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企業が関係を強化すべきステークホルダーが多様化する中で、トップコミュニケーションの重要性があらためて注目されています。

その背景には、トップの発言やパーソナリティが企業のブランドイメージに与える影響力の大きさがあります。加えて、その言動がさまざまなステークホルダーへのコミュニケーションの一貫性を担保するための「扇の要」であることが挙げられます。

また、インターナルコミュニケーションにおいても、トップが直接従業員に発信する社内メッセージや、タウンホールミーティングなどの対話の場だけが重要なわけではありません。メディア報道や広告、カンファレンスなどを通じた外部への露出も、情報に接した従業員のエンゲージメントに影響を与えることは言うまでもないでしょう。

メディア対応やスピーチトレーニングなど、話し方や振る舞いの「単発」のトレーニングは広く普及しています。しかし、コーポレートブランド戦略と連動したメッセージ開発やパーソナルイメージのマネジメント、そしてそれをもとにトップコミュニケーションの質・量を計画的に高めていく「トータルプロデュース戦略」の方法論は確立されていないのが現状です。

本稿では、経営トップが就任してから定評を確立するまでの間に、さまざまなステークホルダーとどのように効果的かつ一貫したコミュニケーションを取るべきかを明らかにします。そのマネジメント方法である「トータルプロデュース戦略」の基本的な考え方について、電通 シニア・コンサルティング・ディレクターの中町直太が解説します。

ますます重要性が高まる「トップコミュニケーション」

この連載でもさまざまなテーマを取り上げてきましたが、事業構造転換、グループ再編、DX、サステナビリティ経営、人的資本経営、DEIの推進など「経営アジェンダの高度化・複雑化」が進んでいます。多くの企業でコーポレートブランディングの重要性への認識が高まっており、その手段の一つであるトップコミュニケーションにも注目が集まっています。

下記は、電通PRコンサルティング内の企業広報戦略研究所が上場企業の広報担当者に実施した調査結果です。


広報部門の担当するテーマとして「トップのメッセージ、企業ビジョン」を社内外に浸透させることが、最も高い比率となっています。また、この10年でコーポレートコミュニケーションにおいて重視するステークホルダーとして、従来の株主や顧客だけでなく、「従業員」や将来の従業員候補である「就活生・学生」のスコアが大きく伸びています。多くの企業において、社内外ステークホルダー双方に対して統合的にコミュニケーションを推進することが必要な状況であることが示唆されていると言えるでしょう。

日本企業のトップは「自らの言葉」を持っていない?

しかし、コーポレートブランディングの一環としてトップの存在を戦略的に活用できている企業は決して多くありません。例えばあなたの会社でも、下記のようなことは起きていないでしょうか?

  1.  コーポレートサイトの「トップメッセージ」をはじめ、各種のオフィシャルなメッセージ発信資料が「経営戦略のダイジェスト」にしかなっておらず、トップ自らの個性や熱量が伝わる「肉声」がない
  2. メディア対応において事業戦略や組織文化を語る際も「ほかの会社でも見られる、ありきたりなキーワード」にとどまっており、「他社と差別化された、ニュース記事の見出しを取れるメッセージ」になっていない
  3.  トップの露出計画が戦略的に策定されておらず、「受け身(メディアからの取材待ち)」あるいは「行き当たりばったり」になっている

多くの日本企業において、トップコミュニケーションは「経営戦略を代表して語る役割」にとどまっており、トップコミュニケーションの重要性を社長自らが「自分ゴト化」し、戦略的に推進しているケースが一般的になっていないのが現状です。そのため、語られる内容が収益などの数値目標に偏っていたり、全社方針に気持ちが入っていない印象になっていることもあります。その結果、外部のステークホルダーに対して効果的なコミュニケーションになっていないだけではなく、従業員との間に距離が生まれてしまっているケースもあります。

今求められる、トップの「トータルプロデュース戦略」

トップのトータルプロデュース戦略を立案するとは、上記で挙げたような「日本企業あるある」とは反対のアプローチを取ることだと言えます。

つまり、下記のアプローチとなります。

  • トップメッセージは経営戦略上のキーワードだけでなく、トップ自身の肉声を込めたものであること
  • 自社視点からのメッセージ発信だけでなく、競合他社との差別化やメディア露出における有効性も意識した「ステークホルダー視点」も取り入れること
  • 就任直後から新中期経営計画策定に至る時系列の流れ、あるいは年間活動カレンダーを踏まえてマイルストーンを設定し、計画的に推進すること
     

これは、レコード会社がアーティストをメジャーにするプロセスに例えるとわかりやすいでしょう。アーティストをデビューさせる際には、その時々のミュージックシーンにおける「売れ線」も勘案しながら、他のアーティストにはない独自のポジションを打ち出していきます。そして、その時々の「名刺代わり」となるニューアルバムをリリースしてコンサートツアーで各地を回ります。あるいはメディア取材や音楽番組などへの出演などを通して露出を最大化しながら、ファンとのコミュニケーションを活性化し、メジャー化を図ります。

トップのプロデュース戦略にも同じことが言えます。新しいトップが就任する際には、自社が置かれている環境に照らし合わせ、「なぜこの人物がトップになるのか」「今後どんな価値をもたらすことが期待されているのか」を説得力を持って発信する必要があります。また、トップ就任後に策定する長期および中期の経営計画やビジョンは、そのトップ自身を象徴する「名刺代わり」となります。これらの計画やビジョンの妥当性や進捗(しんちょく)を折に触れて発信し、内外のさまざまなステークホルダーとのコミュニケーションを図ることで、自社の持続的な成長への期待を醸成し、エンゲージメントを高めていくことが求められるのです。

ここからは、プロデュース戦略を立案していくにあたってのいくつかの基本的なアプローチをご紹介しましょう。

アプローチ①:新トップのデビュー戦略

新社長の就任が決定するタイミングからトップコミュニケーションは始まります。新たなトップの発表は、社内外ステークホルダーから非常に高い関心を集めるトピックであり、メディアからの取材依頼も集中しやすくなります。そのため、就任発表から直後まで続く多くの露出のタイミングにおいて、一貫性があり、効果的なコミュニケーションを行う基盤として下記のシートを作成しておくことをおすすめします。


最大のポイントは、新トップの誕生をフックとした、自社の成長期待の最大化です。そのためには、「なぜこのトップでなければならないのか」「何が実現できるのか」「その根拠は何か」というストーリーとともに、それを端的に表現するキーワードを用意しておく必要があります。米国の大統領選などをイメージしていただくとわかりやすいと思いますが、必ず自らの方針を集約したキャッチーなワンフレーズを掲げます。企業経営者のコミュニケーションにおいても同様のことが言えます。

アプローチ②:イメージ戦略の基本方針

また、トップのブランディングを図る際には、その個性を見極め、適切な形で表現していくことが重要です。下記は、「リーダーシップのスタイル(牽引型または対話・共感型)」と「情報発信の志向性(個のオピニオンまたは企業の方針)」の二軸によって4つのタイプに類型化したものです。


1. 確固たる実績と強烈な個性を併せ持つ「カリスマ」
創業者、あるいはオーナー社長に多いタイプです。卓越した能力と人間力で道を切り開き現在の地位を確立しており、独自の哲学を持っています。まさに、トップの存在そのものが企業ブランドと言っても過言ではありません。このタイプについては、企業に関する情報もさることながら、ビジネスに対する考え方や経済・社会に対する見識、ひいては人生観がメディアをはじめとする外部ステークホルダーから大いに注目され、求心力となり得ます。各コミュニケーション施策においても、その個性を十二分に生かすためのクリエイティビティが求められます。

2.最新経営トレンドを日本的に実装する「次世代型リーダー」
豊富な海外経験や新規事業の立ち上げをバックグラウンドに持つ方が多く、最新の経営トレンドに精通しながらも、それを日本企業に即した形で実装する意識の高いタイプです。このタイプのトップは、従業員をはじめとするステークホルダーとの対話を重視し、かつ自分の言葉で語りかける意識を持っています。若年層からの支持を得やすいタイプのリーダーなので、リクルーティングや若手社員のエンゲージメント向上にも効果が期待できます。社内外のステークホルダーやアカデミア・スポーツ界などの有識者との対話型のコンテンツを有効に活用している企業が多い傾向があります。

3.ステークホルダーと丁寧に対話する自社戦略の「伝導者」
生え抜きで、主流部門で着実に実績を積み重ねてきたトップに多いタイプです。自らの個性を前面に押し出すというより、企業としての戦略を的確に発信することを好みます。日本企業において最も多いタイプであると言えるでしょう。自らのキャリアを語る際にも顧客や地域に誠実に寄り添う姿勢・エピソードを強調する傾向があり、ステークホルダーの声を謙虚に取り入れる懐の深さも持ち合わせています。このタイプについては担当部門が経営戦略をインパクトのあるキーワードに翻訳し、それを語っていただく形で推進すること、およびステークホルダーと対話する場を積極的に設定することが重要となります。

4.高い実務能力をもとに変革を加速する「断行者」
逆境に置かれたときによく選ばれるタイプです。論理的かつ決断力があり、成長の阻害要因があれば、痛みを伴う決断もいとわずスピード感を持って変革を推進します。そのため必然的に、トップダウンでの変革の「断行者」としての側面が強調されることが多くなります。有言実行の姿勢はビジネスメディアや投資家などからは頼もしく映る一方で、一般のビジネスパーソンや従業員とは心理的な距離ができてしまう可能性もあります。人間性の部分に光を当てたコミュニケーション量を意識的に増やすことが求められます。

コーポレートコミュニケーションでは、求職者や若手社員のエンゲージメント向上が現代における重要テーマです。そのため対話・共感型のリーダー像が好ましく受け止められる傾向があります。しかし、トップの個性や魅力はさまざまであり、もともとの資質に合わない打ち出し方には限界があります。そのトップの強みの部分を最大限に引き出すとともに、ネガティブ要素になり得る部分を補完する意識が重要です。

アプローチ③:各コミュニケーション施策の役割整理

トップコミュニケーションにおいて、オウンドメディア(自社発信ツール)、アーンドメディア(報道による露出)、ペイドメディア(広告・協賛など)はどのような役割を果たすべきかのポイントを整理したのが下記です。


コーポレートサイトやSNSアカウント、統合報告書や広報誌/社内報のオウンドメディアは、自社の方針が全面的に反映できるコンタクトポイントです。そのためトップのリーダーシップやキャラクター、ビジュアルなど、「Style」を演出するのに最も適しています。近年では動画を活用してトップの人物像やステークホルダーとのコミュニケーションを効果的に訴求する企業も増えてきました。また、事業方針や決算の説明会、その説明資料も広義にはオウンドメディアと位置付けることができます。トップ自らが「耳の痛い質問」にも誠実に答える姿勢をしっかり訴求することが重要です。

また、アーンドメディア(報道による露出)では、効果的な「Sound bite(=サウンドバイト:記事や番組などで短く引用される発言)」を設定できるかが一番重要なポイントです。業界紙は比較的、自社が発信する経営戦略上のキーワードを忠実に記載してくれる傾向がありますが、全国紙や地上波のニュース番組においてはメディアの特性を生かしたキーワードがないと露出の量・質が極めて限定的なものになってしまいます。トップ自らの言葉でサウンドバイトになり得るものがあれば積極的に活用すべきであり、もしない場合はそれらを開発することが担当部門の「腕の見せどころ」となります。

次は、記事や番組のタイアップやメディアが主催するカンファレンスへの協賛登壇など、費用をかけて露出量を高めていく施策について解説します。これらの施策は、中期経営計画の発表や戦略商品の発売、あるいは周年などの自社にとって重要なモーメントにおける「Stream(メジャー感・時流感)」を演出したい際に有効です。特に最近は、BtoB業種を中心に経営トップがビジネス動画メディアに出演することで認知の向上を目指す企業が増えています。YouTubeなどのプラットフォームに長期間格納されること、あるいは自社サイトなどに二次利用できることから、従業員に対するインターナルコミュニケーションとしても活用している企業が多いのも特徴です。

本稿ではごく基本的なアプローチを抜粋して紹介しました。しかし、実際の「トータルプロデュース戦略」の策定プロジェクトは、自社および競合の報道状況分析、メディアからの取材やトップ本人へのインタビュー、企業活動の年間カレンダーに即した施策ロードマップ策定などを、コーポレートコミュニケーション戦略の策定と並行して推進します。電通グループはコーポレートブランディングやPRの専門力とコミュニケーションデザインの統合力を強みとして、トップの好ましいイメージ・評価の形成とそれによる企業価値の向上を支援しています。

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著者

中町 直太

中町 直太

株式会社 電通

シニア・コンサルティング・ディレクター 入社後、マーケティングプロモーション局、営業局を経て、現在は第4マーケティング局でコーポレートブランドコンサルティング/広報コンサルティングを専門とする。コーポレートブランドコンサルティング領域では、さまざまな業種の数万人規模の大企業やスタートアップ企業などを幅広く支援。特に、インターナルコミュニケーションによる企業文化変革支援が得意分野。またPR領域では、放送局のディレクターとしてテレビ番組の制作、そしてグループ会社設立時の広報体制立ち上げを経験。クライアントワークにおいては自治体の新条例の成立支援や、国際的なビッグイベントの広報戦略立案など、大型プロジェクトの経験も豊富。

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