社会構造の変化が激しい昨今、医療現場も製薬会社もさまざまな課題に直面しています。それらの課題をデジタル技術で解決しようと、株式会社電通デジタル が昨年リリースしたのが「DDMEX(ディーディーメックス):Dentsu Digital Medical Experience Transformation 」。DDMEXとは、医療現場における医師と患者、双方の側面からコミュニケーションをサポートする、メディカル統合ソリューションです。
今回は、DDMEXのCX戦略を手掛ける電通デジタルの前田千広氏と、ビジネスプロデュースを担当する登坂統彦氏にインタビュー。前編では、サービスの概要や背景について聞きました。
患者と医師のより良い治療体験を実現するためのソリューション Q.電通デジタルからリリースされたDDMEXは、医療製薬業界に特化したソリューションとお聞きしています。その概要を教えてください。
株式会社電通デジタル 登坂 統彦氏 登坂: DDMEXは「Better-Connected Patient Experience(より良い治療体験の実現を目指して)」をコンセプトに、デジタル技術を活用して医師と患者さんとのコミュニケーションを両面からサポートする、メディカル統合ソリューションとして特に患者さんにとっての“より良い治療体験”に重きを置いています。 昨今の医療現場では、ペイシェント・セントリック、いわゆる患者さん視点での治療が重視されてきています。これまで医療製薬業界は、患者さんの病気を治すことにフォーカスしてきましたが、昨今は「あなた(患者)にとって何が重要か」にフォーカスし、病気の治療は大前提として、さらに治療オプションを選択できることが重視されているのです。例えば、「働き続けながら治療したい」「子どもが小さいので、自宅で治療したい」など、患者さんそれぞれに事情があり、生活者としての生き方があります。医師側はそれを理解した上で、患者さんと共に治療にあたるという姿勢が求められているのです。 そこで必要となるのが、「患者」、「医師」、「製薬会社」の三者による、より良いコミュニケーションです。コミュニケーションをより良くするために、私たちは医師、患者さんそれぞれのカスタマージャーニーを把握し、それぞれの顧客体験(CX)を向上させる仕組みとして、DDMEXを開発し、製薬会社さまに対してご提案しています。
Q.医師のジャーニーや患者のジャーニーとは例えばどのようなものでしょうか。
登坂: 医師のジャーニーには、製薬会社さまの営業担当であるMRとの関係構築や、製薬会社さまのデジタルチャネル(医師向けの会員制サイト)との接点、製薬会社さまの製品のバックグラウンドとなる学術的な情報を医師に提供するMA(メディカル・アフェアーズ)やMSL(メディカル・サイエンス・リエゾン)とのエンゲージメント構築などがありますが、それらのCXをサポートするには、医師のインサイトを把握しなければなりません。医師のインサイトを把握するには、プラットフォームを使って医師が持つデータを含むさまざまなデータを活用していく必要があり、それをDDMEXでサポートします。 患者さんのジャーニーでは、疾患啓発や患者さんの病院の受診を促す広告・SNS、治療を進める患者さんのモチベーションを維持するためのサポートツールなどを製薬会社さまが提供しています。それをCX基点でより良いものにするには、こちらもまた患者さんのインサイトをきちんと把握する必要があります。そのためにも、DDMEXでデータプラットフォームの構築を進めているわけです。
患者視点でのアプローチを形にした「HACS」からDDMEXへ Q.そもそもDDMEXは、どのような経緯で誕生したのでしょうか?
株式会社電通デジタル 前田 千広氏 前田: 私はかつて電通アイソバー(2021年に電通デジタルと合併)で、製薬会社さまの案件を多数担当していましたが、製薬業界におけるCXを考えた時、患者さん中心のアプローチの必要性を感じていました。そこで、デジタルマーケティングの視点を持つ電通アイソバーと、医療製薬業界の企業とが一緒になって、ペイシェントセントリックの実現を目指す「HACS(Healthcare And Customer Solutions) 」というヘルスケア向けソリューションを2020年に開発したのです。これがDDMEXの前身になっています。
登坂: ですから、DDMEXの各メニューは、立ち上げてから作ったものではなく、実際に電通デジタルや電通アイソバーが支援してきた実例を、1つのソリューションにまとめたものになります。製薬会社さまのコミュニケーション活動をサポートし、医師や患者さんへの価値提供を支援するために、実績あるものを分かりやすくメニュー化したという点が、DDMEXの強みだと言えます。
コロナ禍で加速するDX。医師、患者、製薬会社のコミュニケーションがデジタル技術で変化 Q.コロナ禍が医療製薬業界やDDMEXに与えた影響には、どのようなものがありますか?
登坂: コロナ禍以前から病院側で少しずつMRの訪問規制が始まってはいたのですが、コロナ禍によってMRが病院に入れず医師を訪問できないという状況がさらに増えてきたのです。昔は医師と接点を持つために、各社のMRは病院の廊下で待っていて、出てきた医師に数十秒で自社製品の説明をする、といった営業スタイルも存在していました。リアルな対面での営業活動ができなくなったMRは、医師とオンラインでつながるという方法を用いるようになりました。以前は、オンラインでの営業は医師に対して失礼だという空気のようなものが業界内に存在していたことは否定できないのですが、近年は必要であればオンラインで打ち合わせもするという考えになってきています。ですから、医師とMRのコミュニケーション方法は、コロナ禍によって非常に大きく変化したと言えるのです。 一方で患者さんの場合は、コロナ禍においては、コロナ感染以外は「不要不急」だとして病院に行きづらいということが起きていました。とりわけ問題となったのは、がん患者さんが受診をためらうようになったことです。治療中のがん患者さんは免疫力が低下しているため、新型コロナウイルスに感染すると非常に打撃が大きい。そこで国も慌てて制度を緩和し、オンライン診療の動きが加速する要因の1つとなりました。 ですから結果としてコロナ禍が、国内の医療製薬業界のデジタル化を後押しし、DDMEXの開発を加速させたとも言えますね。
患者視点の治療が進みつつある医療現場で、患者と医師とのより良いコミュニケーションや、コロナ禍を経て変化する医師とMRとの接点をより豊かなものにするために生まれたソリューション「DDMEX」。後編では、現状やこのソリューションに込めた思いを聞いていきます。