去る10月8日(水)・9日(木)、ビデオリサーチ主催のフォーラム「VR FORUM 2025~Next STANDARDをともに。」が開催され、東京ミッドタウンホールの会場とオンラインを合わせて4900人を超える参加がありました。2日間全19セッションの中から、「広告会社が見据えるメディアビジネスの未来」と題したセッションの様子をお届けします。
■パネラー 中村光孝(なかむら みつゆき) 電通 統括執行役員(メディア/スポーツ&エンターテインメント) 岩崎秀昭(いわさき ひであき) 博報堂 取締役専務執行役員 メディアデザイン事業ユニット長 尾関光司(おぜき こうじ) ビデオリサーチ 取締役 上席執行役員
生活者にとってのメディア・コンテンツ尾関:ビデオリサーチの尾関です。今日は「VR FORUM 2025~Next STANDARDをともに。」の初日のセッションの1つとして「広告会社が見据えるメディアビジネスの未来」というタイトルでディスカッションを行いたいと思います。 セッションの1つ目のテーマは「生活者にとってのメディア・コンテンツ」です。まず私から、テレビに関する調査データをもとにその実態やどんな変化が起きているかについてお話しします。最初のデータは「テレビデバイス利用内訳の変化」です。リアルタイム放送のシェアがだんだん下がってきており、それ以外のテレビデバイス利用率が上がってきているのが現状です。リアルタイムの中にはBSやCSが含まれますので、地上波のシェアは66%まで落ちてきているというのが現実です。 続いて、日本国内のネットフリックスとプライムビデオにおいて、どのようなコンテンツが見られているかのシェアですが、放送局由来のものが両方とも40%を超えています。テレビ局がネットをうまく活用している実態があります。
尾関光司(おぜき こうじ) ビデオリサーチ 取締役 上席執行役員 ビデオリサーチ入社後、営業部門では、メディア各社および広告会社を担当。スタッフ部門では、主に食品・飲料および化粧品・トイレタリー等のプランニング支援や効果検証を担当。また、新聞・雑誌・交通広告におけるデータサービス企画に従事。2002年デジタル化に伴う視聴率調査の企画・開発新設部署の部長に就任。09年デジタル事業推進局長、13年取締役ソリューション推進局長、15年取締役営業局長を経て、17年常務取締役に就任。23年4月より現職岩崎:博報堂の岩崎です。博報堂メディア環境研究所では、メディアのイメージ調査を行っています。2006年から約20年、定点で生活者のメディア接触データを見てきているもので、44項目で調査していますが、その中からいくつかの項目についてお話しします。 まず、「わかりやすく伝えてくれる」という項目。ここ数年、若干の減少傾向は見られますが、他を大きく引き離してこの20年間、テレビはずっとトップをキープしています。 次に、「感動や興奮を覚える情報が多い」という項目。インターネットの伸長が著しいものの、常にトップをキープしてきているのがテレビです。 さらに、「情報が信頼できる」という項目。新聞がずっとトップで推移していますが、テレビは2位ということで、高い水準をキープできています。 これら3項目から総合的に判断するに、ここ数年多少の減少は見られるものの、テレビの放送コンテンツの力は非常に強いことが見てとれます。メディア環境が大きく変化している中ではありますが、放送局由来のコンテンツが生活者の信頼を維持しています。
岩崎秀昭(いわさき ひであき) 博報堂 取締役専務執行役員 メディアデザイン事業ユニット長 早稲田大学卒業後、博報堂入社。営業配属の後、2014年より営業局長。17年より博報堂DYメディアパートナーズにて、コンテンツ・エンタテインメントビジネスを担当、19年より執行役員。21年より取締役執行役員コンテンツビジネスセンター担当兼第一メディアビジネス総括担当を歴任。23年より取締役常務執行役員メディアビジネス統括センター担当兼博報堂常務執行役員。25年4月より現職中村:電通の中村です。私からはコンテンツのテリトリーを「マスコンテンツ」「メジャーコンテンツ」「コミュニティコンテンツ」の3つに分けて、それを取り巻く環境と課題について話したいと思います。 マスコンテンツとしたものは、国民的スポーツイベントです。世界陸上やサッカーのワールドカップ、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)などで、まもなく冬季オリンピックもあります。 メジャーコンテンツは、ドラマやバラエティーなど、放送局のコアなコンテンツです。リニア広告(※)の収入にプラスしてTVer(ティーバー)での配信収入、いわゆるトータルリーチという形で広告収入を得ながら、SVOD(サブスクリプション・ビデオ・オン・デマンド:定額制の動画配信サービス)や映画化、イベント化やフォーマット販売などでマネタイズされている領域です。
※テレビ番組の放送中に放映される従来の広告
コミュニティコンテンツは、今後重要になる領域だと思っています。推し活領域のコンテンツ、ファンダム、eスポーツ、VTuber、ショートドラマなどです。今後、この細分化されたコミュニティのメディア化が加速していくと思います。この領域でコアファンからライトファンに移っていくと、メジャーコンテンツの領域に昇華できるので、すでにこの領域への投資を始めている放送局もありますが、コミュニティコンテンツをどうメジャーコンテンツに、目利きで押さえ、投資して、昇華できるか。この領域のファンは若年層が多くデータが豊富など、マーケティング価値としても重要だと思っていまして、お手伝いしたいと思っています。
中村光孝(なかむら みつゆき) 電通 統括執行役員(メディア/スポーツ&エンターテインメント) 電通入社後、テレビ局ローカル業務部にてキャリアをスタートし、タイム部門を中心にテレビ・コンテンツ関連業務に約20年従事。2010年より海外拠点へ出向。電通メディアタイランドCEO、電通メディアAPAC MDを歴任。17年に東京本社グローバル・ビジネス・センター長を務めた後、19年よりロンドンにてdentsu X Global CEOに就任。21年にビジネスプロデュース局長、22年に電通 執行役員に就任。24年よりdentsu Japan メディア・スポーツ/エンターテインメント プレジデントおよび電通 統括執行役員(メディア・コンテンツ)を兼務(現任) マーケティングの変化尾関:ここまで生活者の変化について話してきましたが、2つ目のテーマは「マーケティングの変化」です。クライアントが求めるマーケティングはどのように変わってきているのか、岩崎さんからご説明をお願いします。
岩崎:多くのクライアントが広告を「費用」ではなくて「投資」と捉えて、統合マーケティング戦略によって事業成長を目指す方向に動いています。そこでは、既存顧客のロイヤリティを上げていくことと、潜在層にアプローチして新たな顧客を獲得することが求められており、この2つをきちんと回していくことで企業の事業がおのずと成長していきます。そのためには、効率的なマーケティング投資という考え方が極めて重要です。既存顧客のデータ分析は、新たな顧客を生み出すためのターゲティングに活用されます。また、新規顧客のデータ分析により、ロイヤル顧客になる可能性を特定し、新たにLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)醸成に向けてさまざまなアクションを取ることができます。こういったサイクルをきちんと回せてこそ、事業成長に資するマーケティングということになると思います。 博報堂グループは、「AaaS(Advertising as a Service)」を掲げて「枠」から「効果」へというソリューションを提供してきました。メディア領域において、企業の事業成長に貢献するためには、従来のビジネスモデルから脱却しながら、効果をきちんと売り物としたビジネスモデルに変革しなければならないと考えたからです。AaaSはプラットフォーマーとも連携しながら、データクリーンルームなどを構築して、より投資対効果をきちんと可視化できるように進化させている最中です。 さらに、投資としての広告効果を最大化するために、メディア領域にとどまらずAI×データの統合マーケティングプラットフォームへの進化を目指して、統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM(クリエイティビティ エンジン ブルーム)」の提供を始めました。
中村:私からは二点お話しします。一点目は「マーケティングファネルの多様化、複雑化」です。かつてのファネルは認知・興味関心・検討・購買と、リピート・ロイヤルカスターマー化のデュアルファネルだったのですが、ECの進化とインフルエンサーや口コミが購買につながる大きなトリガーになるということで、ファネルの中でスキップやジャンプが起きていて、かつ、流通サイドのデータの充実、あるいはアプリを使ったプッシュ型のアプローチや、流通側にデータがたまってリテールメディアが進化している中で、ファネルが複雑化、もっといえば崩壊しているということなのかなと思っています。認知から購買までこういった複雑な状況だからこそ、一気通貫でPDCAを回せるようなデータの整備が必要になってくることを実感しています。 今後AIが発達していくと、エージェント機能やレコメンド機能でいきなり購買することもあると思いますし、Amazonプライムビデオから直接購買といったこともあるかと思います。結局はデータが重要で、どうやってアカウンタビリティを持って、クライアント企業に納得して投資していただくかが、われわれの日々の課題になっています。 リテール施策の強化ということでは、来年1月にグループ会社4社を統合し、プロモーション新会社を設立します。新会社の社長にはメディア領域とデジタル領域の両方に通じた人間を抜擢しました。これもデータの一貫性を重視しているということです。 二点目は「AIやデータテクノロジーの進化」です。かつてはグループインタビューなどで生活者インサイトを発見していたのが、今はAIと対話することによって発見することができ、クライアントのマーケティングプロセスが大きく変わり始めています。われわれも、大規模調査をもとに日本人1億人のペルソナを作るということを始めています。これが面白いのは、番組制作に使えるのではないかということで、放送局やコンテンツ制作者のお役に立てるのではないかと思っています。
マーケティングの変化に対応したメディア価値証明に必要なデータとは尾関:3つ目のテーマは「マーケティングの変化に対応したメディア価値証明に必要なデータとは」です。中村さん、いかがでしょうか。
中村:先ほどお話しした通り、トップファネルからリテールまでの一気通貫のデータが必要です。もちろんプライバシーの問題からつながらないものもあるのですが、AIの活用も含めて、各プラットフォーマーと協力してやっているデータクリーンルームも活用して、データをフュージョン(融合・統合)して埋めながら価値証明をしています。マスメディアが担っているトップファネルでのデータの重要性が今後ますます増していくと思います。 トップファネルに関しては、電通の「STADIA360(スタジア サンロクマル)」や博報堂の「Atma(アトマ)」といったテレビ受像機のログデータを活用して、放送にまつわるトップファネルのデータ不足を補っている状況です。ただ受像機データなので、中国製のテレビメーカーなど、データを収集提供していないメーカもあるので、そういった機器が増えていくと、データを取り続けられるのか?といった不安は残ります。 テレビの実証データ、機器データであるSTADIAと電通が保有する独自の生活者意識調査データを掛け合わせて生活者のプロファイル、メディア接触やスポーツエンターテインメントコンテンツの嗜好(しこう)性などを一気通貫に大規模データベースにしたのが8月に発表した「COSMOS DATA(コスモス データ)」です。これにより、大規模のシングルソースデータとして生活者の意識や行動習慣を分析することが可能になりました。
また、COSMOS DATAを活用してテレビの視聴状況を詳細プロファイルまでブレークダウンして可視化ができるのが「Rasta!(ラスタ)」です。これを使うと個人視聴率以上のユーザープロファイルがわかります。ローカル局やBSの番組、ミニ枠など、なかなか個人視聴率だけではセールスが難しい場合に使えるのではないかと思っています。 一方、そこに放送局のファーストパーティーデータがないのは残念です。業界としてのファーストパーティーデータの整備と活用を改めて目指すべき時期だと考えます。アメリカにおいて、リニア広告の収入や地上波由来の放送収入が成長し続けているのは、トップファネルの放送および放送由来のOTT(オーバー・ザ・トップ:インターネットを介して視聴者に直接提供されるメディアサービス)のファーストパーティーデータがあるからです。加えて、ウォルマートに代表されるリテールのデータが充実していますし、クレジットカードの使用データなどもデータとして販売されています。一気通貫のデータが充実していると、トップファネルの価値がさらに高くなるということだと思います。日本においては、放送局のリーチが本当はもっと価値があるのに、データがないがゆえに価値を証明しきれていないという可能性が大きいと思います。 さらに、いわゆるアウトサイドファネル、ターゲット以外へのリーチが実は潜在顧客層・無意識顧客層にとって大事であって、だからテレビは有効であるということを、改めて証明したいと思っています。これを可視化するためにもデータは大事だと思います。それ以外にも、熱狂を可視化する、モーメントを可視化する、ムードを可視化する、そういったことにもトライをして、コンテンツが生み出すマーケティングの価値をより正しく表現できるようにしたいと思います。 最近ではスポーツ協賛やコンテンツタイアップもデータの活用がかなり進んでいて、企業やブランドのパーパスやビジョン、もしくはマーケティングROIに対するアカウンタビリティが向上しています。コンテンツ価値の可視化のためにも、データとテクノロジーの活用は大事だということを繰り返しお伝えしておきます。
岩崎:テレビのビジネスは、もちろん強いマスリーチもありながら、データドリブンな個別最適化へ向かっていくと思います。そのためにはデータの拡充が最も重要な観点だと思っています。従来の視聴率データに加え、IDベースでの視聴ログ、ウェブ行動データや購買データなど、組織やプラットフォームごとに個別管理されているデータを統合して、視聴者一人一人の属性を高い精度で把握できれば、ターゲティング広告が高度化します。また、プログラマティックな取引により、最終的にプランニングから買い付けまで全て自動化することで、効率化と柔軟でスピーディーな運用ができますし、視聴率だけでなく、注視率やブランドリフト効果といった物差しを新たに示すことにより、既存CMそのものも価値向上ができるのではないかと思っています。 データドリブンな個別最適化を果たすうえで、博報堂には「HABIT(ハビット)」「Querida(クエリダ)」「Atma」といった各種生活者データが独自にあります。これらを放送局のデータと掛け合わせることで、さらにプランニングの精度が上がるのではないかなと思っています。また購買の部分で言うと、アマゾンの購買データをベースとしたAIペルソナ「Persona X」というサービスを開始しています。これまでの設計・調査・分析のプロセスを、このペルソナを活用することで大幅に短縮できます。
尾関:最後に、今回のフォーラムのテーマでもある「Next STANDARD」について、お二人の考えを聞かせてください。
中村:「データの一気通貫」「コンテンツ価値最大化」「系列でやるべきこと、エリアでやるべきこと」の3つが重要です。電通としては、メディアの協調領域と広告主利便性向上、その両方をお手伝いしていきたいと思います。ファーストパーティーデータをいきなりというのは難しいでしょうけど、TVer IDなど、やれることからやっていただきたいし、応援したい。
岩崎:目指したいのは、データとマスリーチの融合ということです。それがあってこそ、クライアントの事業成長とともに、われわれもWin-Winで成長できると思っています。とはいえコンテンツが「面白い」ことがまさに大事だと思っています。笑いだけではなく、知識を得る面白さ、正しく知る面白さ、熱狂を体験する面白さなど、多様な「面白さ」を提供できるのがやはり放送局なのではないかなと思います。
尾関:ビデオリサーチとしては、「拡(ひろ)がり」と「深さ」の関係が大切だと思っています。ここで「拡がり」とは、単にリアルタイムのテレビやタイムシフトのTVerということだけでなく、リテールメディアのインプレッションやOOHメディアのインプレッションまで含めて全体の拡がりを考えなければならない時代になるということです。「深さ」もそれに合わせて、いろんなものをやっていかなければいけない、いろんな広告主のニーズやKPIに合わせてやっていかなければいけない時代になりますので、ビデオリサーチとしても微力ながらそういったことを進めていきたいと思っています。