたり、機会ととらえたりすることもあれば、しっかりとしたビジョンを形づくることのできる柔軟性のあるものととらえる場合もあるでしょう。
frogではクライアントとの仕事を通じて、ストラテジックフォーサイトには主に次の4つのカテゴリーがあることを発見しました。
フューチャーシールド型
(予想外の有害事象による必要以上の影響から組織を守る)
組織が存続するために事後対応的に適応しなければならない場合を、私たちは「フューチャーシールド(future-shield)」と呼んでいます。これは、必ずしも愚かさの結果ではありません。人生はいつでも予測可能とは限りません。将来起こりそうなことを知識に基づいて強く確信していたのに、それが結果として間違っていたということもあり得ます。このような状況で求められるのは、組織のメンバーや製品、収益、ブランドへの潜在的なダメージを最小限に抑えながら、軌道修正を図って新しい現実に適応することです。
frogでは過去50年にわたって、さまざまな業界でこのような問題に直面した例を数多く目にしてきました。メディア消費のあり方や産業構造が急速に変化する中で、私たちはある非営利の大手通信社が今後の課題と潜在的な機会を特定し、対応していくプロセスをサポートしました。また、危機に瀕していたインクジェットプリンター部門を革新的な製品コンセプトで再生させようとする大手ハードウエアメーカーにも協力しました。このクライアントは、frogがZ世代調査と未来思考を組み合わせて構築したビジョンを採用した結果、新たなニッチ分野を見つけることができました。
フューチャープルーフ型
(期待される成果に基づいて既存の計画へのリスクを緩和する)
「フューチャープルーフ(future-proof)」とは、要するに、企業が将来起こり得る問題や変化による悪影響に備えて、戦略的な対策や活動を実施することを指します。いわば、リスク管理の要素を活用した「防御態勢」をとり、個々の出来事への反応を検知し、影響を予測する一連のアクションによって対応できるようにすることです。この方法は、成熟した大手企業が採用するのが普通です。そういう企業は、多数の構成要素が常に稼働していて、状況が悪化したときにうまく対応するには、時間と余裕と事前の計画が必要だからです。
frogでは先頃、このアプローチを利用して、航空管制・空港運営業界の世界的大手がボトムアップ型の変革を進め、アイデアを活性化させるのを支援しました。このクライアントは、モビリティのあり方が変わっていく中、自社の役割の変化を理解できたことで、多面的なアプローチのアイデアを生み出しました。中核事業も継続的に成長させながら、拡散的な戦略的思考を組織に根づかせることができたのです。
フューチャーレディ型
(新たな機会を検知・分析することで変化に適応する)
「フューチャーレディ(future-ready)」な組織は、適応的かつ先見的な視点から将来を展望し、新しい機会が現れたときにそれを利用できる態勢をとります。このアプローチでは決定論的な手法とは距離を置き、むしろ事が起きる確率に目を向けます。つまり、「何が最も起こりやすいか」ではなく、「どのようなことが起こる可能性があるか」を考えるわけです。
起こり得る未来を思い描くことは、本質的に柔軟性を備えた戦略の構築につながります。中核的な対応策と並行して、物事が予想とは違った進み方をした場合は、状況に応じた対応策を発動することができます。例えば、frogではある世界的な大手ハイテク企業から委託を受け、今後10年間にメタバースが人間の生活にどんな影響を与えるかを予想しました。このプロジェクトでは、多様な側面をとらえていながら説得力のある語り口と、クライアントがその未来のエコシステムの中での自らの立ち位置を見いだせるように明確な長期的戦略が求められました。
フューチャーシェイプ型
(ビジネスや文化の新たな変化を特定し、事前対応的に脅威を評価する)
「フューチャーシェイプ(future-shape)」を行う企業は、多くの場合、強い信念を持ち、思い描く未来を率先して決定づけようとします。そうした企業は、業界内で支配的な横並び意識を打破しようとする傾向があります。そんなフューチャーシェイプ型は「リスクを伴う」「野心的」と受け取られる向きもありますが、見返りが非常に大きくなる可能性もあります。最も大きな価値を得られると組織が考えている広範なエコシステムに、目を向けているからです。このアプローチは本質的にやや理想主義的で、未来のビジョンを実現させるだけでなく、ステークホルダーにも共通認識を形成して協働してもらうためにも、組織は明確なビジョンと目標、そしてそこへ至る道筋をはっきりと打ち出す必要があります。自らが望む未来を構築するためのシステムと周囲の環境を整備することを目指すアプローチといえます。
frogはあるインフラ部門の世界最大級の企業グループから、将来のモビリティとエネルギー貯蔵分野の中心的存在としての立ち位置を確保するため、柔軟で適応性のある緊急対応戦略を立案してほしいとの依頼を受けました。この取り組みによって、同社の長期的な方針に沿った形で、短期的に大きな影響力を生み出す意欲的で実際的な一連の活動が策定されました。新しい事業分野、戦略的提携、未来志向の組織的マインドセットを導入したことで、同社は数年のうちに、同業者の中で最も革新性のある企業の一社としての地位を確立しました。
ストラテジックフォーサイトにさまざまな視点を適用する
ストラテジックフォーサイトの可能性をフルに引き出すには、未来についてさまざまな視点から考え、不確定要素に機敏に適応できるようにしておかなければなりません。残念ながら万能の処方箋はありません。どうすればいいかは、それぞれの組織内外の状況を形成する多数の影響力によって決まるからです。一般論としては、frogでは未来を考えるときに3通りの視点を採用しています。カギとなるのは、どのアプローチ(あるいは複数のアプローチの組み合わせ)があなたの組織にふさわしいかを判断することです。
分析的視点
過去のデータから学び、未来志向の意思決定の指針とする
「分析的視点」を活用すると、過去に関する情報に基づいて未来を推定することになります。通常は、膨大な情報を分析し、内容の濃い説得力のある見解を構築することが可能です。そうした見解は、過去の出来事を厳しく詮索されても揺るがず、ベストプラクティスの策定や潜在的なリスクの回避につながることもあり得ます。ただし、この視点では未来についての見解を過去の出来事から引き出すため、単独で用いると、本質的に還元主義的な考え方になります。未来が従来のパターンに従わない方向に展開し始めると、このアプローチは逆効果になるおそれがあります。
思索的視点
創造的で拡散的な思考で幅広い未来の可能性を探る
対照的に、「思索的視点」と呼ばれるアプローチもあります。個々のトピックの変動要素や事象についてじっくり考え、それらを全体として説明することで、既成の枠にとらわれない考え方をうながし、拡散的な見方を取り上げて、建設的な意見のやりとりを生み出すことができます。
例えば、frogでは、ウエアラブル技術とファッションを融合したブランドMACHINAと協力し、気候危機に直面した際のファッションの生き残りの手段について構想しました。このアプローチでは、ブレーンストーミング※2やブレーンライティング※3、ワイルドカードといった手段を活用します。しかし、この手法で効果的な成果を生むには、思索のために用いる手段やプロセスの準備と整合が重要になります。このような生成的な実践は役に立ちますが、永続的な価値を創り出すには、より深いレベルで考えることが必要です。数回のワークショップを通じて考案された「Two-minute futures(2分間で描く未来)」という手法は表面的な内容にとどまる危険があり、詳しく検証されるとほころびが出て、組織にもたらされる価値は限られるかもしれません。
※2 ブレーストーミング=複数人でアイデアを出し合う集団発想法
※3ブレーンライティング= 回覧板式にシートを回し、他人のアイデアをヒントに発想を広げていく手法
システム的視点
各種のシステムをつなげて、柔軟で適応性のある戦略を構築する
最後に挙げるのは「システム的視点」です。ここでは、デザイン原則を戦略とイノベーションに応用しながら、一連のツールを利用して2つの物事の間にあるグレーエリアを探ります。論理的思考と想像力、直感、システム思考を駆使して、「起こり得ること」のいろいろな可能性を探り、未来の望ましい姿を描き出します。さまざまな変動要素の間のつながりや因果関係を考え、フィードバックループや弱いシグナルを探り、分析から得られたインサイトを総合的にとらえることで、組織を取り巻く世界を深く詳細に理解することができます。
新しい現実と考えられる未来を形づくる
冒頭に紹介したエピソードの話に戻ると、コダック社はその後、状況に適応し、再生を果たしました。現在のコダック社は写真技術に革命を起こしたパイオニアと認められており、今も先頭に立って新たな道を切り開いています。最近では、クリストファー・ノーラン監督の2023年の映画作品「オッペンハイマー」のためにまったく新しい専用のIMAX用フィルムを開発しました。
コダック社がたどった道のりは、他の企業にとって重要な教訓になるでしょう。業界トップの巨大企業でも、変化の波に巻き込まれずにはいられないのです。次々と生じる変化が衰えるどころか加速する一方の現代にあって、組織が今後現れる新たな展開や市場の変化に後れをとることなく、そうした変化に対し先見性をもって特定し、取り込んでいくにはどうすればいいかを問う価値はあるでしょう。
結局のところ、成功するための態勢を整えている組織は、考えられる未来像を、想像力を働かせながら徹底的に探る作業に時間と労力とリソースを投じているものです。忘れてはならないのは、私たち人間の現実のとらえ方は大抵の場合、認知バイアスや根深いメンタルモデル、過去の主観的な意見に縛られているものだということです。このことを認識し、近い将来に何が起きるかを体系的に考えることが、組織内で文化の違いを越えて共感を呼ぶ変化を可能にし、「前例踏襲」の思考から脱却することにつながります。
さて、あなたの組織は未知の未来にどのように備えていますか?踏み固められた道をたどっているだけですか?それとも新しい道を切り開こうとしていますか?ぜひ考えてみてください。
「ストラテジックフォーサイト」についてさらに詳しく学びたい方は、frogの記事「 AIとアルゴリズムの時代に「ストラテジックフォーサイト」をとらえ直す 」をご覧ください。昨今のAI分野の動向が、未来思考のあり方を根本的に変革しつつある理由について解説しています。