先の見通しがつきにくい時代、中長期の未来に向けた事業戦略を打ち出すためには、人や社会がこれからどのように変化していくのか読み解いていくことが必要です。国内電通グループの横断組織「未来事業創研」では、2023年12月、2040年の社会実態を予測し、顧客企業の未来に向けた事業創造を支援する「電通 未来ファインダー100」を開発、提供を開始しました。「電通 未来ファインダー100」は、どういった背景から生まれ、企業のどのような悩みに応えるのでしょうか? 未来事業創研ファウンダーである、株式会社 電通の吉田健太郎氏に伺いました。前後編の2回に分けてお届けします。
価値軸が変化する時代、未来に関する困り事に応える組織を
Q. 2023年12月に、未来事業創研から「電通 未来ファインダー100」が提供開始されました。より良い未来を構想するためのヒントをまとめているということですが、どのようなツールなのでしょうか?
吉田:「電通 未来ファインダー100」は、8カテゴリー・100テーマ別により良い未来を構想するためのヒントをまとめた情報ツールです。表面には「未来ファインダー」、裏面には「未来チャンス」が書かれています。未来ファインダーとは、信頼できる外部情報を基にした定量データをベースに、電通グループ内で企業の未来事業・サービス開発などに携わり、さまざまな領域で専門的な知見を持つ「未来のプロ」たちが予測した、2040年に実現していそうなことを記載しています。例えば「フィジカルだけでなくメンタルの健康管理が義務化。心のケアとマネジメントが社会生活の中での常識に」といったことです。一方、未来チャンスとは、「こんな人が出てきそう」「こんな社会になりそう」「こんな事業ができそう」といった未来の兆しをまとめています。
電通 未来ファインダー100(表面)
電通 未来ファインダー100(裏面)Q.そもそも未来事業創研とはどういった組織なのか、設立背景とともに教えてください。
吉田:独自のアプローチで企業の「未来価値」を見いだす、電通と国内電通グループ7社による(※1)横断組織です。2021年の発足時から、未来の生活者インサイトに関する知見の提供や、未来視点での事業開発・商品開発、ワークショップなどを通じて、企業の事業成長をサポートしてきました。
未来事業創研の設立背景としては、主に2つの理由が挙げられます。1つは、世の中の変化に沿った組織をつくろうと思ったこと。私たちはいつも「GDP(国内総生産)からGDW(Gross Domestic Well-being:国内総充実)」という話をするのですが、これまで社会や企業で重視されてきた価値軸が変化していくタイミングが、まさに今だと思っています。本来、企業は株主に対して「株価を上昇させるために、こういうふうに売り上げを伸ばします」と表明しなければいけませんが、現在の日本では人口が目に見えて減っていて、ものを多く売るといった経済指標の目標だけでは限界がきてしまいます。加えて、SDGsの視点も大切な要素です。たくさんのものを作るには、それだけたくさんの材料やエネルギーを消費する必要がありますし、それに伴って多くの廃棄物が出ます。大量生産し、ただ売り上げを上げることだけが企業の価値ではない時代になってきました。
しかし、企業は、それは分かっているものの、今までの成長ベクトル上でビジネスをしていくというふうに株主にコミットしてしまっているので、簡単に方向転換はできません。未来は変わっていく中、今までと同じことをやっていてはいけないという危機感はあるけど、どうしたらいいか分からない……そのような課題を持つ企業が増えてきている状況を受け、これまで電通グループ内にあった未来の事業創造やサービス開発に携わる組織や人材を結集し、新たに専門組織をつくりました。企業から見ても「未来のことで困ったら電通に相談だ」と分かりやすいですし、さまざまな領域の専門家が持つノウハウを有機的に統合・活用できたことで、あらゆる企業の未来価値創造に貢献できるような組織だと思っています。
株式会社 電通 吉田 健太郎 氏次世代が未来を待ち遠しいと思える社会を実現するために
Q. 世の中のニーズに応えていこうということで、未来事業創研を設立されたんですね。もう1つの理由というのは?
吉田:もう1つは、次世代が未来に期待できるような取り組みをしていこう、そのためのチームを立ち上げようと考えたことです。私自身のパーソナルな体験がベースになっているのですが、ある日当時中学生だった長男が「昭和に生まれたかった」と言ってきたんです。「昭和って楽しそうだよね」と。息子がそういう思考になるのはなぜかと考えた時に、今の子どもたちは、課題ばかり教えられているからかなと思いました。高齢化や環境問題など、「成長の話よりは未来は悪くなっていく」方向に捉えられてしまっているんですよね。
Q. 確かに、今の子どもからすれば、「昭和って楽しそうだよね」と言いたくなるかもしれませんね。
吉田:私は昭和60年代から平成に差し掛かる時期に思春期を過ごしました。テクノロジーが急速に進化していくワクワク感も味わってきましたが、今の子どもたちは未来に期待を持ちづらくなっているんですよね。実際にα世代やZ世代にアンケート調査をすると、過半数が「未来に不安がある」と答えるわけです。これはまずいと思い、次世代が未来に期待できるようにするために、未来への視点を良い方向に変えられる取り組みができるチームを立ち上げなければならない、と思いました。

Q. 次世代が未来に期待できるような社会を実現するには、課題から始めるのではなく、人々がワクワクするような未来を描いていくことが重要になるのですね。
吉田:そうですね。まずは、「本当の幸せって何だっけ?」というウェルビーイングみたいなことを、もっと考えていかなきゃいけないのではないかなと思います。そこをうまくデザインできている企業やプロダクトは価値が上がっていますよね。例えば、近年大ヒットしたゲームの多くは、テレビの前で友だちと一緒に盛り上がる昭和にもあった楽しさを、今の時代に合った方法で体験ができます。画面の前には自分1人しかいないけれど、ネットワーク越しに同じ空間に集まって、一緒に楽しめる。そういうふうに、今の時代に合わせて、しっかりデザインされたものは、消費者にも価値あるものとして広まっていきます。
作りたいもののビジョンが先にあって「手段としてテクノロジーを使おう」と考える企業と、「課題が先にあって、目先の効率性のためにテクノロジーを使おう」と考える会社では、アウトプットが180度変わると思います。そういうバックキャスティングの思考が、「電通 未来ファインダー100」の背景にもあるのです。
「テクノロジーの進化はある程度予測できるけれど、それによって社会がどう変化していくかは予測しきれない」と、吉田氏は話します。未来事業創研は、信頼できる情報ソースから2040年に向けた予測情報を広く収集し、あえてそこにアプローチしようとしています。後編では、「電通 未来ファインダー100」の活用方法や今後の展望などについて詳しく話を聞きます。
※1 株式会社 電通、株式会社 電通東日本、株式会社 電通西日本、株式会社電通デジタル、株式会社電通コンサルティング、株式会社電通総研、株式会社 電通マクロミルインサイト