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frogが手掛けるデザインとイノベーションの現在・未来No.44

人工知能(AI)時代に求められる、コンバージェント・デザインとは?

2024/12/24

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。

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私たちは今、AI対応製品をサポートする新しいサービスエコシステムに大きく依存してしまう「コンバージェント※1・デザイン」時代の初期段階にいます。人間とAIとの関係を深める新たなフォームファクター(ハードウエアの形状や寸法などに関する仕様や規格)を探ることが、これまで以上に重要になっています。

※1=収束、収斂(しゅうれん)の意。複数のものが一つに集まること。従来は接点のない異なる存在だったものが融合・統合する様を表す。
 

このような背景のもと、2024年の「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー」(CES:消費者向けエレクトロニクス製品の見本市)の最大の注目ともいわれた新製品が、ラビット社(Rabbit Inc.)から発売されました。同社創業者のジェシー・リュー氏は、私たちのデジタルサービスとの関わり方を考え直すという意欲的な目標を掲げました。そうして生まれたのが、スマートフォンの機能の大半を時代遅れにするとうたわれる、チャットGPTベースのパーソナルアシスタント「Rabbit r1」です。すっきりしたデザインの小型デバイスで、個々のユーザーに合わせて体験をパーソナル化してくれるオペレーティングシステムを搭載し、自然言語インターフェースで操作できます。

今回は、デジタルデザイン、物理的デザイン、サービスデザインをシームレスに統合する収斂的アプローチを追求するfrogの視点で、Rabbit r1のこれからのあり方を考えます。

<目次>
時流に乗って、新たな技術を体験した結果……

懐疑的な楽観論者が見たRabbit r1の可能性

非現実的なMVPは不愉快な体験を招くことも

frogが考えるRabbit r1のセールストークとは?

アプリのない世界における体験とモダリティ

製品開発で重要なのは、意味のある体験ができるかどうか
 

時流に乗って、新たな技術を体験した結果……

日々の生活に必要なすべてのことに対応でき、かつスマホを補完するというRabbit r1の野心的な目標に、私やfrogの同僚を含めたニッチな層が引きつけられたのは、驚くことではありません。私たちは新しいテクノロジーをいち早く取り入れる層、つまり、取り入れの早さによる分類で「イノベーター」と呼ばれるカテゴリーに属します。

基本的に、組織が新しいテクノロジーを受け入れるスピードは、「イノベーター(革新者)」「アーリーアダプター(初期採用層)」「アーリーマジョリティ(前期追随層)」「レイトマジョリティ(後期追随層)」「ラガード(遅滞層)」の5つに分類されます 。

私たちのような「イノベーター」は新しいテクノロジーを、それが市場で十分成熟しないうちに受け入れます。未熟な製品につきものの遊び心と実験性に価値を見いだす、つまり、市場の安定性より先見性のある野心に魅力を感じるわけです。このような変化への欲求が強い私たちは、人間の体験の根本的な変容への最前線を常に走っているのです。

<新しいものの受け入れスピードに基づく5つの消費者カテゴリー
イノベーター(革新者)2.5%
アーリーアダプター(初期採用層)13.5%
アーリーマジョリティ(前期追随層)34%
レイトマジョリティ(後期追随層)34%
ラガード(遅滞層)16% 

とはいえ、世の中の主流になる前に新しい技術を使ってみることは、ワクワク感がありますが、新しいものをいち早く取り入れると、それなりの落胆もついてきます。Rabbit r1の場合でいうと、このデバイスを何とかして役に立つものにしようという私の努力が、今のところうまくいっていないことは認めざるを得ません。

自分の生活の中でこのデバイスの居場所を見つけるのに四苦八苦しながらも、希望はもち続けています。Rabbit r1は世界と関わるための手順を大きく組み直してくれると私は確信していますが、この製品ともっとシンプルな方法でやりとりできればいいのに……というより、この製品と仲良くなるための口実が欲しい、と感じています。

Rabbit r1の場合、製品への「親近感」をもってもらうことを目指してはいませんでした。ユーザーが新しい製品に親近感を抱くには、その製品に100%没頭する必要はありません。何らかの執着心が新しく生まれてくればいいのです。親近感を重視した製品は、日々の日課に簡単に組み込むことができます。けれども、その製品との日々の関わり方は人によって違います。

結局のところ、適切な状況に置かれれば、私たちは全員が「イノベーター」になります。人は誰でも何か特別に好きなことがあり、その何かをさらに充実させるのにAI搭載デバイスを利用できるからです。

例えばRabbit r1は、ロマンチストでいつも本ばかり読んでいて、コンピュータが人間の体まで変容させようとしているデジタル時代についていけずにいる人をターゲットにしてもいいのです。そうすれば、能力レベルや目的にかかわらず、集めた本との対話を求めているすべての読書好き、つまりはアナログ派の人々を、デジタルアシスタント体験に招き入れることができるでしょう。上級レベルの読書家からさらに先へ進んで、大学生に対象を絞り、さまざまな教育環境で新たな「イノベーター」市場を開拓することもできるはずです。

もっと明確にターゲットを定めた戦略をとったら、サービスレイヤーと大規模アクションモデル(LAM)※2の潜在的な可能性にどのような影響が考えられるでしょうか?フォームファクターはどうなるでしょうか?

※2=実際のタスクを遂行することを目的とした人工知能モデル


懐疑的な楽観論者が見たRabbit r1の可能性

創業者のリュー氏が世界に向けて Rabbit r1を初めて紹介し、スウェーデンの電子楽器メーカー、ティーンエイジ・エンジニアリング(Teenage Engineering:TE)がハードウエアデザインに協力していると発表したとき、この製品は信頼性も完成度も高いという雰囲気が高まりました。TE社は何年も前から音楽界とデザイン界で非常に高く評価されていて、音楽制作での斬新なユーザー体験と、ドイツの工業デザイナー、ディーター・ラムスのデザイン哲学 に沿ったシンプルなハードウエアデザインで人気を集めています。このデザインと200米ドルという価格がRabbit r1について楽観視していられる最大の理由かもしれません。

人々を製品に夢中にさせるには、その製品を使う体験の何らかの側面に投資してもらう必要があります。外観のデザイン性の高さをアピールすれば、しばらくの間は投資してくれて、製品の本来の魅力をだんだんと感じるようになる人も一部にはいるでしょう。

一方、Rabbit r1は大胆で遊び心のあるデザインですが、TE社への説明が、読書好きやオーディオ好き、植物好きなど、特定のものに熱中している人を取り込むという上述の目標にもっと沿ったものだったら、どうだったでしょうか?現状のデザインとは違う、もっと繊細なアプローチをとっていたでしょうか?問題は、物理的なデバイスを通じてAIの能力を発揮させようとする場合、ユーザーの知性と感覚をフルに働かせるには、そのデバイスが働きかける人間のモダリティのすべてを考慮する必要があるということです。

Rabbit r1を手に入れてから数カ月たちましたが、私は今でも懐疑的な楽観論者です。今の時代、多くの人がそういう意識をもつべきだと思います。私たちはついつい、バッテリー寿命が短い、動画録画ができない、データの読み込みに時間がかかるなど、欠点ばかりをあれこれ気にして、いわゆる「ウサギ(ラビット)の穴」に落ちて(=大筋から外れた状況から抜け出せなくなって)しまいがちですが、それよりも、ひょっとしたらそうだったかもしれないことや、これからそうなるかもしれないことを探るほうがいいような気がします。

そういうふうに推測を働かせることは、このデバイスの真の可能性を見いだす一つの手段です。

非現実的なMVPは不愉快な体験を招くことも

ラビット社は継続的に改良に取り組んでいくと明言しています。
新しいものにいち早く飛びつく「イノベーター」としては、継続的に改良していくという約束を信じています。けれども、ラビット社にはすぐに人々が夢中になるものを生み出す可能性をもっているとも思います。もう少し焦点を絞り、ある一つの体験を根本的に変えるとうたうことが、市場開拓戦略としてはさらに望ましいのではないでしょうか。

一つ例を挙げるとするならば、アマゾンを思い出してみてください。そもそも世界初のオンライン「書店」としてスタートし、その後、利便性を追求しながら規模を拡大していきました。初めは本という一つの分野にフォーカスしたことで、熱心なユーザーと親密な関係を築き、それがやがて、急速に規模を拡大していく原動力となったのです。

テクノロジーの間口の広さを証明するために製品を発売するのは、得策ではありません。人々にLAMのコンセプトに興味をもってもらいたいのなら、生活者が望む製品を提供することが重要です。その後、サービス業界のデベロッパーの間でLAMの真の可能性についての認識が広まるにつれて、対応するニーズの範囲を少しずつ広げていけばいいのです。

frogが考えるRabbit r1のセールストークとは?

「消費者は製品を購入するのではなく、体験と感情という形の価値を購入する」
ハルトムート・エスリンガー(frog創設者)

frogでは、デジタルデザイン、物理的デザイン、サービスデザインをシームレスに統合する収斂的アプローチを常に追求しています。私たちは世界初の唯一無二の製品を数多く市場に送り出してきました。その経験上、特定のユースケースに焦点を絞った新製品の発売は、期待感を抱かせ、その後のロードマップを明確にするのに役立つということがいえます。とりわけ、今のモバイルデバイスに取って代わる新製品が一夜にして登場することを特に求めていない、ごく一般的な家庭に寄り添ったユースケースのほうが、大きなメリットがあります。

この場合、LAMがまず対応するのは、限られた行動やモノだけです。もしそうだったら、どのような違う展開が見られたでしょうか?もしRabbit r1がそのようなサービスとセールストークを掲げて発売されていたら、どうなっていたでしょうか?

ここで、敢えて批判的な立場から架空のデザインを想定して、望ましい要件をすべて満たしたRabbit r1のセールストークを考えてみましょう。Rabbit r1が多機能デバイスではなく、あなた自身の独自のニーズにぴったり合うサービスにつながる専用ツールだったら、と皆さんも想像してみてください。私たちは次のようなコピーを考えました。勝手をお許しいただけるなら、ぜひリュー氏に提案してみたいところです。【Rabbit r1の架空ミッション】
特定の分野で最高の体験を提供する

新発売のRabbit r1は、あなたの新しいナレッジアシスタントです。Rabbit r1が大切にするのは、現実世界での体験の喜びを取り戻すこと。テクノロジーの目まぐるしいペースを緩めて日常生活のスピードに合わせ、普通の言葉で、状況に合った一貫性のあるやりとりを実現します。複雑なユーザーインターフェイスのせいで目の前のタスクから気をそらされることなく、現実世界のやりとりと体験がよみがえります。時間の流れに身を任せた自然な生活を取り戻していただくことが、Rabbit r1の使命です。

読書アシスタント
Rabbit r1は学生、学術関係者、研究者の方々に理想的な読書アシスタントです。お気に入りの本やブログ、雑誌などを読むうちに、知識創造スキルが磨かれていきます。あなたが本を読むとき、Rabbit r1はいつでもそばにいて、出てきたテーマについて話し合ったり、質問に応えたりしてくれます。そこは、まるであなただけのための読書クラブです。究極の読書支援ツールになることを目指すRabbit r1は、まったく新しい読書体験をお届けします。役に立つ関連知識をリアルタイムで教えてくれたり、ユーザーの読書習慣をもとにおすすめの本を表示したり。紙の蔵書とデジタルライブラリをシームレスに統合して、蔵書を一括管理することも可能です。このようにRabbit r1は読書体験のあり方を大きく変え、あなただけの本の世界に浸れる、これまでにないユーザーフレンドリーな読書の旅へといざないます。

【主な機能】
 •文節スキャン:文章の一部をスキャンして、引用や要約についての関連情報を表示
•動的ディスカッション:文章の一部を音読すると、Rabbit r1がさまざまな考え方や分析スタイルで会話を始め、今読んでいる内容について議論できる
•蔵書カタログ作成:棚にある本の背表紙をスキャンすると、Rabbit r1がナレッジベースを構築し、要約付きの仮想ライブラリを作成
•文化的視点:本の内容をさまざまな文化的視点から読み解き、幅広い視野で内容を解釈

【近日リリース】
音楽アシスタント
音楽がお好きですか?新しいサウンドを見つける革新的な方法をお探しの方のために、音楽の再生・検索アシスタントとして理想的なRabbit r1がまもなく登場します。お気に入りの曲の関連情報を通知したり、曲を再生しながら直感的な操作でおすすめアーティストを紹介したりする機能で、あなたの音楽体験をさらに豊かにしてくれる新しいRabbit r1にご期待ください。

Rabbit r1で「好き」をとことん体験できる未来へ

アプリのない世界における体験とモダリティ

この架空のセールストークからわかるように、Rabbit r1は「読書アシスタント」という基本的なアシスタント機能を体験できるツールとしてセールスすることもできます。Rabbit r1のAIは、ページをスキャンしてキーワードを検索したり、いろいろな分析モードで文学的な議論に対応したり、お気に入りの作品を他の言語で読む方法を指南したり、ユーザーの読書習慣を理解した上でおすすめの本を紹介したりできます。

スマホを時代遅れにしようと各社がしのぎを削る世界では、このように的を絞ってユーザーの親近感を獲得するチャンスが見逃されています。上述のような基本的な読書アシスタント体験を提供すれば、まずは短期的に、Rabbit r1をモバイルデバイスと差別化することができるでしょう。

ただし、本当の変革が始まるのは、一つの分野を極めた後、その専門知識とノウハウを他の体験にも応用し、広げていくときです。重要になるのは、LAMやその他の大規模言語モデル(LLM)※3の対応範囲の広さだけではなく、初めて使ってみたときにユーザーをどのようにガイドしていくかという点です。最初はただの読書アシスタントでも、特定の用途に適したさまざまなフォームファクターやハードウエアの追加を行いながら、真の意味でのアシスタントAIデバイスへと進化していけるはずです。

※3:膨大なテキストデータと深層学習技術によって構築された自然言語処理モデル。テキストの生成や質問への回答などが可能となる。


新しいテクノロジーを使ってもらうには、その使い方をユーザーに理解してもらう必要があります。特定の分野(ガーデニング、エクササイズ、料理など)に絞って簡単に使い方を学べるようにすれば、ユーザーが自分にとって大切な時間を過ごしているときに、その関心を引きつけることができます。私たちは皆、ただのユーザーや顧客や生活者ではありません。研究者、生産者、料理人、教育者、探検家、ゲーマー、ドライバー、日曜大工、介護者、おもてなし役などなど、他にもさまざまな顔をもっているのです。

製品開発で重要なのは、意味のある体験ができるかどうか

新しいものをいち早く取り入れる私たち「イノベーター」は、世界初といわれるデバイスと出合うために生きているといってもいいでしょう。私たちをワクワクさせ、可能性を感じさせてくれる製品の条件は、それほど多くありません。確実に意味のある体験ができ、その体験を通じて親近感を抱かせてくれさえすればいいのです。

世界初の製品を世に出すのは簡単なことではありません。新しいことに挑戦し、生成AI時代の収斂的デザインの未来に向かって先頭を走るラビット社のような企業には敬意を表します。皆さんの中にも、生成AIを活用した世界初のデバイスの開発に取り組んでおられる方がいらっしゃれば、私たちは喜んでサポートし、これまでに学んだことをお伝えします。どうぞご遠慮なく、あなたの経験をお聞かせください。

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