次々に話題のコンテンツを世に送り出すNetflixは、コンテンツの世界観に商品やブランドのメッセージが溶け込む新しい広告の可能性を追求しています。一方、電通の研究プロジェクト「電通デザイアデザイン(DDD)」の「FUKAYOMI」チームは、独自のメソッドでヒットコンテンツを分析、「未来の欲望」を予測しています。
時代を映す物語を内包するコンテンツをどう読み解き、コンテンツと広告のコラボレーションにどんな可能性を見いだすのか。Netflixで国内広告事業を統括する田中俊之氏と電通・FUKAYOMIチームの佐藤尚史氏が語り合いました。
Netflix・田中俊之氏(左)と電通・佐藤尚史氏 世界観・感情とブランドのマッチングを重視──はじめに、田中さんに伺います。Netflix Adsとして現在どのような思想で広告事業を展開されているのでしょうか。
田中:私がNetflixやNetflix Adsを説明するときに必ず申し上げているのは、Netflixは広告のプラットフォームではなく、エンターテインメントのサービスであるということです。そうした自認の上に立って、エンターテインメントサービスの上で配信される広告がどうあるべきかを常に考えています。 Netflixのミッションである「Entertain the World」を軸として、まず考えるべきは「視聴者ファースト」で広告体験を設計することです。Netflixのメディア特性として、「ながら視聴」ではなく、能動的に集中して見ている視聴者が多い、つまり「注視率」が高いことがあります。従って、夢中になって作品を楽しんでいる視聴者の邪魔をしないように広告を設計しなければなりません。 Netflix Adsでは、一般的な広告配信のほかに、「ブランドパートナーシップ」と呼んでいるソリューションも提供しています。そこでは、広告自体もエンターテインメントの1つであり、広告自体がコンテンツに寄り添っている、ないしはコンテンツをさらに拡張するような、コンテンツの世界観の中に商品やブランドが伝えたいメッセージがうまく溶け込んでいる、といった広告の設計に努めています。 広告を設計するにあたり私たちが必ず行う作業が、商品やブランドとNetflixのコンテンツの接点の探索です。広告主はブランドがどうありたいと思っているのか、マーケティング目標やチャレンジは何なのか、企業としてどういう方向に行きたいと思っているのかなどを広告主とディスカッションしたうえで、コンテンツのコアとなるメッセージと重なる部分を発見し、ブランドパートナーシップのコアにします。 そして最終的に、視聴者の心に響く、ファンダムの皆さんが推しているものの1つに商品やブランドも入るような状況を作っていきたいと考えています。
──続いて、佐藤さんに伺います。FUKAYOMIは、ヒットコンテンツを「価値観変化を生む装置」と捉えて分析を行っています。なぜそのような捉え方をしているのか、それはマーケティングにおいてどのような意味を持つのでしょうか。
佐藤: FUKAYOMIは、「半年後や1年後の日本人の欲望をどうやって見つけるか」という課題からプロジェクトをスタートしました。調査や行動ログからは今のことは分かりますが、先のことは分からない。一方で、市場のニーズは「1年先の世の中がどうなっているかをつかみたい」といったところにあります。 何を題材にすれば先のことが分かるのか、試行錯誤してたどり着いたのが、コンテンツを分析することでした。「コンテンツ」というより、「物語」といった方がいいのかもしれません。なぜ物語かというと、私自身も趣味でシナリオライティングをするのですが、物語やドラマ、映画を作るときには、制作者の個人的な欲望がそこに入り込んでいくと思うんです。 こういうことを見せたい、こういう世界になりたいと訴えかけるからこそ、みんなが反応してくれる。ヒットしたということは、少なからず制作者が思い描いた欲望に対して共感を覚える人が多いというエビデンスになります。制作者の個人的な欲望が大勢に共感されるポテンシャルがあるなら、その欲望や価値観変化は1年先にマスの欲望に育つ可能性があるのではないかという仮説の下で分析しています。 FUKAYOMIでは4つのステップで分析を行っています。1つ目のステップは、作者が物語に込めようとした作者自身の欲望は何なのか。2つ目は、物語の中でそれがどのように解消されたのか。具体的に言えば、クライマックスで世界や主人公がどう変わったかということです。3つ目は、視聴者側が作品を見てどういう価値観変化を覚えたか。皆さんも経験があると思いますが、映画館を出たあとに「世界がこうなったらいいのに」などと思うような変化です。ここから少しジャンプしますが、4つ目は、そういう価値観変化を持った人が1年後、2年後にどういう新しい欲望を発露させるかという仮説を出していきます。こうしたプロセスで積み重ねた仮説をアーカイブし、クライアントに活用していただくことがFUKAYOMIの使命だと考えています。
実はFUKAYOMIの活動は5年以上続けておりまして、このたび2020年から25年にかけてアーカイブした53作のヒットコンテンツ分析を取りまとめた書籍「未来の消費者は何を欲望するのか」を日経BPから出版いたしました。FUKAYOMIの手法をより具体的にご理解いただける内容になっています。
日経BP、A5判、480ページ、2640円(税込)、ISBN:978-4-296-20834-0https://dentsu-ho.com/articles/9356
「コンテンツ×ブランド×視聴者の共鳴」をどう設計するか──ここからはNetflixの具体的なコンテンツに即してお話を伺います。1つ目は、「ボーイフレンド」。このコンテンツをFUKAYOMIはどう分析していますか。
※「ボーイフレンド」 日本初となる男性同士の恋愛リアリティシリーズ。シーズン1では海の近くにたたずむビーチハウスに男性が恋愛対象の9人のBoysが集まり、共同生活をしていくなかで恋愛や友情が芽生え、視聴者の心を捉えた。シーズン2では北海道に舞台を移し、10人のBoysが共同生活をしていく。
佐藤:「ボーイフレンド」を、恋愛リアリティショーとして“どういう恋の展開になるのか”という点に注目して見始める方も多いと思います。しかし、実際に見てみると、着地点が友情なのか恋愛なのかそれ以外なのか、簡単に恋愛とラベリングできないような幅広い人間関係のグラデーションに落ち着いていくプロセスが豊かに描かれているのがポイントだと思います。 一般的な恋愛リアリティショーは、付き合ったり結婚したりという1つの関係性に向かっていくことを前提とすることが多いですが、「ボーイフレンド」にはその前提がない。どういうところに着地してもいい。それが人間関係そのものの作り方のプロセスを見ているようで、どこに着地するか分からないけれど、その関係が作られるさまを見ていく。どこでエンジンをかけて踏み込むのか、ここは1歩下がるのか、そうしたことが如実にドキュメンタリーとして描かれていて、それが大変おもしろかったということだと思います。 それを見ることで起きる価値観変化は、例えば恋愛においても結婚などの筋の通った1つの道に向かわなきゃいけないという思い込みに縛られる必要はないのだということです。どんな恋愛であっても、さまざまな着地点があって、むしろそのプロセスの中で相手と会話しているときに「自分はこんな人間なのだ」と知ったり、相手を知ったりすることで人間を知る、そのプロセスそのものを楽しんでいくことこそが本当の人間関係の作り方なのだと思う価値観変化があるのではないかと見て取りました。
Netflixリアリティシリーズ「ボーイフレンド」シーズン2 世界独占配信中 ──今の分析について、田中さんはどのように思われますか。
田中:そのとおりだと思います。Netflixでは今、「アンスクリプテッド」と呼んでいる恋愛リアリティやコメディ、サバイバルなどのジャンルを成長させようとしています。筋書きのないドラマであることが、プロセスや展開が分からないということで視聴者の皆さんを熱狂させ、盛り上がりを生んでいるのだと思います。また、ゲーム的な展開で感情を動かすというよりも、ありのままでいい、自分を認め他者を認めていくという感情や状態が視聴者に受け入れられたのかなと思っています。
──「ボーイフレンド」シーズン2では、キリンビールとブランドパートナーシップの取り組みをされました。
田中:キリンビールとのブランドパートナーシップでは、「ボーイフレンド」で丁寧に描かれた人と人との関係性や感情の機微の表現が、キリンビール「キリン一番搾り ホワイトビール」がブランドとして打ち出したい「ありのままの自分」を肯定することや、飲んで「優しい気持ちになれる」というメッセージとうまく合致しているのではないか、ということで話が始まりました。 実は「一番搾り ホワイトビール」のブランドチームの皆さんは、最初はこのコンテンツを知ってはいたものの視聴はしたことがなかったのですが、このプロジェクトをきっかけにシーズン1をご覧になって、この作品に共感していただくことができました。 私たちがブランドパートナーシップを進めていくときに、最もうまくいく形は、広告主をはじめ関わる皆さん全員がコンテンツのファンになっていくことだと思っています。そういう状態が今回の「ボーイフレンド」で実現できたのは喜ばしいことです。
──それは新しい考え方ですね。広告主自身もファンであるからこそ、そのコンテンツにブランドを露出させたい。単純な広告主という概念とは違います。
「ボーイフレンド」シーズン2とキリンビール「「キリン一番搾り ホワイトビール」のタイアップ広告。コンテンツの世界観とブランドのメッセージが「自然体でいられる関係性」や「こころがほどける時間」といった価値観において接続している
佐藤:これまで広告の世界では「リーチ(広告到達率)」を代表とする指標が重視されてきました。ブランドパートナーシップのように広告の質を重視する中で、リーチをいかに担保するのかといった広告主からの問いにはどう答えていますか。
田中:ブランドパートナーシップのようなソリューションでは、単にリーチの総量を追うだけでなく、リーチした人の態度変容や購買意向を高い確度で引き上げる設計も可能になると考えています。なぜなら、Netflixの視聴者の大多数が能動的に集中して見ているわけで、かつ視聴者の大多数がコンテンツのファンであるので、一定のボリュームの視聴者が気合を入れて見ている状態、強く心を動かされている状態を作ることができるからです。 一般的な広告では、1億人にリーチして1億人が反応して商品を購入するということはマーケターも想定していないはずで、例えば1億人にリーチして、反応して手に取ってくれる人が3000万人いて、実際に買う人が1000万人いるといったような想定でファネルは設計されます。一方で、Netflixの「濃い」視聴者ならば、1100万人にリーチして1000万人が商品に関心を持ち購入に至る状態を作っていくことも不可能ではないでしょう。 ブランドリフト、購買意向、サーチの上がり方、コンバージョンなどの指標で見たときに質の高い広告を設計できれば、たとえリーチは広くなくても、リーチした層が高い確率で反応して商品を購入するという状態を作っていけるはずです。そうしていくことで、広いリーチを担保することで売り上げを作る従来の広告の世界から脱却して、新しい広告の世界を作っていくことができるのではないかと考えています。
──ファネルの歩留まりが圧倒的に改善するということですね。FUKAYOMIはこのタイアップをどう分析していますか。
佐藤:ブランドとコンテンツが価値観レベルでマッチしているのはもちろんですが、FUKAYOMIなりの深読みでは、人間関係の多様性を代弁しているこのアンスクリプテッド作品に対し、一番搾り ホワイトビールも「柔らかい選択肢」として新しいオルタナティブを提案しています。新しい人間関係のオルタナティブと新しいビールのオルタナティブという構造が近く、固定観念をほぐして選択肢を拡張していくという価値でつながっています。また、番組の中でお酒が適切に人と人を近づけたり本音を言わせたり、自然な空間をつくる装置として機能しており、そこに人間関係をほどくホワイトビールの広告がタイアップとして入ってくるのは非常に自然で、ブランドとコンテンツ、どちらのファンにもなるような構造が組み上がっていました。
広告の作品性をもう一度取り戻す──2つ目は「ストレンジャー・シングス 未知の世界」です。このコンテンツをFUKAYOMIはどう分析されますか。
※「ストレンジャー・シングス 未知の世界」 1980年代のとある小さな町を舞台に、突然出現した〈裏側の世界〉の脅威に、少年少女とその家族や仲間が力を合わせて立ち向かうミステリー・アドベンチャー。世界中で大ヒットし、さまざまなエンターテインメントやムーブメントに影響を与えるなど、社会現象化している
佐藤:登場人物の成長を追いながら、最後にラスボスを討つという物語を見終えたとき、スカッと終わったカタルシスと、もう彼らに会えないのかという喪失感が同時に来ました。特徴としては、80年代という現実の時代に即していることが没入感を生んでいます。 これも深読みですが、今の時代のアンチテーゼになっていると感じたのは、出てくる人たちが割とポンコツというか、何かに秀でているけれど他はダメなオタクやギークが多い。万能のヒーローではなく、「外れ値」みたいな人たちの集団だからこそ世界を救えるという構造がおもしろいと思いました。 昨今はスキルもルックスもオール4みたいな人材が好まれがちな傾向があると思いますが、実際には人間には凸凹があって、何かが欠けていてもこれだけは負けないというものを持って突き詰めて面白く人生を過ごしている人も多い。僕も含めて、そんな人たちの自己肯定感を強化してくれる作品だと思います。
Netflixシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」シーズン5 Netflixにて独占配信中 ──田中さんは「ストレンジャー・シングス」というコンテンツをどう捉えていますか。
田中:新しいオリジナルIP(知的財産)を生み出し、世界的に10年以上にわたって愛されるコンテンツを作ることができたのは非常に稀有であり、だからこそ大事にしてきました。ファンダムの皆さんと一緒に作り上げてきたからこそ、この大きなうねりや世界観を作ることができました。喪失感というお話もありましたが、だからこそ、Netflixのファンでもいていただくために私たちは新しいIPを作り続けていく。最近だと「ウェンズデー」や「KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ」などにも強固なファンダムが生まれています。
──「ストレンジャー・シングス」 シーズン5では、ZOZOTOWNと堂本剛さんが進めるプロジェクト「.ENDRECHERI.(エンドリケリー)」との取り組みがありました。コンテンツとリアルなグッズの接続がなされているわけですが、どういう視点で設計されたのでしょうか。
田中:最大のポイントは、関わる皆さんがファンになっていく状態を作りたいという点です。堂本さん自身が熱烈な「ストレンジャー・シングス」のファンだったからこそ実現しました。堂本さん自身のファンとしての感情が、服のディテールやデザイン、コンセプトに実装されています。単なる広告キャンペーンではなく、世界を拡張しているという言い方が正しいと思います。
──FUKAYOMIの視点では、どう読み解かれますか。
佐藤:表層的には堂本さんが大好きな要素を使ってコラボレーションアイテムを販売しているように見えますが、堂本さん自身が非常に個性的な立ち位置の方です。ご自身も歌手、俳優、デザイナーとマルチに活躍される中で、ほかの人とは違う個性をお持ちです。「ストレンジャー・シングス」の仲間たちもほかの人とは違うユニークな個性を持っており、堂本さんもその1人として存在しているのではないかというのがポイントだと思います。 作品世界をそのまま出すのではなく、プロデューサーとして自分なりにファッションアイテムに昇華し、例えばボタンの位置など、普通の人が思いつかないポイントに着目してデザインをアウトプットしている。単なるコラボではなく、彼自身のメッセージも込められている。その服を着ることで、消費者は作品世界を外に持ち出せると同時に、堂本さんの偏愛という個性も持ち出せる仕掛けになっていたのが強さだと思います。
「ストレンジャー・シングス 未知の世界」と「ZOZOTOWN」がコラボレーションした、堂本剛さんプロデュースによるコレクション。自身も本作の熱狂的なファンである堂本さんが作中の名シーンやキャラクターをモチーフにデザインしたアイテムを幅広く展開した ──最後に、コンテンツとブランドが共鳴している時代、広告はどのような価値を提供する存在になっていくと考えていますか。
佐藤:田中さんのお話を伺っていて思うのは、視聴者にコンテンツも楽しんでいただきながら、広告もある種の作品として楽しんでいただくことで、広告の作品性に再び注目が集まるのではないかということです。 今の広告業界はCVR(コンバージョン率)やCPA(顧客獲得単価)、ROAS(広告の費用対効果)などの数字に最適化しがちで、ともすれば広告の物語性が忘れられがちです。数字を追うのは不可逆な流れだと思いますが、広告自体がNetflixのコンテンツほどでないにしろ、人の価値観を変えたりする作品性を失ってはいけない、ということは思っています。数字を追いながらも作品性を融合できることを、Netflixの広告事業が示していると感じます。コンテンツの邪魔をしないどころか、視聴体験を底上げすることを模索しているのがとても素晴らしい。 今後、どういう欲望で視聴者が動いているかを計算できる手段が増えてくると、メディアと広告のすてきな関係がもっと模索できるのではないかと思っています。コンテンツの価値観分析と消費者のインサイトデータから最適なマッチングが可能なFUKAYOMIはそのハブになれるとよいなと思っています。
田中:私もずっとCPAやROI(投資利益率)といった数字の世界で生きてきた人間ですが、広告はエンターテインメントの中に入ることもできるし、広告自体が体験を拡張して、デバイスの中で起こっていることを現実に取り出していくこともできるおもしろいソリューションであると思っています。 広告というソリューションを使ってどうコンテンツを拡張し、どう視聴者に驚きを与えていくか。そうした企てに今後も力を注いでいきたいと思います。