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エリア特性を生かした独自のビジネスモデルの構築や、エリア経済の活性化に資する活動事例など、地域の持続可能な発展を目指す取り組みを紹介する連載「エリア経済の未来図」。

連載5回目の今回は、神奈川県藤沢市の「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン」(以下「Fujisawa SST」)に開設された住民参加型の社会実証施設「みらい都市Lab」の取り組みを取材。地域住民のウェルビーイング向上のため、産官学連携で革新的な技術やサービスの試験導入を行う慶應義塾大学 政策・メディア研究科 教授の仰木裕嗣氏、株式会社 電通 第1ビジネス・トランスフォーメーション局 シニア・ディレクターの綾井大介氏、株式会社電通総研 クロスイノベーション本部 本部長の阿野基貴氏、イグニション・ポイント株式会社 執行役員 イノベーション事業本部責任者の安田鉄平氏にインタビューし、住民との共創による未来のまちづくりについて紹介します。

地域住民のウェルビーイング向上を目指す、社会実証施設を開設

Q.2024年10月、「Fujisawa SST」の商業施設「湘南T-SITE」に住民参加型の社会実証施設「みらい都市Lab」がオープンしました。こちらは、どのような施設でしょうか。

綾井:「Fujisawa SST」は、2014年にまちびらきをしたスマートタウンです。パナソニック工場跡地の約19ヘクタールの敷地に、藤沢市とパナソニックをはじめとするパートナー企業など37団体(※2025年6月現在)がコンソーシアムを組成し官民一体でまちづくりを推進してきました。電通もプロジェクトの構想段階からリードメンバーの一員として参画しています。現在は2,500名以上が生活するまちへと成長を遂げ、2024年に約560戸のシニアレジデンスと多機能コミュニティー型スポーツ施設をオープンし、まちの第1章としての開発フェーズが完了しました。

開発が終われば完了となるまちづくりプロジェクトも多くありますが、「Fujisawa SST」は100年続く持続可能なまちを目指しているため、時代や環境に応じてまちが可変性を持てるべく、さまざまな独自の仕組みやまちづくりビジョンを産官学民で共有しながら、現在もまちづくりを進めています。次の10年のまちづくりに向けては「ソフトとしてのまちの進化・発展」に挑み、地域住民のウェルビーイング向上を目的にタウンマネジメントと共創インキュベーションを推進することになりました。そのエンジンとなるのが、住民参加型の社会実証施設「みらい都市Lab」です。

この「みらい都市Lab」は、ウェルビーイング向上に向けた、産官学連携の革新的なサービスや先端技術の提供、試験導入を行う場となります。

Q.「みらい都市Lab」を推進するのは、都市を取り巻く社会課題の解決を目指す「ウェルビーイングシティ研究組合」ということですが、こちらはどのような経緯で設立されたのでしょうか。

安田:新しい技術やサービスの開発に当たり、実証実験を行う場の確保は大きな課題です。イグニション・ポイントでは以前から慶應義塾大学の仰木教授と遠隔リハビリや遠隔介護の研究を進めており、実証実験の必要性を感じていました。そんな中、電通の綾井さんから「みらい都市Lab」の構想を聞き、遠隔リハビリや遠隔介護に限定せず、超高齢社会などの社会課題について住民を巻き込んで実証実験を行う場に進化させたいと考えました。そこで、当社を代表幹事とした5社(イグニション・ポイント、電通総研、株式会社テラアクソン、株式会社シンク・アイ ホールディングス、株式会社EAGLYS)で「ウェルビーイングシティ研究組合」を設立し、「みらい都市Lab」でのさまざまな展示コンテンツやイベントを企画しています。

Q.「ウェルビーイングシティ研究組合」に参画している慶應義塾大学SFC研究所や電通総研は、どのような意義を感じてプロジェクトに参画したのでしょうか。

仰木:遠隔リハビリや遠隔介護の実証実験の場として可能性を感じたのに加えて、「Fujisawa SST」に完成したシニアレジデンスで暮らし始めた高齢者がどうやってコミュニティーに溶け込んでいくのか、そのプロセス解明に価値を感じていました。今後、日本全国で同じような事態が起きることが想定されるため、コミュニティーづくりのパイロットスタディーになればと思い、プロジェクトに参画しました。

阿野:電通総研は、先端技術を活用して企業や社会の課題解決支援を行う「社会進化実装」に力を入れています。今回のプロジェクトは、SDGsの目標11の「住み続けられるまちづくりを」に貢献できますし、要素技術がまだ確立されていない遠隔リハビリ、遠隔介護のAI・テクノロジー開発に産官学で取り組める点に魅力を感じました。ゆくゆくはこの施設で行う実証実験を、一般向けのサービスにつなげられたらと考えています。

Q.プロジェクトの強みを教えてください。

綾井:「みらい都市Lab」の取り組みは、健康寿命の延伸、遠隔リハビリや遠隔介護のテクノロジー開発や実証実験、コミュニティー醸成など、さまざまな要素が有機的に結び付いています。新規事業のプランニングや実行のノウハウがある電通グループ各社、研究開発を担う慶應義塾大学SFC研究所やパートナー企業さま、実証実験の場としてのリアルフィールド(FujisawaSST)がそろっているため、これらの掛け合わせによりアイデアを形にしやすい点が大きな強みだと感じています。

株式会社 電通 綾井 大介氏

要介護度の低い高齢者をサポートする遠隔リハビリを実証

Q.「みらい都市Lab」が進めている、具体的な取り組みを教えてください。

安田:主に、「産官学連携による研究開発プロジェクトへの地域住民の参加およびフィードバックの収集」、「ウェルビーイングシティ研究組合による先進技術・サービスの展示および試供」、「地域住民、学術機関、民間企業の交流を促進する意見交換の場の提供」に取り組んでいます。

前述した遠隔リハビリと遠隔介護もその一例です。超高齢社会の課題の1つに、高齢者の介護需要と供給のバランス崩壊が挙げられます。中でも、要介護度は低いものの、第三者のサポートがないと生活が困難な方はますます増えるでしょう。

こうした方々をオンラインで支援するため、遠隔リハビリの社会実装も進めています。慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスから「みらい都市Lab」に設置した機器を遠隔操作して、リハビリテーションを提供する取り組みを始めたいと考えています。

イグニション・ポイント株式会社 安田 鉄平氏

仰木:コミュニティーづくりに関しては、慶應義塾大学SFCの東海林祐子研究会と連携して健康増進イベントを行っています。2025年4月には、腹圧トレーニング、リズム体操、パターゴルフの運動プログラムを、学生たちと共に実施しました。毎週木曜日には学生が「みらい都市Lab」に常駐し、健康支援プログラムを展開するなどコミュニティーづくりに関心を持つ、巻き込み力の強い学生がたくさん参画し、教育効果の高さも実感しています。

このイベントの目的は、「みらい都市Lab」をふらっと訪れられる雰囲気の場にすることです。この場にコミュニティーをつくり、ゆくゆくはリーダーシップを取る地域住民の方にバトンタッチできればと考えています。コミュニティーが持続するよう、リーダーの世代交代を促す制度づくりも含めて検討を進めていきたいです。

阿野:子どもとシニアが多世代コミュニティーを築けるよう、カードを使ったゲーミフィケーションも企画しています。他にも、「みらい都市Lab」に実際に足を運んでいただき、ウェルビーイングにつながるような仕掛けをいくつか検討中です。

株式会社電通総研 阿野 基貴氏

安田:私は「ウェルビーイングシティ研究組合」メンバーであるAIベンチャー企業テラアクソンの代表としても、本件に参画しています。テラアクソンでは現在、超高齢社会におけるお墓やお仏壇の維持の課題に取り組んでおり、中でも故人の人格を人工知能に移すことに注力しています。将来的には故人の考え方や経験を受け継いだAIに人生相談できるような新しいお墓やお仏壇の可能性を示すことで、「みらい都市Lab」が目指す、先端技術を融合させたウェルビーイングの社会実装を実現する一助になればと考えています。

テクノロジーとコミュニティーで住民の健康を支える

Q.今後の展望をお聞かせください。

仰木:私の信条は、「人間の興味は、最終的に自分の体に行き着く」です。体とは、つまり健康のこと。テクノロジーだけでなく、コミュニティーで健康を支えるモデルづくりに挑戦したいと考えています。

藤沢市の人口は約44万人で、その1/4は65歳以上の高齢者です。今や年金だけで暮らせる時代ではなく、「フルタイムでは働けないけれど、少しは働きたい。どうせ働くなら地域に貢献したい」という方も多いはず。「みらい都市Lab」を通して、地域のために働く機会をうまく創出できたらうれしいです。

2022年から高校では「総合的な探究の時間」が必修になり、高校生がさまざまなテーマを研究し、論文を書いています。地域の課題を考える高校生が加われば、新しくて楽しいプロジェクトになるのではないかと期待しています。

 


 

始動したばかりながら、早くも企業や地域住民から期待の声が寄せられているという「みらい都市Lab」。超高齢化社会やウェルビーイングに関する課題解決への関心の高さが伺えます。テクノロジーとコミュニティーの両輪で、心身ともに健やかな未来をつくるスマートシティの共創拠点として、「みらい都市Lab」の事例は他の地域でもモデルケースになりそうです。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

仰木 裕嗣

仰木 裕嗣

慶應義塾大学

ヒトの運動を力学や数理の目で考えるスポーツバイオメカニクスと、スポーツに関わる工学的研究分野であるスポーツ工学を専門としている。かつて水泳選手・コーチでもあったことから、水泳に関する研究も手がける。近年はスポーツ以外にも医学・理学療法学等の研究も手がけ、またオリンピック・パラリンピックにおける研究開発も担ってきた。競走馬の動作解析も手がける。

綾井 大介

綾井 大介

株式会社 電通

1994年入社。中部支社に配属され企業のブランディング、販促プランニング、大型展示会企画運営などのプロモーション領域に従事。本社異動後は、大手携帯会社や大手家電会社のアカウント&グローバル業務を担当。2012年より、パナソニックを中心に産官学で推進するまちづくり事業「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」プロジェクトに参画。リードメンバーの一員として、コミュニティーデザイン、持続可能な社会のためのPF開発に努める。その他、モビリティ領域や地域創生などでの共創事業、コンソーシアムの組成などを得意とする。

阿野 基貴

阿野 基貴

株式会社電通総研

金融・製造・流通/小売・製薬・省庁/自治体などの幅広いお客さま向けの国際ネットワークサービスの企画・開発を経て、数多くの基幹・業務システム開発やパッケージソフトウェア開発のプロジェクトマネージャー、全体統括責任者を歴任。近年は、AI・UX・クラウド・サイバーセキュリティーなどの日々進化する先端テクノロジーのR&D/CoE組織を統括。最先端のデジタル技術を活用したDXを推進し、企業の業務改革や価値創出を支援。

安田 鉄平

安田 鉄平

イグニション・ポイント株式会社

中学校を卒業後、3年間のバックパッカーを経て美術大学にて映像制作を学ぶ。大学を卒業後、株式会社 博報堂にて映像制作業務に従事。パナソニック、マツダ、ロッテ等のCM制作を経験。28歳でキャリアチェンジを決意。大学院を経てコンサルティング業界へ転身。株式会社電通総研、アクセンチュア株式会社にてITコンサルティングに従事した後、創業期のイグニション・ポイント株式会社に参画。デジタルユニット責任者を務めた後、新事業創出のプロフェッショナル集団を目指すイノベーション事業本部を立ち上げ、同本部の事業責任者に就任。

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