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イノベーション創出拠点「渋沢MIX」に見る、電通ライブの「体験デザイン」とは?

若山 太一

若山 太一

株式会社 電通ライブ

国内最大規模のイベント・スペース専門会社である電通ライブ。リアル、バーチャルを問わずさまざまなイベントを企画・運営し、空間デザインも手掛けています。

本連載でお伝えするのは、電通ライブの「体験デザインを活用したビジネス変革(BX)」。現状では「プロモーション」として位置づけられがちなイベント事業を、BXのアプローチの一つとして捉え、活用していく可能性を探ります。

記事では毎回、高い専門性を有する電通ライブのメンバーが登場。ビジネスにおける「イベント」の新しい可能性について、事例を交えながらお伝えします。

今回のゲストは、エクスペリエンスデザイン部に所属する若山太一氏。イベントとスペース事業を融合させて生まれる、電通ライブの「体験デザイン」について、同氏が携わる、埼玉県のイノベーション拠点「渋沢MIX」(シブサワミックス)の事例を取り上げ、お話しを伺いました。

電通ライブ

 

 

イベント・スペース事業のノウハウを、「施設の構築・運営」に生かす

──初めに自己紹介をお願いします。

若山:建築設計事務所で約10年間、住宅からオフィス、庁舎まで幅広いプロジェクトに携わった後、電通ライブに入社しました。現在は、空間設計に加えて、人の行動や感情に寄り添った「体験」そのものを設計する領域に取り組んでいます。渋沢MIXではプロジェクト全体を俯瞰(ふかん)し、企画から設計・施工、そして運営フェーズに至るまで、横断的に統括するプロデューサーの立場を担いました。

──電通ライブのイベントやスペース事業における「体験デザイン」とは、どのようなものでしょうか?

若山:電通ライブは、国内外の大型イベントを手掛けていて、人を集めるためのノウハウや運営力、多様な関係者をつなぎながら場を作り上げていく統合プロデュース力が蓄積されています。加えて、スペース事業は、イベントでのブースデザインやポップアップストアだけでなく、企業ミュージアム、オフィス、水族館など多岐にわたります。

電通ライブが考える、スペース事業における体験デザインは、単なる「箱作り」で完結するものではありません。重要なのは、箱(ハード)を「作った後」に、どのように使われ、どのように人々が体験するかというソフトの部分です。

私たちは、イベントや施設運営を自ら手がけてきた経験をもとに、計画段階から「運営の実感値」を設計に反映させることができます。こうした経験の蓄積により、ハードとソフトを統合して計画・実行できる点こそが、電通ライブのスペース事業における、体験デザインの独自性であり、強みだと考えています。今回、渋沢MIXではこのハードとソフトの統合を実践しました。

若山太一



45度傾けたレイアウトで、「出会い、つながり、共創する」コンセプトを具現化した

──ここからは、「渋沢MIX」について伺わせてください。どのような施設ですか?

若山:電通ライブが、埼玉県と共に開設の準備を進めてきたイノベーション創出拠点で、さいたま新都心駅に直結する形で2025年7月にオープンしました。「渋沢MIX」は、さまざまな業種・規模の企業や、起業家、大学、研究機関、行政などが集って共創を行う、埼玉県初のイノベーション創出拠点です。

2024年5月に、埼玉県から共創施設のプロポーザルがあり、施設構築と数年間の運営を、電通ライブが受託しました。施設構築と運営をトータルで請け負うことは、電通ライブにとってあまり例のないチャレンジでした。

「渋沢MIX」という名称は、埼玉県出身の実業家である渋沢栄一翁に由来しています。渋沢翁は、約500もの企業の創設に関わった人物で、「イノベーションの創出」という、施設のコンセプトにマッチします。そして、異なる知や経験が混ざり合うことを表現するキーワードとして「MIX」を施設名に採用しました。施設のコンセプトは、「出会い、つながり、共創する」です。


──コンセプトを形にしていくにあたり、スペースの設計で工夫された点はどんなところでしょうか?

若山:一番の工夫は、45度傾けたレイアウトを採用することで、壁を作らない設計を可能にしたことです。コンセプトで特に重要な「出会い」を創出するために、施設の端まで見渡せる開放的な空間と多様なシーンの創出を実現しました。

コワーキングスペースにいてもイベントの様子が見え、イベントの内容に興味が湧いたら、すぐに参加できます。さらに、開放的な空間の中に、ラウンジやミーティングルーム、カフェなどの機能を用意しました。スタッフや利用者同士の距離が近づき、自然な会話や出会いが生まれやすくなるさまざまな工夫をちりばめています。


──45度傾けたレイアウトというのは、珍しいのでしょうか?

若山:はい。一般的には、長方形の空間に、壁と平行に部屋やスペースを設けます。壁を斜めにするとデッドスペースが生まれて面積効率が悪くなりますから。それでも45度レイアウトを採用した理由は、「多様なシーン」を作るためです。

設計前の調査において他の共創施設の利用者などにヒアリングを行いました。そうすると、ただ単純にオープンスペースを設けただけでは、コミュニケーションが生まれにくいという声が多くありました。さらに、運営がうまくいっている共創施設は、少し囲まれた場所やオープンな場所など、多様な居場所を用意していることも分かったのです。そのような多様な居場所を作るため、渋沢MIXでは、あえて45度傾けるレイアウトを採用しました。そうすることで、空間の使い方が自然と多様になり、さまざまな出会いのシーンを創出することが可能となります。

また、45度レイアウトで壁を作らないということも可能にしました。本来はイベントスペースとコワーキングスペースの間には音の問題で壁を作らなければなりませんが、45度傾けた空間構成を生かし、音が壁に反射して減衰する効果を取り入れました。その結果、イベントスペースのにぎやかさと、コワーキングスペースの静けさが両立する環境を実現しています。


「渋沢MIXに来れば、何かを得られる」という地域に根差したブランディングを意識

──ここからは、運営面について伺わせてください。どのような運営を心掛けていますか?

若山:渋沢MIXに人を呼び込む仕組み作りが、一番頭を巡らせているところです。オープンイノベーション拠点は東京にも多数ありますから、東京の施設との差別化は企画当初から課題でした。「埼玉県の渋沢MIXに来れば何か行われている、何かを得られる、自分たちの課題が解決できる」という、地域に根差した一貫したブランディングを意識しています。そのうえで、ネクストステップの拡大へと前進する狙いを持っています。

また、「人を集める仕組み」と「人をつなぐ仕組み」を両輪で設計することも運営において特に重視しています。前者については、常に場が動き続ける状態を作るために、月20回程度、ほぼ毎日イベントがあることを目標にしています。埼玉県と連携したプログラムや、持ち込みイベント、渋沢MIX独自の自主企画などを組み合わせることで、多様なテーマと規模のイベントを展開していきます。

後者の「人をつなぐ仕組み」においては、スタートアップアドバイザーや共創コーディネーターといった専門人材に常駐してもらい、利用者がいつでも相談できる体制を整備しました。さらに、コミュニティマネージャーが積極的に利用者同士や専門人材との接点を作り、必要に応じて直接橋渡しを行います。デジタルによるマッチングも有効ですが、最終的に、人と人をリアルにつなぐ「アナログなひと手間」が、こうした共創拠点の活気を持続させる要であると考えています。



長期的な思考を持って、電通ライブのさまざまなノウハウを発揮する

──オープン後の反響について教えてください。

若山:2025年の年明けからPRを兼ねたプレイベントを実施しました。平均すると毎回100名前後の来場者があり、県内での期待値の高さを感じていました。空間設計についても、「コワーキングスペースで作業していても、イベントの音が気にならない」と意図した効果も得られました。

「行政の施設でこんなにおしゃれで、一貫したコンセプトを持ってやっていることに驚きました」という声も多くいただいています。このような共創施設には、新しいことを目指す人が来ます。そういった人に応えるためには、施設自体も今までにないチャレンジングなものにしなければという思いもありました。

埼玉県からは、企画提案時や完成した施設を見て、コンセプトから一貫性があることを評価していただきました。また、このような公共施設案件は、費用が予想よりかかったり、与件変更があったりして、提案時とデザインが変わることが多いのですが、渋沢MIXの施設デザインや運営方針は、提案時からほぼ変わっていません。そういった点も評価いただいたポイントだと感じています。

──渋沢MIXのプロジェクトに参画して、電通ライブの業務領域がどのように拡張されたと感じていますか?

若山:先に述べたように、施設構築からコミュニティを含めた運営、毎月のイベント企画実施までトータルで請け負うというのは、電通ライブにとって新しい取り組みでした。施設を作る、単発イベントを手掛ける、といった短期的思考から時間軸を変え、「長期的な視点」を持ち、電通ライブが持つさまざまなノウハウを発揮して実現した事例だと感じています。

近年、企業・自治体双方において「一時的ではなく継続的な関係性を育む場」の必要性が高まりつつあり、その実現にはハードとソフトを統合的に設計する視点が不可欠となっています。こうした潮流の中で注目されるのが「統合型プランナー」の役割で、建築・空間・イベント・戦略を横断してきた電通ライブには大きなアドバンテージがあると考えています。その強みを一層磨き、スペース事業で培った「体験デザイン」を空間的にも時間的にも拡張していく渋沢MIXはその好事例となると思います。

──電通ライブの「体験デザイン」について、今後の展望をお聞かせください。

若山:キーワードとしては、「長期的な視点」を持つことです。日本各地を見ても、人を集めたりにぎわいを作ったりすることについての課題は多いので、そのようなところに、私たちのノウハウを注ぎ込みたいです。今後、日本では、人口減少や高齢化、過疎化などの地域課題が深刻化するため、社会課題解決型ビジネスが求められていくと思います。そのような課題に対して、ハードとソフトを統合的に設計し、長期的な視点をもって体験デザインへと作り上げる電通ライブは大きなポテンシャルを秘めていると思います。

──本連載では引き続き、イベント・スペース事業領域で培った統合的な体験価値をビジネスに柔軟に組み込むことでビジネスに変革を起こす電通ライブの取り組みを紹介していきます。

《渋沢MIX概要》
名称:渋沢MIX(シブサワミックス)
場所:埼玉県さいたま市⼤宮区吉敷町4丁⽬262番18 「ekism(エキスム)さいたま新都心」5階
開館:平日10時~21時、土曜10時~18時
※日曜日・祝日等除く/イベント等で延長の場合あり
機能:コワーキングスペース、イベントスペース、ラウンジ、個別ブース(打ち合わせスペース)、受付、情報掲示スペースなど

【施設構築・運営】
埼玉県
統括・トータルプロデュース:電通ライブ
運営・管理:電通イベントオペレーションズ、コミュニティコム、アドリブワークス
施設構築:日展、テイクアーキテクツ
ロゴデザイン:TM

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著者

若山 太一

若山 太一

株式会社 電通ライブ

建築設計事務所で、住宅、オフィス、庁舎、商業施設などができるまでの構想・設計・工事のプロセス全てを経験。電通ライブ入社後は、建築だけにとらわれない幅広いプロジェクトのマネジメント・企画・制作を行っている。2023年より、にぎわい創出集団「LIVE□LAB」を結成。プロジェクト構想段階のコンサルティングも行う。

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