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公開日: 2024/01/26

「ブルーカーボン」で地球沸騰化に対策を。人工礁「リーフボール」が持つ可能性とは(後編)

地球温暖化が急速に進む中、脱炭素化の取り組みとして注目を集めている「ブルーカーボン」。中でも米国で開発された人工礁「リーフボール」は、海洋生態系の保全に大きな効果が期待されています。

そこで今回、日本でリーフボールの普及活動に取り組む株式会社朝日テック 代表取締役 池田修氏と、株式会社 電通でカーボンニュートラルやブルーカーボン領域に取り組む藤孝司氏が対談。後編では、リーフボールの改良や朝日テックの今後の展望についてお話を伺いました。朝日テック本社工場のレポートもお届けします。

リーフボールの改良で「海の砂漠化」を防ぐ

藤:米国のリーフボール財団から技術支援を受けながら、池田氏のチャレンジは地元・長崎市で始まりました。その後、リーフボールをどのように普及・発展させていったのでしょうか?

池田:アメリカのリーフボールは、もともとはサンゴ礁の保全や育成のために開発されたものです。一方、長崎をはじめとする日本の多くで起こっている問題は、いわゆる「磯焼け」と言われるような、海藻類の消失になります。磯焼けには段階があって、海水温が上昇し、ウニなどの生物が増え、海藻が食い荒らされてしまう状態が、一般的に言う「磯焼け」です。この状態であれば、実はまだ海藻は再生可能なのですが、それが続くと、海底を「石灰藻」が覆うようになります。私は磯焼けが深刻化したこの状態を「海の砂漠化」と呼んでいるのですが、こうなるともう海藻の再生は不可能になってしまいます。ウニが増えたからと言って、それをどんなに捕獲回収しても、もう海藻は戻りません。

株式会社朝日テック 池田修氏

池田:どうしたらこれを防ぐことができるのか。研究を重ね、また多くの専門家にもお話を伺いながら、たどり着いたのが「フルボ酸鉄」でした。もともとは森で地上に落ちた葉や枝が微生物によって分解され、「フルボ酸」ができます。そのフルボ酸が、腐葉土の中の鉄と結合することでできるのがフルボ酸鉄で、これが川から海に流れ込み、海藻の養分になるとともに、石灰藻の成長を抑えてくれます。かつては里山の栄養がしっかり海に流れていたものが、さまざまな環境破壊の中で海に届かなくなってしまい、藻場がどんどんと減っているのではないか、と考えられるのです。

そこで私は、リーフボールに改良を加え、フルボ酸鉄を練りこむ技術を開発することに成功しました。これによって、リーフボールを海の中に置いておくだけで、10年にわたってフルボ酸鉄が海の中に少しずつ溶け出していく、ということが可能になりました。つまり海藻にとっての重要な栄養が蓄えられたリーフボールが海底にしっかり鎮座することで、そこから多くの海藻が再生し、その海藻の胞子が海に広がっていくことで、藻場が再生していくのです。これらの技術は、2023年に特許取得および国際特許出願※を行いました。

工場で製造されたリーフボール

より幅広いエリア再生のため「藻場牧場」の実現を

藤:もともとアメリカで開発されたリーフボールにさらに改良を加えて、日本の藻場再生に最適なものへと進化させた、ということですね。実際に成果は出ているのでしょうか?

池田:本格的な実証実験を始めたのは2019年からになるのですが、リーフボールを設置したところは、ほぼすべてしっかりと海藻が育っています。他にもさまざまな藻場再生技術はあるのですが、1年目は海藻が生えても2年目以降は生えてこない、というケースが非常に多いです。しかし、私たちのリーフボールは、2年目以降もしっかり海藻が生えてくることが実証できています。

藤:リーフボールの技術は非常にポテンシャルが高いと思います。もっともっとリーフボールが普及するように、私も微力ながらお手伝いしたいと思います。

池田:今はさまざまな漁協などにご協力いただいて、設置の場所を少しずつですが広げているような状態です。少しでも多くの人にリーフボールを知っていただき、ぜひとも使っていただきたいと思います。

2022年には、長崎市が認定する「優れモノ認証制度」にリーフボール藻礁が認定されました。また、国土交通省が新技術の活用のため、新技術に関わる情報の共有および提供を目的として整備した「建新技術情報提供システム(NETIS:New Technology Information System)にも申請をしています。私たちの技術を知っていただければ、きっと興味を持っていただけるのではないかと思っています。また一方で、子どもたちとのワークショップなども実施しており、次世代への海洋教育も積極的に進めています。

これから特にチャレンジしたいと思っているのが「海藻牧場」の展開です。使われなくなった港湾など、一定のエリアを仕切ってそこにリーフボールを設置し、藻場を再生するとともに、その藻場で生きるアワビやサザエ、ウニなども同時に育成します。魚介類も安定的に収穫することができますし、またここから海藻の胞子が外洋に拡散していくことで、より幅広いエリアでの藻場再生にもつながっていく。そんな海藻牧場の実現に向け、引き続き頑張ってまいります。

「各地の藻場を再生したい」朝日テックのさまざまなチャレンジ

この対談の後、朝日テック本社工場にお邪魔して、リーフボールの製作や、そこで行われている実験の様子を見せていただきました。海の状況によって、最適なものを設置できるように、リーフボールにもさまざまな大きさがあります。また、型抜きを使うことで、オリジナルのリーフボールを作ることもできます。「子供向けのワークショップで、みんなで自分だけのリーフボールを作ろう、といったプログラムもやっています。自分で作ると、より愛着が湧きますし、海のことにも興味が深まるようです」と池田氏は話してくれました。

ワークショップにて作ることができるハート型や星形などに型抜きされたリーフボール

さらに池田氏は、リーフボール以外の製品も開発していました。「リーフボールに練りこんであるフルボ酸鉄が、この細かいブロックにも練りこんであります。これを海中にまくだけで、藻にとっての栄養が少しずつ海に溶け出す、という状態が作れます。まるで魚に餌をやるように、簡単に海に栄養をまくことができるのです。岩場がしっかりあるところであれば、リーフボールを置かずとも、このブロックで藻場を再生することができます」

フルボ酸鉄が練りこまれたブロック

工場の裏手には、出荷を待つリーフボールがたくさん並んでいます。「なかなか思い通りにはいかないのですが、それでも少しずつリーフボールに興味を持ってくださる人は増えています。長崎や九州地区だけではなく、今では北海道でも実験を行っています。とにかくこれを設置すれば、必ず藻場は再生する。ぜひ多くの人に仲間になっていただきたいと思っています」と池田氏は熱く語ってくださいました。

 


 

日米の技術を融合させ、リーフボールを進化させる池田氏。地球温暖化という大きな社会課題の解決のため、これからも挑戦を続けます。

次回は、リーフボールを長崎県壱岐市に設置し、藻場再生に取り組んでいる一般社団法人「マリンハビタット壱岐」代表の田山久倫氏と、電通の藤孝司氏による対談をお届けします。

※特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願であり、出願することで世界のPCT加盟国157カ国の特許権利を一定期間保有するPCT出願制のこと

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

池田 修

池田 修

株式会社朝日テック

1949年12月11日長崎県長崎市生まれ。1972年立命館大学産業社会学経営学部卒業(経営学士)し、広貿商株式会社に入社(東京本社)。1975年にNikko America Co., Ltd.の駐在所長としてNYへ渡米し、1985年にはEnvironmental Technology LLCの代表取締役に就任する。2013年に帰国後、株式会社朝日テックの代表取締役に就任、現在に至る。国連本部奉仕*1980年:UN World Peace Bell Association USA Inc.(米国公益法人国連世界ピースベル協会 理事長就任)1980~2013年国連本部年次総会開催式典主催。

藤 孝司

藤 孝司

株式会社 電通

環境・エネルギー領域のスペシャリストとして、株式会社 電通内の横断組織DEMSに所属し、国内外のエネルギー関連企業、スタートアップとの事業開発等を10年以上担当。2019年から脱炭素・カーボンニュートラル領域を担当し、グループ横断でのカーボンニュートラルに関するソリューション・取り組みを連携し、ご提供していく「dentsu carbon neutral solutions」を立ち上げる。環境省と行動経済学(ナッジ手法)を活用した脱炭素型ライフスタイルへの行動変容ナレッジの開発や海洋国家である日本として取り組むべき磯焼け問題(海の砂漠化)解決のためのブルーカーボンプロジェクトを社内外メンバーとプロジェクトを推進。2025年の大阪・関西万博を「海の万博」として日本独自の取り組みを世界各国に発信していくことを目標に日々活動中。

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