大学生と10年後のメディア・コミュニケーション、広告について考えるNo.2
SNSネイティブ世代の消費行動からひもとく、メディアと広告コミュニケーションの未来
2025/06/17

大学生のリアルなメディア利用実態やインサイトを、将来のメディアや広告のあり方に関する私たちの研究活動に生かすことができないか。そんな思いがきっかけとなり、電通メディアイノベーションラボでは、慶應義塾大学商学部 清水聰ゼミの皆さんのご協力のもと、2024年の7月と12月にワークショップを実施しました。学生の皆さんからは「10年後のメディアやコミュニケーション、また有効な広告や販促はどのようになっているか?」をテーマに、さまざまなアイデアが提案されました。
第1回の記事はこちら:
Z世代の価値観や発想をヒントに!10年後のメディアや広告のあり方を考察する
第2回となる本記事では、ワークショップで示されたアイデアやキーワードを清水教授とともにひもときながら、メディアや広告の未来の兆しを捉えていきたいと思います。聞き手は電通メディアイノベーションラボの榊原理恵氏です。
注目されるリテールメディア。ネット購入が増加する今、リアルな店舗の役割とは?
榊原:ワークショップでは3つの班からさまざまなアイデアが発表されました。1班からは近年注目度の高いリテールメディアを活用した施策が示されました。店舗での顧客体験がリッチ化する一方で、ネット購買やネット広告も拡大を続けています。生活者の購入体験は今後、どう変化していくのでしょうか?
清水:多くの人がスマホを所持し、あらゆるものがネットで購入可能な昨今、「実店舗(フィジカルストア)の役割」についての議論や研究が、国内外で展開されています。そのカギとなるのが、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)です。顧客体験を通してどれだけ体験価値を提供できるかが、重要になっていく。つまり、商品やサービスを提供するだけにとどまらず、楽しい、うれしい、面白いなどポジティブな感情まで体験してもらうことも考慮していく必要があるということです。
こうした経験価値を提供するコンタクトポイントとして、実店舗は重要な役割を持ちます。
榊原:実店舗が商品やサービスを提供する場から、顧客体験の場に変化していくということでしょうか?
清水:そういった動きは小売業界全体であると思います。リテールメディアについても、購買データなどを活用し、1班の発表にあったようなカートをはじめ、店舗専用アプリ、デジタルサイネージなどに、その人、そのタイミング、その状況に最適化された情報を配信することが実現できれば、顧客体験がリッチ化されていくでしょう。
また、若者を中心に生活者の行動自体もSNSの普及で大きく変化しています。ある小売店で実験的に店内での撮影やSNSへの投稿を許可したところ、来店者が撮った写真やコメントが次々SNSにアップされ、それを見た人が「いいね」を押すなど、情報の拡散や口コミ効果が期待できることがわかりました。つまり、リアルな店舗が情報発信の起点となりプロモーションの一部を担っていくのです。
もう一つ、私が共同で進めている研究で、興味深い実験があります。生活者にアイカメラを装着してもらい、店内で買い物をする様子や口コミに関する行動を分析しました。すると、気になる商品棚を見つけてそこに近づいていくときや、興味を引かれているときには口コミをしたくなる様子が見られるのに対し、棚の前で商品を選んでいる時点では、もう口コミをする行動はあまり見られないといった結果が見えてきたのです。
これをプロモーションの観点で見ると、ただ商品を陳列するだけではダメで、「何これ?」といった興味を喚起したり、ワクワクなどの感情を促したりすることができるかどうかが、顧客体験を設計する上で外せないポイントだということがわかります。量販店のドン・キホーテがわかりやすい例で、店内は一見雑然とごちゃごちゃしており、買い物しづらそうながらも、宝さがしのようなワクワク感がありますよね。
生活者のニーズを動かすカギは「適度な不一致」。AIはそこに到達するのか
榊原:2班からは、AIを活用してパーソナライズされた広告が主流になっていくといった発表がありました。AIによって広告やコミュニケーションは、その時々の、その人のオケージョン(状況)やモード(気分)までも捉えたカスタマイズの時代になっていくのかもしれません。AIの進化によって、広告やメディアはどう変化していくと思われますか?
清水:AIは、世の中のあらゆる情報を集積し、分析してまとめることが得意ですよね。わかりやすく言うと、例えば私が「スーツは生地にこだわりのあるA社とB社でそろえていて、靴はC社のブランドを好んで履いている」とします。すると、シーズンの合間にA社とB社の春物や冬物のスーツを提案してくれたり、購買履歴を分析して最適なタイミングでC社の新商品の靴をおすすめしてくれたりするという感じです。
ところが、生地にこだわりのあるメーカーは他にもたくさんあって、実は別のブランドのスーツも着たいと心の中では思っていたとします。でもAIが購買履歴をもとに分析や提案をしている限り、私の心の奥の真意をくみ取って新たな提案をすることは難しいのです。そういったことに鑑みると、パーソナライズされた広告が主流になっていくというのは、もう少し先の未来かもしれません。
ただ、消費者行動の理論に「適度な不一致」という考え方があります。 “自分が欲しかったものに近いけど、なんか違う”と感じることが適度な不一致ですが、実はこの少しのミスマッチ感をきっかけに、「こんなのもあるんだ、ちょっといいかも」と生活者の考えが変化することもあるのです。
今後AIが、こういった人間の琴線に触れる提案を普通にできる機能を搭載し始めたら面白いなと思っているところです。
広告にもタイパが求められる時代!?成功に導くカギは多様なコンタクトポイントによる話題化
榊原:3班の隙間時間を活用した顧客体験のアイデアもZ世代の行動特性を捉えていて、とても興味深いと思いました。若者の「スキマ、ながら、タイパ(タイムパフォーマンス)」といった新しい行動様式、価値観は消費行動にも変化を促し、それに対応して広告コミュニケーションの在り方も変革していく必要があると感じています。
清水:私たちは、待ち時間があって手持ちぶさたになると、ついスマホをいじってしまいがちです。そこに目をつけた3班は、ファストフード店のレジ待ちの時間に、アプリなどを使ってドーナツなどの製造工程を見せるというアイデアを出しました。このアイデアの面白いところは、製造工程やこだわりの製法を紹介することで、商品に対する期待値を高めたり、理解を深めたりすることができるところです。ただ、何も考えずに提供されたドーナツを食べるよりも、「こんなこだわりがあるのなら、今度はお土産に買って帰ろう」とリピート購入につながる可能性だってあります。
これからの広告コミュニケーションの役割は、ここにヒントがあると思っています。要は、どうやって話題の作り方や期待の持たせ方を仕掛けていくかです。
清水:私たちは、商品を選ぶ際に、「態度」をもって判断しています。この態度というのは、生活者がマーケティングの対象(ブランド、商品、人など)に対して持つ評価、つまり好意または非好意などを伴う心理的な傾向です。この態度は、その人のライフスタイルやこれまでの経験の積み重ね、また興味度合いなどで形成されるとされています。ただ、近年は「最近、自分のまわりで話題になっている」という感覚を持つと、態度が好意的に高まることがわかってきました。
榊原:話題になっているというのがポイントなのですね。
清水:ただ「CMで見かけた」くらいでは弱く、例えば、ある家族の会話で妻が「この商品、最近CMで見るよね」、夫「そういえば、近所のスーパーでも売っていたよ」、息子「えっ、SNSでもバズってるじゃん。知らないの?」といった具合に、家族や友人同士の会話で話題になるなど、いろいろなコンタクトポイントで接点を持った人たちが興味を持って口にすることが大事なんです。
広告コミュニケーションがこれからめざすべきことは、こうした多様なコンタクトポイントの構築によって、生活者の態度をより好意的にする話題づくりだと考えています。
榊原:消費行動モデルに「話題化の認識」→「態度形成」といったレイヤーが組み込まれるということですね。
消費行動モデル「AISAS」は、ぐるぐる回っている!?
榊原:ここまでお話を伺う中で、各班の発表はいずれも顧客体験のリッチ化につながっていると感じました。
一方で、最近はそうした動きとは相反する消費行動も注目されています。例えば、都市部を中心にデジタル化が進む中国では、ブランドを重視しない若者は店舗には行かず多くの買い物をネットで済ませると聞きます。たとえ店舗で商品を見たとしても、購入するのはネットだったり……。
また、当ラボで行った国内のSNSでの購買に関する調査では、認知の後、興味関心やサーチなどのファネルを経ずに、即購入に至るケースも見られました。こうしたリッチ化とは一見相反する消費行動の背景にはどういったことが考えられますか?
清水:スマホの普及によって世の中に情報があふれていることも消費行動の多様化が進む要因だと思っています。特に若い世代は、SNSなどに触れる機会も多く、常に身の回りに情報があふれています。それらを一つ一つ吟味していたら、時間がいくらあっても足りないですよね。そのため、タイパを重視する彼らは、最初からSNSでの検索を駆使して、効率化を図っているとも考えられます。
つまりウェブマーケティングの消費行動モデルであるAISAS(Attention・Interest・Search・Action・Share)のプロセスで見ると、いきなりSearchやActionから行動が始まっていたりするということです。
榊原:いきなり検索からファネルがスタートすると。それは面白いですね。
清水:そういう意味では、SNSの役割も変わってきているのかもしれません。例えば、これまでは行きたいお店の名前を一つ一つ検索して情報を得ていたのが、今では「田町 19時 空いているお店」といった検索をすれば、候補のお店がズラッと出てくる。要は「今日なんか焼き鳥食べたいな」→「そういえば、あそこのお店気になっていたな」→「調べてみよう」など、従来の消費行動モデルがあてはまらないパターンも増えていて、そこは私が面白いなと感じているところです。
榊原:では、今後AIDMAやAISASとは違う、新たなモデルが生まれるのでしょうか?
清水:新しいモデルというより、形が変容していくと考えています。これまでのAISASの消費行動モデルは、Attentionをスタートとして、生活者一人の消費行動に焦点が当てられていました。

しかし、テレビやネット、SNS、店頭、イベントなど多くのコミュニケーション手段がある昨今は、コンタクトポイントはたくさんあり、それがいろいろな情報とともにぐるぐると回っているんです。これを私は「循環型マーケティング」と呼んでいます。

清水:例えばCMや電車の中づり広告を見て商品を認知する人もいれば、口コミから興味を持つ人もいる。店頭で商品を目にしたり、ハッシュタグ検索をしたりすることもあるでしょう。つまりその渦の中には生活者と商品をつなぐコンタクトポイントがたくさんあり、いろいろな人がいろいろな場所から入ってきて、循環していると私は解釈しています。
その循環の中に流入する人が多く、回転スピードが速ければ、その商品は、注目度も高く売れ筋であると見ることができるのではないでしょうか。逆にそうではなく滞留するコンタクトポイントがあれば、それはブランドリニューアルのタイミングであったり、コミュニケーションの改善を行ったりする必要性を示しているのかもしれません。
榊原:消費行動モデルが一方向ではなく循環しており、さらにスピードの概念が加味されているというのは面白い見解ですね。では「ブランドを重視しない若者は店舗に行かずにネットで購入する傾向がある」という若者の実態に関して、この傾向は今後も続くと思われますか?

清水:実は、学生との何気ない会話の中で「なぜ君たちは、ブランドに興味がないの?」と質問したことがあります。学生は何と答えたと思いますか?「先生の時代はSNSがなかったから、自分を表現する手段としてブランド品を着たり、スポーツカーに乗ったりしていたかもしれない。でも今はSNSという自由に自己表現ができるツールがあるから、ブランド品に頼る必要がないんです」と言うのです。それを聞いて、一理あるなと納得しました。
榊原:学生の視点、なかなか深いところをついていますね。
清水:ただ、ネットでの購入は、手軽で便利な一方、失敗のリスクもあります。インフルエンサーがおすすめする服を購入したけど、実際に着てみたら色味がちょっと違った、サイズが合わなかった……といったことも意外と多いのです。ネットでの購入が、その後の満足度につながるわけではないということを踏まえると、若者の間でも、また実店舗に行ってみようと考える人たちは一定数存在するのかなと思っています。
また、顧客体験の中では、実店舗が商品と生活者をつなぐ大事なコンタクトポイントであることは今後も変わりません。小売企業側も、実店舗は商品を実際に見て試着したり、店員と話したりして、ブランドの認知やファンづくりをする場と考え、実際の購入はネットを利用してもらう、といった新たな風潮も今後は出てくるかもしれません。
榊原:広告会社の役割は、さまざまなコンタクトポイントで人の流入や施策の流れが滞ることがないよう注意深く観察し、必要があれば新たな施策を投入していくことなのかもしれません。本日は貴重なお話をありがとうございました。