PR発想のマーケティング「MARKETING+PRUS」No.1
これからのマーケティングに必須の“PR発想”とは?
2025/05/09
データドリブンなマーケティングでクライアントを支えるべく、新時代のモデル「Marketing For Growth」を掲げる電通。
そんな電通で、これまでさまざまな形で「PR」に携わってきたメンバーが、統合プランニングやマーケティングに「PR発想」をプラスするためのバーチャル組織「PRUS(プラス)」を発足させました。
本連載では、PRUSメンバーが、まだまだ誤解されがちなPRの本質と、それがなぜ今あらゆる企業活動に必要なのかをひもといていきます。
初回は、日本を代表するマーケティング研究者である早稲田大学の恩藏直人氏をゲストに、PRUSメンバーの武居泰男氏と瀧澤菜穂氏が、PR発想についての見解を伺います。
2023年に日本マーケティング協会の理事長に選任された恩藏氏は、2024年、34年ぶりに「マーケティングの定義」を大幅に改訂しました。その「マーケティングの新定義」は、PRUSの目指すところとも合致するものでした。

マーケティングの定義が34年ぶりに刷新された
武居:今回、恩藏先生にお話を伺いたいと思ったのは、先生が日本マーケティング協会の理事長になってすぐに改訂に取り組まれた、「マーケティングの定義」がきっかけです。2024年に、1990年以来34年ぶりに刷新されましたね。

瀧澤:この2024年版「マーケティングの定義」の内容が、私たちが今電通内で取り組んでいる「PRUS」の活動理念ととても重なる部分があったので、今回、恩藏先生にその背景やご意図をお伺いしたいと思いました。私たちが目指しているのは、マーケティングにもっと「PR発想」をプラスしていこうというものです。
恩藏:マーケティングにもっと「PR発想」をという考え方は、全く同じだというのが第一印象ですね。ちなみに、定義といえば、PRの現在の定義はどうなっているんですか?
瀧澤:日本パブリックリレーションズ協会では、「パブリックリレーションズ(Public Relations)とは、組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動のあり方である。」としています。
また、日本広報学会による広報の定義だと、「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」となっていますね。
瀧澤:まだまだPR=パブリシティと捉えられがちではありますが、私たちも基本的には、「企業や組織を取り巻くさまざまなステークホルダーとの望ましい関係を構築する」ことがPRの本質だと考えています。新しい「マーケティングの定義」の中にも、「ステークホルダーとの関係性を醸成」という一文がありましたね。
恩藏:そうです。その「PRの定義」と「広報の定義」にある、ステークホルダーとの「望ましい関係」の構築は、まさにマーケティングのベースになるものですね。

ただモノを売るだけではない時代に、目指すべきマーケティングの新定義
武居:このたび、恩藏先生が「マーケティング」の定義を改訂しようとお考えになったのはどうしてでしょうか?
恩藏:それはもう、34年前の定義が手入れもされずに残っているわけですから、私も理事長に就任して驚いたんです。マーケティングもPRもそうだと思うんですが、例えば34年前に大学生だったり、実務を学んだりした人たちはもう50代も半ばだと思います。そして、彼らが34年前に学んだ学問なり実務が、そのまま30年間同じままでしたか?と言ったら、絶対あり得ないですよね(笑)。
AMA(American Marketing Association、アメリカマーケティング協会)という、JMA(Japan Marketing Association、日本マーケティング協会)の先輩のような組織がアメリカにあって。そこはやっぱり、節目節目でマーケティングの定義を更新しているんですよ。本来、それが当たり前ですよね。
武居:ポイントとなる変更点は、顧客だけでなくステークホルダーとしたところと、価値を創造し、その価値を浸透させるための構想がマーケティングだとしたところでしょうか。発表後の反響はいかがでしたか?
恩藏:親しくしている経営者の方から「恩藏さん、新しい定義を読みましたよ!あの定義の通りビジネスを運営すればいいんですね」と言われて、とてもうれしかったですね(笑)。まさしくそういう定義を意図していたので。
ただ、もちろん定義はあくまでもエッセンスですから、それを具体的な実務に落とし込むためには、それぞれの企業や業界ごとの工夫が必要です。でも、どんな業種であろうと、企業が目指すべき方向や取るべき行動が的確に示されているよねと言ってもらえました。企業は、もはや単にモノを売るという時代ではなくなっています。それを踏まえたマーケティングというものを再定義できたと思っています。

PR発想は経営戦略にも直結する!?
瀧澤:恩藏先生は早稲田大学に入学したときから、本当に長くマーケティングに携わってきておられますね。
恩藏:原田俊夫先生の学部ゼミでマーケティングを学び、そのまま早稲田大学大学院で修士も博士も同じく原田先生の下で学びました。最初はセールスプロモーションをやって、本も書いたりしましたが、昔のマーケティングってやっぱりバリューチェーンでいうとほとんど最後の方に軸足を置いて考えていたんですよね。そこからどんどんマーケティングも変わっていきました。
研究テーマというものはだいたい5年ぐらいで変わっていくんですが、私の場合、セールスプロモーションの次は営業をやって、その後はブランド戦略、製品開発、サービスロボットの研究というふうに対象が変わってきました。その間、マーケティングの実務自体も、どんどん領域が広がっていきました。今のマーケティングは、モノを売るというコミュニケーションだけじゃない。そもそも価値創造から始まります。結果として、バリューチェーンの一番川上から川下まで、生み出した「価値」を伝達していくことがマーケティングの領域になっています。
武居:われわれが新しい「マーケティングの定義」を見たときに思ったことなんですが、あれはいわば電通のビジネス領域のすべてを網羅している定義だと思いました。さまざまな人財がいるのが電通の特徴で、私自身も、マーケティングコミュニケーションだけでなく、事業のコンサルティング業務にも従事しています。
恩藏:マーケティングの変化とともに、電通も進化してきているのですね。かつて私は、早稲田大学の広報室長をやっていたことがあります。ステークホルダーと望ましい関係を構築するPRという観点でいうと、大学はすごくステークホルダーが多くて複雑なんです。受験生、保護者、在校生、卒業生はもちろん、就職先の企業との関係もあるし、世の中一般からも目を向けてもらっている。
そういう多様な人たちと、どのように関係性を維持して、よりよい関係を構築するかを目指して広報の実務を経験させてもらいました。そして僕の場合、大学の広報だったこともあり、PRを「安い広告」とか「パブリシティ」という認識は持っていませんでした。
瀧澤:先生のような視点でPRの実務を続けていくことは、案外難しいと実感することがあります。PRをパブリシティ(メディアにおける露出)を獲得することだけの手段にせず、中長期的な経営戦略の一つとして使えると理想的だと思います。
恩藏:PR・広報の仕事を、経営に直結したものにしていけるかどうかは、これから企業経営の大きな差になっていくでしょうね。

PR発想はマーケティングの発展に貢献するか?
武居:マーケティング全体においてPR的な発想を取り入れるときに大事なのは、顧客や社会と共に価値創造していくという姿勢だと思うのですが、いかがでしょうか。
恩藏:そう、まさにその「共に」というところなんです。もちろん昔から企業のマーケティングは「顧客志向」、つまりお客さまに目を向けましょうとしていたんですが、あくまでも「目を向ける」であって、軸足は自分たちだったんですね。今も「目を向ける」の段階がなくなったわけじゃないけど、明らかに「共に価値創造」する方向に動いているのは、ご指摘の通りです。
さらに、もはや相手は顧客だけじゃないというのが、新しい「マーケティングの定義」においてPR発想が入ってきている部分ですよね。例えばですが、サービスプロフィットチェーン(SPC)とわれわれが呼んでいる概念があります。これは、良いサービスを提供するためには、まず良い人材を採用し、教育し、従業員の満足度が上がると、彼らが顧客に対して良いサービスをしてくれる。そうすると売り上げが上がるので、そのお金で再び良い従業員を採用し、育てると、従業員の満足度が上がって……という好循環を描いた概念なのですが、これもPR的発想と言えそうですよね。お二人から見て、PR発想を取り入れたマーケティングの具体例はどんなものがありますか?
瀧澤:アサヒビールの「スマドリ」(スマートドリンキング)や、パンテーン(P&Gのブランド)が展開する「#HairWeGo!」キャンペーンは、PR発想とは何かを具体的に考える上で、PRUSでも参考にさせていただいた事例です。
恩藏:面白いですね!日本マーケティング協会では、マーケティング大賞を毎年選んでいて、奨励賞もあるのですが、その中にも「これもPR発想だよね」というものはたくさんあるような気がします。
武居:弊社でも、「PR発想」である取り組みなのに、その意義や価値に気付かず、必要なステークホルダーを巻き込みきれていない場合があります。これからはPR発想を持ち、多様な人を巻き込んだ価値づくりがより大事になっていくと思います。
瀧澤:恩藏先生のお話を伺うことで、マーケティング全体にPR発想をもっと生かしたい、というPRUSの理念を実践していく背中を押していただいたように思います。ありがとうございました!