アメリカ発の教育系アプリ「Duolingo」はいかにして日本市場に参入・成功できたのか?
2025/10/03

現在教育系アプリのカテゴリーでは日本で最もダウンロードされている、アメリカ生まれのアプリ「Duolingo」(デュオリンゴ)。
「デュオリンゴロゴロ」の歌にあわせて緑のフクロウのマスコットDuo(デュオ)がゴロゴロと転がるCMを、目にしたことのある人も多いのではないでしょうか。
そんなDuolingoですが、2020年に日本に本格参入した当初は、認知度は5%以下でした。それが2025年現在は認知度20%を超え、デイリーアクティブユーザー数も10倍以上となっています。その背景には、電通による綿密なメディアプランニングと、日本人に刺さるクリエイティブの力が大きく寄与しました。
今回は、Duolingo日本市場責任者の水谷翔氏と、本件のクリエイティブを担当した電通の奥野圭亮氏にインタビュー。電通のビジネスプロデューサー荒川太一氏が聞き手となり、「デュオリンゴロゴロ」のテレビCM放送までの裏側を中心に、Duolingoのこれまでの歩みや電通がどのように伴走してきたかを振り返ります。
<目次>
▼認知度3.8%からの挑戦。テレビCMにこだわった理由は?
▼お風呂で楽しむユーザーからヒントを得た「デュオリンゴロゴロ」
▼徹底したリサーチで本国を説得!テレビCMの効果を数字でアピール
▼テレビCMの成功で、教育カテゴリー売り上げ1位アプリに
▼日本市場進出の鍵は、メディアプランとクリエイティブの徹底した準備
認知度3.8%からの挑戦。テレビCMにこだわった理由は?

荒川:水谷さんは2020年8月にDuolingo に入社されています。日本に本格参入するタイミングだったと思いますが、当時はどのような課題を抱えていたのでしょうか。
水谷:2021年3月時点でDuolingoの日本国内での認知度は3.8%で、そもそも知られていないことが課題でした。一方で、
- アプリの存在を知ってさえいれば高い確率で利用してくれる
- そして利用者は継続使用してくれる割合が高い
といったことも分かっていました。だからこそやるべきことは明確で、まずは認知度アップに向けて取り組む必要がありました。その中でも私は入社当初からテレビCMをやりたいと考えていたんです。
荒川:なぜテレビCMだったのでしょうか?
水谷:一つは前職で関わっていたアプリでもテレビCMを活用した経験があり、そこで「アプリの認知度向上にはテレビだ」と、効果を体感したからです。もう一つの理由は、Duolingoという商材自体もテレビCMと相性が良いと考えていたからです。
というのも、Duolingoは若年層だけでなく、老若男女すべてに受け入れられています。特に、テレビ視聴者が多い年齢層が高めの方々は、使ってさえもらえばアプリの定着率が高いことも分かっていました。そのため、当初からテレビCMと親和性が高いと感じていたんです。
荒川:グローバル展開しているアプリの場合、各国でクリエイティブを統一していたりすることが多いと思います。日本オリジナルのクリエイティブにした理由はなんでしょうか?
水谷:DuolingoはアメリカでもテレビCMを放送していますが、アプリの認知向上が目的というよりもブランディング寄りの内容となっています。それに、いかにも海外らしい3Dアニメーションで制作されているので、本国のクリエイティブを日本でそのまま活用するのではなく、オリジナルで作る必要があると考えていました。
荒川:奥野さんは、初期からDuolingoのCMでクリエイティブディレクターを務めていますよね。関わることになったきっかけはなんだったのでしょうか?
奥野:私は水谷さんの前職時代から付き合いがあったんです。そして今でも印象に残っているのが、水谷さんになぜDuolingoに入社されるのかを聞いたときのことです。
「Duolingoは、教育格差を解消し、貧富の差が教育環境に影響しない世界の実現というミッションを掲げている。僕も世界を良くすることに人生をかけたい」
とおっしゃっていて。これは何か手伝わなきゃいけない!と思ったんです。
その後、二人で相談しながら、アプリの認知度を高めるにはまずDuolingoというネーミングを訴求したほうがいいという話になり、ウェブ用の動画を制作しました。「デュオリンゴロゴロ」のフレーズを用いてオリジナルソングを作り、結果的にこれがテレビCMの種になりました。
お風呂で楽しむユーザーからヒントを得た「デュオリンゴロゴロ」

荒川:「デュオリンゴロゴロ」というあの印象的なフレーズは、どこから生まれたのでしょうか?
水谷:私がDuolingoの利用者にインタビューを重ねる中で、気づいたことがヒントになっています。利用者インタビューでは、Duolingoの価値について、「朝起きたときとか寝る前にできるから便利」という声を多く聞きました。
その中で、ある男性が「2年間、お風呂場でDuolingoを毎日使っている」とおっしゃったんです。そのときは特に引っかからなかったのですが、後からよく考えてみると、不思議だなと。リラックスタイムにわざわざ勉強するのはなぜだろう?と疑問がわきました。
そこでもう一度その男性に電話をして、なぜお風呂で利用しているかを聞きました。ご自身でも理由は分かっていないようだったのですが、「以前はお風呂でInstagramを見ていた」と聞いて、Duolingoはマンガを読んだりSNSを見たりするのと同じ感覚で使われているんだ!と気づいたんです。
つまり、ボーっとしているリラックスタイムでも語学を学べるところに、Duolingoのベネフィットがある。それは「ゴロゴロしながら学べるアプリ」とも言い換えられると思いました。
それを奥野さんに話したところ、「デュオリンゴロゴロ」が出来上がりました。ああこんな手があったかと、最初に動画を見たときは一人で笑ってしまいましたね(笑)。
奥野:「デュオリンゴ」と「ゴロゴロ」の「ゴ」がリンクしたのでこれは作りやすいぞと。でも僕としてはそれ以上に、言いたいことを絞って作らせてもらえたことが良かったと考えています。
Duolingoは、無料で、40言語以上が学べて、ゲーム要素があって……とさまざまな特徴があり、伝えたいことはたくさんあったと思うんです。それを我慢して、ネーミングと、アプリの最も大きな価値を伝えることだけに注力したことが、最初に作成するクリエイティブとしては良かったポイントですね。
徹底したリサーチで本国を説得!テレビCMの効果を数字でアピール

荒川:まず「デュオリンゴロゴロ」のウェブ動画が作られ、その後、全国でテレビCMが放映されたのは2022年5月でした。実現までいろいろな苦労があったと思いますが、そもそも日本の地上波でテレビCMを放送したいと、アメリカ本国を説得するのは大変だったのではないでしょうか。
水谷:そうなんです。大前提として、日本と韓国以外の市場ではテレビCMがあまりうまくいっていないので、グローバルからすると「なぜテレビCM?」という疑問が最初にあります。テレビCMはコストが高すぎる上に、それが結果につながらないケースも多い。ましてやアプリという商材だと、効果をトラッキングできるデジタル広告と比べてコストに見合わないと、消極的になるグローバル企業が多いと思います。
日本や韓国でテレビCMが有効な理由は、テレビ離れと言われながらも、他国と比べるとまだまだテレビ自体が見られているから。そして日本はチャンネル数が少ないことも理由の一つです。アメリカなどではケーブルテレビが主流なんですが、そもそもの数が100チャンネル以上になるので、視聴者も分散されてしまうんですよね。
荒川:テレビのチャンネル数が少ない日本のメディア事情は、グローバルで見ると特殊なんですね。そこをどう説得していったのでしょうか。
水谷:テレビCMの全国放送の前に、地方でテストマーケティングを行えたことが説得材料としては大きかったです。実は最初のテストマーケティングでは予定していたクリエイティブの完成が間に合わず、別のグローバル素材を使用しました。とはいえそこで諦めることができず、追加でテストを行い、そのスコアが最初のテストの数値を大きく上回れたら再度挑戦させてほしいと、本国に粘り強く交渉しました。
「デュオリンゴロゴロ」を含む何パターンかのテスト動画で検証を行い、結果的に最もスコアが良かった「デュオリンゴロゴロ」でテレビCMを作ることに。最終的には、CPI(※)も最初のテストマーケティングのときの三分の一ぐらいになりました。
※CPI=Cost Per Install。アプリの1インストールあたりにかかる費用
荒川:テレビCMを実施する前、最後は電通も交えてDuolingoのメディアディレクターにプレゼンをしましたよね。
水谷:すでにテストマーケティングのスコアを上回る結果が出ていたので、本国の経営陣からGOサインはもらっていたのですが、メディア部門のトップが最後までテレビCMに懐疑的だったんです。そこで、電通のメディアプランナーである吉岡俊祐さんを中心にプレゼン資料を作り、当社のグローバルチームとミーティングを行いました。
そこで日本のメディア事情というものを説明し、地方でのテストマーケティング結果から算出した、「デュオリンゴロゴロ」の全国のCPIについても話しました。吉岡さんが何を聞かれても定量的な数字で答えてくれるので、説得力がありましたね。
また、説明の際に効果的だったのが、電通のソリューションである「STADIA」(※)の活用です。「STADIA」を使えば、テレビCMを見た人がどの程度アプリをダウンロードしたのか、パフォーマンスが良かった放送局・番組・時間帯までわかるので、説得材料として非常に有効でした。こうしたテレビ視聴ログやその効果測定というのは、グローバルでは取れないデータなので、本国でも高く評価されました。
※STADIA=電通による、テレビの実視聴ログに基づくデジタル広告配信・効果検証の統合マーケティングプラットフォーム。従来は効果測定が難しかったテレビで、デジタルとかけ合わせた分析が可能。

もう一つ大きかったのが、日本ではテレビCMが効くということに加えて、「テレビCM期間中はデジタル広告のCPIも良くなる」という副次的効果があります。つまり一度テレビCMで見たアプリは、その後にデジタル広告で接触した際に、「テレビで見たアプリだ」といういわば“ハロー効果”が働くんですね。これも実際のテストの数値を示しました。
こうした詳細な分析と説明のおかげで、メディア部門のトップを含めて社内に理解してもらえたことで、全国放送までこぎつけることができました。
テレビCMの成功で、教育カテゴリー売り上げ1位アプリに
荒川:テレビCMは、結果的に大成功でしたね!
水谷:はい、社内からも「今期の最も大きな成功が、日本のこのキャンペーンだ」と評価いただき、私自身も一安心でした。Appストアでもダウンロードランキングが約100位から3位へと急上昇し、課題だった認知度も2023年6月には16%までアップしました。その後、デイリーアクティブユーザー数も日本に参入した2020年と比べると2024年には10倍を超え、2023年から現在まで、教育カテゴリーのダウンロード数・収益ともにナンバー1のアプリになるまで成長しました。
奥野:その後も全国版のテレビCMをいくつか作りましたよね。2023年にはよりアニメのクオリティを高めた「デュオリンゴロゴロ」のCMを作ることになり、辻川幸一郎監督と細かいディテールまでつめたアニメーションにしていきました。
水谷:このCMは、クオリティが高いと社内でも好評で、当社のクリエイティブチーム含め皆とても気に入っています!


奥野:Duolingoのグローバルクリエイターであるジェームス・クジンスキーさんともお付き合いが長くなり、良い関係が築けていると感じます。日本とアメリカではクリエイティブにも違いがあって、例えば日本はCMのアニメーションは2Dが主流ですが、アメリカでは3Dが多いんです。
また、「かわいい」の認識も少し異なっているように思いました。というのも、緑のフクロウであるDuo(デュオ)はDuolingoの世界共通キャラクターですが、僕は最初に見た時にかわいいなって思ったんです。でも本国ではどちらかというと“変わり者”のキャラクターなんですよね。学習をサボると「まだやらないの?」「今日がもう終わっちゃうよ!」としつこく圧をかけてきたり怒ったり(笑)。キャラクターへの認識の違いをお互いに探り合いながら、本国にも説明をして、ご理解をいただき、少しずつすり合わせていきました。
でも、今振り返ると、最初にDuoのかわいらしさが伝わるようなCMを作れてよかったと思っています。ジェームスさんがそこをしっかりご理解してくださったのはありがたかったなと。最初からDuoらしさ全開でいくと、もしかしたら日本ではなかなか受け入れられなかったかもしれません(笑)。とはいえ、5年かけて少しずつ世界基準のDuoにキャラクターを歩み寄らせていて、2024年に放送された実写版のCMは、かわいいだけではないDuoの個性的な一面も伝わるものになっていると思います。
水谷:CMの数値的な結果はもちろんですが、奥野さんたちが手掛けるクリエイティブ自体のクオリティが高く、キャラクターのこともよく理解していただいているので、当社のクリエイティブチームから信頼を勝ち得ていると思います。
そしてクリエイティブだけでなく、メディアプランニングの側面でも電通への信頼は厚いと感じます。最初はテレビCMの放送前に電通を交えたキックオフミーティングを実施して、吉岡さんたちからメディアプランのシミュレーション結果や分析結果を説明いただいていましたが、次第にその必要もなくなりました。というのも、上層部から「彼ら(電通)は“マニアック”だからもう大丈夫だろう」と言われるようになったからです(笑)。
奥野:“メディアマニア”だと(笑)。
水谷:また、キャンペーンが終わった後も、STADIAのおかげで、例えば「デュオリンゴロゴロ」のCMは土日の方がパフォーマンスが良いから、次は平日に効果を出せるクリエイティブを作ろう、といった次回の施策に向けた建設的な議論ができます。この点も社内では評価されています。
日本市場進出の鍵は、メディアプランとクリエイティブの徹底した準備
荒川:今回のDuolingoの成功事例から見えた、グローバル企業が日本に進出する際に重要なポイントを聞いてみたいのですが、水谷さんはどうお考えでしょうか。
水谷:まず、精緻なメディアプランを準備することが重要だと思います。本件では電通が、日本の特殊なメディア事情を熟知しており、またSTADIAなどを用いた細かな分析をしてくださったことで、最初から社内の信頼を一気につかむことができました。おかげで「デュオリンゴロゴロ」以後は予算も取りやすくなり、動きやすくなりましたよね。
また、クリエイティブに関しては、言語の壁があるので、できるだけ具体的なイメージを本国に共有することが大切だと感じました。テキストだけの説明や参考動画の共有だけでは、正確に伝わらない場合もありますよね。「デュオリンゴロゴロ」のクリエイティブは、歌も入ったビデオコンテを奥野さんに最初に作っていただけたので、社内でもイメージの共有がしやすく、ありがたかったです。
総じて、メディアプランもクリエイティブも最初からしっかりと具体的なものを準備をすることで、本国を説得しやすく、動かしやすくなると思います。
荒川:ありがとうございます!最後に、日本におけるDuolingoの今後の展望を教えてください。
水谷:現在、Duolingo内でユーザーと売り上げが最も多いのはアメリカです。そこを日本が抜くような立ち位置になることが今の目標で、当社の社長もそれを望んでいます。
マーケット的にはまったく無理な話ではなく、特に英語学習者のマーケットは、非英語圏である日本を含めたアジア地域に大きなポテンシャルがあると考えています。Duolingoの今後の戦略の上でも日本はとても重要な国。今後も新規ユーザー拡大に向けて取り組んでいきます。