技術者の4割が「広報と連携できていない」。技術広報の課題と処方箋
・技術広報とは?
自社の持つ「技術」についての企業コミュニケーション、特に対外情報発信のこと。
技術部門と広報部門が連携し、自社技術を適切に対外発信することは、企業経営において非常に重要な意味を持ちます。
本連載では、経営視点とアカデミズムの双方を意識しつつ、「技術広報」について考察していきます。
第1回となる今回は、電通PRコンサルティング/企業広報戦略研究所 上席研究員の中憲仁が、経営層、広報部門がコーポレートコミュニケーションとして押さえておくべきポイントと、実施した「技術広報に関する実態調査」の結果から、課題への対処の考え方をご紹介します。
今、技術広報を取り上げる3つの理由
このテーマを取り上げる背景として、3つの理由があります。なお、この記事でいう「技術者」には、開発部門や基礎研究に携わる研究者も含みます。
- 技術者不足……人手不足が加速するなか、社会インフラを支えるエッセンシャルワーカーとしての技術者不足も深刻さを増している
- 人的資本経営の必要性……「技術者」をマネジメントする上で、短期的な「経済価値」とあわせて、長期的な「社会価値」の視点に立った人的資本経営が求められている
- 企業と社会の関係変化……「技術広報」の役割が、マーケティング効果を期待した発信にとどまらず、発信によって技術者・研究者のモチベーションに寄与するといった組織エンゲージメント強化も含めた戦略を求められている
経営層に求められる“技術広報の目詰まり”解消マネジメントとは?
従来の技術広報は、収益性アップといったマーケティング効果を期待した、対外的な「製品PR」に近い位置づけでした。しかし今、その役割は「企業価値そのもの」を左右する段階に来ています。
象徴的なのが、東京証券取引所によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ(※)企業への注意喚起です。一部の上場企業に対して、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」と題し、「企業の活動が市場に十分理解されていないことで、市場評価につながっていない」として、その改善を2023年3月から継続して促しています。
※PBR1倍割れ企業=株価純資産倍率1倍未満、つまり株式の時価総額(市場評価)が純資産を下回っている企業のこと。資本効率(ROE)が低く、成長期待や流動性も低い。特にBtoB国内企業においては、「技術」バリューチェーン(顧客価値→市場機会→競争優位→収益貢献)が理解されておらず、PBRが1倍割れを起こしている可能性を市場関係者から指摘されている。
また、経営者には、株主に対して「技術」を「経済価値」と「社会価値」の両面から一貫して説明することに加え、「人手不足」への対処として、技術者の「モチベーション」や「パフォーマンス」を踏まえたマネジメントが求められています。

企業広報戦略研究所[2020]「新・戦略思考の広報マネジメント」(日経BP社)では、一橋大学経営管理研究科CFO教育研究センター長の伊藤邦雄先生にインタビューをしています。その中で、伊藤先生からは、「経営戦略と人事戦略がうまくつながらないのはよくある話」とした上で、「統合思考で広報がリーダーシップを発揮すべきだ」との指摘がありました。
しかし、筆者が広報担当者と話す中で感じるのは、広報のリーダーシップ以前に「広報の社内ポジションが弱すぎる」ということです。この点を経営層と広報が理解し、一枚岩で対処してこそ、社会価値と経済価値が一体化し、企業価値につながると考えます。
何よりも、まずは「企業価値として顕在化していない技術が、自社内に埋まっている」可能性を理解することが重要です。
そして、「技術」における自社の企業価値創造サイクルの中で、“課題=目詰まり”がどこにあるのかを突き止め、その解消に向けた指示をトップダウンで行う必要があります。
その上で、広報がこの目詰まりを認識し、現場へのヒアリングや、社会課題起点での自社技術の再定義、「社会価値」文脈でのストーリー構築などを通じ、「技術」に関わるコミュニケーション全体の方向性を決めることが重要になります。
技術者の4割が“広報と連携できていない”と感じている
こうした目詰まりの実態に着目し、仮説を立案しました。
・仮説:技術者は広報部門に対して、3つの壁を感じている
- 連携の壁:広報部門と、技術者が所属する研究開発部門・事業部門との間にコミュニケーション上の障壁がある
- 理解の壁:広報が自分たちの技術・研究に関する取り組みについて十分に理解していない
- イメージの壁:広報部門に対して「保守的」というイメージを持っており、情報発信にも課題がある
電通PRコンサルティングではこの仮説をもとに、技術部門に所属し、外注先などを選定する意思決定者でもある技術者500人を対象に、「技術広報に関する実態調査」を実施。組織行動論(※)の観点から分析を試みました。
※組織行動論=経営学の一分野として組織における人や集団の態度・行動がいかなる要因でなぜ生じるかという、因果関係を解明しようという試み。
電通PRコンサルティング:技術者500人を対象にした技術広報に関する実態調査
https://www.dentsuprc.co.jp/releasestopics/news_releases/20251224.html
実態調査からは、「連携できている」との回答が56.0%、「技術者と広報が相互理解できている」との回答は53.4%でした。つまり「連携できていない」「相互理解できていない」も4割以上にのぼり、広報との連携不足を感じている技術者が多いことがわかりました。
また、広報に対して「保守的」と回答した技術者が6割弱を占めており、イメージの壁も見られました。

自分たちは伝えたいことがあるのに言わせてもらえない、広報はリスクを気にして発信に消極的だ――そんなマイナスイメージが浮かび上がってきます。
また、非上場企業に限ってみると、非連携の割合がさらに高く、5割弱を占める結果となっています。

調査結果をまとめると、以下のようになります。
仮説に対する技術者の回答結果サマリー
- 連携の壁:広報部門と、技術者が所属する研究開発部門・事業部門との間にコミュニケーション上の障壁がある
→ 約4割が「連携できていない」 - 理解の壁:広報が自分たちの技術・研究に関する取り組みについて十分に理解していない
→ 5割弱が「理解できていない」 - イメージの壁:広報部門に対して「保守的」というイメージを持っており、情報発信にも課題がある
→ 6割弱が「保守的」というイメージ
→ 7割が、研究力や技術力があるのに情報発信していないのはもったいないと回答
広報の関与が「チームの力」を2倍にする?
本調査では更に、組織行動論の観点から「広報の関与」が技術者の行動にどう影響するのかを分析しました。
広報を「後押しする存在」と評価している層が、技術・研究部門のプロアクティブ行動(※)にポジティブな影響を与えているかを検証したところ、下記のような結果が出ました。
※プロアクティブ行動=組織の中で積極的に情報収集を行ったり、既存のメンバーとの関係を自ら構築していったりするような適応のための行動を指す。自ら課題を見いだし、主体的・能動的に環境変化を起こす行動。本調査結果の分析では「組織」「チーム」「個人」の因子分析を行い、階層的重回帰分析を用いて「チーム」での数字に着目。

※媒介効果、調整効果の検証にあたり、Sobel Testを実施
※職務成果(チーム)については下記先行研究の尺度を起用して階層的重回帰分析を実施。ここでの職務成果はプロアクティブ行動への結びつきを検証している。
Griffin, M., Neal, A., and Parker, S. K.(2007)“A new model of work role performance: Positive behavior in uncertain and interdependent contexts,” Academy of management journal Vol.50, No.2, pp.327-347.
少し難しいですが、端的に言うと、技術者・研究者が対外的な発信を行えるようになれば、チームに対するポジティブなプロアクティブ行動を2倍に高められることを示しています。
つまり、広報が積極的に技術者・研究者に関与し、技術を「社会的価値」へと翻訳して発信することは、宣伝効果だけではなく、技術部門そのものを活性化させるという企業メリットをもたらす可能性があることを、この検証結果は示しています。
現場の研究者、技術者に寄り添い「組織として発信したい成果」と現場の研究者、技術者がマーケットに提示したい成果の最大公約数を見極めつつ、情報発信する努力が広報サイドには求められるといえます。
経営者、広報が対処すべき“目詰まり解消”へのアプローチって?
「技術」に優れた化学関連企業や製造業の組織では、技術者・研究者のヒエラルキーが高い・閉鎖的なカルチャーが存在するなど、組織内コミュニケーションが硬直化してしまうこともあります。
これらの課題を打開するためには、「経営層のトップダウン」と「広報の機動的なアプローチ」の両輪が求めらます。

実際、さまざまな企業を見ていると、フットワークの軽い広報担当者がいる組織は強いと感じます。
電通PRコンサルティングでは、広報や経営層、現場、人事との組織内活性化を図るためのワークショップ「Vision Quest」などを実施しています。こうした取り組みについても、回をあらためて事例として紹介したいと思います。
次回は、「技術」におけるコミュニケーション、特に対外的な発信を「技術広報」と定義した上で、この課題に対し、CTOや広報担当役員、広報・マーケティングの現場がどのように向き合うべきかを、事例を通じて紹介します。
著者

中 憲仁
株式会社 電通PRコンサルティング
統合コミュニケーション局 次長
企業広報戦略研究所 上席研究員
調査、営業を経て、コーポレートコミュニケーション専門部署にて、広報戦略、広報媒体に関するアウトカム検証、合意形成、危機管理広報コンサルタントとして従事。 主に、エネルギーや交通機関、政府系機関など社会インフラ領域の報道分析、広報戦略立案、提言などに多く携わる。また、広報研修プログラムにおける広報戦略、危機管理広報のトレーニングプログラムで講師実績多数。経営学修士。広報学会会員。経営行動科学学会会員。

