左から、ラブジャンクス代表・牧野アンナさん、電通・在原遥子 「DEIな発信」を実践する人物や組織に、リテラシーとアクションを伴うDEIマインドの育み方を伺う本連載。今回は、ダウン症のある方のためのダンススクール「LOVE JUNX(以下、ラブジャンクス)」の事例です。
ダウン症がある方にエンターテインメントの楽しさや自己表現する素晴らしさを感じてもらいたい。そして、世の中の誤解や偏見をなくして彼らの可能性を広げたい。そんな思いで、芸能スクールでタレント育成をしていた牧野アンナさんが、2002年に立ち上げたラブジャンクス。運営する上で大切にしていることや、DEI×エンターテインメントの可能性について、牧野さんに聞きました。
お話を伺った人:牧野アンナさん(ラブジャンクス代表) 聞き手:在原遥子(電通 エンターテインメントビジネス・センター)
子どもたちの自由に踊る姿が固定観念を壊してくれた牧野アンナさん ──「ラブジャンクス」を立ち上げられた経緯を教えてください。
牧野:沖縄アクターズスクール(以下、アクターズ)でインストラクターをしていた時に、日本ダウン症協会から「ダウン症のある子どもたちに半年レッスンをして、ダンスイベントをしてほしい」と依頼されたことが始まりです。私自身、それまで障害がある方と接することがほとんどなかったため、ダウン症がある方の特性や、どのくらい踊れるものかが分からず、不安はありました。でもとりあえずやってみようと引き受けたんです。 最初のレッスンには、70~80人のダウン症がある子どもたちが集まりました。まずはダンスを見てもらおうと思って私が踊ったところ、その時に子どもたちも立ち上がって一緒に踊りだしたんです。それが本当に衝撃的でした。 どういうことかというと、いつも子どもたちに教えていると「踊りださせるまで」に時間がかかるんです。アクターズでは、「曲を流すから自由に踊ってみて」というスタンスで、心が感じるままに踊ることを大切にしています。そのため、心の壁を壊し、一歩踏み出して「自分で踊りだす」までは教えないようにしています。 でもダウン症がある子たちは、その一歩をあっという間に踏み出し、自分の感じるままに手足を動かしたり、転がったり走ったりしていました。かっこ悪いとか、ちゃんと踊れているかとか、そんなことはどうでもよくて、「やりたいようにやればいいじゃん」って言われている気がしたんですよね。指導者として「こうじゃなきゃ」という考えも壊してもらって、すがすがしい気持ちになったことを今も覚えています。
──指導者として、それまでに見たことのない光景だったのですね。
牧野:はい。そして同時に、なぜこんなに楽しくて明るくてすてきな子たちが、世の中では「かわいそう」「大変そう」というイメージを持たれているんだろう?と思いました。もちろんダウン症がある子たちにできないこともありますが、逆にあの子たちにできて私にできないこともたくさんあります。 エンターテインメントを通じて互いをもっと理解しあえるような機会を、そしてこの子たちはこんなにすてきな子たちだと知ってもらえる機会を作れたらと考えるようになり、2002年からラブジャンクスの活動を始めました。
小学生から高校生までの生徒がいる選抜チームのレッスンの様子。年に1回行われる発表会で披露するダンスを1年間かけて練習する。 ──実際にレッスンも見学させていただきましたが、皆さん楽しそうに生き生きとダンスをしていました。このようなインクルーシブな場を作るために、どのようなことを意識されてきたのでしょうか。
牧野:ダウン症がある子たちを「できない子」「かわいそうな子」と扱わないことは、立ち上げ当初から大切にしています。立ち上げ前は専門家から、激しいダンスは難しい、危ないと言われていました。でも実際に踊る子たちを見ていると、激しく踊っている子もいたんですよね。もちろん安全第一ですが「どうしたらできるか」を考えたいと思い、とにかく何でも一回やってみることに決めました。子どもたちにも「皆がやりたいことを全部かなえていくつもりで私もやるから、一緒にラブジャンクスを作り上げていこう」と話しましたね。 例えば、「プロのダンサーになりたい」と言われたらプロクラスを作ったり、「ブレイクダンスをしたい」と言われたら理解のある先生を見つけて一緒に練習したり、まずは挑戦するようにしてきました。今ではヘッドスピンができる子までいて、やっぱりできないと決めつけてはいけないと実感しています。指導者側ができないと決めた瞬間、できる可能性は消えてしまいますから。でも逆に言えば、誰か一人でも「この子たちはできる」と信じていれば、可能性はゼロではなくなります。皆の可能性を信じて挑み続けようという気持ちは、ラブジャンクスを立ち上げて23年たった今も変わりません。 また、ラブジャンクスの子どもたちに対する愛情や、一緒にいて楽しいという気持ちも、立ち上げ当初からずっと色あせることがありません。この気持ちがある限り、私はこれからも走り続けられると思います。
保護者にとっても子どもにとっても大切な「よりどころ」に電通・在原遥子 ──ラブジャンクスに通うようになった子どもにはどのような変化がありますか?
牧野:ダウン症がある子たちはうつむいてトボトボ歩いているような印象を持つ人も、もしかしたらいるかもしれませんが、ラブジャンクスに通う子どもたちは本当に生き生きとして楽しそうです。人生を楽しむ天才だなと思うくらい。中には開校当時5、6歳だった子で今も通っている生徒や、40歳を超えた生徒もいます。きっと皆いろんな社会の波にもまれてきたはずですが、ピュアな部分は変わらないんです。レッスンの休憩中に乾杯しながらお茶を飲んだりして(笑)。社会人が憂さ晴らしで居酒屋に行くような、そんな感覚でラブジャンクスに通い続けてくれているのかなと思います。
──ダウン症がある子どもの保護者の方たちからはどんな反響がありますか?
牧野:保護者の方たちに関しては、立ち上げ当初は頻繁に謝られていた印象があります。こちらは何も迷惑していないのに、「すみません、うちの子が何かしましたか?」とよく言われていたんです。これは、よっぽどいつも謝らなきゃいけない環境にいるんだなと感じていました。 また、ダウン症がある子の保護者の方からよく聞くのは、「子どもがどんなふうに育っていくのか分からず漠然とした不安がある」ということ。でもラブジャンクスには、幅広い年齢のダウン症がある子どもがいて、その保護者たちがいます。そのためレッスン中に保護者同士でコミュニケーションを取ったり、先輩のお母さんに悩みを相談されたりしていますね。「幅広い年齢のダウン症がある子たちが集まるコミュニティがあまりないのでありがたい」という言葉ももらっています。保護者たちにとってもラブジャンクスが一つのよりどころになっていたらうれしいです。
──牧野さんご自身は、ラブジャンクスの活動を始めて変化はありましたか?
牧野:教えることが楽しいと初めて思えるようになりました。もともとはアクターズでやってきたことをラブジャンクスで生かせると思っていたのですが、逆にラブジャンクスで出会った子どもたちに大きな影響を受けています。 30歳の時にアクターズを離れて、50歳を超えてから戻ってきたのですが、当時の生徒で今はインストラクターをやっている子たちからは「アンナさんの指導の仕方が変わった」と言われますね。当時は「こうじゃなきゃいけない」という思い込みが強かったですし、私自身も若くて余裕がありませんでした。その中でスターを輩出していかなきゃという大きなプレッシャーがあったんです。でもラブジャンクスで教えるようになって、自分自身も楽しんでいいんだと思えました。ラブジャンクスの生徒たちが心の余裕を持たせてくれた気がします。
やってみたいことに、「自分の意思」でチャレンジしてほしい──牧野さんは、子どもの個性や感性を育てることにおいて、音楽やダンスにはどんな魅力があると思いますか?
牧野:やっぱり、楽しんで取り組めるところだと思います。ダウン症がある方たちは本来筋力が弱い体質なので、保護者もできるだけ運動をさせたがります。でもただ筋トレをするのは大変だし、なかなか続きませんよね。それがダンスになると、本人もワクワクしながら取り組めると思うんです。そして好きになれば、それに伴ういろんな壁や嫌なことも乗り越える経験ができると思います。 例えば、保護者がレッスンの送り迎えができないけどどうしても通いたいから、電車の乗り方を覚えて一人で行く。レッスンに保護者が来ない日は、自分で飲み物を買えるようにお金の使い方を覚える。こんなふうに、自分の好きなことをやるためには越えなければならない壁がたくさん出てきますが、それも自分の意思でチャレンジしてくれています。
──レッスンでは、生徒たちに「面接」もされていましたね。
牧野:はい、ラブジャンクスでは選抜チームに入るために「本当にこのチームに入ってダンスがやりたいか?」の意思確認をする面接を行っています。ダウン症がある子たちは、保護者の方が子どもの思いを代弁するケースがすごく多いんです。言葉が明瞭じゃなくて聞き取りづらい場合があるので、どうしても保護者がフォローされるんですよね。でもいつも保護者がそばにいる環境ではないので、自分の思いを他人に伝えることを学んでほしいと思っています。
牧野:面接は立ち上げ当初から行っていますが、最初は下を向いたまま「分かんない」と、話すこと自体を放棄する子もたくさんいました。でもそれでは選抜チームに入れません。それを一度経験して、「自分で言えないとダメなんだ」と気付いてほしいんです。「『どうしてもやりたい』か『どっちでもいい』、だったらどっち?」と分かりやすく問いかけるなど、伝え方は工夫していますが、一言でも自分の口から「やりたい」と言ってもらえるまで粘り強くコミュニケーションを取るようにしています。 また、レッスン中に生徒同士でミーティングをしてもらうこともあります。練習が進まない時に皆に「どうしたらいい?」と投げかけて意見を言ってもらったりしているんです。レッスンの中でもただ踊るだけでなく、自分の考えや気持ちを言葉で伝えるコミュニケーションの機会も大切にしています。
人の心を動かすエンターテインメントの力を信じて挑戦し続けたい──社会ではまだまだ、障害がある方々が生きやすい環境にはなっていないと感じます。DEIを進めていくために、企業にはどのようなことが必要でしょうか。
牧野:企業の中に、「障害がある方たちが活躍できる場」を考えられる人が一人でもいれば、変わると思います。誰でもちょっとしたやり方一つで、「活躍できる人」になれると思うんですよね。それは、どんな立場の人も同じだと思います。例えばその人の得意なことや才能を見極めて適切な仕事を振ってあげればものすごい力を発揮できますが、そうでなければせっかくの良さを生かせません。「人をどう生かしていくか」を考える上では障害の有無は関係ありません。企業がその人自身のことを見て、理解して、考えることが大切だと思います。
──最後に、牧野さんの今後の展望を聞かせてください。
牧野:沖縄アクターズスクールの「B.B.WAVES」を、ダウン症がある子も入れるようなグループにしていきたいと思っています。「B.B.WAVES」は、沖縄アクターズスクールから「唯一無二の青春群像エンタメクルー」をコンセプトにデビューしたダンスボーカルグループです。グループには、歌やダンスだけでなく、楽器演奏や作詞作曲など多彩な才能を持つ子どもたちがいて、ゆくゆくはここにダウン症がある子たちも入り、世界的に活躍する「才能に壁を作らない」グループにしていきたいと考えています。 今はまだこのような考えが受け入れられにくい社会なので、まずは今の「B.B.WAVES」を世の中に認められる大スターグループにしていく必要があります。ダウン症がある子の中にも、すでに才能やスター性がある子たちはいるので、今後は売り出し方を考えたり、環境づくりを行ったりしていくことにより注力していきます。ゆくゆくは、誰もがダウン症を持つスターを当たり前だと思えるような社会をつくっていきたいですね。 私は子どもの頃からずっとエンターテインメントの世界で生きてきました。だからこそ、大好きなエンターテインメントを通じて、社会に一石を投じたりムーブメントを起こしたりして、それを「価値あるもの」と感じられたら幸せだなと思っています。エンターテインメントは人の心を動かせる素晴らしいものだと信じているので、これからも挑戦を続けていきます。
実は在原自身も沖縄アクターズスクールで学んだ経験があり、牧野さんとは20年以上ぶりの再会となりました。