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健康で幸せな未来につなげる、ヘルスケアトレンド予測No.4

“ベジファースト”に続く新・習慣に!?時間栄養学が開く食の未来

2025/07/09

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電通では、中期的視点でヘルスケア市場において着目するべき50のトレンド(未来)を予測し、新規事業のアイディエーションや商品・サービスに活用できる情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」の提供を開始しました。

このツールでは、一般に起こると予測されるメガトレンドの中で、特にヘルスケア市場で影響が大きいと推察できる5つのトレンドを抽出。それぞれのメガトレンドの影響を受け、ヘルスケア市場ではどのような潮流が起こりうるかを予測しています。

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本連載では、この50個のヘルスケアトレンドの中から、特に着目したいテーマをピックアップ。その分野における第一人者をゲストスピーカーにお招きし、より深く未来を考察していきます。

第4回で取り上げるテーマは、「体内時計と時間栄養学」の未来予測です。2017年に体内時計に関するアメリカ人科学者の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞し、近年注目を集めている体内時計や時間栄養学。今後、私たちの生活に浸透し、関連する商品・サービスも増加することが予測されています。日本における時間栄養学の第一人者である早稲田大学 名誉教授の柴田重信先生をゲストに迎え、電通ヘルスケアチームの姜 婉清氏が、時間栄養学の今とこれからについてお話を伺いました。

<目次>
“食べるタイミング”が健康を左右する時代へ

高齢者ケアサービスに時間栄養学を活用

エビデンスを蓄積しやすい環境が、社会実装のヒントに

食のタイミングまで個別最適化できる社会へ

 

“食べるタイミング”が健康を左右する時代へ

姜:私たち電通ヘルスケアチームでは、未来のヘルスケア領域を予測する情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」を開発しました。さまざまなメガトレンドをもとに、健康領域ではどのような変化が起こり得るのかを見立てています。その中で、「時間栄養学」を未来予測の一つとして挙げています。

柴田:私が時間栄養学という言葉を使い始めたのは2013年のことです。同時期に「日本時間栄養学会」も設立し、さまざまな科学的研究に取り組んできました。2017年には、体内時計の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞し、少しずつ注目が集まるようになりました。講演会などで参加者の方々に時間栄養学という言葉を知っているか聞いてみると、以前は1割程度しか手が挙がらなかったのですが、最近は徐々に増えてきた実感があります。

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姜:食事という切り口は私たちの生活に身近で実践にもつなげやすいという点からも、ますます関心が高まっていくのではないかと感じています。ただその一方で、ビジネスに活用していく上でのハードルもあると思います。今日はそのあたりも含めて、お話を伺えればと思っています。

柴田:まず、時間栄養学という言葉そのものについて少し補足すると、「時間」という日本語は少し曖昧なんですね。「何時」という時刻も「時間」ですし、「1時間経過」といった経過時間も「時間」と表現します。でも、ここで本来伝えたいのは「時刻」、つまり食事のタイミングの重要性なんです。

この概念には二つの視点があります。一つは、体内時計が食事のタイミングに影響を与えるということ。たとえば、同じ食事内容でも朝と夜では、インスリンの分泌量や血糖値の推移が異なります。朝なら血糖値が上がってもすぐに落ち着きますが、夜だとそれが持続しやすくなり、結果として脂肪として蓄積されやすくなるんです。

もう一つは、逆に食事のタイミングが体内時計に影響を与えるという視点です。私たちの体内時計は、実は24時間ぴったりではなく、15〜30分ほど長いリズムを持っています。そのままだと毎日少しずつズレてしまうため、朝の光を浴びることで脳にリセットのスイッチを入れ、体内時計を調整しているのです。

これが「主時計」だとすると、肝臓や膵臓(すいぞう)などにある「子時計」も同様に調整が必要です。そのために欠かせないのが朝食を取ることです。朝の光で主時計を、朝食によって子時計をリセットする。この二つがそろってはじめて、心身ともに「朝」が始まるのです。

姜:なるほど、朝ごはんをしっかりと食べることが重要なんでね。

柴田:そうです。朝食を抜いてしまうと、子時計はリセットされず、体内時計が1〜1.5時間も遅れてしまうといわれています。脳は光で「朝だ」と認識していても、肝臓や膵臓など体内は 「夜のまま」という状態になります。学校に行っても「1限目に頭が働かない」、出勤したのに「午前中はぼーっとしている」といったプレゼンティズム(疾病出勤)の要因にもなっています。

姜:私自身も学生時代、それから社会人になってからも同じような経験があります。朝ごはんを食べずに急いで家を出て勉強や仕事を始めたのに、午前中のパフォーマンスがなかなか上がらない。それは食事が原因だったのかもしれませんね。

柴田:そうですね。ただ、やはり毎日のことですから、無理をしても続かないんですよ。だからこそ、日常の中に「無理なく組み込める工夫」が必要です。夜ごはんに唐揚げを食べるのが好きな人が、それを我慢するのは難しいかもしれません。それなら、5個のうち3個食べて、残り2個は翌朝の楽しみに取っておき、朝のタンパク質補給にまわす。これだけでも身体への負担は変わってきます。

高齢者はタンパク質が不足しがちですが、食が細くなると毎日タンパク質をしっかり取るのが難しくなります。それならば、毎食じゃなくてもいいから、朝だけ十分にタンパク質を取り、夜はお茶漬け程度で済ませても良い。そうした「少しの工夫」が、日々の健康づくりにつながると思います。

姜:実際、私たちが2024年に実施した「ウェルネス1万人調査」でも、「健康によいことでも、無理やりなことやガマンを強いることはしない」と答えた人は全体で65.9%と、過半数を超えています。また、「健康のために何かするなら、効率性を重視する」という人も、全体で47.6%と高い割合を示しています。


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柴田:続けやすく、やってみたくなる提案のほうが良いということですね。

姜:同じ調査で、食事に関する心がけについても聴取しています。食事は毎日のことですから、大きな努力や我慢は続きません。「22時以降は食事を摂らない/食事を控える」というレベルであれば、女性の7割以上、男性の半数以上が実践しています。

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柴田:早食いは肥満や糖尿病のリスクと深く関係していますし、食べる順番も血糖コントロールの観点から見ると大きな意味があります。全部を完ぺきに実践しようとすると長続きしませんが、いくつかを意識するだけで、将来的な健康に大きな差が生まれる。時間栄養学においても「続けられる工夫」は多く見つけられると思います。

高齢者ケアサービスに時間栄養学を活用

姜:時間栄養学は、生活者の健康意識とも親和性が高くビジネス活用が期待されています。実際に、どのようなソリューションや活用事例があるのでしょうか。先生のご経験からいくつかご紹介いただけますか?
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柴田:全国の特別養護老人ホームなどの施設に食事サービスを提供している会社と連携し、施設利用者の低栄養問題に対して、朝・昼・夕それぞれの時間帯に応じた栄養摂取の工夫を取り入れたメニューを提供するという介入を3カ月間実施しました。

すると、通常は体重が徐々に減っていく傾向にある高齢者施設の入居者の平均体重が、3カ月で0.9キロも増加するという結果が得られたのです。これは非常に有意な成果として評価され、今では他の施設にも導入が進められています。

姜:具体的にどのようなメニューを提案したのでしょうか?

柴田:主に、朝のタンパク質と水溶性食物繊維の摂取を強化しました。高齢者はタンパク質だけでなく、水溶性食物繊維の摂取量が少ない傾向にあります。朝の食事でこれらをしっかり取ることで、栄養の吸収や腸内環境の改善が期待できます。さらに、DHAやEPAといった魚に含まれる脂質も、実は朝に摂取すると吸収効率が良いことがわかっています。

姜:そういった食材の選び方にも、時間帯が関係してくるのですね。他にも事例はありますか?

柴田:朝にトマトジュースを推奨する企業の取り組みは興味深いですね。リコピンは抗酸化作用のある成分で、脂溶性のため、やはり朝の吸収が良いとされています。朝にリコピンを摂取することで、日中の紫外線や酸化ストレスから身体を守る効果が期待できます。

私も講演会で「トマトジュースはいつ飲みますか?」と聞くと、「夜寝る前に飲んでいます」という声を意外と多く聞くのですが、それでは抗酸化のタイミングとしては少しもったいない。朝飲んだほうが、日中に受けるダメージを抑えるという意味でも望ましいとされています。

姜:タイミングによって、同じ成分でも生かし方が変わってくるのですね。

柴田:そうです。最近、GABAの含有量を高めたトマトジュースも開発されています。GABAにはストレス緩和や睡眠の質を向上させる効果があるとされていますから、こちらはむしろリラックスしたい夜に飲むのが良い。つまり、同じトマトジュースでも、成分の特性によって推奨される摂取時間帯が変わるということです。こうした時間栄養学のメカニズムを生かせば、企業の商品設計も、生活者の選択も、より効果的なものになりますよね。

エビデンスを蓄積しやすい環境が、社会実装のヒントに

姜:一方で、時間栄養学がしっかりと活用されている事例は、まだそれほど多くない印象があります。その背景には、どのような難しさがあるのでしょうか?

柴田:やはり一番の課題は「エビデンス不足」ですね。時間栄養学に関しては、人を対象にした介入研究がまだ少なく、基礎研究やマウス実験にとどまっているものも多い。たとえば「朝にタンパク質を取ると良い」というのはある程度知られるようになりましたが、それ以外の栄養素やタイミングについては、まだ科学的な裏付けが十分とはいえません。
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しかも、日本では食品に関する機能性の表示がとても厳しく制限されています。アメリカやヨーロッパでは、サプリメントに「朝用・夜用」といった表示が認められており、日本よりも意図が生活者に伝わりやすいといった印象があります。

姜:また、毎日の身近な食事だからこそ、中長期に取り組んで経過を見る必要がありますよね。

柴田:そうですね。病院や高齢者施設のように食事の提供や管理ができる場のほうが、データもエビデンスも蓄積しやすいです。特に病院や特別養護老人ホームなどでは、朝8時に朝食、夜6時に夕食といったように、入院・入居した瞬間から自然と健康的な時間配分で食事ができるようになっています。あえて「プチ断食」や「時間栄養学」を意識しなくても、体内時計に合った食生活ができているんです。こうした現場は、時間栄養学の社会実装において、非常に良いモデルになると思います。

食のタイミングまで個別最適化できる社会へ

姜:時間栄養学のビジネス活用について、今後の具体的な展開や活用イメージについてお聞かせください。

柴田:昨今、「個別化栄養」という概念が注目を集めています。人によって生活習慣も体質も異なる中で、AIやIT技術の進化によって、個人の行動や特性に合わせたサービス提供ができるようになりつつあります。ただ、私自身もスマートウオッチを使っていますが、運動や睡眠の記録はできても、食事のタイミングや内容まではなかなか記録しにくいのが現状です。

姜:「いつ、何を、どのように食べたのか」までをデータ化するのは、ハードルが高そうですね。

柴田:私がよく話す例に「ラーメンが好きな人の健康をどうサポートするか」というのがあります。どうしても週1回はラーメンを食べたい人は、昼に食べればいいのか、夜でも早い時間に食べるなら許容範囲なのか。そうした判断を、個人のライフスタイルや過去の食行動、ストレス状況まで踏まえてサポートしてくれるアプリがあれば便利だと思うんです。たとえば「今なら近くのこのラーメン店がちょうどいい時間に食べられます。クーポンも使えますよ」と通知してくれるようなイメージですね。こうしたテクノロジーの発展が、より自然に生活に溶け込んでいく未来を期待しています。

あるいは、冷蔵庫の中身や買った食材の履歴から、朝食・夕食でどんな料理を作ったか、どの時間に何を食べたかを推測できるようになれば、生活の記録精度も高まります。外食だと記録は難しいですが、自炊がメインであれば、一定の精度で食習慣を把握できるようになるはずです。

姜:確かに、わざわざ入力しなくても記録できる手段があれば浸透しそうですね。

柴田:また、医療分野では健康保険組合などと連携して、特定保健指導の中に時間栄養学の考え方を取り入れていく動きも出てきています。たとえば、メタボや糖尿病、高血圧、CKD(慢性腎疾患)などのガイドラインに、適切な摂取タイミングも組み込むことができれば、治療や予防の質がより高まっていくでしょう。昼は味の濃い食事でも、夜は塩分控えめにするなど、タイミングを工夫するだけで、患者さんの負担感も軽減できるかもしれません。

介護施設などでは、筋肉量の計測が難しいという課題もあると聞きますが、たとえば、車椅子に乗ったままでも測定できるような体組成計など、高齢者の筋肉量を負担なく計測できる技術が開発されれば、時間栄養学の考え方をフレイル※対策にも生かせるようになるでしょう。

姜:時間栄養学が社会のさまざまな仕組みと連動していくことで、より大きな影響力を持っていく未来が見えてきますね。

柴田:スマートフォンやセンサー技術の進化で、個人の食生活を把握できる時代になりつつあります。将来的には、日々の予定や体調に合わせて最適な食事のタイミングを提案してくれるサービスが当たり前になるかもしれません。こうした時代の変化に合わせて、行政や医療ガイドラインも柔軟に進化していくことが求められると思います。時間栄養学の考え方が社会の標準になっていくことで、より健康的で持続可能な生活が広がっていくことを願っています。

姜:日々の暮らしに寄り添いながら、一人一人の健康と社会全体の豊かさを育んでいく。時間栄養学は、そうした未来に向けてますます重要な役割を果たす可能性を秘めていると思います。

たとえば「ベジタブルファースト」も、かつては新しい考え方・行動として注目されました。行政や企業による啓発活動とともに、商品やメニュー、キャンペーンといった形で社会に実装されていく中で、いまでは多くの生活者にとって当たり前の習慣として定着しつつあります。時間栄養学もまた、同じように少しずつ社会に広がっていく可能性があります。

企業がこの考え方を商品やサービス設計の根幹に組み込むことで、「食材や栄養素は、より効率的に効果を得られるタイミングに摂取する」という視点が、健康意識の新たなスタンダードとなる日がくるかもしれません。

時間栄養学は、健康を支える科学的知見であると同時に、生活者が「無理なく・自分らしく」食と向き合うための新しい選択肢でもあります。一人一人が日々の食事を前向きに、楽しみながら選べる未来に向けて、この考え方がより多くの人に届いていくことを期待しています。本日はありがとうございました。

※フレイル=加齢に伴い生活機能や予備能力が低下し、健康状態に対する脆弱(ぜいじゃく)性が増した状態。「健康」と「要介護」の中間の状態にあることを指す。

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