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サステナブルな展示会のつくり方。シャープが挑んだCO2排出量40%減への道

2025/01/28

シャープ 土井陸生氏、電通ライブ 東廣治郎氏
シャープ 土井陸生氏、電通ライブ 東廣治郎氏

 “持続可能な世界”を守るために、世界中の企業が、CO2排出量削減に取り組んでいます。

2024年9月17日・18日の2日間、シャープのプライベート技術展示会「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」(以下「SHARP Tech-Day’24」)が、東京国際フォーラムで開催されました。

2023年から数えて2年目となる今回のイベントでは、これまで以上にサステナブルな展示会を目指すべく、

施工から撤去までに排出されるCO2および廃棄物量を、昨年比40%減

という目標を掲げ、環境に配慮したさまざまな取り組みが行われました。

果たして昨年比40%減という意欲的な目標は、達成できたのでしょうか?その結果は驚くべきものでした。

シャープ ブランド戦略推進部の土井陸生氏と、イベント制作およびCO2排出量の測定と削減施策を担当した電通ライブの東廣治郎氏に、シャープのチャレンジの意義について伺いました。

<目次>

サステナビリティの“潮目”をシャープが変えたい

5つのフェーズからなる電通ライブの「イベントカーボンパッケージ」とは?

目標を大きく上回る成果を挙げるも、挑戦は今始まったばかり!

サステナビリティの“潮目”をシャープが変えたい

──お二人の自己紹介をお願いします。

土井:私はシャープのブランド戦略推進部に所属し、ブランド価値向上の一環として、主にイベントの企画、制作、施工、運用を担当しています。SHARP Tech-Day’24でも、電通ライブをはじめとする協力会社と共に、企画から運用までの全フェーズに関わりました。

東:私は電通ライブのプロデューサーとして、イベントや空間を起点とした企業コミュニケーションのサポートをしています。SHARP Tech-Day は昨年も担当しており、今年は、サステナビリティ支援の観点で、CO2の計測や削減施策について、自社内のプロジェクトである「サステナブル・イベント研究会」のメンバーと連携して実施しました。

──SHARP Tech-Dayとはどんなイベントなのでしょうか?

土井:シャープの創立111周年となる2023年に始めた、クライアントやパートナーに向けたテクノロジーの展示会です。展示や講演を通してシャープが目指す未来のビジョンを示すことで、新たな共創を生み出すことを目的としています。2回目となる今回も、シャープが取り組む「AI」「EV(電気自動車)」をはじめ、家庭や通信、産業など、さまざまな分野の最新テクノロジーの実装イメージや実例を紹介しました。

また、シャープではESG経営を推進しているという背景もあり、これまで以上にサステナブルな展示会を目指すことになりました。
具体的に掲げた数値目標は、「施工から撤去までに排出されるCO2および廃棄物量を昨年比40%減」。当社発信のイベント開催リリースでもこの目標を公表し、環境配慮に取り組むことを宣言しています。

「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」を開催

 

──40%はかなりインパクトのある数字です。この目標を掲げるに至った、当時の課題感を教えてください。

土井:それまでに出展したイベントでは、さまざまなブースで「サステナビリティやカーボンニュートラルに貢献します!」と言いながら、イベント後の撤収作業で、什器(じゅうき)などの木材を各社が大量に廃棄したりしているギャップを目の当たりにしました。そんな、ある意味で矛盾した状況に対して、シャープでも「もっとやれることがあるんじゃないか」という声があったのです。

実際前年(2023年)のSHARP Tech-Day’23も、木工のデザイン什器(造作した什器)が多かったり、撤収のときも廃棄が大量に出ていましたので、社内で「まず、廃棄物を減らそう」と話し合いました。電通ライブには昨年のSHARP Tech-Dayもお手伝いいただいたので、そうした様子は目の当たりにされていますよね。

東:はい。シャープに限らず多くのイベントを手掛ける電通ライブ社内でも、もっと「サステナブルなイベント」というものを意識づけしていこうという機運が高まっていたので、シャープの課題意識に大変共感しました。せっかく本業で環境配慮や省エネ問題に真剣に取り組んでいらっしゃるのに、ユーザーとの接点となるイベントでこの問題に真っ向から向き合わないのはもったいないですからね。

土井:シャープとしても、1社の単発のイベントとして考えるのではなく、「次のSHARP Tech-Dayを機に、イベントにおけるサステナビリティへの取り組みの潮目を変えたい」と強く感じていました。この大きな思いが、電通ライブと合致したわけです。

──電通ライブと協業した経緯と、本イベントにおける役割分担を教えてください。

土井:まずはシャープ社内でイベントのコアとなる大枠のプランを固めた後に、数社から提案していただきました。その中でも、サステナビリティ領域の経験値が高く、当社の要望に一番応えてくれそうだったのが、電通・電通ライブでした。シャープと同じ視点に立って考えていただけそうだと感じたんです。電通・電通ライブには、企画骨子の部分から、資材の手配、設営、当日の運用、撤収、設定した目標の評価に至るまで、イベントの大部分の工程で伴走してもらいました。

東:これほど大規模なイベントであれば、1社ではなく複数のイベント会社で分担することが多く、実際昨年のTech-Dayでは乃村工藝社等と電通グループへシャープから分離発注をされていましたが、今回はCO2削減が大きなテーマです。そのため、「1社で予算管理も含めて全体を統括した方が、CO2削減量をコントロールしやすいのではないか」というお話をいただきました。そこで、イベント全体の運用・施工など、全てを電通グループで担当させていただくことになりました。

ちなみに乃村工藝社も「サステナブルイベント協議会」の参画企業ということで、今回の方針への目線合わせは非常にスムーズでした。

※サステナブルイベント協議会とは
https://www.dentsulive.co.jp/column/20240216


土井:商品輸送などシャープから他の協力会社に依頼した部分もありますが、基本的には電通ライブを中心とする電通グループにかじ取りをしていただいています。

──「施工から撤去までに排出されるCO2および廃棄物量を昨年比40%減」という目標は、シャープと電通ライブで話し合って決めた数字なのでしょうか。

土井:そうですね。最初にシャープが考えていたのは、「目標を数値化して、キャッチーに見せたい」ということ。これを東さんたち電通ライブのチームに相談したところ、「CO2削減目標を数値化しましょうか?」との提案をいただいたんです。

東:きちんと計画を立てれば、大幅な削減が達成できると確信していました。というものの、実は最初の提案では「20%削減」としていたんです。ですが、シャープから「いや、40%にできないか」と打診があったんですよね。

土井:それは、自分たちを追い込むためですね(笑)。シャープにとってチャレンジングと言えるだけの目標を、それも「数字」という逃げ場のない目標を掲げることが、「イベントにおけるサステナビリティへの取り組みの潮目を変えたい」という気持ちを形にするため、何よりも大事だったんです。

2024年推計

5つのフェーズからなる電通ライブの「イベントカーボンパッケージ」とは?

──CO2削減への取り組みが決定した後、どのようなことを行っていったのでしょうか。

東:取り組みをより効果的に遂行するために、「イベントカーボンパッケージ」というアクションフローを提案しました。

イベントカーボンパッケージ

東:まず、前年のSHARP Tech-Day’23で、どのくらいのCO2排出量・廃棄物量があったのかを細かく計測する必要がありました。その結果、CO2削減のボトルネックとなっているのは、「輸送」「人件費」「施工/造作物」だと分かりました。

「前回は大量の木材が捨てられていたので、そこは改善できそうだ」

「大阪に本社を構えるシャープが東京でイベント開催するので、輸送時のCO2排出量はかなり膨れ上がる。ここをどうするか」

などと協議し、具体的な削減提案に落とし込んでいきました。

シャープはモノづくりの会社ですから、初期段階では各事業部のアイデアが膨らみすぎて施工費が予算を上回ってしまい、土井さんも苦労されていましたよね。電通ライブからも皆さんに、「今年のテーマはサステナブルですよ」というお話をさせていただきました。

土井:最初はみんな自由なことを言うんですよね(笑)。というのも、東さんのおっしゃるとおりモノをつくる会社なので、クリエイティビティにこだわりがあります。サステナビリティのためにクオリティを犠牲にするのは、みんな抵抗があるわけです。そこで、「いいモノをつくること」と、「なるべくCO2や廃棄を出さないこと」の、良い落としどころを見つけるために、東さんたちにも協力してもらいました。

中でも、「陳列什器の廃棄物から減らそう」という方針は、初期段階に決定しました。オリジナルでゼロから造作したデザイン什器ではなく、「レンタルのシステム什器(規格統一された量産什器)を使おう」ということになったのですが、結果的に「人は派手なものに引かれるけれど、中身で勝負しよう」という意識が社内にも浸透していきました。

東:とはいえ、システム什器のみを使うと見た目がどうしても画一的になってしまいます。来場者に対するインパクトをどうつくり出すのかは、大きな課題でした。この壁を乗り越えられたのは、シャープのデザインチームの皆さんが、システム什器を使った効果的な見せ方を、最後まで妥協せずに考えてくださったからです。

土井:最終的には、全ての展示にシステム什器を使うのではなく、「ここはしっかり見せたい」という部分だけはゼロから造作したデザイン什器を使うという、いわば“ハイブリッド型”の方針に落ち着きましたね。ただし、それらのデザイン什器は、別イベントでリユースすることを見越してデザインしています。今回でいえば、直後にCEATEC2024が予定されていたので、デザイン什器をリユースしました。せっかくつくったものを、1イベントで終わらせないという前例をつくることができたのは、本当に良かったですね。

東:取り組みの象徴としては什器の件がありますが、それだけでは大胆な数値目標を達成できません。そこで今回、さまざまな「そもそも」を見直すことで大幅なCO2削減を実現しました。

まず、イベント会期を3日間から2日間に減らしました。会場も、前年の東京ビッグサイトから、より都内からのアクセスの良い東京国際フォーラムに変更することで、「輸送」「移動」を削減。また、制作物も大阪のシャープ本社でつくってから東京に運ぶのではなく、イベントのある東京で制作することを徹底しました。

──本気でサステナビリティに取り組むために、「そもそも」の部分を大胆に変えていったのですね。

東:そして、数字さえ達成できればいいというわけではありません。もちろん数字に表れない部分でも、地球環境への配慮をかなり意識しました。例えば、講演中にお客さまに配る水を、ペットボトルから紙パックに変更しています。これは、紙パックをメーカーに返却すると、トイレットペーパーにリサイクルしてくれるという商品です。

土井:また、こうしたBtoBイベントの必需品ともいえるネームホルダーは、再生プラスチック100%のものを採用。スタッフが着用するユニフォームもリサイクル繊維のものを使用しました。  

目標を大きく上回る成果を挙げるも、挑戦は今始まったばかり!

──イベントを終えて、今回の取り組みの成果や、反響を教えてください。

東:まず、イベント後、搬出時の廃棄ボリュームが大きく変化しました。2023年に77m3も出ていた廃棄物が、今年は18m3に。この結果には、デザイン什器を廃棄せず、他イベントにリユースする方針も大きく影響しています。

また、イベントに関わるCO2排出量は301.33tから97tに、廃棄物量は41.5tから8.03tに削減されました。つまり、「CO2は67.8%削減」「廃棄物量は80.4%削減」。CO2、廃棄物量ともに、目標であった前年比40%削減を、大きく上回る結果となりました。

廃棄物量比較

──67.8%削減!当初の20%目標を思うと、非常にインパクトの大きい結果ですね。

東:目標を達成できなかった場合には、他者の削減活動に投資して埋め合わせる「カーボンオフセット」という手法もあるのですが、それを利用せずに自己努力で達成できたのは本当に良かったと思います。

土井:本気で取り組めば、CO2削減は必ず実現できるということですね。ただ単に数字を削ればいいというわけではなく、デザイン面でも決して妥協せず最後まで調整し続けたことで、モノづくりのシャープとしても自信が持てるような成功体験になりました。

そして、サステナブルへの取り組みは、1社だけでやるのではなく、協力会社含め、周りを巻き込むことで大きな成果を生めるんだと実感できたのも大きな収穫でした。

今回の取り組みを通して、電通ライブ、電通グループの「実行力」の高さを感じましたね。単にコストやクオリティだけで考えるのはなく、きちんとわれわれと同じ方向を向いて最後までやり遂げてくれる姿勢が、非常にありがたいと思いました。

東:ありがとうございます!今回の協業は、SDGsでいうところの、「17:パートナーシップで目標を達成しよう」にも通じますよね。私たちもイベント制作のプロとして、シャープという会社の本気の熱意に影響を受け、一生懸命やらせていただきました。

土井:シャープの経営理念である「誠意と創意」を体現できたことも、誇りに思っています。もちろん、シャープにとって最も基盤となる「誠意」は、お客さまのために良い製品をつくることです。しかしそれに加えて、「地球環境を考え、美しいイベントをデザインすること」も誠意です。この誠意が、レンタルのシステム什器とオリジナルのデザイン什器のハイブリッドといった「創意」にもつながったのは、われわれにとって大きな意義を持ちます。

東:企業の頑張りによって、世の中がもっと良くなって、地球も元気になる。そんなシャープのお手伝いができて、非常にうれしく思います。

──これからのCO2削減への取り組みについての展望を教えてください。

土井:もちろん今後もこの活動を継続していきますが、大切なのはこれからです。今年、相当削減していますから、来年、同じことをやっても「前年比40%削減」は実現できません。「数字のインパクト」にとらわれることなく、しっかりと地に足のついた別の目標設定を考えていかなければと思っています。

具体的な施策はこれから詰めていきますが、今はまずこの取り組みの意義を、シャープ社員、シャープのお客さまにまで波及させていければと考えています。「このイベントに参加すると、地球にポジティブな影響を与えることができる」ことを共通認識に持ってもらい、社員・お客さまと共に達成すべき次なる目標設定を模索していきたいですね。

東:シャープの取り組みは、他の企業にも大きな影響を与えると思います。電通ライブも、サステナブルなイベントというものをさまざまな企業と追求していきたいと思っていますが、そのためには、企業がCO2削減を推進しやすいように、共通ルールを整備することも大切ですよね。例えば、電通ライブのメンバーも所属する日本イベント産業振興会(JACE)では、今、新しいエコ素材の評価基準を標準化していく活動を進めています。

──エコ素材の評価基準とはどういったものなのでしょうか?

東:現在はどんな素材でも、環境負荷を評価するときには、環境省が作成している「係数」を使います。でも、新しく開発されたばかりの素材はまだ係数が発表されていないので、結局「かかった費用」で評価せざるを得ないんですよね。そして基本的に新素材はコストが高いので、たとえエコ素材だとしてもCO2排出量が高く算出されてしまうんです。

これでは、せっかく素晴らしい新素材を開発している会社があっても、そのサステナブルな取り組みが報われなくなってしまいます。これはおかしいよねということで、JACEでも問題視されていて、この矛盾を解消しようという取り組みが始まっています。

──今回のSHARP Tech-Dayもそうですが、目先の数字にとらわれるのではなく、本質的な問題解決が重要ということですね。

東:そう思います。また、電通ライブでは、イベントにおける「サステナブル」の捉え方を、環境だけではなく全方位的に広げていければと思っています。ダイバーシティ推進もその一つとして評価されるようになるはずですし、そうしていかなければならないと考えています。

土井:私たちシャープも、ダイバーシティはますます重要になるキーワードだと考えています。例えば、アメリカのテック関連の展示会に行くと、車椅子と酸素ボンベを使用している人を非常に多く見かけます。多様な属性、障害の有無を問わず、全ての人がお互いを尊重する「インクルーシブ」な考え方が、アメリカではいち早く定着しているんです。シャープは、日本がそういった社会となるための働きかけに、先陣を切ってチャレンジしていきたいんですよね。「シャープは面白い取り組みをしているな」と注目されるようなことをしていきたいし、それが人々の意識変革につながればと常に思っています。

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