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どこからはじめる?インターナルコミュニケーションNo.7

マルチステークホルダーへのコミュニケーション基盤として不可欠な「統合コーポレートストーリー」

2025/01/28

「社内の各部門や専門領域ごとに縦割りになってしまっているコミュニケーション活動に一貫性を持たせたい」

この課題意識の高まりは各企業でコーポレートブランディングプロジェクトを立ち上げるきっかけの一つになっており、そのニーズは近年、急速に増加しています。しかし、部門ごとに対象となるステークホルダーや達成したいコミュニケーション目標が異なり、苦労している企業が多いのが現状です。

本稿では、統合的で一貫性のあるコーポレートコミュニケーションの実現に向けた社内連携のあり方と円滑な推進に向けてのヒントを紹介。そしてマルチステークホルダー(※)とのコミュニケーションの基盤となる、電通独自のフレームワークによる「統合コーポレートストーリー」について、電通シニア・コンサルティング・ディレクターの中町直太が解説します。

※マルチステークホルダー=顧客、従業員、投資家、ビジネスパートナー、採用候補者、地域社会などの多様なステークホルダー
 

経営アジェンダの高度化・複雑化が生んだ「企業の顔が見えない問題」

事業構造転換、グループ再編、DX、サステナビリティ経営、人的資本経営、DEIの推進……。今、多くの日本企業が異なるレイヤーの経営課題を同時並行で推進する必要に迫られています。また、このような課題への対応力は、内外ステークホルダーからのレピュテーションに直結するため、情報発信に対する姿勢も積極的です。

しかし、多くの日本企業が「良い取り組みをいろいろ行っているのに、十分に伝わっていない」という不満を抱いています。社外だけでなく、従業員のような内部のステークホルダーにすら、十分な認知や理解、そして共感が得られていないという課題意識が高まっています。

その大きな原因は、情報発信が専門領域ごとの個別最適に陥ってしまっていること、つまり「縦割り」の弊害です。もちろんほとんどの企業では、「情報発信という行為そのもの」は広報宣伝部門や、コーポレートコミュニケーション部門を起点として実施されていますが、「自社の独自価値を明確にするためのストーリーの作り込み」は各部門に委ねられていることが多いのではないでしょうか。

その結果、さまざまなトピックスを発信しているにもかかわらず、情報の一貫性が担保できていない。つまり「“企業としての顔”が見えない」コミュニケーションになってしまっていることが非常に多いように見受けられます。

また、先ほど述べたようなさまざまな経営課題は、現在「どんな企業も取り組んでいる」と言っても過言ではありません。その結果、発信する情報が同質化しており、差別化を意識しないと、他の企業と区別がつかない情報発信になってしまいがちです。個別の経営課題を統合するストーリーフレームと、それにもとづく情報発信面の連携が強く求められるフェーズになっていると言ってよいでしょう。

マーケティングは「ステークホルダーとの共創活動」へと進化した

昨年、日本マーケティング協会によるマーケティングの定義が34年ぶりに、以下のように刷新されました。

「顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。」

新たな定義では、マーケティングの役割として、顧客を創造して「売れ続ける仕組みをつくる」だけでなく、マルチステークホルダーとの社会関係資本の創造、つまり「社会から選ばれ続ける仕組みをつくる」ことが大きく意識されています。これは時代の変化の表れとも言えます。

「この会社の製品を買い続けたい」という顧客を多く持つ企業であるのはもちろんのこと、

  • 優秀な人材が、「ぜひ働きたい」と思う企業
  • 優れた技術を持つ組織や個人が「協働したい」と希望する企業
  • 社会のために存続してほしいと期待され、投資を集める企業

としてステークホルダーから評価されることが、これからの生き残りに向けて不可欠であるという共通認識が揺るぎないものとなりつつあります。

事実、これまで製品ブランドのコミュニケーションを中心に展開してきた消費財メーカーや、そもそもコミュニケーション活動に積極的でなかったBtoB企業が、近年コーポレートブランディングに積極的に投資するようになってきました。そうした変化は、まさに上記のような課題意識の表れであると言えるでしょう。

そして、改めて強調するまでもないことですが、メディア環境の変化によって、社内のさまざまな部門の社員が自社の情報発信にかかわるようになりました。それによってさまざまな自社の情報がウェブサイトやSNSによって「ガラス張り」になっています。「企業の一貫した顔づくり」に向けた統合的なコーポレートコミュニケーションが求められている背景には、情報発信マネジメントを一元化する必要性が高まっていることもあげられます。

「はじめの一歩」は、「部門横断ステアリングコミッティ」の立ち上げ

統合的で一貫性のあるコーポレートコミュニケーションの実現に向けては、そもそもこれまで縦割りであった各部門が連携するための「場づくり」が不可欠です。推奨される「場」の構築イメージを示したのが下記の図1となります。

ステアリングコミッティ

ステアリングコミッティとは、組織の戦略的な意思決定を行う会議体のことです。

例えば近年、パーパスの策定をはじめとして、理念体系を刷新する企業が増加しています。当然経営陣は、そのパーパス/企業理念にもとづき、現場の従業員から内発的な変革行動が生まれることを期待しています。

内発的な変革行動が生じるには、パーパス/企業理念が的確に共有されるような組織になっていることが求められます。しかしコーポレート各部門は、普段の業務で経営陣と緊密に連携していながらも、個別の専門領域のオペレーションに追われがちで、統合的なコミュニケーションに向けた連携は意外と取れていないように見受けられます。

さらに、マーケティングや広告宣伝、営業などお客さまに対応する部門は、売り上げをはじめとする事業成果、およびそれらに直結する指標を重視する傾向があります。日々の業務におけるコーポレートブランド強化の必要性を強く感じていないことが多いため、初期段階では連携に向けて消極的な姿勢を示すことも多く見られます。

このように部門によって、重視する指標や意識が大きく乖離している場合、経営陣(コーポレートコミュニケーション管掌役員)、フロント部門、コーポレート部門の関係者が一堂に会し、お互いの取り組みに関する情報を共有し、議論する場を定期的に持つことは不可欠です。

最初は部門や人によって「温度差」があると思いますが、ステアリングコミッティを組織し、運営することで同じテーブルにつくこと自体が大きな前進であり、地道で継続的な取り組みによって、必ず事態は前進していきます。成果を急がず、「べき論」にとらわれすぎず、できることから推進していき、小さな成功を積み重ねていく「クイックウィン」の姿勢が重要になります。

また、立場が違う多くの人が集まる、そのような会議体をどのように継続的に運営していくのかに不安を抱く方も多いのではないかと思います。ステアリングコミッティの運営に必要な、主なノウハウを挙げたものが下記の図2になります。

4つのノウハウ

まずは、このステアリングコミッティは何を目的とするのかという大方針および、当座の会議体におけるアジェンダ設定が必要です。

そして、そのための道標として必要なことは、各部門が個別に設定しているKPIの把握、およびコーポレートコミュニケーションにおいて企業としてのありたい姿を実現するために共通して追求する指標の明確化です。定例会による情報共有やディスカッションだけでなく、時にはワークショップを開催したり、年間計画など大方針の策定の際には集中討議の場も設けたりすることをお勧めします。

指標を明確化するプロセスにおいては、自社の組織図を、各部門が対象とするステークホルダーごとに分類して再構成し、連携のあり方を示唆する構造化のスキルが必要とされます。

かつ、この会議体が、主催する部門(経営企画、広報、コーポレートコミュニケーション部門のことが多い)からの一方的な情報共有に終わらず、ともに必要なアクションを共創していく場にするためのファシリテーションスキルも必要です。

通常の業務に加え、上記のような取り組みを主管部門の数人のみで運営していくことは、特に初期段階においては負荷が大きいでしょう。必要に応じて外部のパートナー企業を巻き込み、ノウハウの取得や資料作成実務の負荷を軽減しながら、段階的な自走化を目指すのが現実的です。

ステークホルダーコミュニケーションの基盤となる「統合コーポレートストーリー」

ステアリングコミッティが、立ち上げ当初の「混乱」を乗り越え、軌道に乗ってきたら早期に着手するべきなのが「統合コーポレートストーリー」の策定です。

「企業としての一つの顔づくりに向けた統合的な、基盤となるストーリーづくり」がなぜ難しいのか。それは、各専門領域の「知の体系」が別々であること、特に、「経営・事業戦略」と「ブランド戦略」の互換性が乏しいことにあります。

例えばブランド担当部門の立場としては、規定した理念や価値規定、あるいはブランドパーソナリティを、ぜひ他のコーポレート部門や事業部門、そして何よりトップをはじめとする経営陣の日々の業務に活用してほしいと強く願っています。しかし、そのような「価値ワード」と、各部門の日々の業務において切実に求められる事業成果とのつながりが必ずしも明確ではないため、その有用性の説得に難しさを抱えているのです。

では、何が必要なのか。「経営・事業戦略」と「ブランド戦略」の互換性創出のために必要なことは、「ステークホルダーからの“未来への期待”をつくる」という視点です。自社の持続的な成長をステークホルダーに信じてもらうために避けては通れない論点を、未来形でしっかり言語化することから逃げないことです。そのための「本質的な問い」は下記の4つとなります。

Q1. 現在推進している事業変革(収益構造の転換)を通じて、「何屋さん」になることを目指しているのか?
=社会の中での自社のあり方

Q2. その変革の成功を信じるに足る「他社にはない強み(長い歴史の中で培われてきた、他社には容易に模倣できないもの)」は何か?
=事業体としてのコアコンピタンス

Q3. その変革を実現するために、「どんな能力を持つ人材や組織文化」を、これまで培ってきた土壌の上につくろうとしているのか?
=組織体としてのコアコンピタンス

Q4. それらの変革の結果、「どんな社会をつくる」ことを目指しているのか?
=社会に対して提供する価値

これらの問いに対する答えは、各現場部門から上がってくる活動方針を、箇条書きで羅列するだけでは決して浮かび上がってきません。事実、現在多くの企業が統合報告書を発行していますが、上記の4つの問いに正面から答えを示し、明解な成長ストーリーを提示できている企業は決して多くありません。逆に言うと、これらの問いに対する言語化ができている企業は、コーポレートブランディングがうまくいっていることが多いように見受けられます。

上記の4つの問いを構造化したものが、下記の「統合コーポレートストーリー」のフレームワークです。

統合コーポレートストーリーのフレームワーク

このフレームワークの特徴は、

  • これからの自社のあり方を、事業領域からだけでなく、「他業界も含めた社会全体における自社の立ち位置」から定義すること
  • 事業成長と人材・組織の成長をパラレルにせず、「人の成長が事業の成長につながるストーリー」として結びつけること
  • 価値の提供を、企業理念に立脚しながら「目指す未来社会への貢献のあり方」として表現すること

にあります。それには、現在のステークホルダーからの評価の把握だけではなく、自社の歴史の振り返りからコアコンピタンスを棚卸しし、未来社会に向けた洞察と意志に統合することが重要です。まさに経営・事業視点とブランド視点を統合することによる、「未来への期待を創出するための基盤となるストーリー」となります。

構成要素が確定したら、汎用的に使えるようパワーポイントなどで社内共有用に資料化することをお勧めします。それによって、コーポレートコミュニケーションの関係者の共通基盤をつくることのみならず、トップをはじめとする経営陣の「ワンボイス化」にもつながります。また、広報面の効果や、日本企業の課題とされる「経営陣に対する従業員の信頼感の創出」にも貢献することが期待できます。

そして、統合コーポレーストーリーを基盤として共有しながら、個別のステークホルダーに対するコミュニケーションにカスタマイズしていきます。あるいは一貫性に欠けている現在のコミュニケーションを改善していきます。これにより本来あるべき「さまざまな領域の情報発信をしながらも、企業の顔がしっかり見える、統合的なコーポレートコミュニケーション」に向けて、大きく前進することができるのです。

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