値上げ時代の新しい贅沢。「ひと匙プレミアム」な調味料
2025/08/26
日本の食生活のトレンドを知り、これからを考える、電通「食生活ラボ」(以下、食ラボ)。本連載は、食ラボおよび他の調査データなどを踏まえて、食のキザシをひもといていきます。
今回取り上げるのは、少量で料理の満足度を底上げする「プレミアム調味料」。昨今、食卓で静かに存在感を増しています。私も食材自体に絶対的なこだわりがない一方で、味付けに使うバターやしょうゆはこだわりの製法のものや、高級素材が使用されたものを選んでいます。
自宅で非日常を味わえる「ちょっといいひと匙」は、値上げ時代の新しい贅沢になりつつある。そんな志向性について着目しました。
「塩、しょうゆ、みそなどの調味料」にお金をかけたい生活者は50.7%!
食品価格が値上がりしている中でも、“これまで以上”あるいは“これまでと同じくらい”お金をかけたい対象として、「調味料=味の決め手」になるアイテムを挙げる人が、前年より5.2ポイント増えました。

その象徴が、少量で料理全体の満足度を底上げする「プレミアム調味料」です。コロナ禍によって自宅で料理をする時間が増え、生活者がさまざまな調味料に目が向くようになったことで、調味料市場は広がりを見せました。
価格は高めですが、各メーカー・ブランドが独自に開発した、合わせ調味料、ドレッシングなどが続々登場しています。たとえば、樽熟成しょうゆ、トリュフオイル、オリエンタルスパイスブレンドなど、それを加えるだけで、レストラン級の深いコクや国際色豊かなフレーバーを自宅で手軽に楽しめます。いつもの料理を“格上げ”してくれることが「プレミアム調味料」の価値といえます。
2025年のFOODEX JAPAN(国際食品・飲料展)でも、「プレミアム調味料」がトレンドキーワードとなりました。味だけでなく、瓶やボトルのデザイン自体が“映える”ことも相まって、SNSには“推し調味料”の投稿が相次いでいます。
安い食材でも調味料次第でおいしくなる
節約と満足度の間で揺れる生活者心理を裏づけるデータもあります。料理写真共有アプリを開発・運営するスナップディッシュの調査によると、節約を意識した料理をする中で、妥協できない点として、62.3%の人が“おいしさ“を、57.1%の人が” “栄養バランス“を挙げています。多くの人が、節約をしながらも食事の質は落としたくないと考えていることが分かりました。

さらに、調査では、85.3%の人が、「安い食材でも調味料次第でおいしくなる」と回答。つまり、主役食材を質素にしても、調味料という影の主役にはお金と意識を配分する──。これが物価高時代の新しい考え方である「ひと匙プレミアム」です。

たとえば、鶏肉をいつものようにしょうゆと酒で味付けてから揚げにするのではなく、スパイスを混ぜてエスニック風にする。ポテトサラダに使うマヨネーズを、「燻製(くんせい)」されたマヨネーズにする。調味料を一つ変えるだけで、いつもの食卓に「非日常感」も加えられる楽しい体験になる。そのために多少の投資はいとわないというのが、生活者の気持ちなのでしょう。
ひと匙加えるだけで変わるパフォーマンス
なぜ「ひと匙プレミアム」が生活者の心をつかむのか。背景を探ると、まず、「プチ贅沢」とされていた日常の特別感が、さらに細分化されている現状が挙げられます。高額な娯楽や大型消費は抑えつつも、自分の手の届く範囲で満足のいく「贅沢」を感じたい。調味料は、「食」の楽しみを広げることからも、他の娯楽よりも財布のひもを緩めているのではないでしょうか。
また、「調味料を加えるだけ」「ひとふりするだけ」など、いつもの調理工程を大きく変更せず、すぐに「味が決まる=結果が出る」という点も、今の「パフォーマンス時代」におけるタイパ、プロパ(※)のニーズと相性が良く、大きなポイントになっていると思われます。「手間はかけたくないけれど、味だけは妥協したくない」という思いをワンステップでかなえてくれるのが、「プレミアム調味料」なのです。
企業やブランドがこの潮流に応えるには“ひと匙のストーリー”を語れるパッケージや売り場設計が欠かせません。生産地や職人のこだわり、相性のいい食材やレシピを可視化し、単なる「高価な調味料」ではなく「体験への投資」として価値を伝えることが重要です。
「ひと匙プレミアム」は物価高の中でも、「贅沢」「時短」「体験価値」を同時に満たす、拡大余地の大きい考え方です。物価高でも“あえて”贅沢をするひと匙が、生活者の幸福度を跳ね上げる──まさに今の食トレンドといえるでしょう。