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ブランド再構築の決め手は3つの視点。タイのウェルネス市場参入のヒント

矢野 賢司

矢野 賢司

Dentsu Thailand

世界各国に広がる電通グループの現地拠点では、生活者のインサイトに根ざした提案や、ローカル企業・日系企業との共創が日々行われています。本連載では、各地でビジネスをリードするグローバル駐在員の視点を通じて、地域ごとの市場特性や日本企業進出のヒントを紹介します。

第2回は、ASEANの中で日系企業の進出が最も多いタイに注目。健康や美容意識の高まりによりウェルネス市場が急拡大する同国で、健康食品などを展開するサントリーウエルネスのリブランディング事業を担当したDentsu One Bangkokの矢野賢司氏に話を聞きます。競争が加速するタイにおいて、日系企業が直面するブランディングの課題と、共創を成功させるためのポイントについてお話ししていただきました。

モノではなく「体験の質」重視へ──タイ生活者の驚くべき変化

──はじめに自己紹介をお願いします。電通タイランドではどのような仕事をされているのですか。

矢野:Dentsu Thailand Group(以下、電通タイランド)は、2024年に50周年を迎え、電通グループの中で最も長い歴史を持つ海外拠点の一つです。現地採用を含め、総勢1000人弱の社員を擁します。電通タイランドは、クリエイティブやメディア、顧客体験デザイン、データ・テクノロジー、AI領域のプロフェッショナルが結集し、ワンストップでの統合ソリューションをクライアントに提供しています。

また、1年前からはクライアントのバリューチェーンにおける多様な課題を解決するため、事業変革や組織変革を支援するBX(ビジネストランスフォーメーション)や、スポーツ&エンタメコンテンツを通じてクライアントの収益拡大や社会課題を解決する、という取り組みにも着手しています。

私は、その中でもクリエイティブ領域を統括するDentsu CreativeのDentsu One Bangkokというチームを率いています。主な業務は、顧客である日系企業やタイの現地企業に対するマーケティング領域のサービス提供です。ブランドの戦略立案やクリエイティブの企画・制作、イベントなどのアクティベーションはもちろん、メディアプランニング、PR戦略立案や実施についても、当グループ内のリソースを統合して多角的なソリューションを届けています。

――現在のタイ市場は、どんな特徴がありますか。

矢野:日本人や日系企業にとっては古くから親しみ深い国の一つであるタイですが、経済状況としては、先進国の仲間入りをなかなか果たせていません。というのも、政治状況、国際情勢不安などの影響を受け、農業、観光、外資という3つの大きな収入源は、いずれも安定性を欠いているのです。2026年のGDP成長率も1.6%(世界銀行発表)と予測されており、全体的に停滞しているように見えます。

一方で、この数字の裏側、つまり現場で起きているのは「消費の質の高度化」です。ただモノを買う時代は終わり、SNS上での自己表現や、自分の価値観に合うかどうかを重視する、非常に成熟した生活者が増えています。円安・バーツ高の影響で日本を訪れるタイ人が増えたことからも、生活者としての目が肥えていると言えます。

今のタイは、単なる「中進国の中核」ではなく、日本と同じか、それ以上に「体験の質」が問われるマーケットになっていると実感します。

――具体的にどのような生活者行動やマーケットの変化に注目していますか?

矢野:タイ国内には、新しいショッピングモールやレストラン、カフェが毎年のようにオープンし、街中には巨大な屋外広告やLED広告も数多く見られ、活気にあふれています。オシャレに気を使う現地の人々が、フォトジェニックな場所でSNS用の写真や動画を撮影するといった光景も日常的によく見られます。

こうした「今のタイ人が何に心を動かされるか」というリアルなインサイトを、独自の調査データとリアルな声でつかむのが私たちの仕事です。そうしてキャッチした「進化した本音」を、クライアントビジネスの次の一手へとつなげています。

賑やかなショッピングモールの様子

成長中のウェルネス市場で挑む、ブランド再構築プロジェクト

――ではここから、電通タイランドが携わったサントリーウエルネスのブランディング事例についてお聞きします。どのような経緯で本プロジェクトが始まったのですか。

矢野:2024年、サントリーウエルネスはタイの健康食品メーカーであるNBD Healthcareを買収しました。NBD社は、タイを中心とする東南アジアのサプリメント市場、スキンケア市場において数々のブランドを展開している企業です。この買収に伴い、同社のブランドポートフォリオの再構築が必要となりました。

このプロジェクトにおいて最大の課題は、「個別に存在している多くのブランドをどう整理し、どう未来へつなげるか」ということでした。そこで私たちは、東京を拠点とする電通とdentsu APAC、タイ現地の力を結集して一つのチームを作り、ブランドの「軸」を再構築することにしました。

東京の電通チームは、日頃からサントリーウエルネスと向き合っています。そこにブランドコンサルのエキスパートとして、さまざまなクライアントの課題解決に尽力してきた森上拓さん(Integrated Strategic Partner)がいるdentsu APAC、そして現地市場に精通する電通タイランドのプランナーチーム。三者が一体となって、俯瞰(ふかん)的にも、マーケット視点でもしっかりと網羅できるチームが組成できました。

日系クライアントの海外マーケット新規参入のヒント#2 タイのウェルネス市場
店頭に並ぶ商品の数々

――どのようなプロセスでブランドの「軸」を再構築していったのですか。

矢野:まず着手したのは、現在のブランドのポジショニングを明確にすることです。生活者やサントリーウエルネスの関係者に、ブランドの「ありたき」姿や目指す方向性を丁寧にヒアリングし、ワークショップを通じてステークホルダーが描くゴールイメージを形成しました。そして、現在の市場の競合環境や将来的な生活者ニーズ、トレンドなどをあぶり出すことによって、ユニークで強い、独自のポジショニングを提案していきました。

ただ「生活者」と一言でいっても、クライアントであるサントリーウエルネスにとっては、ユーザーとしての生活者もいれば、販路に介在するドラッグストアなどの売り場や卸の方々もいます。そのため、生活者の将来的な需要予測だけでは、市場ニーズを十分に捉えることはできません。

あらゆるステークホルダーが持つブランド認知や、ありたきブランドの姿を多面的に分析して、納得のいく、独自で強いブランドポジショニングを構築していくことが求められるわけです。

――単に数多くのブランドをまとめるだけでなく、サプライチェーンに関わるさまざまな視点を取り入れながら、一つの軸を形成していったのですね。

矢野:このプロジェクトが成功した理由は、3つの異なる視点を一つに編み上げたことにあります。

東京(電通)のチームが、サントリーが長年大切にしてきたブランドの「魂」(=ビジョン・バリュー)を軸に、ブレない「芯」(=コアの価値)を構築。そこにAPACチームが、アジア全体のトレンドを見据え、アジア各国での成功事例や失敗事例をベースに、ブランドをどう整理すれば効率的に成長できるか、市場を勝ち抜くための「勝てるフレームワーク」を構築。さらに、タイ現地のプランナーが、「今のタイ人の本音と建前」や「売り場の棚で商品がどう見えるか」というリアルな感覚をぶつけることで、戦略を形にしました。

リブランディングにおける3つの視点の連携

ただ傘下ブランドの名前を整理するのではなく、こうした多角的な視点で議論を重ねたからこそ、現場の売り場の方々から本社の経営層まで、全員が「これだ」と思える納得感のあるポジショニングができたと思います。

そして約半年の伴走を経て、ブランドのポジショニングやコンセプト(アイデア)、エッセンス(コアの価値)、意義、役割、パーソナリティなどを盛り込んだブランドプラットフォームが完成しました。この「ブランドのバイブル」は、今では現場の方々が迷ったときに立ち返るのに欠かせない存在です。

日系企業がタイ市場で再びプレゼンスを示すためのヒント

――本プロジェクトを通して、改めてどんな点で電通タイランドの強みが発揮できましたか。

矢野:電通タイランドは、タイにおいて50年以上にわたり日系やローカルのクライアントと向き合ってきました。その長年にわたる実績と経験によって蓄積してきた現地のマーケットインサイト、いち早く捉える生活者やトレンドの変化をマーケティング活動に活用いただくことが、私たちの基本的なミッションです。

当社は、テレビCMやネット広告を作るだけの会社ではありません。私たちの強みは、タイの生活者をどこよりも深く理解し、それをクライアントの「商売の成長」に直結させることです。

AI時代になり、便利なモノがあふれる今だからこそ、ブランドには「この会社が好きだ」「これなら信頼できる」と思わせる力が不可欠です。そのためにも私たちは、戦略を練るだけで終わらせません。最後にお客さまの手に商品やサービスが届く瞬間、スマホの画面でどう見えるかまで逆算して、今のタイに最もフィットする「手触り感のある形」に仕上げます。50年の歴史に裏打ちされた「地道に積み上げられた現場感覚」と、最新の「未来予測」を両立できることが、私たちの最大のケイパビリティだと考えています。

広告会社としての領域を超えて、IGP(Integrated Growth Partner:広告やマーケティングにとどまらない広い領域から顧客の持続的成長を支援し、社会の活性化に貢献するパートナー)としてクライアントのバリューチェーン全てに寄り添い、課題解決を目指していく。それが今の電通タイランドの姿です。

電通タイランドでの打ち合わせの様子

――最後に、これからタイへの進出を検討している日系企業に向けてメッセージをお願いします。

矢野:さまざまな報道にもある通り、タイにおける日系企業やブランドのイメージは、中国企業の進出に伴い、圧倒的な物量に押され始めている面もあるかもしれません。しかし、日系ブランドが長年にわたり築いてきた「信頼」や「質の高さ」は、今も圧倒的な武器です。

大切なのは、その強みを今のタイの空気感に合わせて「正しく翻訳」して伝えること。自分たちのコアをアップデートした企業は、このマーケットで確実に勝ち残っています。日系ブランドが持っている強みやコアは何かを問い直し、自信を持って内外に表現していくことこそが、強く求められているのだと思います。

今回のプロジェクトと同様のケースは、B to Bや金融系のクライアントでも実施しています。これらのケースで蓄積された知見やノウハウは、海外マーケット進出を考えている日系企業にとってきっと役に立つはずです。

私たちはブランドの伴走者として、日系企業がタイで圧倒的な存在感を示すための力になりたいと考えています。

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著者

矢野 賢司

矢野 賢司

Dentsu Thailand

Dentsu One Bangkok

マネージング・ディレクター

電通入社後、メディア部門・営業部門を経て、タイ、フィリピン、中国で日系クライアントの営業を担当。2024年4月より現職としてタイに再赴任し、Dentsu One Bangkokのチームを率いて、日系・ローカルクライアントに対して、クリエイティブ領域をはじめとする統合的マーケティングソリューションを提供している。

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