ペットも進む高齢化⁉ 治療から予防、健康増進……ペットのヘルスケアトレンドを読み解く
2025/03/25
電通では、中期的視点でヘルスケア市場において着目するべき50のトレンド(未来)を予測し、新規事業のアイディエーションや商品・サービスに活用できる情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」の提供を開始しました。
このツールでは、一般に起こると予測されるメガトレンドの中で、特にヘルスケア市場で影響が大きいと推察できる5つのトレンドを抽出。それぞれのメガトレンドの影響を受け、ヘルスケア市場ではどのような潮流が起こりうるかを予測しています。

本連載では、この50個のヘルスケアトレンドの中から、特に着目したいテーマをピックアップ。その分野における第一人者をゲストスピーカーにお招きし、より深く未来を考察していきます。
第3回で取り上げるテーマは、「ペットの健康管理」の未来予測です。ペット関連市場が拡大傾向にある中、ペットのヘルスケアに対する関心・ニーズはどのように変化していくのでしょうか?ペット関連企業のデジタルマーケティングやPR支援などに携わり、長年ペットビジネスの第一線で活躍している中島俊洋氏と、電通ヘルスケアチームの瀧澤菜穂氏が探ります。
<目次>
▼ペット保険から犬種別住宅まで。細分化するペットオーナーのインサイトをいかに深く理解するかがカギ
▼ますます重要になるペットオーナーの情報リテラシー。メディアが果たすべき役割とは?
▼ペット市場の未来予測。キーワードは“QOL向上”と“思い出づくり”
ペット保険から犬種別住宅まで。細分化するペットオーナーのインサイトをいかに深く理解するかがカギ
瀧澤:ペット関連市場が拡大傾向にある中、ペットと暮らすことの意義の変化やテクノロジーの進化に伴い、ペットの健康管理への関心も高まっています。例えば、ペット向けサプリ、セルフ検査サービス、ウエアラブルデバイスなど、ペット市場と周辺のテクノロジーにますます注目が集まっていくことが予想されます。そこで今回はペットのヘルスケアを中心にペット市場のトレンドや未来予測について、中島さんにいろいろとお話を伺いたいと思います。
まずペット市場全体の現状を見てみると、ペットフード、ペットケア用品、ペット生活用品を中心に市場がどんどん拡大しています。
■ペットフード&用品総市場規模推移

また、ペット保険やペット葬儀といった新しいビジネスの登場に注目が集まるほか、近年はペットセラピーという言葉もあるように、ペットが人びとの幸福度や健康度に大きく貢献することも明らかになってきています。

電通ヘルスケアチーム実施の意識調査でも、ペットを飼っている人はウェルビーイングを重視した生活を志向する割合が高く出ており、ペットと人の心身の健康には相関があると推察できます。中島さんは、直近のペット市場の動向に関して注目している点はありますか?
中島:ウェルビーイングという視点でいくと、非常に興味深い活動をしている団体があります。一例として一般社団法人マナーニという団体では、小学校で犬の訪問授業を行う動物介在教育を推進しています。このような活動はもっと増えていってほしいなと思います。
ただし、マーケット全体で見ると課題もあります。例えば、近年は飼育頭数が減少しているというデータがあります。特に犬の飼育頭数が顕著に減少しており、日本はほかの先進国と比べて特に減少幅が大きいのが現状です。
その一方で、ペット一頭一頭にかける金額は増加傾向にあり、現在のペット市場は1兆8千億円といわれるほど非常に大きな規模に成長しています。ペット専業の企業のみならず、他業種の大手企業が参入してくるケースも出てきています。
瀧澤:たしかにペット市場の成長は著しいですね。一方で、ペットオーナーのインサイトをうまく捉えることは難しいという話もよく聞きます。
中島:そうですね、ペット市場は一見すると大きな市場に見えるのですが、その実態は非常に細分化されています。なぜなら、ペットオーナーの生活スタイルや家族構成、趣味嗜好(しこう)によってニーズは大きく異なるからです。さらに犬と猫ではペットオーナーのインサイトが違いますし、同じ犬でも、大型犬から小型犬までさまざまで、犬種などに応じたニーズが存在します。
これらの細かいニーズの組み合わせを理解しないまま、ひとつのアプローチでまとめようとすると、うまくいかないことが多いです。実際にペット市場に魅力を感じて参入した企業が、マーケティングに失敗して撤退するケースもたくさん見てきました。
瀧澤:なるほど、ペットという共通点はあるものの、それを要因にしてオーナー自身の価値観や生活実態が特定のタイプにカテゴライズできるほど似ているというわけではないですもんね。
中島:その通りです。これはあくまでも一例ですが、犬を飼っているオーナーは犬を家族の一員として扱う傾向にあるのですが、猫を飼っているオーナーは家族というよりは1対1の関係で猫を愛する傾向があります。こういったインサイトを深く理解することは本当に難しいんですよね。
瀧澤:犬種や猫種ごとの特徴に合わせたサービス提供の可能性もあるのでしょうか?
中島:以前勤めていたONE BRANDという会社で、「フレンチブルドッグと住む家」という犬種特化型の企画を実現したことがあります。フレンチブルドッグは暑さに弱い犬種なので、「夏は朝早く散歩させたり、お風呂に水をためて簡単な運動をさせたりする」という飼い主たちの声を聞いた上で、脱衣所や風呂場のスペースを広く取るなど、フレンチブルドッグ向けの工夫を凝らした賃貸住宅を提供したところ、大きな反響をいただき、すぐに契約となりました。このように、犬種の特性を生かしたサービスや商品は、今後も増えていくかもしれませんね。最近では、犬種別のイベントも盛況なので、こうしたニーズに対応したサービスも増えていくのではと期待しています。
ますます重要になるペットオーナーの情報リテラシー。メディアが果たすべき役割とは?
瀧澤:続いて、ペットの健康管理と情報リテラシーについて話を進めていきたいと思います。最近、ペットを対象にしたウエラブルデバイス、セルフ検査サービスやパーソナライズフードなどヘルステックを活用した健康管理のための製品、サービスが増えてきていますよね。人間のヘルスケアトレンドが、ペット市場にも拡大し始めているように感じます。ペットの健康管理について中島さんが注目しているトレンドや興味深い動きがあれば教えてください。
中島:最近はペット用のサプリメントやIoTの活用がどんどん進んでいます。以前から大正製薬やヤクルトなどの大手企業が、人間向けに成功したサプリメントのノウハウをペット向けに応用していました。近年は、スタートアップが大学との共同研究に基づいたエビデンスのあるサプリメントを開発・提供するなど、今後は新規参入も増えてくると思います。ただし、ペット製品は法的には雑貨として扱われることが多く、人間のものと比べるとどうしても表示義務が少なくなってしまうため、製品に関する情報が不完全な点については留意すべきだと考えています。
IoT技術の活用については、ペット用のウエアラブルデバイスやスマートトイレが登場しています。特にシニアペット向けのサービスやリハビリに注目が集まっていて、ドッグマッサージやウォーターセラピー、いわゆるリハビリ用のトレッドミルなども増えてきました。シニア犬猫の健康管理がますます重要になってきている中で、ペットオーナー向けにリハビリやケアの方法を提供する通信講座も広がっています。
瀧澤:ペットも高齢化、というのはハッとさせられる視点です。飼い主がシニア特有の健康管理についても学ばなければならないですね。
中島:その通りです。ペットフードメーカーのペットラインは、シニアペットに向けた備えを促進するプロジェクトを立ち上げ、ペットのシニアライフを充実させるPR活動を行っています。
また、老犬介護やリハビリなどのサービスを提供する企業も増えています。ペットケアサービスLet’sという店舗もその一つです。愛犬の介護に関する相談をする飼い主さんが多く訪れ、中には、獣医師に認知症と診断された犬をLet’sのリハビリ専門の担当者に見てもらったところ、認知症ではなく股関節に問題があるゆえの症状だったことが分かったケースも。セカンドオピニオンという考え方も人間の場合と同様に今後は大切になってくるのかなと思っています。
瀧澤:ペットオーナーの情報リテラシーにより、ペットが受けられる治療、予防、健康増進のクオリティが大きく変わってしまう可能性があるのですね。私自身もペットオーナーなので、責任の大きさを改めて感じました。
そのような中でペットメディアが果たす役割は大きいと感じているのですが、メディア運営における課題はありますか?
中島:メディア運営の課題としては、どうしてもエンタメ要素が強くなる点が挙げられます。かわいらしい情報や癒やし系のコンテンツは人を引き寄せやすいので、事業として成立させるためには、こうした情報が主軸になりがちです。しかし、本来であれば健康情報や専門的な知識を提供することもメディアが果たすべき役割ですよね。そもそもペットオーナーが気軽に相談できるプロを持つことは難しく、インターネットで情報を調べることが多いにもかかわらず、その情報が断片的で信頼性に欠けることもある。この点が、本質的な課題だと感じています。
瀧澤:たしかに、例えば記者個人の熱量や信条に共感して、その情報発信をウオッチしているなど、それぞれのペットオーナーが個々の判断で信じた一定の情報元を持っている印象があります。ペットに関する情報は、人に関する健康情報以上に、信頼できる正しい情報を見極めるのが難しいのかもしれませんね。
中島:だからこそ、メディアについては、コミュニティの重要性を感じています。やはりペットオーナーが専門家に質問できる機会が少ない中で、同じような悩みを持つペットオーナー同士が意見交換をして、さらに専門家のアドバイスも得られるような場を作ることが大切です。そういうコミュニティ化を進めることが、今後のメディアが担うべき役割なのかなと感じています。
ペット市場の未来予測。キーワードは“QOL向上”と“思い出づくり”
瀧澤:ここからは、ペット市場の未来予測についてお聞きします。冒頭でおっしゃっていたように、ペット一頭一頭にかける金額は増加傾向にあり、ペット専業以外の企業も幅広く参入するなど、ペット市場の今後には注目が集まっています。この市場の「未来」を中島さんはどう予測されますか?
中島:ペット市場は規模の拡大だけでなく、裾野が広がっていることが大きな特徴です。大企業が新規事業を立ち上げるケースや、中小企業やスタートアップも積極的に参入し、細分化されたニーズに応じたマイクロサービスが出てきています。そして、人間のウェルビーイングやヘルスケアを考えることが当たり前の世の中になる中で、ペットのQOL向上に対する意識も高まりつつあるように感じます。ペットの健康寿命自体が伸びてきていることもありますし、やはりペットオーナーはできるだけ長く愛情を込めて一緒に過ごしたいという思いが強いので、サプリやフード、リハビリ、ドッグマッサージなど、ペットのQOL向上に関わるサービスがこれからも広がっていくと思います。
とはいえ、もう一つのキーワードとして「思い出づくり」もあります。例えば、ペットと一緒に行ける旅行や、記念日を祝うための特別なサービスなど、ペットオーナーとペットの特別な時間を演出するサービスが伸びてきています。最近では、ペットと一緒に泊まれる高級ホテルやグランピング施設が増えており、ペットツーリズムをはじめとした「思い出づくり」の選択肢は広がっていますよね。さらに、ペット専用の写真撮影やメモリアルサービスなど、ペットの一生を記録として残すためのサービスも注目されており、これらが市場をさらに活性化させると考えています。
また、別の観点になりますが、今後の動向が気になるのは、猫のマーケットだと考えています。猫のQOLを高めるための新しい商品、サービスが続々と出てきています。例えば、住宅設備機器業界最大手のLIXILが開発した「猫壁(にゃんぺき)」というマグネットで配置を簡単に変えることができるキャットウォークのほか、一般の猫の飼い主さんから写真を集めて百貨店などで写真展をする「ねこにすと」などがあります。猫の市場はまだまだ未成熟なので、今後の動きに注目です。
瀧澤:中島さんは2023年に起業し、現在は「ペット×旅行×地域」という軸でさまざまな事業を展開されていますが、今後は「思い出づくり」の視点での事業にも注力していくのでしょうか?
中島:はい。私たちもペットツーリズムはペット業界が抱える多くの課題を解決できると考えています。ペットと飼い主が一緒に旅行できる場所を増やすことで、旅行前のグッズ購入や、旅行後のシャンプーやトリミングが増えるかもしれませんし、しつけ文化も広がるなど、ペット市場全体の活性化につながりますよね。そのために、飼い主とペットがストレスなく過ごせる環境を増やすことはもちろん、苦手な人とのゾーニングも含めて地域のペットフレンドリー化をサポートしていく。そういった取り組みを全国に広げていきたいですね。

瀧澤:では最後に、ペット業界に新規参入を考えている企業や新規事業担当者に向けて、何かアドバイスはありますか?
中島:近年は、ペットオーナーをターゲットとした新規事業に参入してくる企業も増えていますが、そういった企業の中にはペットマーケットに対する知見が乏しく、なかなか運用がうまくいかないといったケースも見受けられます。先ほどもお話しした通り、ペットオーナーのニーズはペットごと、犬種や猫種ごとに細分化されていることを理解した上で、インサイトを分析すること、またメディアにはさまざまな情報や意見があふれているため、偏った情報だけをうのみにせず、客観的な視点を持つことは、ペット業界に参入する上で最低限必要な要素かもしれません。
瀧澤:たしかにペット市場の難しさは、「ニーズの細分化にどう対応できるのか?」という点だと思いました。犬・猫・うさぎといったペットの種類や犬種や猫種などの品種の違いはもちろん、ペットオーナーのインサイトをどんな視点や基準でつかんでいくのか――。ほかにもペットオーナー以外の人の思いも把握した上での“共生”にどう貢献していくのかといったことも、ビジネスを成功させる上で大きな課題です。ペットの命に関わる責任を持ちながら、健全に市場が成長していくサポートがしたいという思いが強くなりました。