
情報があふれる現代において、広告が「伝わる」ためには、届けるタイミングを見極めることが、かつてないほど重要になっています。そのヒントとなるのが、生活者の感情や行動が自然と高まる「今、この瞬間」を捉える「モーメント」という考え方です。
企業の課題に寄り添いながら、社会との接点を生み出していくために、今回は「新聞広告におけるモーメント」に着目したコミュニケーションのあり方を探ります。具体的な事例として取り上げるのは、ユニクロが母の日・父の日に展開した新聞広告。
電通の服部展明氏は、新聞広告の現代的な価値を「モーメント」視点で捉えています。その服部氏と、ユニクロの広告を掲載した読売新聞の杉原太郎氏、そして、ユニクロのクリエイティブを担当した電通の井戸真紀子氏が、新聞広告における「モーメント・コミュニケーション」の可能性を語り合います。
(左から)電通・井戸真紀子氏、読売新聞・杉原太郎氏、電通・服部展明氏
「今、この瞬間」に届く。新聞特性を生かしたモーメント・コミュニケーションとは?
服部:モーメントとは、生活者の「~したい」や「~しなきゃ」という気持ちが自然と高まる「今、この瞬間」を意味しています。特定の商品やサービスとそのタイミングがうまく結び付くことで、購買や利用の意向が一気に高まる可能性があります。
私たちは新聞広告をはじめとする各メディアで日々クリエイティブに取り組んでいますが、その中でも毎日届く新聞はモーメント・コミュニケーションに非常に適した媒体だと感じています。新聞広告はかつて圧倒的なリーチ力を背景に存在感を発揮してきましたが、今は単に広く届けるだけでなく、「いつ、どんな内容を、どのように届けるか」が問われる時代です。その中で、新聞が持つ「タイミングを的確に捉える力」に注目することが、モーメント・コミュニケーションの本質だと考えています。

服部:私たちはモーメントという考え方を整理し、8つのカテゴリーに分類しています。たとえば、「ソーシャルアジェンダ系モーメント」には、3月8日の国際女性デーのように、社会課題への関心が一気に高まる瞬間があります。このようなタイミングに合わせて、企業がみずからの考えやメッセージを発信することで、読者の間やSNS上で共感の波が広がり、エンゲージメントの高いコミュニケーションを実現した事例がいくつもあります。
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杉原:最初にこのモーメントというテーマを伺ったとき、正直、通販やデジタル広告で使われる「マイクロモーメント」のような即時性の強い概念を想像していて、新聞広告とは少し距離があるように感じていました。でも実際に事例や背景を見ていく中で、新聞との親和性が非常に高いと感じるようになりました。
新聞には「トリガーモーメント」(ターゲットの購買意欲が高まる瞬間)を生み出す力があると思います。たとえば、記念日や節目のタイミングに掲載される広告が、読者の気持ちを動かし、行動のきっかけになる。こうした購買や行動変容を促すメディアとして、新聞は大きな役割を担っているのではないでしょうか。
井戸:新聞広告は、ただ情報を伝えるのではなく、世の中のムードが自然と盛り上がっているときに、「全国民ごと化」できる発信を行える。これが新聞の強みであり、広告主の皆さまにとってのチャンスでもあると考えています。
杉原:読売新聞としても、広告だけでなく、記念日や節目にふさわしい言葉の届け方を模索してきました。定期購読されている方に毎日届ける媒体なので、生活リズムの中に組み込まれていて、ある意味で情報を受信しやすい環境が整っている。そこに新聞広告がうまく機能することで、生活者の中に深く入り込める瞬間が生まれると思います。
服部:だからこそ、どんなモーメントがあるのかを体系的に整理し、それぞれの企業の課題やタイミングに合わせた最適な打ち出し方を、新聞メディアの皆さんと一緒に考えることが大事だと思っています。

新聞広告からユニクロ公式SNSアカウントで過去最高のインプレッション数を獲得。ユニクロ「母の日・父の日」キャンペーンの舞台裏
服部:ここからは、新聞広告におけるモーメント活用の具体例として、「キズナ系モーメント」を捉えたユニクロの「母の日・父の日」キャンペーンをご紹介します。初めて知る読者の方もいるかもしれないので、まずはクリエイティブ・ディレクターを務めた井戸さんから概要を話してもらえますか?
井戸:この取り組みは、母の日・父の日の数日前に新聞へ広告を掲出しており、今年で4年目を迎えました。最初にユニクロからご相談いただいたのは、母の日・父の日のギフトとして、ユニクロの商品がなかなか選ばれにくいという課題でした。そして限られた予算の中で、日本中のお客さまにユニクロの広告を届ける必要があると。その手段として提案したのが、新聞広告を起点に話題を広げるというものでした。
新聞は読者への直接的なリーチだけでなく、SNSでの拡散やテレビなど他メディアへの波及効果が見込めます。すでに好事例もたくさんありましたので、クライアントの皆さまにもすぐご快諾いただきました。
初年度は、マンガ「あたしンち」のお母さんを起用。「本当は母の日のプレゼントを楽しみにしているけれど、子どもには『いらない』と言ってしまう」――そんな母の本音を描いた4ページの新聞広告が、大きな話題を呼びました。(関連記事はこちら)

服部:毎年、とても反響が大きい企画ですよね。今年の展開についても教えてください。
井戸:今年は、お笑い芸人のダイアン・津田篤宏さんとお母さまを起用しました。広告の内容は、「親不孝者ものですいません。」というキャッチコピーとともに、津田さんがお母さまに対して照れながら感謝の気持ちを伝えるもの。実は当初、新聞広告のみでの実施予定だったのですが、ユニクロの担当者の方から「広告の内容をフィクションにはしたくない」という意向をいただきました。そこで、津田さんに実際にユニクロの商品からプレゼントを選んでいただき、それをお母さまに贈るまでの過程をドキュメントとして撮影。ユニクロのオウンドメディアにも掲載する立体的なキャンペーンとして展開しました。
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杉原:津田さんとユニクロの組み合わせは、「水曜日のダウンタウン」の「名探偵津田」を見ていた方にとってはすごく刺さったんじゃないでしょうか。私も番組視聴者の一人だったので、新聞広告を見た瞬間に大笑いしました。実際に知人から「津田さんが読売新聞に出ていたね」と声をかけられることもけっこうありました。津田さんのお母さまも番組に出演されていたので、新聞広告とテレビ番組の連動性にも深みがありましたよね。
井戸:津田さんのファンの方々にとっては、新聞というメディアに起用されていることが、うれしかったようです。SNSでも「新聞に津田さんが!」という投稿が多く見られました。4年前のあたしンちのときから感じていましたが、「◯◯が新聞広告になった」ということ自体もニュースになり、ファンやテレビやウェブなどのメディアが話題にしてくれる。これは新聞が歴史ある、格式の高いメディアだからこそ生まれる反響なのかなと思っています。
杉原:実際に読者の方から多くの声が寄せられました。「母の日はカーネーションが定番ですが、服というのもありだと思いました」「母の日だから贈り物はカーネーションだけじゃなく、いろんな選択肢があっていいんだと示してくれる広告だと思った」といった感想に加え、「興味を持ち、『ユニクロ 母の日』で検索した」「母の日でユニクロを利用する考えはなかったが、検討したいと思った」など、行動変容につながる反応も見られました。
井戸:SNSでは、広告のボディコピーへの反応も印象的で、「泣きました」「母のことを思い出して、今年はプレゼントを贈ろうと思いました」といった声も多数投稿されていました。新聞というメディアが、広告のメッセージも「読み物」として受け止めてもらえる場であることを、改めて実感しましたね。
服部:「文字を読み込む」という体験が根付いているメディアならではの反応かもしれませんね。
杉原:父の日の広告も素晴らしかったですね。特に、津田さんが紙面のすみに小さく体育座りしているビジュアルにはクスッとさせられつつも、父親としての切なさもにじんでいて。新聞のスペースの使い方が秀逸でした。

井戸:今年は、母の日が華やかな展開だった分、あえて父の日は抑えた表現にしています。そうすることで、母の日とはまた違うかたちで新聞広告を楽しんでいただけるのではないかと考えました。今年の母の日父の日の施策は、ユニクロにとってオウンドメディアの反響、ビジネス成果ともに、とても大きかった年だったと伺っています。

SNSとの連動で拡張する、新聞広告の価値
井戸:ユニクロの母の日・父の日の広告に限らず、新聞広告が出た当日は、朝からSNSの動きをずっとリサーチしています。読者の方が朝新聞を開いて驚き、すぐに写真を撮って投稿してくださる。その投稿を見ていると30〜40代の方が多く反応してくれており、少し意外な印象を受けました。
杉原:新聞広告の価値を拡張してくれているのが、まさにSNSの存在だと思います。拡散によって読者以外の層にも広告のメッセージが届くようになりました。たとえば津田さんのファンの方が、SNSで津田さんが新聞広告に出ていることを知り、親が購読している新聞を見て写真付きでシェアしてくださる。そのように、拡散された投稿を見て、直接の読者ではない方が「津田さんが出ている!」と気づいて広告に接触し、さらに拡散してくれる動きも増えています。こうした背景から読売新聞では「よみバズ」というサービスを展開し、そうした新聞広告の効果を可視化する試みも行っています。
井戸:思わず撮ってシェアするという「起点」の数と質が、SNS上での広がりに直結しているんですよね。
服部:本当に、SNSと新聞の相性は抜群ですよね。紙面の写真をパッと撮ってすぐ投稿できるという意味で、非常に「起点になりやすい」構造を持っていると思います。情報が爆発的に増え続け、多くの情報がスルーされがちな今の時代においては、言わずもがなですが、いかに「気になるか」が重要です。ただ派手なビジュアルを出せばいいということではなくて、そこに生活者の意識とシンクロする「気分」や「興味の入り口」があるかどうかが鍵になる。
「母の日にプレゼントを贈ってみませんか?」という広告は、そのタイミングだからこそ届く。世の中が自然と「母の日モード」になっている中で、ぴったりのメッセージが投げかけられるから、スルーされずに受け取ってもらえるんですよね。
杉原:新聞は、まさにそうした気分とタイミングが交わる瞬間を捉えるのに適しているメディアだと思います。読者の多くは日々の習慣として紙面を開きますし、そこにある情報には、一定の信頼感とともに「今、伝えるべきこと」としての価値があると捉えてくださっている。だからこそ、広告もただの販促ではなく、今この瞬間に届けるべき言葉として届きやすいのではないでしょうか。
服部:新聞の「即時性」って、ネットの速報性とはまた違った意味での価値があると思うんです。たとえば、気温が急に上がったとか、社会的に大きな出来事があったとか、そういう空気の変化を読み取り、今このタイミングでこういうメッセージを発信しようという判断ができる。それは、ジャーナリズムを基盤に持つ新聞ならではの強みだと思います。
社会と企業の“今”に寄り添い続ける。新聞広告×モーメントの可能性と役割
服部:ここまでのお話を踏まえて、モーメントという観点で読売新聞が取り組んできたこと、そして今後どう向き合っていくのかを教えてください。
杉原:新聞というメディアは、記念日や周年といった社会的な節目に寄り添いながら、長年にわたりトリガーモーメントを生み出してきました。たとえば当社では1914年に「よみうり婦人付録」を掲載して以来、女性向けの情報発信を継続し、近年は国際女性デーに合わせた編集・広告の取り組みも強化しています。
防災分野では、情報サイト「防災ニッポン」を展開し、防災の日に紙面広告を通じた意識喚起を行っています。今年の大阪・関西万博では、新聞社としては唯一のシルバーパートナーとして参画し、特集広告や現地企画を通じて発信を続けてきました。
実は1970年の前回の万博でも、統一マークの世界公募を読売新聞で主導するなど、全国的なイベントにおけるモーメント設計を担ってきました。こうした歩みを振り返ると、私たちは一貫して社会課題や関心に応じた「ソーシャルアジェンダ系モーメント」を提示してきたのだと感じています。
ただ一方で、昨今はメディアの選択肢が増え、相対的に新聞の影響力が下がっていることも否めません。だからこそ、私が所属するイノベーション本部やYOMIURI BRAND STUDIOでは、読売新聞グループが持つ多種多様な企業群のリソース、たとえば日本テレビ系列各社やよみうりランド、読売巨人軍などや、社外のパートナーとも共創しながら、より立体的なモーメントづくりに取り組んでいきたいと考えています。

服部:新聞社は、日本の文化を育ててきた存在ですよね。スポーツのプロリーグ設立に貢献したり、世界的なアーティストの音楽イベントを手掛けたりと、さまざまなジャンルで文化を盛り上げ、その成長をサポートし続けてきた。そうした日本の文化醸成をリードしていけるだけのリソースとネットワークをお持ちであることが、改めてよく分かります。
杉原:ありがとうございます。ただ、それが過去の話にならないようにすべきだと考えています。時代に合わせて役割のかたちをアップデートしながら、今の読者や生活者にとって魅力的なコミュニケーションをどう設計していくか。そこに本気で向き合っていきたいと思っています。ですから、今回、モーメントという切り口で新聞広告を再定義していただいたことは、私たちにとっても非常にありがたい機会でした。
服部:私自身も、最近の新聞広告を見直してみて、実に多様なモーメントがあることを実感しました。同時に、今の社会には多くの課題が山積みで、必ずしも楽観的な時代ではないと思っています。そうした中で、企業に対しても社会とどう向き合うのかという姿勢や、責任が強く問われるようになっています。
だからこそ、自社のあり方や価値を生活者にしっかりと伝えていく。そのための発信の場として、新聞広告のような歴史・信頼があり、何より時代の空気にずっと寄り添ってきたメディアが果たせる役割は今後ますます大きくなるのではないかと感じています。
電通でも、「商品を売る」という直接的なゴールだけでなく、「企業価値を高めたい」「自社の理念を社会に理解してほしい」「未来への方向性を明確にしたい」といった、より本質的なコミュニケーションのご相談が増えています。そうした企業の思いや目指すビジョンを、どのタイミングで、どんな言葉で世の中に届けるか。その問いに答えていく上でも、新聞というメディアは非常に頼もしいパートナーだと考えています。
杉原:今回、整理していただいた「8つのモーメント」は非常に実用性が高く、現場でも活用させていただいています。企業の周年、社会的なイベント、時事性の高い出来事など、日々の生活の中には必ず伝えるべき瞬間が存在していて、それをきちんと捉えることで新聞広告の価値はまだまだ高まると感じています。今後も、そうした可能性に積極的にチャレンジしていきたいと思っています。