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frogが手掛けるデザインとイノベーションの現在・未来No.43

今こそ「車線変更」を!持続可能な高級車を目指して

2024/09/27

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。

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自動車産業における「高級」の定義は何十年も一貫したままでしたが、今まさに変わろうとしています。もっと幅広い「高級」の概念を受け入れるべき時が来ています。

従来、「高級」とは、上流顧客向けの上質な技術・デザインを指していました。最新の技術と時代を超えたデザインを採用し、精密な匠(たくみ)の技で製造された最高品質の製品です。しかし、自動車産業においては、こうした上流顧客は今やニッチな層にすぎません。しかも、そのような層をターゲットにしても成功の見込みがない状況に近づきつつあります。

この主な要因には、「サステナビリティ(持続可能性)」と「電動化」の重要性が増していることが挙げられます。この2つはひと昔前の市場ではかなり不人気だった要素ですが、現代の生活者の認識は大きく異なります。

シェアリングエコノミーの台頭と旅行の民主化、そして電動化の進展と新たな規制によって、「高級」はより手の届きやすいものになりました。その結果として、高級車ブランド各社は、以前よりも幅広く新しい生活者層のニーズに対応することを迫られているのです。

簡単に言えば、持続可能性に主眼を置いて「高級」の定義を進化させ、捉え直さなければならない、ということです。そうしなければ、時代に取り残されてしまうことになりかねません。

<目次>
自動車における「高級体験」とは?

高級車の顧客は変わりつつある

サステナブルな高級感の意味と価値を問い直す機会領域とは?

新たな顧客層の期待に応えるために

 

自動車における「高級体験」とは?

高級車の販売代理店とメーカーを支援するため、私たちは優れたエンドツーエンドのサービス体験をデザインするための指針を次のようにまとめました。

・「時間」が新たな贅沢に  

目まぐるしく動く世界からちょっと離れて、充電(一休み)できるようなエクスペリエンスをデザインしましょう。毎日が忙しく過ぎていく現代の生活の中で、生活者は一息ついてじっくり考えることができる時間を求めています。このようなニーズに応えようと、デザイナーたちは、日々慌ただしく過ぎる生活のペースを少しだけ緩められる体験を構築し始めています。デジタルノイズを遮断して、自分自身を振り返ったり、周囲の環境をあらためて見直したりする時間こそ、今や新しい贅沢(ぜいたく)なのです。  

・サービスこそすべて

顧客のライフサイクル体験全体を意図的にデザインすることで、顧客満足度を維持するための適切な機能や製品が、確実に優先されるようになります。それによってデリバリーチームは、卓越したサービスを顧客に提供し、ロイヤルティを高めることができます。 

顧客が販売代理店に入ってきた瞬間から購入後のサポートまで、細心の注意を払ってすべてのシーンで、コンタクトポイント(顧客との接点)を構築する必要があります。スムーズな試運転体験を提供するにせよ、役に立つ情報を盛り込んだ透明性の高い購入ガイダンスを行うにせよ、あるいは質の高いアフターサービスを実施するにせよ、高級車ブランド各社は、顧客満足と従業員体験を優先し一層の努力を注ぐことで、輝きを増します。

・細かい所に気を配る

パーソナル化が重要である一方、細かい部分に配慮することで、エクスペリエンス全体が特別なものに感じられるようになります。シームレスなデザインとは、エクスペリエンス全体の水準を高めることを意味します。例えば、顧客の好みの色のレザーシートに慎重にステッチを配する場合も、あるいは特定のタイプのリスナー向けのサウンドシステムを緻密に設計するといった場合も、それは同じです。

中でも重要なのは、顧客が好むテクノロジーやソフトウエアを車に組み込み、今の時代にあった高級感と没入感のあるエクスペリエンスを作り出すことです。どんな細部も見逃さないようにしながら、ごく微妙な違いもおろそかにせず、その違いを感じられるようにすることで、高級車ブランド各社は生活者の期待に応え、洗練された上質な雰囲気を生み出すことができます。

・サステナブルな解決策 

環境に配慮したサステナブルな解決策を取り入れましょう。ポイントは、エシカル(倫理的)な調達とフェアトレード慣行を重視すること、そして、持続可能で環境に優しい材料を使用して環境への影響を抑えることです。現代の生活者は環境への悪影響を減らしたいという意識が高く、エシカルな製品やサービスになら多少高いお金を払っても構わない、と考えています。ニールセンの調査によれば、ミレニアル世代の73%は、サステナブルなブランドや社会的意識の高いブランドの製品なら他より高くても購入する、と答えています。

透明性に資するため、サプライチェーンの持続可能性と二酸化炭素排出量に関するデータを、購入時点で顧客が自由に入手できるようにしましょう。「グリーンウォッシング(環境に配慮しているように装ってごまかすこと)」とみなされないように、主張する内容については裏付けとなる証拠を示さなくてはなりません。新しい世代の高級志向の生活者は、十分な情報に基づいて自分がサステナブルな選択をしていると証明できる根拠を求めているのです。  

このような社会的行動の傾向を受けて、デザイナーは、サステナブルな慣行を制作物に取り入れるように努めています。エシカルな調達、フェアトレード慣行、持続可能で環境に優しい材料を活用することで、組織は廃棄物や有害な二酸化炭素の排出を最小限に抑え、自然環境に与える負荷を減らすことができます。顧客はサステナビリティを優先するブランドの製品を購入することで環境保護を支援できると感じているため、そうしたブランドに引きつけられます。

・記憶に残るようにする 

高級車ブランドは、顧客に「おおっ!」と思わせるような瞬間を意図的にデザインしなければなりません。戦略として、後々まで残る印象を与え、顧客が実際にユーザー体験をした後もずっと、記憶に残った内容について語りたくなるように促すためです。忘れられない象徴的な瞬間を意図的にデザインすることで、ブランドは顧客の体験が「バズる」状況を戦略的につくり出し、新しい顧客を呼び込むことができます。

顧客の期待を大きく超えることで、高級車ブランドは製品そのものの範囲を超えた心のつながりを築くことができます。こうした記憶に残る圧倒的な体験を通して、高級車ブランド各社はロイヤルティを醸成し、口コミによる製品の推奨を広め、高い評価を持続させるのです。

高級車の顧客は変わりつつある 

高級車の購入者には以前より若い層が増え、グローバルな広がりも見せていることから、新たなニーズや期待が生まれています。こうした新しい顧客層はこれまでの世代と比べると、全く新しい感覚を持っています。生まれたときからデジタル製品に囲まれて育ってきた彼らはテクノロジーへの関心が高く、倫理観やサステナビリティに基づいて意思決定をし、包括的なエクスペリエンスを提供するブランドを利用しようとします。

また、ブランドに期待するコミュニケーション手段も異なり、従来の販促チャネルよりも、各種のデジタルチャネル経由で製品情報を知ることを求めています。メーカーとしては、現代の生活者と同じペースで進化し、彼らの声に耳を傾けて対応することが絶対条件です。それができなければ、市場シェアが縮小し、収益源を失う結果を招くでしょう。  

以上のような現状から考えると、高級車市場をターゲットにすることは、自動車メーカー各社にとってこれまでにない挑戦になります。適切な調査データと計画がなければ、的外れに終わってしまいかねません。

では、どんなふうに進めていくのが望ましいのでしょうか?

サステナブルな高級感の意味と価値を問い直す機会領域とは?

高級車のライフサイクル全体において、ブランド各社がサステナブルな高級感の意味と価値を問い直すために活用できる機会領域として、以下の4つがあると、私たちは考えています。

1.サプライチェーンの再構築

どのメーカーも規制に準拠しようとサプライチェーンの改革に取り組んでいますが、とりわけ高級車メーカーは、製品やブランドの特徴を伝えるメッセージに新素材や持続可能な製造過程を織り込むことで、独自の価値を提案できるチャンスがあります。

短期的には、サステナビリティに関する監査・報告に機会が見つかるでしょう。信頼を築き、ブランドロイヤルティを高める上で、コンプライアンスは重要な要素です。中期的な意味では、グリーン・サプライヤー・ネットワークの構築に力を入れることがメリットにつながります。このネットワークが確立すれば、設計段階を再考し、部品の循環性を最大限に高めることを目指しながら、サプライヤー・パートナーシップを構築するための長期的な計画を立案することができます。

2.サステナブルなドライビング

電気自動車(EV)への移行が必然とされる中で、高級車メーカーは、車の販売方法、動力源、メンテナンスや運転の仕方に、自社の高級車ラインアップをどのように適応させていくかを検討する必要があります。 

この目標を達成するには、短期的には高級車試乗体験に力を入れる必要があるでしょう。メーカーはまず、このエクスペリエンスを概念化し、顧客の期待を上回らなければなりません。その他の機会を活用するのはそれからです。中期的には、高品質な再生可能エネルギーに重点を移す必要があります。

生活者はエシカルな動力源を求めますが、車の性能を犠牲にすることは望みません。以上の2つの段階が完了したら、会員制ドライバークラブなどの長期的な優先課題に重点的に取り組むことができます。この種のプログラムでは、サステナブルなEVオーナーシップ体験をサポートし、将来の車の選択にも役立つ主要なデジタルサービスを必ず活用するのがポイントです。

3.ワンランク上のデジタルエクスペリエンス

高級車メーカーは購入、メンテナンス、充電などの主要なエクスペリエンスに重点を置くことで、EVを所有するのは難しいことではなく、何の面倒もない、というふうに生活者の認識を高めることができます。そうすれば、サステナブルな自動車の購入を考える高級志向の顧客も増えていきます。 

最近では、デジタル不動産や新しいコミュニティ、仮想コラボレーションなどが集まった、日常的な現実の中にある世界にユーザーをいざなうデジタルエクスペリエンスが登場しています。ですから、高級車メーカーも短期的には、没入感のあるカスタマイズ体験に力を入れる必要があるでしょう。

中期的には、このカスタマイズ体験の延長として、音声AIサービスやスマート・パーソナル・アシスタント、インテリジェントなデジタルインターフェースなど、長い充電時間のイライラを和らげるためのテクノロジーに、機会が見つかるはずです。ただし長期的には、「フリクションレスな(煩わしさがない)」充電と修理の分野に、より多くの機会が見つかるでしょう。

4.循環性を確立する

 

循環性を確立すれば、高級車メーカーは、時間の経過とともに所有者が変わる自社製品の価値を、最大限に享受することができます。また、新たな顧客層の獲得につながる有意義なブランドパートナーシップを結ぶチャンスも生まれます。製造の視点から見れば、循環型プロセスは材料コストを有意に引き下げ、二酸化炭素排出量を最大70%削減できます。 

 

フェラーリとレイバンの近年のパートナーシップの例からわかるように、短期的には高級ファッション分野にさまざまな機会があります。現在の傾向が続けば、中期的には、認証中古車販売市場で多くのチャンスに恵まれるでしょう。この市場では、新世代の生活者が比較的安値で安全に高級車を購入することができます。ただし長期的には、生活者はいい意味で不完全な、この世に一つしかない製品を求めるため、個別化戦略に真の価値がありそうです。 

新たな顧客層の期待に応えるために

それぞれの機会領域で抜きん出るには、自動車メーカーは、次のような考え方を取り入れてはいかがでしょうか。

•新しい顧客層を引きつけるエクスペリエンス:今後はZ世代が高級車の最大の顧客層になり、 移動の未来に影響を及ぼすことが予想されます。したがって、自動車業界にとってはこの顧客層の変化に適切に対応し続けることが不可欠です。

•自動車の域を超えたビジネスモデル:これからの高級車に求められるのは、上質なシートや最新のドライビング機能だけではありません。先頃公開された frogのリポート「車の域を超えて(Beyond the Vehicle)」 では、自動車に関連するカスタマーエクスペリエンスを全体として捉え直すことの可能性を提示しています。

•戦略的パートナーシップ:高級車ブランドは戦略的パートナーシップを結ぶことで、信頼性を高めるとともに、新たな分野で実験的な試みをし、さまざまな異なるタイプの生活者にアピールすることができます。

•説得力のあるストーリー:それぞれの機会領域で、サステナビリティを重視した「高級」の新たな定義を十分に納得してもらえるように、配慮の行き届いた、顧客へのコミュニケーションを行う必要があります。 

顧客の期待に応え、さらにその期待を超えることは、決して簡単なことではありません。ターゲット層の本質を、その本当の要望やニーズを含めて把握することが不可欠です。それができて初めて、提供すべき製品やサービスを分析し、本当の意味で共感を得られる包括的なエクスペリエンスを構築することが可能になります。デザイン段階で高級感を優先すれば、新たな成長に向かうハイウエーをまっすぐ進むことができるのは間違いありません。

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