(左から)電通コーポレートワン 三宅紗衣氏、ヘラルボニー 神紀子氏、菊永ふみ氏
組織で働くときに大切なのは、自分とは状況も考えも異なる人々と“チームで働く”意識を持つこと。電通では、新社会人がその意識を身に付けるために、新入社員研修などを通して「想像力を持つこと」を問い続けてきました。
2026年度の新入社員研修では、DEI研修として“体験”型DEIプログラムを実施。HERALBONY(ヘラルボニー)の研修事業、HERALBONY ACADEMY(ヘラルボニーアカデミー)による、カードゲーム型ワークショップ「PEACE」を導入しました。
“FUN×Inclusion”をコンセプトに掲げた本プログラムで、「見えない」「聞こえない」といった特性があるマイノリティの状況を疑似体験しながら、チームづくりを学んだ新入社員たち。そこで体感したのは、自分にとっての“当たり前”が他者にとっては“当たり前ではない”ということ―。
本記事では、ヘラルボニーの神紀子氏と菊永ふみ氏、そして電通コーポレートワンの三宅紗衣氏が、プログラムに込めた思いや研修後の新入社員の変化について語りました。
HERALBONY(ヘラルボニー)
「異彩を、放て。」をミッションに掲げ異彩を放つ作家とともに、新しい文化をつくるクリエイティブカンパニー。
国内外の主に知的障害のある作家の描く2,000点以上のアートデータのライセンスを管理し、アートを纏い(まとい)社会に変革をもたらすブランド「HERALBONY」の運営や、商品や空間などの企画プロデュースなど、多角的に事業を展開する。
DEIへの入り口。体験型の研修プログラムで、知識だけでなく”体感“して理解を深める
三宅:最初に簡単な自己紹介をお願いしたいのですが、まずは私から失礼します。電通コーポレートワンの人事オフィスHRマネジメント室育成部で、人財育成業務を担当している三宅です。2026年度新入社員研修ではプロジェクトリーダーを務め、研修の設計や進行統括を行いました。
神:私はヘラルボニーのウェルフェア事業部で、HERALBONY ACADEMYの責任者をしています。
菊永:同じくウェルフェア事業部に所属し、HERALBONY ACADEMYのコンテンツ開発を担当しています。
三宅:ありがとうございます。まずはヘラルボニーアカデミーについて、事業内容をお聞かせいただけますか。
神:HERALBONY ACADEMYは、多様性やDEIという言葉にとどまらず、一人一人が違いをリスペクトして、それを面白がり、知ろうとする世界を目指して運営している研修教育事業です。「80億人がちがいを面白がれるほうの世界へ。」をステートメントに掲げ、体験型DEIプログラムを展開しています。
三宅:HERALBONY ACADEMYは、いつ頃発足されたのでしょうか?
神:発足からはもうすぐ1年ですが、その前身となる体験型DEIプログラム(DIVERSESSION PROGRAM)を立ち上げたのは、2年半ほど前です。これまでアートを軸にさまざまな取り組みを行ってきたヘラルボニーが、“第2フェーズ”として、アートから一歩踏み出すために考えたのが、この研修事業です。
当時、障害のある人が活躍できるカフェ運営など、さまざまな案を持ち寄り、マイノリティ、マジョリティといった枠にとらわれない多様な視点を一番実感してもらえる方法を検討した結果、たどり着いたのが研修でした。さらに、アートでコラボレーションした企業から「研修をしてほしい」「DEIについて教えてほしい」といった問い合わせをいただいたことも後押しになりました。
三宅:周りからのニーズも感じていらっしゃったんですね。
菊永:はい。企業の皆さんからは、「障害理解を進めたい」「配慮の仕方を教えてほしい」といった問い合わせも来ますが、私たちは障害に関する知識を机上の研修だけで理解してもらおうとは考えていませんでした。むしろ、自身で違いを体感し、試行錯誤を重ねながら互いの状況を理解し合うプロセスそのものが重要だと考えていたのです。
実際に、神と私も対話を重ねる中で、互いの前提や感じ方の違いに気づき、理解を深め合ってきました。このプロセスを研修で届けることが、HERALBONY ACADEMYの強みになると考えました。

神:研修の良さは、私たちの伝えたいことを「問い」として投げかけ、体験を通してより深く感じてもらえたり、モヤモヤすることも含めて思考してもらえるところにあります。これまでDEIについて深く考える機会がなかった人も、多様性に関わる社会課題と必然的にふれあうきっかけになります。そこで、今まで知らなかった考え方や世界、自身の内側に気づくことがあると思います。
こうした「問い」への衝撃やその場で答えが出なかったという体験は、記憶に残るものです。今までアプローチできていなかった人たちにこの「問い」を届け、今後芽生えるかもしれない「種」を植えることが、企業研修をする意味だと考えています。
学生から社会人へ。新入社員が直面する「想像力を持つ」という課題
三宅:先ほど、前身のDEI研修についてもお話がありましたが、まずはどのような研修を提供されたのでしょうか?
菊永:2023年の10月ごろ、BtoB企業向けにスタートしました。当初は、謎解きゲームを使い、参加者が「見えにくい」「聞こえにくい」「視線が合わない」など、それぞれ異なる役割を担いながらゲームをするプログラムでした。
その中では、今どのような状況で、どこまで謎解きが進んでいるのか、そもそも何の情報が共有されているかわからない役割の人が生まれます。そうした認識の“ズレ”が生じる中で、改めて互いの状態を理解し、全員が進行しやすい方法を模索します。すると、「自分のことに精一杯で周囲を見る余裕がなかった」「必要な情報が十分に共有できていなかった」と気づくんです。
この体験は、チームとしてより良い環境をつくるための議論を深める機会になります。実際の仕事で直面する状況とも通じるものだと考え、研修プログラムとして提供しました。
三宅:実は、私もこの謎解きゲームに参加したことがあります。体験を通じて、成果を上げることと、さまざまな特性を持つメンバーと円滑にコミュニケーションを取りながら、全員が力を発揮できる環境をつくることの難しさを実感しました。設計は菊永さんがリードされたのでしょうか?
菊永:はい。もともと体験型のエンターテインメントを作る仕事をしていたこともあり、知識を受け取るだけでなく実際に体験することで、知識と心が結び付き、想像力も広がっていくと感じていました。そうした学びを提供するために、このプログラムを設計しました。
三宅:「想像力が広がる」というお言葉のとおり、私たちが毎年新入社員と向き合う中で、最も課題に感じていたのは、他者の立場や状況を理解する「想像力を養うこと」でした。
学生時代から環境が変わり、その切り替えに悩む人は少なくありません。そこで私たちは、「会社や上司、仲間がどのような役割や行動を期待しているのか」「会社を通して社会に貢献できることは何か」を、自分の視点だけでなく、広く捉えて考えてほしいと伝え続けてきました。ただ、おっしゃる通り、言葉だけでは伝わりきらないんですよね。そこで、HERALBONY ACADEMYの体験型DEIプログラムが、新入社員が自ら気づきを得るきっかけになると考え、本年度の導入を決めました。
皆さんの研修の中では、さらに “FUN=参加者が楽しめること”も大切にされているなと感じます。そこにも意図があるのでしょうか?
神:はい。DEIは本来、ビジネスパーソンの基礎スキルだと考えていますが、実際には関心のある人にしか届きにくい状況です。なんとなく必要だという意識では、敬遠されてしまいます。
そこで、“FUN”という入り口を設けることで、敬遠していた人にも、楽しくポジティブな体験からDEIを学んでもらえると考えました。これは、アートに触れて障害への意識が変わるという、ヘラルボニー自体の理念にも基づいています。

カードゲーム型DEIプログラム「PEACE」で、自身の当たり前を見つめ直す
三宅:今回実施した、オリジナルカードゲームの「PEACE」ワークショップは、条件を変えて同じゲームに2回取り組み、1回目と2回目の違いを実感する点が特徴ですよね。
神:プログラムでは、まずDEIへの基礎知識を身に付けてもらうために、1時間ほど講義を受けていただき、その後「PEACE」を体験してもらいました。「PEACE」は、「見えにくい」「車椅子の使い手」「話さない」といった役割カードを活用したオリジナルのカードゲームで、作家の笠原鉄平さんの「集いの習慣」をモチーフにしています。メンバーそれぞれが役割カードに書かれた役になり、1回目はそのままゲームを進行します。すると、役割によって「場に出ているカードが見えない」「ゲーム中、どんな会話が交わされているのか分からない」といった状況が生まれます。こうした違いを踏まえ、2回目の前に全員で楽しむための新ルールを考案し、2回目はそのルールを取り入れて行います。

最後に「学びを日常に持ち帰るワーク」として、日常において困っている人がいるシーンをおのおのが考え、解決策を導き出してもらうワークを行いました。
三宅:この研修の実施を経て、互いの“違い”を尊重し、活かしながら全員が活躍するためにはチームの「環境設計」が重要だと感じました。お二人が「PEACE」に込めた思いについて、ぜひ伺いたいです。
役割を担い、カードゲームを行う新入社員の様子菊永:「PEACE」は、自分にとっての“当たり前”が、誰かにとっては当たり前ではないと体感してもらうことが目的です。前半で体験して気づき、後半で全員が楽しむために改善策を試行錯誤していく。このプロセスから、さまざまな状況のメンバーが一緒に取り組む上での、“当たり前”の違いをアップデートしてほしいと思って作りました。そこから生まれるクリエイティブな発想や新たな価値創造こそが、多様性の持つ力です。
三宅:この環境を不便に感じる人がいるかもしれないという前提にたって、ルールや関わり方を少し変えるだけで、誰もが参加しやすく、楽しめるゲームに変わる。その視点を参加者に渡すことが、このプログラムにおける大きな学びですよね。
神:DEIは、いまだに人権という意味でのみ捉えられることが多いですが、それだけではありません。私たちは「PEACE」を通して、人権という側面に加えて、違いを活かせることが本当に大きな力になることを体感してもらうために活動しています。その違いを活かせたとき、企業としても、ビジネスのチャンスや気づきを得る上でも新たな力になるはずです。
また、無意識の当たり前や見過ごされている困りごとに目を向けられると、一人一人の力の引き出し方も変わり、働く人や組織そのものが豊かになると思います。
菊永:今回の研修では、「PEACE」の新ルールを作るとき、カードゲームの枠を超えて、絵しりとりを始めたチームもいました。一見すると本来のワークの意図とは違うように思えますが、彼らなりに「みんなで楽しむための最適な方法」を考えた上での行動でした。

ただおそらく、他チームのクリエイティブな発想に触れ、「そんな方法もあったのか」と学ぶことがあったと思います。このように想像力を持って、互いに刺激を受け合い、高め合える場になっていたことがすてきだと感じました。
ヘラルボニーの研修を経て、新入社員のDEI意識に予想以上の変化が!
三宅:「日常には、自分が気づけていない“誰かにとって課題になること”があるかもしれない」。新入社員たちにとって、そうした想像をし始める、最初の一歩になったと感じています。
研修前後にアンケートを実施しましたが、結果を見ていかがでしたか?

菊永:率直に、実施して良かったなと感じました。研修前のアンケートでは、DEIに対して特に課題を感じていない、深く知らないという回答が一番多かったんです。それが研修を受けたことで、自分も社会の、多様性の一員ということに気づいている様子でした。この気づきによって、他者の違いに目を向けられるようになり、「他の人はどうか」「社会はどうか」という視点を得ることができたと思います。
三宅:私も研修を終えて、新入社員が明らかに変化していると感じています。例えば、普段の会話の中でアンコンシャス・バイアスという言葉が出てくるようになりました。これは、自分の中で言葉の意味を咀嚼(そしゃく)し、きちんと理解をしたからこそ。想像し、意識を働かせていこうと思い始めていると感じました。
神さんはいかがですか?
神:アンケートからもですが、当日のワークで見た皆さんの熱量や、そこから生まれた言葉、アイデアにとても感動しました。皆さんが柔軟に吸収し、特に最後のワークでは、自分ごととして捉えながらアイデアを出していました。
この研修を新入社員の方に向けて行うのは、今回が初めてでしたが、もっと多くの新入社員の皆さんにも届けたいと思いました。
三宅:確かに、自身で想像し、熱意を持ってアイデアを生み出していたと感じます。新入社員に伝えたかったのは、誰もが表には見えない何かを抱えているかもしれない、という前提で他者に対して「想像力を持つこと」の大切さです。今回の研修はこの課題解決のきっかけになるものでした。

神:今回の研修で、新入社員の皆さん一人一人に生まれた気づきやきっかけが、これから世の中に届けるものを変化させ、さらに多くの人へ広がっていくと思います。
菊永:実際に、新入社員の方から「自分の当たり前の枠を超え、さまざまな立場の人に対して、誰も傷つけず、美しく正しいものを伝える方法が何かを意識できた」という感想があり、感動しました。改めて、この社会を変えていく人財だと感じ、これからが非常に楽しみです。
三宅:ありがとうございます。これから新入社員たちが、多様な考えやバックグラウンドを持つ人たちと、いざ同じ目標に向けて現場で働くとき、全員が活躍できるチームづくりにどのように貢献していくのか。これからも大切に見守っていきたいと思います。
誰もが力を発揮でき、ありのままを肯定される環境づくりへ
三宅:最後に、HERALBONY ACADEMYの展望をお聞かせいただけますか。
神:私は、自分自身が「マジョリティ側の無意識の特権」を持っていることに、菊永との出会いから少しずつ気づいてきました。だからこそ、気づける人を増やしていくために、現在の企業研修に留まらず、子どもたちの教育にも力を注いでいきたいと考えています。
日本は協調性や思いやりといった素晴らしい文化がある半面、自分らしさを表現しづらく、苦しさを抱えている人は少なくありません。「そのままでいい」と伝えていくためには、「当たり前はない」と気づく機会を増やすこと、そして障害のある人を含め、多様な人と自然に出会える接点をつくることが大切です。幼いころから多様な人と関わり、違いを自然に受け入れられる、そんな世界を目指しています。
菊永:私が目指しているのは、障害のある人たちが自分らしく肯定されながら働き、生きていける社会をつくることです。
私自身、ろう者として活動する中で、手話通訳がある環境に支えられ、研修や開発の仕事ができています。一方で、そうした環境整備はまだ十分とは言えず、多くの人が本来の力を発揮できていない状況に、社会的な損失と課題を感じています。「障害」を理由に見るのではなく、一人一人と向き合い、対等に働ける環境をつくる。その実現に向けて、カフェやクリエイティブ、経営など、さまざまな領域で障害のある人たちが異彩を放てられる場を広げていきたいです。
三宅:環境設計というのはまさに、チームに閉じない、社会全体の話だなと思いました。本日はありがとうございました。