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PRの業界アワードエントリーは “模範解答” を得られる良き機会
~反省とリベンジ、そしてときどき自己称賛を~

2025/10/01

広告、マーケティング、PRなどのクリエイティブ業界にはさまざまなアワードが存在する。これらに参加することはどういう意義があるのか。賞を取ることは社内外の評価を得るという点で重要だろう。だが、「賞を取って評価を得る」以外にも大事な効果があると考える。本稿では、数あるアワードの潮流と参加することに対しての効果について電通PRで国内外のアワードの審査員を務めてきた井口理が考察する。

何のためにアワードにエントリーするのか

毎年6月に開催されるクリエイティビティの祭典、通称カンヌライオンズの終了後、夏の終わりにかけて各所でアワード報告会が開かれる。開催地であるフランス、カンヌで現地参加できる人数は、その距離や業務の多忙さ、昨今の円安などによる参加費・渡航費の価格高騰などによりかなり制限されているようだが、グローバルなコミュニケーションの潮流をいち早く肌で感じたいトップクリエイターやその高みを目指す若手層は、万全を排してここに集ってくる。実際、現地の熱気を感じてしまうと、しばらくその興奮は冷めやらず、帰国を待たずに自分の仕事と受賞エントリーを比較し、仕掛かりの業務をどこまで高みに昇華させることができるか、そしてあわよくば翌年のカンヌライオンズにエントリーという形で舞い戻ることができないものかと妄想するのが通例だ。

しかし、わずか1年ほどでそこまでたどり着くのはなかなかハードなことと断言できる。くしくも最近のカンヌライオンズの審査基準は、一過性のものよりもより根源的で、さらに継続的な取り組みを評価する方向へとかじを切っているのは間違いないからだ。とはいえ、こういったアワードイベントを体感し、これまでの自身の仕事を顧みるきっかけとするには非常によいタイミングと言えよう。

ご存じの方も多いと思うがカンヌライオンズの前哨戦としてはアジア太平洋地域を対象とした「スパイクスアジア」というアワードもある。より古くから続くタイのパタヤで開催される「アドフェスト」も同様だ。アジア地域での仕事をエントリーできるこれらのアワードでは、審査員たちも地域特性や独特なマーケット課題に精通しており、より同地域を対象とした仕事の本質を評価しやすい状況にある。いきなり世界的なアワードにチャレンジするよりも、まずはこれらのアワードで腕試しをしてみるというのもいいかもしれない。アワードへのエントリーはエージェンシーだけではなく、インハウス(組織内)のPR部門がエントリーすることも可能だ。

もちろん、アワード受賞はそれそのものが目的となってしまってはいけないが、相応の評価を得られれば、そのキャンペーンの妥当性が証明されたことにもなり、エージェンシーやその戦略を採用した企業の担当者も自分の仕事の正統性を確認することができる。これは自身への社内外の評価を向上させるだろうし、また自身にとっても今後の業務へのモチベーションアップに大きく寄与することになる。手がけたキャンペーンが、実際に成功したかどうかはそのビジネス的な成果によって評価が決まるのが当然だが、戦略プランナーとしてはそのプロセスが正しかったのかどうか、あるいはより先進性をもったチャレンジができていたのかといったところは気になるはずだ。そういった定性的な評価を得るためには、こういったアワードにぶつけて各所からの審査員、すなわち業界の識者の講評から客観的な評価を得られるとすれば、それはまれな機会として享受すべきものだろう。

審査基準はコミュニケーション技巧から、事業の取り組みそのものの革新性へ

今年、方々のカンヌライオンズ報告会のまとめとして語られていたのが、広告会社やクリエイティブ・ブティックなどによる表現の巧拙やテクニックを評価する視点から、企業が通常業務の中でいかに世の中と向き合い、社会課題解決も盛り込みながら事業の拡張・発展を実現したかを称賛する意向が強くなったということ。しかしこの流れは脈々と準備されていたであろうことがここ数年のカンヌの変化を見ていればわかる。

5~6年前から各カテゴリーの審査員には事業会社のPR担当者も参加するようになり、業界視点の評価のみならず、「事業会社視点/クライアント視点」でのキャンペーンの価値を評価するという視点が加わっている。また現地のセミナーにおいても、クライアントとエージェンシーが共にステージに上がり、その連綿と続く蜜月の関係から評価に値するような事例が生み出されているといったことをアピールするものが増えているのだ。それはこれまでの「発注する側/される側」といった関係性から、より両者が協働・共創するのがこれからの正しいスタンスだということを示唆しているようにも感じられる。

そんな予兆をしっかりと確信させてくれたのが、今年のカンヌの最多受賞事例であるフランスの保険会社AXAの「Three Words」だ。

2025カンヌライオンズGP最多受賞のAXA「Three Words」

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日本と同様、フランスでも多くが住宅保険へ加入しており、これらの契約は火災や洪水で住居に住めなくなった際に緊急避難場所を提供することになっている。AXA はこの火災・水害用住宅保険契約の対象にさらにもうひとつの危機的状況を追記することとした。それが「and domestic violence(家庭内暴力も)」という3語(=Three Words)だ。

そもそもフランスでは家庭内暴力(DV)の被害届が2016年から2023年までの7年で2倍に増加している中、AXAは10年前からこの問題に取り組み続けてきている。その間に各所の協力を取り付け、DV被害者から通報があったときにはすぐに緊急時車両を派遣し、火災・水害時と同様に緊急避難用住居へと避難させるシステムまで完成させたという。この制度の導入後1カ月で被害者121人を支援、ウェブサイト訪問数は321%増、契約数は9%増加、長らく業界2位だったブランド好意度も一気に1位へと躍り出るなどビジネス的成果までも達成している。また調査対象者の86%が「この条項は業界標準になるべき」と共感している。

DVに苦しむ多くの人にとって最も危険な場所は街灯のない夜道でも、治安の悪い歓楽街でもなく、自宅であるという事実。そこに自社製品やサービスを提供することで、自社の収益にマイナスになりかねないリスクをはらみながらも社会的責任を果たすという姿勢をしっかりと提示し、それが社会の共感を獲得して収益にも反映されることでこの活動が継続されるだろう好循環が達成できていることが素晴らしい。

もうひとつ、生活者のためなら行政の決めごとにももの申していく勇敢な振る舞いとして、イケアの事例も紹介しておこう。


社会を動かしたイケアのSHTキャンペーン

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カナダでは、2022年ごろから全国的な物価高騰が続き、イケアの調査ではカナダ人の45%が自身の家計に不安を感じ、多くの人が限られた予算の中でより多くの価値を得るため中古品市場に活路を見いだしていたという。実際、月に1回以上中古品を購入している人は全体の31%に達していた。一方、オンタリオ州では全ての売買取引に13%のHST(ハーモナイズド・セールス・タックス/統一売上税)が課されるという。この税は1997年から導入されており、もはや誰も疑問を持たない状況にあった。

しかしここでイケアはある問題に気付くことになるのだ。すなわち中古品を購入すると、実は税金が二重にかかってしまうということ。なぜなら中古品購買者は、その商品が最初に購入されたときにすでに支払われたHSTを再び支払わされることになるのだから。実はこうした二重課税によって連邦政府はなんと年間数百万ドルもの収益を獲得していたわけだ。

そもそもイケアでは、環境保護のため、また経済的な手頃さを提供するため、自社製品の中古品の売買を行っている当事者でもある。そこでイケアはこの二重課税の問題と戦うため、前述の「HST」に対して自社独自のサービス「SHT(セカンドハンド・タックス)」を考案するのだ。これは、中古品に課される二重課税を事実上打ち消す“対抗税”で、仕組みは至ってシンプルだ。HSTが13%課税であるのに対し、イケアはSHTをマイナス13%に設定し、顧客がイケアで中古製品を購入する際はイケアが相当分を負担し実質的に0%の税率としたのだ。

この取り組みは広く知れ渡ると同時に、イケアの中古マーケットプレイスへのアクセスを急増させ、同時に用意されたHST廃止を訴える署名活動への参加を促した。その結果、3万5000件以上の署名が集まり、イケアの中古品売り上げは192%の増加を記録、カナダ政府は二重課税を長期的に廃止するための政策変更についてイケアとの協議に応じることを決定した。これも自社に有利な環境を作り出そうということが起点ではなく、生活者の目線に立ったときに不公平な状況が発生していないかを観察し、それがなんであれ正しく解決していこうというスタンスが成し遂げた事例と言えるだろう。時に社会の公器としてその存在意義を求められる企業だが、通常の事業活動の中でこういった不具合を発見し、自ら解決していくその姿勢は、生活者の隣人としての親しみやすさと信頼感を獲得し、長期的なよき関係性を紡いでいくに違いない。

身近な壁打ち「PRアワード」があるじゃないか

先述してきたように、いまそれら企業や団体の取り組みに目を向け評価していこうというのがコミュニケーションアワード界隈(かいわい)のトレンドとなっている。これまではエージェンシーの賞獲り合戦だった場から、企業を賞賛する場と変遷している。ならばチャレンジしない手はないのではないだろうか?というのが今回の提案であると思ってもらいたい。

そんな中、都合のいいことに直近10月中旬までの締め切りとなる日本パブリックリレーションズ協会主催の「PRアワード」(https://prsj.or.jp/pr-award/)がある。こちらにエントリーしてみてはどうだろうか?さまつに見えて、実はエントリーのハードルとなるエントリー費用も2万5千円と手頃だ(海外アワードでは10万円前後となることもままある)。また海外アワードでは英文のエントリーシートやキャンペーン内容をまとめたボード、さらには解説動画であるケースフィルムなども必要となるが、「PRアワード」はA3 1枚の日本語エントリーシートのみで応募可能だ。(エントリーシートの書き方TIPSはこちらに解説あり。https://youtu.be/Ph3TW6h-42M

そして私自身も同アワードの審査委員、審査委員長を務めてきたが、審査委員はエントリーされてきた仕事への評価に余念がなく、細部にわたり応募案件の取り組み内容がしっかりと頭の中に刻み込まれている。さらにはPR会社、事業会社、メディア、アカデミア(大学教授)などから選出・参加している審査委員同士の熱い議論の中で、各エントリーの良き部分、惜しい部分、不足する部分を多種多様な視点から理解しているわけだ。

受賞エントリーには審査委員からの講評が発表される。ぜひ一度、この機会にアワードエントリーを体験していただき、またその評価に対して「反省」し、「リベンジ」を企て、しかし講評の中で良き部分を見つけられたのならば、ひととき自身の仕事に対して「自己賞賛」を施し、次の仕事の糧としていただきたい。かく言う私も今回の審査委員団には加わっていないものの、「あの電通報見ました!」の合い言葉を言ってくれれば、エントリーに際しても最大限のアドバイスを提供することを約束しよう。

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