カテゴリ
テーマ

30秒、30分、30時間。人の時間を「価値ある体験」に変える、日本のクリエイティビティ

 

世界最大級のクリエイティビティの祭典「Cannes Lions International Festival of Creativity 2026(カンヌライオンズ2026)」で、電通は、生活者にとって意味のある時間をどのように生み出すかをテーマにセミナーを開催しました。

ショート動画やSNS、生成AIの普及により、日々生み出されるコンテンツは爆発的に増えています。一方で、人が一日に使える時間は変わりません。情報やコンテンツが人々の時間を奪い合う中、クリエイティビティにはどのような役割が求められるのでしょうか。

セミナーには、30秒の広告コミュニケーションを手がけてきた電通、30分の番組を制作する日本放送協会(以下、NHK)、数十時間にわたるゲーム体験を設計するスクウェア・エニックスから、異なる時間軸のプロフェッショナルが登壇しました。それぞれの視点から、人が「時間を使いたい」と思う体験のつくり方をひもときました。

コンテンツではなく、「過ごす時間」を設計する

冒頭に登壇したのは、電通のクリエイティブプロデューサー、村山二朗氏です。
カンヌの会期中、来場者は数多くのセミナーやミーティング、イベントを前に、「自分の時間をどこに使うべきか」を常に選択しています。しかし、それはカンヌに限った話ではありません。

「今、時間は最も競争の激しい資源になっています。30秒、30分、30時間とフォーマットが多様化し、人々のアテンションも細分化しています。私たちは単にコンテンツをつくるのではなく、あらゆる形式、あらゆる時間の長さにおいて、“過ごす価値のある時間”を設計しなければなりません」

ブランドが一方的に人々の時間を消費すれば、ブランド自体の価値も少しずつ失われていきます。では、人が心から意味を感じられる時間は、どのように生み出せるのでしょうか。

村山氏は、電通が携わった二つの事例を紹介しました。
一つは、全国の鉄道駅を訪れ、デジタル版スタンプを集めるJRグループのキャンペーン「MY JAPAN RAILWAY」です。移動の途中で何気なく過ごしていた駅での時間を、地域との新たな出会いや発見を楽しむ時間へと変えました。全国1000以上の駅ごとに異なるスタンプを設計し、「駅を訪れる」という行動そのものに新たな意味を加えています。

もう一つは、スマートフォン向けアプリ「Pokémon Trading Card Game Pocket」です。朝と夜、一日2回、無料でカードパックを開封できる設計によって、わずか1分ほどの時間に、期待や驚き、カードを手に入れる喜びを凝縮しました。さらに、デジタルだからこそ可能な没入感のあるカード表現を加え、短い接触を、その後も繰り返し戻りたくなる体験へと広げています。

時間の長さではなく、その瞬間をどれだけ豊かにできるか。村山氏は、二つの事例に共通する考え方を、日本のクリエイティビティを読み解く一つ目の「Creative Code」として、「何をつくるかではなく、その瞬間をどのように豊かにするか」と表現しました。


子どもの行動を理解し、学びへの好奇心を引き出す

続いて登壇したのは、NHKのディレクター、島津理人氏です。
NHKは1959年、教育に特化したテレビチャンネル「教育テレビ」を開局しました。以来、教育、福祉、語学、生涯学習などの番組を通じて、人々に学ぶ機会を提供してきました。

その番組制作を支えているのが、子どもたちの行動を丁寧に観察し、理解するための調査研究です。
NHKが1970年代から行っている調査では、2歳児がテレビ番組に集中できる時間は、約2分30秒までであることが分かりました。この発見を基に、2分30秒以内の短いコーナーをテンポよくつなぐ「オムニバス形式」が生み出されました。ダンス、人形劇、実験など、多様な表現を組み合わせながら、子どもが最初から最後まで集中できるように設計します。この研究に裏付けられたコンテンツは、現在、全国の学校現場で活用されているといいます。

島津氏が新たに向き合ったのが、生成AIを子どもたちにどのように教えるかという課題でした。既存の教材には、生成AIの操作方法を説明するマニュアル型のものが多くあります。しかし、それだけでは子どもの好奇心や、自ら考える姿勢を十分に引き出すことができません。

そこで番組制作に先立ち、約1年間で5本の研究論文を発表しました。1万5000件の児童・生徒のAIアカウントから得られた、50万件以上の対話ログを分析しました。その結果、当初は生成AIを検索エンジンのように使っていた子どもたちが、28日以上継続してAIと対話をすることで、探究し、問いを深め、多面的に考えられるようになっていくことが分かりました。

この発見を基に制作されたのが、生成AIについて学ぶ教育番組「i&AI」です。アニメーションによる物語パートと解説パートを組み合わせ、子どもたちがストーリーを楽しみながら、生成AIとの付き合い方を考えられる構成としました。実際の授業では、思い通りの画像を生成できずに苦戦していた児童が、番組を視聴することで、AIへの指示の出し方を理解しました。プロンプトを工夫し、自分が思い描いたものを生成できるようになったといいます。

「調査データ、子どもたちとのリアルなコミュニケーション、そしてクリエイティビティを組み合わせれば、わずか5分のコンテンツでも、その後の人生につながる行動変容を生み出すことができます」

学びを一方的に与えるのではなく、まず、学ぶ人がどこでつまずくのかを理解します。その上で、本人が自ら答えを探したくなる体験へと招き入れます。島津氏の取り組みを受け、村山氏は二つ目のCreative Codeとして、「人々が直面する障壁を理解し、好奇心の旅へと招き入れる」ことを挙げました。


長く過ごした時間を、「自分の記憶」に変える

最後に登壇したのは、ファイナルファンタジーVII リメイクシリーズのディレクターを務める、スクウェア・エニックスの浜口直樹氏です。ショート動画やSNSによって、世の中は「短く、速く、効率的」に情報を消費する方向へ進んでいます。さらに生成AIによって、コンテンツの量も増え続けています。それでも人々は、数十時間をかけてゲームをプレーします。

浜口氏は、この現象について次のように語りました。
「人は短い時間を求めているのではなく、価値のない時間を避けたいのだと思います」

かつてのゲームは、制作者が用意したストーリーを見る体験に近いものでした。しかし現在では、物語の内容を知るだけなら、ゲーム実況や動画配信でも満たすことができます。それでも人が自らゲームをプレーするのは、ゲームに求めているものが「見るだけの物語」ではなく、「自分で体験する世界」だからです。広大な世界を歩き、仲間と時間を過ごし、寄り道をし、時には他のプレーヤーと協力します。浜口氏は、ゲームを、情報を受け取るだけの媒体ではなく、人が自ら関わり、長くとどまることのできる「滞在できるメディア」だと表現しました。

人は、短時間目にしたものよりも、自ら長い時間を費やしたものに愛着を抱きます。ゲームでは、プレーヤー自身が時間を使い、選択を重ね、思い出をつくります。そのため、ゲーム内で起きた出来事は、単なる作品の記憶ではなく「自分の記憶」になっていきます。

浜口氏は、「FINAL FANTASY VII REBIRTH」における二つの設計を紹介しました。

一つ目は、プレーヤーが自分で時間の使い方を選べることです。ゲームには、メインストーリーとは直接関係しないミニゲームやサイドクエストが数多く用意されています。一見すると「余白」にも見えますが、どこへ行き、誰と過ごし、何をするかを自分で決めた時間こそが、その世界への愛着を生み出します。同作では、旅の中でどのキャラクターと多くの時間を過ごしたかによって、物語の中の重要なデートシーンも変化します。プレーヤーは決められた人間関係を見るのではなく、自ら育ててきた関係を体験することになります。


二つ目は、プレーヤーの感情に寄り添う音楽の設計です。映画とは異なり、ゲームではプレーヤーの操作によって、出来事が起きるタイミングや状況が変化します。そのため、音楽も固定されたものではなく、戦況や感情の変化に応じてリアルタイムに切り替わるよう設計されています。同じ楽曲に複数のアレンジを用意し、どのタイミングからでも自然につながるようにすることで、音楽がプレーヤーの感情と同期し、体験をより深く記憶に残していきます。

さらに、ゲームの中で生まれた「滞在」は、作品の外側にも広がります。プレーヤー同士が体験を語り合い、コミュニティが生まれ、ライブやコンサート、グッズ、コスプレ、動画配信、作品考察などの文化へと発展していきます。

「本当に価値が残るのは、人が長く滞在し、自分の記憶として持ち帰る時間ではないでしょうか。技術の本当の価値は、コンテンツをより速く消費させることではなく、人の記憶に長く残る体験をつくれることにあると思います」。

そして浜口氏は、これからも技術とクリエイティビティを生かし、「人が帰りたくなる世界」をつくり続けると語りました。

村山氏は、浜口氏の話から得られる示唆について、優れた体験は人々から時間を奪うのではなく、自分の時間を自ら選び取る感覚を与えるものだと説明しました。三つ目のCreative Codeとして、「人々が、自分の時間の主導権を持てるようにする」ことを提示しました。

コンテンツから、人々の時間を豊かにする体験へ

セミナーの最後に村山氏は、3人の登壇を通じて示された三つのCreative Codeを改めて振り返りました。
一つ目は、「何をつくるかではなく、その瞬間をどのように豊かにするか」。二つ目は、「人々が直面する障壁を理解し、好奇心の旅へと招き入れる」。そして三つ目は、「人々が、自分の時間の主導権を持てるようにする」ことです。

村山氏は、これらに共通するのは、クリエイティビティの役割の変化だと説明しました。コンテンツをつくることから、人々の過ごす瞬間を豊かにすることへ。情報を一方的に届けることから、好奇心を引き出すことへ。アテンションを獲得することから、人々が自ら時間を選び取れるようにすることへ。

「人々が本当に意味を感じられる時間を、どのようにつくるのか」。村山氏は、その問いを意識し続けることが、これからのクリエイティビティにつながると語りました。そして、3人のメッセージをまとめた映像を紹介し、セミナーを締めくくりました。

この記事は参考になりましたか?

この記事を共有

あわせて読みたい