広がる健康無関心層、その未来と攻略可能性を予測する
2024/10/22
電通では、中期的視点でヘルスケア市場において着目するべき50のトレンド(未来)を予測し、新規事業のアイディエーションや商品・サービスに活用できる情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」の提供を開始しました。
このツールでは、一般に起こると予測されるメガトレンドの中で、特にヘルスケア市場で影響が大きいと推察できる5つのトレンドを抽出。それぞれのメガトレンドの影響を受け、ヘルスケア市場ではどのような潮流が起きうるかを予測しています。
本連載では、予測した50個のヘルスケアトレンドの中から、特に着目したいテーマをピックアップ。その分野における第一人者をゲストスピーカーにお招きし、より深く未来を考察していきます。
第1回目に取り上げるテーマは、「健康無関心層」の未来予測です。食習慣や運動習慣の改善に興味がない健康無関心層は、ヘルスケア市場にとってどんな存在になっていくのか!?日経ヘルスの元編集長であり健康医療エディター・ライターの西沢邦浩氏と電通ヘルスケアチームの瀧澤菜穂氏が探ります。
<目次>
▼広がる健康無関心層に注目する理由とは?
▼健康無関心層の中には、“無欲な人”も含まれる!?
▼健康無関心層の特性や実態とは?
▼健康無関心層に健康行動を起こさせるためのポイントは?
▼健康無関心層を攻略すると、私たちの未来はどう変わる?
広がる健康無関心層に注目する理由とは?
瀧澤:私がこれまでマーケティング戦略を担当する中では、健康に全く関心がない健康無関心層は優先順位が低くなりがちなターゲットでした。でも、改めて中長期視点で未来のヘルスケアトレンドを考えてみると、その存在は注目すべきテーマの1つだと感じ始めました。なぜ、健康無関心層に注目すべきなのか――。まずはここから考えていきたいと思います。
電通ヘルスケアチームが実施している「ウェルネス1万人調査」のクラスター分析では、生活者を7タイプに分類しています。下記のデータでは、左側ほど健康意識が高く、右側に行くほど健康意識が低いのですが、健康意識が高い・低いゾーンの中にもさまざまなタイプがいることがわかります。
西沢:健康意識が低い人たちの中にも、〈気持ちくらいは前向き層〉〈健康低関心層〉〈何もかも無関心層〉などさまざまなタイプがいるのは興味深いですね。
瀧澤:ここで注目したいのが、〈何もかも無関心層〉が2021年から2024年にかけて増加傾向にある点です。定量調査上、無関心層というのは一定数出るのですが、それを差し引いてもハイペースで拡大していることがわかります。
同じく健康意識、行動が非常に薄い〈気持ちくらいは前向き層〉〈健康低関心層〉を含めると、全体の約4割を占めています。
健康行動をほぼとっていないからといって、このまま優先順位が低いままにしておくには、ボリュームが大きすぎる。特性を深掘りし、拡大するかもしれない健康無関心層の未来像をつかんでおくべきではないかというのが、今回着目した理由の一つでもあります。
健康無関心層の中には、“無欲な人”も含まれる⁉
西沢:健康意識が低い層の男女比や年代特性などはいかがですか?
瀧澤:健康意識が低い層である3タイプのデモグラフィックを見てみると、男性が多い傾向にあります。特に、〈何もかも無関心層〉は、20~40代の男性が全体の5割を占めているのが特徴的です。
西沢:「100歳まで生きたいか」という質問への答えを何カ国かで比較したところ、日本は「そう思う」人が一番少なかったとする結果もあるようです。お話を聞いていて、この〈何もかも無関心層〉をはじめとする健康無関心層って、未来に対する期待値が低い人たちかもという雰囲気を感じました……。
瀧澤:この調査を毎年続ける中で、私たちも健康無関心層の特性が時代とともに変化していると近年感じています。昔のウェルネス1万人調査で分類されていた健康無関心層の大半は、その名の通り健康に興味がない人という印象でしたが、今の健康無関心層の中には、そういった人たちだけでなく、「無欲」な人たちも含まれているのでは?そういうタイプの人がこれからもっと増えるのでは?という仮説を立てています。
西沢:そうですね。確実に、健康無関心層の特性や質は時代とともに変わっていると思います。
瀧澤:特に若い世代を中心に、「あまり多くを望まない」といった考えやミニマリスト思考を持つ人は増えていますよね。4人に1人は無趣味、また「恋愛は面倒」と考える人が増加しているといった調査もあります。
例えば、無欲がゆえに、「体に悪くても、ジャンクなものを食べたい」などの食へのこだわりや欲求が少なく、逆説的にヘルシーな食生活を送っている可能性も推察できます。時間を忘れてゲームや動画などに没頭するような趣味がない人は、夜更かしをして睡眠不足になる日も少ないかもしれません。じつは無欲な人は無意識に「健康的な生活」を送りやすいポテンシャルを秘めているとしたら、無欲なタイプの人を健康無関心層と一くくりにして、掘り起こさずにいるのは非常にもったいないですよね。
西沢:なるほど。だとすると、例えばその層を“ミニマルヘルス層”などと名付けてみて、無関心層との差異を見ていくとおもしろいかもしれませんね。思わぬ健康との接点が見えてくるかも。
健康無関心層の特性や実態とは?
西沢:調査の中で、健康無関心層の特性や実態はどう表れているのでしょうか?
瀧澤:〈何もかも無関心層〉に関して特徴的なデータがこちらです。他の健康行動はほぼ実践していないのですが、「体や健康のために実践していることをSNSやブログで発信する」は25.4%、「自宅で動画コンテンツを利用して体を動かす」は20.0%と、一部特徴的に他のクラスターよりも実践割合が高い健康行動が見られました。20~30代が多いのがクラスター特性なので、年代特性が健康意識・行動にも反映していると解釈できますが、数は少なく偏っているかもしれないけれど特定の健康行動をとり、それを発信することを好む可能性が見えます。
西沢:何もかも無関心と言っている割には、SNSなどで発信までしている人たちがかなりいるというのは不思議ですね。こういう行動をとっている人は、家の中で体を動かすことや、それに関する情報発信を「健康行動」ととらえていないのかもしれない。つまり、実は健康行動というハードルを結構高い位置に置いていて、それを基準に「自分は大したことをしていない」と考えているとか?この健康無関心層の中には、それなりの健康リテラシーと自分のコンパスを持っていて、周りに流されない傾向を持つ人たちが潜んでいるのかもしれませんね。
瀧澤:その可能性はありそうですよね。彼らの特性や実態をひもといていくと、ただ単に健康に興味がないわけではなく、「自分軸の判断基準」や「タイパ・コスパ意識」などがあるから、根拠が理解できていないけど話題によくあがるとか、堅実で真っ当だけど効果がすぐ実感できない健康行動はやる気にならない、といった側面もあるかもしれません。
健康無関心層に健康行動を起こさせるためのポイントは?
瀧澤:健康無関心層が未来に向けて特性やボリュームを変え、今後見逃せないターゲットになると予測すると、この層を攻略するためにいま着目すべきファクトや潮流はありますか?
西沢:健康無関心層の行動を見ると、オンラインサービスを利用したり、SNSで発信をしていたり、デジタルや最新技術との親和性がありそうですよね。例えば、近年は世界で老化制御の研究が飛躍的に進んでおり、日本でもどのくらい老化しているかがわかる検査などの開発が進んでいます。例えば、「エピクロック®」という検査サービスでは、採取した血液から生物学的年齢※1を算出し、自分の老化レベルや老化スピードを知ることができるとのこと。暦年齢は36歳だけど、生物学的年齢は42歳など、自分の老化レベルとリスク因子を可視化することができ、生活習慣の見直しにつながるというわけですね。
若干、フィアモンガリング(恐怖訴求)に近い要素がありますが、こうした生体データに基づく健康行動の意義や成果の可視化は、健康無関心層の行動変容を促すアプローチ方法の一つになるかもしれません。
※1生物学的年齢=暦年齢とは異なり、体内の細胞や組織の状態に基づいて算出される年齢のこと。
瀧澤:漠然としたイメージになりがちな“老化”が、自分の体においてどう表れるのかが、確かな根拠を前提に具体的に可視化されるのはすごいですね。
西沢:がんや2型糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病は、加齢が大きな危険因子ですが、実は、近年の研究で若い時期に人生で最初の老化進行の山があるらしいことも明らかになっています。下記は、18~95歳までの4263人の男女で血中における老化に関わるたんぱく質の量を解析したデータです。34歳、60歳、78歳のあたりで老化に関わるたんぱく質が多くなり、老化が急伸していることがわかります。
これを見て、私たちの体は、20~30代という若い時期に最初の老化急伸期を迎えるということに驚きました。特にこの時期は仕事も忙しかったりして、生活習慣が狂ったり、無茶をする傾向があります。まだレジリエンスが高い(回復力が高い)ため、自覚症状を伴わないまま、こういった生活が老化を引き起こしているのでしょう。裏を返せば、この時期から食生活や運動などの生活習慣を整えることで、老化スピードを抑制し、健康寿命を延伸できる可能性もあるということです。
瀧澤:20代から老化が始まっているというのは、衝撃的ですね。
西沢:若いうちは、老化について意識することは難しいと思います。そこで、もっとわかりやすいデータを挙げてみます。
ニュージーランドのダニーデン市で行われている健康に関する追跡調査「ダニーデン研究」の結果です。1972~73年に生まれた約1000人を26歳から、身体的健康や精神的健康、生活習慣など18の指標について分析し、その変化を追いかけているもの。12年後のデータを見ると、同じ38歳でも生物学的年齢(体内年齢)は人によって10歳以上もの差が生じており、さらに体内年齢が老けている人は、見た目も比例して老けていたというのです。このようなわかりやすいリスクサインがあることを、うまく印象的に伝えたいものです。
瀧澤:自分に直結するデメリットがここまで具体的に提示される影響力は大きそうです。とはいえ、急にドラスティックに多くの健康行動を起こすとは想定できない健康無関心層に行動変容を起こさせるには、他にどんな切り口があるでしょうか?
西沢:食生活や栄養管理などの観点で考えると、アメリカでは、そもそも食物繊維や抗酸化物質を含む全粒穀物を使用するケースも多い市販のシリアルに、強制的にビタミンB群などの栄養素が添加されており、多くの牛乳にはビタミンDが添加されています。こうしたシリアルに牛乳をかけて食べることで、不足しがちな重要な栄養素を摂取できる施策を国家レベルで行っているわけですね。
このような、収入の多寡にかかわらず、国民が最低限の栄養を担保できる仕組みの構築は日本では難しいかもしれません。しかし、食品メーカーが、こうした必要栄養素が添加されている魅力的な商品を開発し、健康無関心層の中にいる“ミニマルヘルス層”を掘り起こすことは可能なのではないでしょうか。実際に、こうしたベクトルを感じさせる商品も登場しています。
例えば、「フルグラ®」シリーズ(カルビー)や「完全メシ」シリーズ(日清食品)。おいしいから・手軽だから食べていたら、それが健康につながる可能性がある点が共通ですね。
あとは、非常に難しいことではありますが、データの根拠(出典)も示さない無責任な健康情報やフェイク情報が広がらなくなるといいのですが。その点でも、大学や国、もしくは企業・資産家などが、エビデンスに基づいた情報を体系的に提供し、だれでも健康リテラシーを高められるサービスを開発してほしいところです。Khan Academy(カーンアカデミー)※2の健康版のようなイメージといえばいいでしょうか。
正しい手続きを踏んで得たエビデンスにのっとった商品・サービスを自治体や企業が提供することも、タイパ・コスパを意識する健康無関心層を動かす一つのきっかけとなるかもしれません。
瀧澤:西沢さんのお話を伺って、健康無関心層のインサイトに寄り添っているなと感じていた事例を思い出しました。東京都の足立区で2013年に糖尿病対策としてスタートした「あだちベジタベライフ」という健康事業をご存知ですか。
私がこの取り組みに注目した理由は2つあります。1つはこういった糖尿病対策の施策は、中高年がメインの対象になりがちですが、「あだちベジタベライフ」は野菜の摂取量が少ない若い世代も戦略的にターゲットにしていること。若いうちに健康習慣を根付かせる効果があると思いました。また、参画店でランチメニューを頼むと勝手に最初にサラダが出てくるなど、本人が「健康のために行動を変えた、頑張った」と負担感や窮屈さを感じずに自然に行動変容が起こる設計になっていることも秀逸だと思いました。
※2 Khan Academy=小学生から高校生を対象にした、誰でも利用できるオンライン学習サービス。算数(数学)、物理化学、経済、歴史などさまざまな教科を学ぶことができる。
健康無関心層を攻略すると、私たちの未来はどう変わる?
瀧澤:ここまで、健康無関心層の実態を推察しながら、未来に向けておさえるべき潮流をお聞きしてきました。最後に、この健康無関心層を攻略することで、社会は今後どのように変化するのか、西沢さんの未来予測をお聞かせください。
西沢:多くのメリットが考えられますが、その一つとしてやはり経済効果は大きいと思います。2017年のアメリカの国勢調査をベースに、健康寿命の延伸による経済効果を算出した研究※3があるのですが、それによると、例えば、どんな人も享受できる老化抑制技術によって、アメリカの全国民の平均余命が1年伸びると仮定すると、潜在的消費市場の指標である総支払意思額(WTP)が37兆6000億米ドルも増加するというのです。
瀧澤:つまり、若々しく元気な期間が長ければそれだけ、消費行動が向上するということでしょうか?
西沢:そうですね。健康寿命が伸びて、元気な人が増えればそれだけ、消費拡大や経済活性化も望めるという試算です。こうした効果は、健康維持による医療費削減効果より桁違いに大きいと。
20~40代の世代が多い健康無関心層が、何らかの健康行動を起こし、健康寿命の伸長につながれば、医療費ひっ迫の抑止を超える経済活性効果が得られるかもしれません。
瀧澤:明るい未来を創るためにも、ヘルスケア市場を健全に成長させるためにも、健康無関心層の拡大と特性変化に着目していきたいですね。