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未来の難題を、こう解いていく by Future Creative CenterNo.21

「プレゼントはいらないからね。」話題のユニクロ母の日父の日広告の裏側

2022/08/17

電通のクリエイティブ横串組織「Future Creative Center(FCC)」は、広告の枠を超えて、未来づくりの領域をクリエイティビティでサポートする70人強による集団。この連載では、「Future×クリエイティビティ」をテーマに、センター員がこれからの取り組みについて語ります。

2022年の母の日、読売新聞に掲載されたユニクロの新聞広告が注目を集めました。そこに込められていたのは、母は本当はプレゼントを楽しみにしているけれど、子どもには「いらないよ」と言う、そんな母の本音を捉えたメッセージです。

新聞広告としては異例の「4連広告」という形を取り、広告に描かれた本音を隠しきれないお母さんの姿が話題に。さらにこの広告は父の日ともセットになっており、約1カ月後には“アンサー”のような父の日向けの新聞広告も登場しました。

これらに携わったのが、電通FCCの井戸真紀子氏(クリエーティブ・ディレクター/プランニング・ディレクター)と、玉置太一氏(アートディレクター)。このアイデアが生まれるまでに、どんな道のりがあったのでしょうか。2人の話をもとに、制作の過程を振り返ります。

井戸氏、玉置氏


母の日広告1
母の日広告2
母の日広告3
母の日広告4

「母の日が特別なイベントになりすぎている」。デプスインタビューから日本の母の日とユニクロの課題を発見

――どんなきっかけでこの広告プロジェクトが始まったのでしょうか。

井戸:母の日・父の日に向けて、ユニクロからコミュニケーションのご相談を頂いたのが始まりです。そのときに語られた課題感が、「母の日・父の日ギフトの選択肢として、ユニクロが選ばれにくい」というもの。限られた予算の中で、ユニクロがギフトの選択肢に入るような、投資対効果の高いプロモーションを実施したいというお話でした。

まずは母の日が先に来るので、そもそも母の日のギフトについて、調査を行うことに。SNS分析やデプスインタビューを行いました。

実際に調査すると、母の日に悩んでいる人の多いことがわかってきたんです。「せっかくなのでいわゆるプレゼントっぽい、非日常感あるものを贈りたいけど、いいものが思いつかなくて悩む」という声や、「本当は毎年やりたいけど、お金に余裕がない時は何もしない年もある」など。

そこで感じたのは「母の日が特別なイベントになりすぎているのでは」ということでした。特別になりすぎて、逆に感謝を表現しにくくなっている面もあるのではと。

そして、非日常感あふれるギフトを贈らなければいけない日の選択肢として、ユニクロは少し物足りないものに見えていることを発見しました。

玉置:そしてそれは、母の日のギフトとしてユニクロを連想しにくい原因になっているといえます。それならば、ユニクロの商品に絡めた広告を作るのではなく、視座を上げて、母の日をもっとカジュアルに「気軽に感謝を伝える日」として提案する広告にしようと。これはこの後に続く父の日の広告も同様です。

井戸:それができれば、母の日・父の日に人々が抱えている心の課題を解決し、ユニクロのビジネス課題も解決することになる。そう考え、この広告で目指すゴールに据えたのです。

お母さんのデザインに込められた「本当にすり寄ってくる体験」の工夫

――実際に作られた新聞広告では、「あたしンち」のキャラクター・お母さんが「プレゼントはいらないからね。」と言いながらすり寄ってくる様子が描かれています。このアイデアはどんなふうに生まれたのですか。

井戸:チームでブレストをしているとき、みんな「お母さんって『プレゼントはいらない』って言うよね」と話していたんです。でも、私自身3人の子がいる母親ですが、「いやいや、そう言うけど、子どもからのありがとうはうれしいからこそ、本当は楽しみにしているんだよ」と話して(笑)。

玉置:さらにいろいろなアイデアを考える中で、コピーライターが持ってきた案の中に、母親の「いらないよ」というセリフの“てにをは”違いがあって。リモート会議だったので、スライド上で同じようなセリフが2回3回と繰り返されて、それが動画的に面白かったんです。で、みんなでこれをもとに、同じ言葉で何度も断りながら、欲しがる感じで寄ってくるアイデアが出てきました。

井戸:何か1つのアイデアで決まったというより、チーム全員が出したアイデアが少しずつ転がってたどり着きましたね。

――制作する上で、特に注力したポイントはありますか?

玉置:デザインとしては、めくるたびにお母さんがどんどん寄ってくるのが面白いところなので、本当に読み手の方に近づいてくる体験をさせたいと思いました。なので、広告枠そのものを徐々に大きくするだけでなく、お母さん自身も画角の中でどんどんアップにしました。

そのほか、新聞の読み手とキャラクターの目が合うようにカメラ目線で。また、4つの絵を見ると、お母さんの頬の赤さや眉毛など、表情が少しずつ変わっています。これらによってリアリティが出て「近づいてくる体験」が強くなると思ったからです。そういったリクエストを原作者のけらえいこさんに伝えて、今回すべて書き下ろしていただきました。

井戸:もうひとつ、この広告で大切にしたのが4ページ目のボディコピーです。

今回のゴールはあくまで「母の日がカジュアルになり、ありがとうを気軽に伝えられるようになること」だったので、その想いをボディコピーに込めました。このコピーに対してもSNSの反響が大きくてうれしかったですね。

また、仮に1枚広告で同じ言葉を載せてもここまで届かなかったかもしれません。お母さんがすり寄ってくる過程があってからの言葉なので、より伝わったのだと思います。

母の日クローズアップ

――公開後の反響について、印象に残ったことはありますか。

井戸:Twitterでは延べリーチ数が2760万インプレッション、最も拡散したツイートは24万いいねがつきました。また、この新聞を欲しがる人も多く、メルカリに多数出品されて売り切れに。意外な反響に驚きました。

存在感が薄くなりがちな父の日。父の日広告の無数の点に載せた想い

――そして6月15日の読売新聞には、4日後の父の日に向けたユニクロの新聞広告が掲載されました。こちらについても教えてください

父の日広告

井戸:母の本音をテーマにした広告に反響をいただいたので、父の日も「父の本音」をテーマに設定しました。でも、お父さんの本音は、お母さん以上によく分からなくて。

そこで、今度はもらう側のお父さんにデプスインタビューを行ったんです。そこで出たのが「母の日が先に来る分、つい比べてしまう。母の日のように盛り上がらないのではないかという不安がどこかにあり、考えないようにしているんだ」と。

玉置:母の日が先に来ますし、盛り上がりもそちらに寄りがちです。父はそれを気にしていないようで気にしている。その構図をエンタメ化できないかと。そこで、寝そべっている父が、先ほどの母の日の新聞広告を眺めながら、気にしていない素振りでいる内容にしました。

「気にしていないけど」の後に続く無数の点は、お父さんの強がっている様子を表現しています。ただし、よく見ると点の中に文字が書かれていて、つなげるとこんな文章になっています。

父の日クローズアップ

というのは嘘だ。心の中ではちょっと意識している。
どうも父の日は母の日に比べて忘れられがちな気がして不安だ。
子供たちよ、どうか察してくれないか。
感謝されるような姿を見せられている自信はないけど、
父は君たちのことを愛している。これは心からの本音です。
井戸:「気にしていないようで、気にしている」という父の思いは、決して父の日だけのことではありません。子どもへの想いにも通じます。デプスインタビューで感じたお父さんの子どもへの想いもこのコピーに込めました。

玉置:制作する上でこだわったのは、点の中の文字の見え方です。パッと見は普通の点に見えるけど、よく目を凝らすと文字に気づく。そのちょうどいいバランスを探しました。

井戸:点の中の文字の大きさについては、玉置くんがびっくりするほどの量を検証してくれました。

玉置:最初は「母の日に続いて父の日もユニクロの広告きたぞ」と話題になり、その後しばらくして「点の中に文字が書いてある」と反応してくれる人が出てきて。同じチームのコピーライターは「2段階ロケット方式」と呼んでいましたが、うまく盛り上がりが作れてよかったです。

プロジェクトを通して考える、これからの広告コミュニーションについて

――今回の仕事を通して、広告へのアプローチとして大切だと感じたことはありますか。

玉置:僕が感じたのは、視座を高くすることです。広告はもともと新しい文化や価値観を作ってきましたが、最近は世の中の流れが速くなり、むしろSNSで流行したものを広告が後追いすることも増えています。それは広告会社にいる身としてさみしく感じていて、難しいことだと思ってますけどやはり世の中が湧くような広告を作りたいと思っています。

そのために大切なのは視座を上げることがひとつあると思っていて、今回の広告も単純に商品を宣伝するのではなく、視座をあげて母を応援する形になりました。例えばこういうことがもっとできれば、見た人が面白がってくれるものも増えていくのかなと思っています。

視座を上げるためには「なぜやらないといけないか」を繰り返すことが大切だと感じています。商品を売るための広告を作るにしても、なぜこの商品を売らないといけないか、なぜこの商品が世の中にないといけないのか、突き詰めていく。すると例えば、なぜこの会社があるべきかという企業の存在意義にまで行き着くこともあります。でもそこに触れる広告は、見る人にとってはわかりやすいし、事情を押し付けられている感じがしない広告になるのではないでしょうか。

井戸:私はもともとマーケティング局だったので、その頃からターゲットのインサイトを探す仕事を多く経験してきました。

最近、インサイトの見つけ方を聞かれることが増えたのですが、その方法はデプスインタビューやブレストで誰かがぽろっと漏らした言葉を捕まえるなど、マーケティング局にいた頃から実は変わっていません。ただ、データ分析が浸透し、データで分かることが増えると同時にデータだけで分からないことも明らかになりつつある今だからこそ、その価値が再浮上しているのかなと感じています。

今後も、今まで培ってきた「言語化されていない『人や社会のありたい未来』を見つけ出す力」と、進化する「電通クリエイティブの力」を掛け合わせて、さまざまな領域の仕事にチャレンジしたいと思っています。

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