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#DEIな発信No.2

DEIネイティブが、エンタメを変えていく。(後編)
~アーティスト育成とファンダム共創~

2025/09/17

左から電通 在原、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ 猪野氏、電通 増山
左から電通 在原、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ 猪野氏、電通 増山

「DEIな発信」を実践する人物や組織に、リテラシーとアクションを伴うDEIマインドの育み方を伺う本連載。

第1弾となる今回は、グローバルマーケットの礎を築き、国内外で評価されるアーティストとそのチーム作りで注目されるエイベックスの事例です。

前編では、音楽マーケットとアーティストにまつわる「DEIな発信」において、カルチャーや国の壁を越えたエンタメ市場や、アーティスト、プロデュース事例から、貴重なビジネスヒントとなるお話を伺いました。

後編では、アーティストやスタッフ育成とファンダム共創における「DEIな発信」について、お話を伺います。

お話を伺った人:猪野丈也さん(エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ代表取締役社長)
聞き手:増山晶(dentsu DEI innovations、電通 第6マーケティング局クリエイティブディレクター)、在原遥子(電通 エンタテインメントビジネス・センタープロデューサー)
 
<目次>
「業界の常識はエイベックスの非常識」

アーティストもスタッフも、生身の人間。包摂とケアは欠かせない

ファンダムを巻き込んで、インクルーシブに発信力を高めていく

生きづらさを感じる若者も「いたい自分でいられる」力になるエンタメへ

これからのグローバルエンタメのチェンジメーカーに

「業界の常識はエイベックスの非常識」

──ここからはアーティストの発掘と育成についてのお考えをお聞きします。今の時代はSNSでの活動が欠かせませんが、コンプライアンスについてはいかがお考えでしょうか。

猪野:SNSは便利なツールだけど、好き勝手にものが言える文化もできたということでもあり、それに対しては常にアーティストも社員も意識を高めるようにしています。

コンプライアンスは一見、エンタメと真逆の面もあります。その中でバランスを取っていくのは、非常に難度が高い。もちろん誰かを苦しめたりしてはいけないけれど、なぜHIPHOPが生まれたのか、なぜロックが生まれたのかといえば、社会的な抑圧に対抗するツールが音楽だったことも事実なので、そういうものは失わない方がいいと思います。

エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ 猪野氏
エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ 猪野氏

──「avex vision 2027」に、「多様な地域・多様な分野で “愛される”IP」という言葉があります。これは歴史も含めた多様な地域、多様なカルチャー、多様な人々から愛されるということでしょうか?

猪野:やはり愛されないと、アーティストもわれわれも生きていけないですから。でも、どちらかというとただ愛される、よりも、「ドキドキ、ワクワク、熱狂を作る」という意味の方が強いです。通常の社会とは違う景色を見せるのがエンタメだとすると、それは非日常であるべきだと思います。非日常こそが「ドキドキ、ワクワク、熱狂」であり、それを音楽やリアルイベントで表現していくことが大事です。

そういう意味では、多くの人の共通項を歌うことで万人受けするよりは、ある一定の人々にぐさっと刺さる楽曲やコンテンツを発表していくことが重要だと考えています。特にクリエイティブについては、一般的であるべきではないと思います。

──確かに、ここまでメディアが多様化している中で、万人受けやみんなが聴いているというのは限界があるのではないかと思います。

猪野:そうですね、それで各コミュニティの中でビジネスが生まれるような時代になっているので、「全員が知っているヒット曲」ってなかなか出づらい世の中にはなっていると思います。昔の情報が少ない社会なら、「あっち向こうぜ」と言えば大衆が注目した時代があったんですが、今や1日に10万曲がアップロードされる時代なので、そこで一般的な話をされてもしょうがないですよね。当たり障りのない歌詞からは感動は生まれないので。

だから、ある一定の強いメッセージに対して共感してくれる人たちに向けた作品が、エンタメを構成する要因になっていると思います。そうした多様な非日常の表現や多様なIPが、多様な人たちのいる多様な地域で、それぞれに広がっていければいいなと思います。

映画からテレビ、テレビからYouTubeといった新しいメディアへの移り変わりの中で新しいスターが生まれ、新しいIPが生まれます。それはやはりとんがっていないと。ムーブメントを起こそう、なにか人がやらないことをやろう、「業界の常識はエイベックスの非常識」(創業者である松浦勝人会長の言葉)ということは、常に心に刻んでいます。

──そんな”愛される”IPの卵は、どんな人で、どのように見つけるのでしょうか?

猪野:ハッと振り向かせるような魅力や、何かオーラを感じるなみたいな人を見つけるようにしています。スポーツは記録を出せばヒーローですが、エンタメは記録を出しても必ずしもヒーローではないので、そこにお客さんとの熱量のキャッチボールが生まれるような、そんな人を探しています。上手なミュージシャンというよりは、スキルは発展途上でも、素材としてそんな魅力やオーラがある人を探しています。 

──「この先、魅力的な人になりそうだ」という人を探すということですね。

猪野:おっしゃる通りです。歌がうまい、ダンスがうまいというだけでは振り向かれない。スキルのその先に何かがある、というのがスター性になってくるので、ここを見極めるのがすごく大事です。

アーティストもスタッフも、生身の人間。包摂とケアは欠かせない

──生身の人間であるアーティストの育成について伺います。特待生になっても必ずしもデビューできると限らない、デビューもゴールではない世界で、アーティストのメンタルケアはどのように考えておられますか?

電通 増山
電通 増山

猪野:avex Youthという機関では2022年から、今活躍しているアーティストも含め、育成に力を入れてきました。そこでは語学やスキルの育成だけでなく、メンタルヘルスにも寄り添っています。過酷な環境の中で過酷な競争をしていて、挫折もある、厳しい世界の中では、メンタルの専門家のサポートも必要です。

──さまざまな経験を積んだアーティストが、プロデューサーなど、スタッフに回ることもありますか?

猪野:はい。ステージに立った経験のあるプロデューサーは、そうでないわれわれとは視座が違って、「あのときああすればよかった」「つらいときがあった」といった経験をもとに客観視して、判断ができるんですね。

そういう意味では日髙(光啓氏、BMSG代表取締役CEO)さんは、現在ご自身もアーティストとして活動されていることもあり、過去に蓄積された鬱憤を昇華して、経験則からアーティストに寄り添ったメッセージを発信しています。「つらいときもあったよ」の視座と説得力がわれわれとはまったく違います。

──アーティストやスタッフという異なる立場の垣根を超えることもある、ということですね。ではそんな会社のカルチャーについて伺います。エイベックスは障害者雇用やジェンダーリテラシーへの取り組みなど、カルチャーとして当たり前のようにDEIに力を入れており、アーティストやスタッフ、社員の多様性を包摂されています。

猪野:会社のカルチャーとしては、DEIというのはあるのかなと思います。海外のスタッフもたくさんいるし、当たり前にいろいろな人がいるよねと。そこに違和感は全くないです。普段からそういう意識でないと、グローバルとは何だということになります。日本が好きで、インディペンデントなエイベックスが好きだと、海外から採用に応募してくれる人も多いです。

例えばその国々の文化風習によって、ピースサインがいいとか悪いとかもありますよね。リテラシーというか、慣れていく、万一何か間違ってしまった場合も、そのミスに学んで、経験にしていくしかないと思っています。

──アーティストの育成における課題も踏まえ、今後のエンタメ業界で活躍する人材の要件はなんでしょうか?エイベックスでは、若いアーティストに年齢の近いマネジメントスタッフがついている印象があります。

電通 在原
電通 在原

猪野:はい、アーティストとマネジメントが同世代だと、いい共同体になれます。それと、今のアーティストはネットでのコミュニケーションが欠かせませんが、そこはデジタルリテラシーの高い若い社員がやるのがいいという会社のカルチャーもあります。僕らの世代だけでのSNSマーケティングは、リテラシー的にも机上の空論になりがちです。

──同世代だと、アーティストも安心して本音をさらけ出せる、心理的な安全性もありそうです。

猪野:アーティストはやはり、一般的な人とは違う強い個性を持つ人が多いですから、一般人であるスタッフと一緒にいると、お互い刺激があります。そのときに年齢が近いと、より本音のコミュニケーションが生まれます。上の世代もそうやってアーティストとスタッフが良い関係を築いてきましたし、そうしたタッグがうまく機能する成功体験が、若者にチャンスをあげようとか、若者の感覚を信じようといったエイベックスのカルチャーになっていると思います。

スタッフが社会人として一人前になるのに4、5年はかかるとして、それまでは“投資”ですが、ベテランも若者の感性に触れてアップデートされるので、相乗効果はあると思います。そのベテランと若手のシナジーがないと、発信内容がアップデートされず、結果的にファンにも見放されてしまうので、若い社員はエンタメ業界ではポジティブに機能しているのではないでしょうか。

グローバルでも、現地の人と話してみないと、現地のカルチャーも分からないし、言葉の正しい発音も分かりません。同じように、SNSとの正しい付き合い方は、SNSネイティブな若者世代に聞くしかありません。そうやってSNS文化やファンダムに合わせて新しいマーケットを作っていく手法は、マーケットができている環境で大物プロデューサーが「この曲で行け!」とプロダクトアウト型の発信をする手法とは、まったく異なりますね。エイベックスではこれまで、プロダクトアウトの方が多かったですが、その文化も失わずに、エイベックスらしい独特の作品やアーティストが育っていくようにしたいと思っています。

ファンダムを巻き込んで、インクルーシブに発信力を高めていく

──次に、ファンダムについてお伺いします。そんなSNS時代において、アーティストとファンとの距離感は、すごく近くなって、ある意味でインクルーシブに一体化しているとも言えるのではないでしょうか?

猪野:そう思いますし、全世界的にもそうなってきている印象です。単なるアーティストのファンではなく、ファンの中にも、後援会のように投資をしてくれるファンと、推し活のように発信してくれるファンがいるという構図だと思います。もちろんファンクラブ活動というのは従来もありましたが、今やデジタルの世界でもスケールの違うファンダムが生まれています。そんな、「一体化したファンダム」を作ったアーティストの成功事例が多いと思います。

猪野氏
──従来のアーティストファンは、出来上がったものを手に入れるだけでした。しかし、現在のアーティストのファンダムは、“推し活”などと言われるように、良いものを生み出せるよう、アーティストをアクティブに育てているとも言われます。

猪野:その通りですね。ファン自身が、自らの推すアーティストのPRパーソンになって、発信できる人が10人、100人と増えるにつれてどんどん広がる、そういうことができる社会なので面白いですね。公式が宣伝しても振り向かない場合も、「これめちゃくちゃいいよ」という熱量のあるクチコミで興味喚起できる。

ほかにもライブの撮影を許可することでファンによる拡散を支援したり、応援広告に参加してもらうなど、運営側もファンダムとの良好な関係作りを意識しています。SNSの戦略としてファンダムのリーダー格の方とコミュニケーションするというのも、マーケティング担当の仕事になっているんですよね。

生きづらさを感じる若者も「いたい自分でいられる」力になるエンタメへ

──また、社会的な活動をするアーティストをファンダムが応援する、ファン・アクティビズムもあります。

猪野:もちろんアーティスト活動もサポートしてほしいけど、アーティスト活動そのものが社会を良くするサイクルになることも大事です。いろいろなタイプのアーティストがいていいと思いますが、会社としてはそれをサポートするという立場です。アーティストのメッセージの発信にも協力したいですね。

──力強いメッセージを発信されている日髙さんと同じAAAのメンバーである與真司郎さんも、2023年にファンミーティングでセクシュアリティのカミングアウトをされました。

猪野:レーベルとしてももちろん、サポートしていく立場です。今の時代のアーティストやファンにとっては、セクシュアリティを含めたいろいろな多様性は当たり前なのではないかと思います。

──アーティストの生き様や姿勢も含めたクリエイティブをサポートされていくということですね。

猪野:そうです。少し前になりますが、コロナ禍で真っ先にクリエイター支援や設備の無料開放などを開始したうちの一社が、エイベックスなんです。自社に限らず、クリエイターやエンタメの収益が増えるようなお手伝いはしたいと思います。それが良いクリエイター、良いコンテンツが生まれるサイクルを作るので。

これからのグローバルエンタメのチェンジメーカーに

──「avex vision2027」に掲げる“愛される”IPについてや、エイベックスのマテリアリティ(重要課題)についてのお話を伺ってきましたが、 最後に、DEIを踏まえたこれからのグローバルエンタメ発信のありかた、展望をお聞かせください。

猪野:グローバル市場で考えたときに、DEIリテラシーのあるアーティストにファンダムの支持が集まっている傾向は明らかです。当社にはもともとDEIが当たり前というカルチャーがあります。アーティストのリテラシーを踏まえた発信を支援することで、国の枠を超えたエンタメを育てていけると考えています。

エイベックスとしては日本はもちろん大事ですが、ビジネスの話でいうと、海外にチャレンジしていくことが重要だと思っていますし、そのチャンスが訪れていると思います。無駄になる可能性があっても、そこに投資できる、チャレンジできる会社はそんなにありません。やはりエイベックスの、松浦のカルチャーですね。人がやらないことをやる、そこに未来があるという、トライ&エラーの会社なので。また、そういったフレキシビリティはインディペンデントの強みだとも思います。投資も含めてIPとインフラを育てていき、日本のコンテンツを世界に届けることをビジョン、ミッションにしています。

アジアのリーディングカンパニー、コンテンツのリーディングカンパニーというのが当社のビジョンで、そのチャレンジを面白がってくれる仲間、アーティストやスタッフが集まってくれることが大事です。昔われわれが日本でK-POPの情報流通を作ったのと同様に、おこがましいですが10年後には未来のエンタメを目指す方々に光を差す存在になれるように、全集中しています。

──まさに「多様な地域・多様な分野で“愛される”IP」のためのチェンジメーカーになるということですね。

猪野:はい、そして日本チーム全体でがんばろうと。誰かが突破していかないとマーケットはできないので、国も含めて、一緒に走りましょうと強く思っています。経産省にも、投資・規制のハードル打破、グローバル人材育成、定期的な海外への発信メディアやリアルプラットフォーム構築などの提言をしています。グローバルフォーマットにのっとって、日本のエンタメの価値を上げていくサイクルを作りたいですね。

──メディアやプラットフォームをはじめ、ぜひわれわれもチェンジメーカーのパートナーになれたら幸いです。本日はワクワク、ドキドキする熱量にあふれた貴重なお話をありがとうございました。

猪野氏
以上、後編では、アーティスト育成とファンダム共創にまつわるお話を伺い、世界で“愛されるIP”といったキーワードから、ビジネスにおける「DEIな発信」のヒントを受け取りました。

前後編を通じ、アーティストを擁して「DEIな発信」を実践するには、アーティスト、スタッフ、ファンダムというチームの誰もが人間力を磨き、互いに人権を尊重し、たとえ失敗をしても、それをより良い未来に生かす姿勢を持ち、日々DEIリテラシーをアップデートしていくことが大切だというメッセージをいただきました。エンタメ業界に限らず、今日のあらゆるビジネスへの大きなヒントだと言えるでしょう。


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